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第七十五章
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第七十五章
ココはコウモリの巣の一味とともに裏通りの隠れ家へやって来た。
隠れ家は掘割にかかる橋のたもとにあって酒場を表看板にしていた。
二階建ての大きな建物で街道筋にもよくある何の変哲もない酒場だ。
中へ入ると吹き抜けのある天井の高い一階には卓が並び、男たちが酒を飲んでいた。しかし、そのなかに酔っている顔は一つもなかった。
階段を上がるとお定まりの小部屋が並んでいて二階の廊下から階下を見下ろすことができた。そこには数人の女たちが手すりに寄りかかっていたが、ふらりと入ってきた客が二階を所望すると、いつも満室だと断られるのだった。
二階の奥まった一室でココは卓を中にしてヤンゴと話していた。卓には金貨の小山があった。
「……で、こいつを俺にどうしろって言うんだ」
「両替してもらいたいのさ。使いやすい銀貨か銅貨にね。あんたたちが何だか羽振りのいいようなことを聞いたもんでね」
ヤンゴは金貨をつまみ上げ、顔の前にかざして調べた。
広場の騒動であばらにひびが入っている。腕を上げたヤンゴは包帯を巻いた脇腹を押さえて顔をしかめた。
「こんなものをどこで手に入れたんだ」
ココは薄笑いを浮かべて言った。
「そんなこと、あんたの知ったこっちゃないよ。命を助けてもらっておいてなんだい。カネの出どころを詮索するなんてさ」
ヤンゴは金貨を卓の上に投げると、すぐ脇に立っていた手下のブルーノに耳打ちした。
ブルーノは広場に駆けつけた加勢の先頭に立っていた男でヤンゴよりずっと若く、ココが見るところなかなかの男前だった。
「かしら、それでいいのかい。だって、こんなに……」
ブルーノは卓の上の金貨へ目をやりながら言った。ヤンゴは手で合図してブルーノを隣の部屋へ行かせた。
ブルーノはヤンゴに言われたとおり銀貨七枚と銅貨三枚をココの前に置いた。
ココは目をキッとさせてヤンゴをにらんだ。
「何だい、これっぽっち。女だと思ってナメてるんだろう。相場なら、この十倍はあるはずだよ。こんなご時世だ、金の相場はうなぎのぼりだろうしね」
ヤンゴは金貨を取り上げ手の中でひねくりまわしていた。
「……これが本物ならそうだろうな」
ブルーノが、えっという顔になった。
「何だって。こりゃあ、ニセ金貨か。図太いアマだ、俺たちをペテンにかけようってのか」
実のところどうせバレるだろうと思っていたココだが、ここはひとまず、すっとぼけてやろうと大声を張り上げた。
「馬鹿言うんじゃないよ。贋金なもんか。あんたの目はあのコルウスみたいに真っ暗闇なのかい」
ヤンゴは動じなかった。
「ココ、といったな。お前は俺たちがどんな人間なのか知っているんだろう」
「ああ知ってるさ、裏通りの腐ったどチンピラだろ。それだって金の値打ちに変わりはないじゃないか」
「それならどうして、そのどチンピラのところへ金貨なんぞ持ち込んでくるんだ。ワケありだからだろうが」
ヤンゴはまた顔の前に金貨をかざして見た。
「しかし、こいつはよく出来てる。きっとカナ族の鋳物師の仕事だろう。俺はカナ族の囚人鉱山にいたことがあるんだぜ……どうなんだ、おい」
ココはやや困った顔になったが、すぐ媚びるような笑みを浮かべた。
「しょうがないねえ。さすがに名うてのワルのかしらさ、抜け目がないよ。でもさ、もうちょっと色つけておくれよ。ニセ金貨だって色々と使い道があるってもんさ、たとえば……」
ヤンゴはまじまじと金貨を眺めて言った。
「……やっぱり、ニセ金貨だったのか。まったくよく出来てやがる。ホンモノかと思ったぜ」
その言葉にココは顔色を変えた。
「なんだい、あんた。私をハメたんだね。ふざけやがって!」
ココは自分が相手をもてあそんでやろうとしたのに逆手を取られて怒りだした。
「まあ落ち着けよ。命の恩人だと思うから、こんなもんで済んでいるんだ。そうでなけりゃ、贋金を持ち込んでくるペテン師なんぞ、これだぜ」
ヤンゴは腰帯の短刀を鞘から抜いてギラリと光らせ、すぐ音をさせて元に戻した。
舌打ちしたココは仕方なく卓の上の銀貨と銅貨をかき集めて懐へ入れた。
それを見ていたブルーノが脇から口をはさんだ。
「かしら、贋金と知っててカネをやるのかい。こんなアマ、叩き出してやろうぜ」
「構わねえよ。こんなものでも買っておけば何かの役に立つかもしれねえ。旅芸人が芝居の小道具に買うかもしれねえだろ」
ヤンゴはブルーノへ金貨を投げた。
「たしかによく出来てら。これじゃ見分けがつかねえよ」
小首をかしげているブルーノへココが言った。
「その縁のところの文字を見てごらんよ。まあ、あんたなんか字は読めやしないだろうけど」
「確かに字は読めねえが……この模様みたいなのか。こりゃあ、字じゃねえだろう」
「それが『いにしえの言葉』さ。それに間違いがあるんだよ。きっと、大昔の本から写す時に間違えたんだろうね」
ヤンゴは、おやという顔でココを見た。
「お前、どうしてそんなことを知っているんだ。いにしえの言葉なんぞ」
「私はこう見えても、あんたらなんかより生まれも育ちも上等なのさ。なんてったってシャーマンの娘なんだから。ほんと言うと、何が書いてあるかは読めないけど字の形がおかしいくらいは分かるよ」
金貨を上から下から眺めまわしていたブルーノが顔を上げた。
「シャーマンだって。それじゃ、お前はブンド族かい」
「我が部族が嫌になって飛び出してきたんだよ。そこは、あんたたちも私と似たようなもんだろ。はぐれ者さ」
ブルーノは卓をまわってココのそばへやって来た。
「おい、俺もブンド族なんだぜ。親父に芸を仕込まれるのが嫌で出てきたんだ。女の服を着せられて踊らされたりしてよ。みっともなくってしょうがねえや」
「へえ、そうかい。あんたは部族の民には見えないねえ。ブンド族ってのは、もっと悟りすましたような顔をしてるもんだ。あんたみたいに目をギラギラさせてないよ」
「なに言ってやがる。お前だって、そのなりは何だよ。チャラチャラしやがって。そんな部族の民がいるもんか」
ブルーノはココの服の襟元から匂ってくる甘い香りに気がついた。
思わず大きく息をして鼻からその香りを吸い込んだブルーノはココに顔を見られてごまかし笑いを浮かべた。
ココはうわ目遣いでブルーノを見つめ、薄笑いを浮かべた。
「私はね、部族の民なんかじゃないんだよ。私は部族にも土地にも縛られないんだ」
ブルーノはうなずいた。
「そりゃあ、俺だって同じだぜ。勝手気ままにやっていくんだ。この命は俺だけの命だからな。おい、一杯やろうぜ。いいだろ、かしら」
ブルーノは部屋の戸棚から陶器の酒瓶と木椀を出してきてココに注いだ。ヤンゴは黙って若い手下の顔を眺めていた。
赤みがかった褐色の酒をココはグイと一息に飲み干した。ブルーノがもう一杯注ぐと、それも平気な顔で飲んだ。
ブルーノはココの顔をのぞき込んで言った。
「おい、どうだい、この酒は。効くだろう。クラクラっとこねえか」
ココは木椀を卓に置くと、フンと鼻で笑った。テン族の蠍酒、ダイオウだ。ココはこれで黒い虫を撃退した。どういうわけか臭くてたまらなかったこの酒が好きになっていた。
「ダイオウじゃないか、珍しくもない。ここは酒場だろ。もっと気の利いたのを持っておいでよ」
空になった木椀の底へ目をやったココは、そうだ酒なんかよりと男たちへサイコロを振る手つきをして見せた。
「いっちょ手慰みといこうじゃないの。あんたたちの仲間も呼んで賑やかにさ」
ヤンゴはニコリともせずに言った。
「あいにくだが賭け事は禁止だ」
「何だって。賭け事が禁止の酒場なんてもんがあるのかい。そんなのは尻尾のない犬っころか、ナイフがないチンピラみたいなもんじゃないか。可愛げのかけらもないや」
苦笑いしたヤンゴはブルーノに言って自分にもダイオウを注がせると、ニセ金貨を調べた時と同じ目でココを眺めた。
「いちいち減らず口たたきやがって。おい、お前はコルウスとは知り合いなのか」
「フン、あんな野郎、何だい。あいつのおかげでひどい目にあったんだからね。知り合い呼ばわりされるだけでムカムカするよ」
ココは黒水晶のサイコロを出して木椀へ投げ込んだ。出た目が悪かったのか苦い顔をした。
ヤンゴは思いも寄らない囚人仲間の出現に戸惑っていた。闇の王だと、せっかくの縄張りを荒らされてたまるものか。コルウスって奴はいつもそうだった。人のケツについているかと思っていると、こっちの鼻をつままれているんだ。
「あいつは何のつもりで、神殿広場に現れやがったんだ」
「そんなこと私が知るもんか。ただ、あいつが闇の王の手下なのは確かみたいだよ。あの闇の剣、あの硫黄臭い狼、それに、あの目さ。前はあんなじゃなかったよ」
「あの目で見られた時はゾクリとしたぜ。目の前が真っ暗になりかけて気味の悪い人間がふらふら歩き回っているのが見えた。何人もな」
少し考え込んだココは下からのぞき込むようなイヤな目つきでヤンゴを見た。
「死霊だよ。あんたは死霊を見せられたんだ。まともな奴なら気が狂ってるところさ」
ヤンゴはゾッとしながらも口元をゆがめて笑って見せた。
「俺はまともじゃないから平気だったって言うのか。死霊なんかにやられる俺かよ」
ココはまた木椀へサイコロを投げ込んだ。出目は悪い。
「あんたは運が良かっただけさ。運のいい奴はどこまでも運だけで行っちまったりするからねえ。バカヅキってやつ。そこへいくと、コルウスの野郎はドツボにハマっちまったようだね」
薄笑いを浮かべたココはまたサイコロを振った。もう目を見ることもしない。
「コルウスってのはね、闇の王に命の根っこのところをがっちり握られちまってるんだ。自分で自分の始末もつけられない男さ」
「どういうことだ。今だから言うが、あの剣にせよ、虫にせよ、狼もそうだが、なかなかの力を持っているように見えたぜ」
「その力ってのは、みんな闇の王の力じゃないか。あいつの力じゃないよ。つまり、コルウスはあの虫や何かと同類ってこと。取り憑かれてるのさ」
ヤンゴは小首をかしげ、考え込んでいる様子だった。
「さっぱり分からねえな。いずれにせよ闇の王とコルウスはこの町を好き勝手にしようとしているんだろうがそうはさせねえ。あの鎧兜を着た兵隊も気になる。あれはカナ族の鎧兜だ。俺は囚人鉱山で見たから分かる」
ココはあの奴隷商人の手下どものことを思い出していた。ニセ金貨で雇われた見た目ばかりはご立派な連中。あれはメル族の商人とつながっていたらしいが、今度はカナ族か。やっかいなのは闇の王ばかりじゃないらしい。
ふと、ココは言った。
「あんた、見たかい。コルウスが鴉になって飛んでいっただろ。西へ向かっていったようだけど、西に行ったら何があるんだい」
「西といえば、ここらじゃ一番の宿駅がある。今は荒れ果てて無人だがな」
「兵隊はあれだけじゃないかも知れないよ。カナ族ってのは数にモノを言わせるのが大好きな連中じゃないか」
ヤンゴは、まさかという顔になった。
「もっとカナ族の兵隊がいるって言うのか。ということはカナ族はコルウスと……いや、闇の王と手を結ぶ気だと……」
ココはサイコロを振り、ゾロ目が出たのを見てニヤリとした。
「なんだ、やっと気がついたのかい。あんたもかしらだの何だの言われてても、そんなんじゃやられちまうよ。こんなご時世さ。何だってありだよ」
「よし、西の宿駅を見て来よう……おいブルーノ、俺と一緒に……ううっ」
立ち上がろうとしたヤンゴはうめき声を上げ、脇を手で押さえて椅子に尻を落とした。ブルーノは言った。
「俺がひとりで行ってくるよ。かしらはじっとしていた方がいいぜ」
「私も行くよ。馬を貸しておくれ」
椅子を立ったココに男たちは顔を見合わせた。
「何だいその顔は。私も一緒に行ってやろうっての。感謝してよ。ブルーノ、あんた、コルウスの顔よく知らないだろ。私が教えてあげる」
異形のコルウスの顔など説明すれば分かりそうなものだが、ココはブルーノに向かって片目をつぶって見せた。ブルーノも気のあるところを見せた。
しばらくして、ココとブルーノはくつわを並べて町の裏通りを進んでいた。
このあたりにも王都から逃れてきたのだろうか、難民らしき連中が道端に寝転んでいたりした。
「ねえ、ブルーノ。いったん私の宿へ寄っておくれよ。宿賃をためているもんでそろそろ主人がしびれを切らしているのさ」
ブルーノは苦笑いしてココへ目を向けた。午後の日差しがココの髪をつややかに見せていた。
「だらしねえ女だなあ。さっきのカネで足りるのか」
「それが、どうもねえ。主人がぐずぐず言ったら、あんたの顔で何とかしてくれないかい。ねえ、頼むよ」
「何で俺がそんなこと。同じブンド族の出だからって甘ったれるんじゃねえよ、まったく」
「しょうがないじゃないか。女ってのはね、いろいろとカネがかかるもんなんだよ。特に私みたいなイイ女はね。宿屋の私の部屋へ来れば分かるよ。私がどれだけオンナに磨きをかけているかってことがね」
ブルーノがそっぽを向いているのをいいことにココは手綱を握った指先でそっと印を結んだ。
ブルーノは目をパチクリさせ、次にはまるで馬がするように荒く鼻息を吐いた。
「お前の部屋へか。だけどよ、偵察があるんだぜ。かしらに叱られちまう」
「ちょっと一休みしてからでもいいじゃないか。なんだい、あんなハゲ親父。何でもありゃしないよ。そらっ、行くよ」
ココが馬の脚を速めると、ブルーノも慌てて手綱を握り直して後を追った。
ココはコウモリの巣の一味とともに裏通りの隠れ家へやって来た。
隠れ家は掘割にかかる橋のたもとにあって酒場を表看板にしていた。
二階建ての大きな建物で街道筋にもよくある何の変哲もない酒場だ。
中へ入ると吹き抜けのある天井の高い一階には卓が並び、男たちが酒を飲んでいた。しかし、そのなかに酔っている顔は一つもなかった。
階段を上がるとお定まりの小部屋が並んでいて二階の廊下から階下を見下ろすことができた。そこには数人の女たちが手すりに寄りかかっていたが、ふらりと入ってきた客が二階を所望すると、いつも満室だと断られるのだった。
二階の奥まった一室でココは卓を中にしてヤンゴと話していた。卓には金貨の小山があった。
「……で、こいつを俺にどうしろって言うんだ」
「両替してもらいたいのさ。使いやすい銀貨か銅貨にね。あんたたちが何だか羽振りのいいようなことを聞いたもんでね」
ヤンゴは金貨をつまみ上げ、顔の前にかざして調べた。
広場の騒動であばらにひびが入っている。腕を上げたヤンゴは包帯を巻いた脇腹を押さえて顔をしかめた。
「こんなものをどこで手に入れたんだ」
ココは薄笑いを浮かべて言った。
「そんなこと、あんたの知ったこっちゃないよ。命を助けてもらっておいてなんだい。カネの出どころを詮索するなんてさ」
ヤンゴは金貨を卓の上に投げると、すぐ脇に立っていた手下のブルーノに耳打ちした。
ブルーノは広場に駆けつけた加勢の先頭に立っていた男でヤンゴよりずっと若く、ココが見るところなかなかの男前だった。
「かしら、それでいいのかい。だって、こんなに……」
ブルーノは卓の上の金貨へ目をやりながら言った。ヤンゴは手で合図してブルーノを隣の部屋へ行かせた。
ブルーノはヤンゴに言われたとおり銀貨七枚と銅貨三枚をココの前に置いた。
ココは目をキッとさせてヤンゴをにらんだ。
「何だい、これっぽっち。女だと思ってナメてるんだろう。相場なら、この十倍はあるはずだよ。こんなご時世だ、金の相場はうなぎのぼりだろうしね」
ヤンゴは金貨を取り上げ手の中でひねくりまわしていた。
「……これが本物ならそうだろうな」
ブルーノが、えっという顔になった。
「何だって。こりゃあ、ニセ金貨か。図太いアマだ、俺たちをペテンにかけようってのか」
実のところどうせバレるだろうと思っていたココだが、ここはひとまず、すっとぼけてやろうと大声を張り上げた。
「馬鹿言うんじゃないよ。贋金なもんか。あんたの目はあのコルウスみたいに真っ暗闇なのかい」
ヤンゴは動じなかった。
「ココ、といったな。お前は俺たちがどんな人間なのか知っているんだろう」
「ああ知ってるさ、裏通りの腐ったどチンピラだろ。それだって金の値打ちに変わりはないじゃないか」
「それならどうして、そのどチンピラのところへ金貨なんぞ持ち込んでくるんだ。ワケありだからだろうが」
ヤンゴはまた顔の前に金貨をかざして見た。
「しかし、こいつはよく出来てる。きっとカナ族の鋳物師の仕事だろう。俺はカナ族の囚人鉱山にいたことがあるんだぜ……どうなんだ、おい」
ココはやや困った顔になったが、すぐ媚びるような笑みを浮かべた。
「しょうがないねえ。さすがに名うてのワルのかしらさ、抜け目がないよ。でもさ、もうちょっと色つけておくれよ。ニセ金貨だって色々と使い道があるってもんさ、たとえば……」
ヤンゴはまじまじと金貨を眺めて言った。
「……やっぱり、ニセ金貨だったのか。まったくよく出来てやがる。ホンモノかと思ったぜ」
その言葉にココは顔色を変えた。
「なんだい、あんた。私をハメたんだね。ふざけやがって!」
ココは自分が相手をもてあそんでやろうとしたのに逆手を取られて怒りだした。
「まあ落ち着けよ。命の恩人だと思うから、こんなもんで済んでいるんだ。そうでなけりゃ、贋金を持ち込んでくるペテン師なんぞ、これだぜ」
ヤンゴは腰帯の短刀を鞘から抜いてギラリと光らせ、すぐ音をさせて元に戻した。
舌打ちしたココは仕方なく卓の上の銀貨と銅貨をかき集めて懐へ入れた。
それを見ていたブルーノが脇から口をはさんだ。
「かしら、贋金と知っててカネをやるのかい。こんなアマ、叩き出してやろうぜ」
「構わねえよ。こんなものでも買っておけば何かの役に立つかもしれねえ。旅芸人が芝居の小道具に買うかもしれねえだろ」
ヤンゴはブルーノへ金貨を投げた。
「たしかによく出来てら。これじゃ見分けがつかねえよ」
小首をかしげているブルーノへココが言った。
「その縁のところの文字を見てごらんよ。まあ、あんたなんか字は読めやしないだろうけど」
「確かに字は読めねえが……この模様みたいなのか。こりゃあ、字じゃねえだろう」
「それが『いにしえの言葉』さ。それに間違いがあるんだよ。きっと、大昔の本から写す時に間違えたんだろうね」
ヤンゴは、おやという顔でココを見た。
「お前、どうしてそんなことを知っているんだ。いにしえの言葉なんぞ」
「私はこう見えても、あんたらなんかより生まれも育ちも上等なのさ。なんてったってシャーマンの娘なんだから。ほんと言うと、何が書いてあるかは読めないけど字の形がおかしいくらいは分かるよ」
金貨を上から下から眺めまわしていたブルーノが顔を上げた。
「シャーマンだって。それじゃ、お前はブンド族かい」
「我が部族が嫌になって飛び出してきたんだよ。そこは、あんたたちも私と似たようなもんだろ。はぐれ者さ」
ブルーノは卓をまわってココのそばへやって来た。
「おい、俺もブンド族なんだぜ。親父に芸を仕込まれるのが嫌で出てきたんだ。女の服を着せられて踊らされたりしてよ。みっともなくってしょうがねえや」
「へえ、そうかい。あんたは部族の民には見えないねえ。ブンド族ってのは、もっと悟りすましたような顔をしてるもんだ。あんたみたいに目をギラギラさせてないよ」
「なに言ってやがる。お前だって、そのなりは何だよ。チャラチャラしやがって。そんな部族の民がいるもんか」
ブルーノはココの服の襟元から匂ってくる甘い香りに気がついた。
思わず大きく息をして鼻からその香りを吸い込んだブルーノはココに顔を見られてごまかし笑いを浮かべた。
ココはうわ目遣いでブルーノを見つめ、薄笑いを浮かべた。
「私はね、部族の民なんかじゃないんだよ。私は部族にも土地にも縛られないんだ」
ブルーノはうなずいた。
「そりゃあ、俺だって同じだぜ。勝手気ままにやっていくんだ。この命は俺だけの命だからな。おい、一杯やろうぜ。いいだろ、かしら」
ブルーノは部屋の戸棚から陶器の酒瓶と木椀を出してきてココに注いだ。ヤンゴは黙って若い手下の顔を眺めていた。
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ブルーノはココの顔をのぞき込んで言った。
「おい、どうだい、この酒は。効くだろう。クラクラっとこねえか」
ココは木椀を卓に置くと、フンと鼻で笑った。テン族の蠍酒、ダイオウだ。ココはこれで黒い虫を撃退した。どういうわけか臭くてたまらなかったこの酒が好きになっていた。
「ダイオウじゃないか、珍しくもない。ここは酒場だろ。もっと気の利いたのを持っておいでよ」
空になった木椀の底へ目をやったココは、そうだ酒なんかよりと男たちへサイコロを振る手つきをして見せた。
「いっちょ手慰みといこうじゃないの。あんたたちの仲間も呼んで賑やかにさ」
ヤンゴはニコリともせずに言った。
「あいにくだが賭け事は禁止だ」
「何だって。賭け事が禁止の酒場なんてもんがあるのかい。そんなのは尻尾のない犬っころか、ナイフがないチンピラみたいなもんじゃないか。可愛げのかけらもないや」
苦笑いしたヤンゴはブルーノに言って自分にもダイオウを注がせると、ニセ金貨を調べた時と同じ目でココを眺めた。
「いちいち減らず口たたきやがって。おい、お前はコルウスとは知り合いなのか」
「フン、あんな野郎、何だい。あいつのおかげでひどい目にあったんだからね。知り合い呼ばわりされるだけでムカムカするよ」
ココは黒水晶のサイコロを出して木椀へ投げ込んだ。出た目が悪かったのか苦い顔をした。
ヤンゴは思いも寄らない囚人仲間の出現に戸惑っていた。闇の王だと、せっかくの縄張りを荒らされてたまるものか。コルウスって奴はいつもそうだった。人のケツについているかと思っていると、こっちの鼻をつままれているんだ。
「あいつは何のつもりで、神殿広場に現れやがったんだ」
「そんなこと私が知るもんか。ただ、あいつが闇の王の手下なのは確かみたいだよ。あの闇の剣、あの硫黄臭い狼、それに、あの目さ。前はあんなじゃなかったよ」
「あの目で見られた時はゾクリとしたぜ。目の前が真っ暗になりかけて気味の悪い人間がふらふら歩き回っているのが見えた。何人もな」
少し考え込んだココは下からのぞき込むようなイヤな目つきでヤンゴを見た。
「死霊だよ。あんたは死霊を見せられたんだ。まともな奴なら気が狂ってるところさ」
ヤンゴはゾッとしながらも口元をゆがめて笑って見せた。
「俺はまともじゃないから平気だったって言うのか。死霊なんかにやられる俺かよ」
ココはまた木椀へサイコロを投げ込んだ。出目は悪い。
「あんたは運が良かっただけさ。運のいい奴はどこまでも運だけで行っちまったりするからねえ。バカヅキってやつ。そこへいくと、コルウスの野郎はドツボにハマっちまったようだね」
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「コルウスってのはね、闇の王に命の根っこのところをがっちり握られちまってるんだ。自分で自分の始末もつけられない男さ」
「どういうことだ。今だから言うが、あの剣にせよ、虫にせよ、狼もそうだが、なかなかの力を持っているように見えたぜ」
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ふと、ココは言った。
「あんた、見たかい。コルウスが鴉になって飛んでいっただろ。西へ向かっていったようだけど、西に行ったら何があるんだい」
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「もっとカナ族の兵隊がいるって言うのか。ということはカナ族はコルウスと……いや、闇の王と手を結ぶ気だと……」
ココはサイコロを振り、ゾロ目が出たのを見てニヤリとした。
「なんだ、やっと気がついたのかい。あんたもかしらだの何だの言われてても、そんなんじゃやられちまうよ。こんなご時世さ。何だってありだよ」
「よし、西の宿駅を見て来よう……おいブルーノ、俺と一緒に……ううっ」
立ち上がろうとしたヤンゴはうめき声を上げ、脇を手で押さえて椅子に尻を落とした。ブルーノは言った。
「俺がひとりで行ってくるよ。かしらはじっとしていた方がいいぜ」
「私も行くよ。馬を貸しておくれ」
椅子を立ったココに男たちは顔を見合わせた。
「何だいその顔は。私も一緒に行ってやろうっての。感謝してよ。ブルーノ、あんた、コルウスの顔よく知らないだろ。私が教えてあげる」
異形のコルウスの顔など説明すれば分かりそうなものだが、ココはブルーノに向かって片目をつぶって見せた。ブルーノも気のあるところを見せた。
しばらくして、ココとブルーノはくつわを並べて町の裏通りを進んでいた。
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「ねえ、ブルーノ。いったん私の宿へ寄っておくれよ。宿賃をためているもんでそろそろ主人がしびれを切らしているのさ」
ブルーノは苦笑いしてココへ目を向けた。午後の日差しがココの髪をつややかに見せていた。
「だらしねえ女だなあ。さっきのカネで足りるのか」
「それが、どうもねえ。主人がぐずぐず言ったら、あんたの顔で何とかしてくれないかい。ねえ、頼むよ」
「何で俺がそんなこと。同じブンド族の出だからって甘ったれるんじゃねえよ、まったく」
「しょうがないじゃないか。女ってのはね、いろいろとカネがかかるもんなんだよ。特に私みたいなイイ女はね。宿屋の私の部屋へ来れば分かるよ。私がどれだけオンナに磨きをかけているかってことがね」
ブルーノがそっぽを向いているのをいいことにココは手綱を握った指先でそっと印を結んだ。
ブルーノは目をパチクリさせ、次にはまるで馬がするように荒く鼻息を吐いた。
「お前の部屋へか。だけどよ、偵察があるんだぜ。かしらに叱られちまう」
「ちょっと一休みしてからでもいいじゃないか。なんだい、あんなハゲ親父。何でもありゃしないよ。そらっ、行くよ」
ココが馬の脚を速めると、ブルーノも慌てて手綱を握り直して後を追った。
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「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
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