上 下
65 / 206

第六十五章

しおりを挟む
第六十五章

 王宮を出たコルウスは廃墟と化した街路を下っていった。
「ウルよ、今度はちっと長旅になりそうだぜ、覚悟するこった」
 コルウスは馬の首を撫でて言った。灰色の馬は虚ろな目を前に向けているばかりだった。
「なあに心配するな。お前を殺すようなまねはしねえ。お前は由緒正しきブルクット族族長の馬だった。今じゃ闇の旦那の哀れな下僕の馬だがよ。せいぜい仲良くやろうじゃねえか」
 どこからか狼たちが湧いてきた。黒い闇の目を持つ獣たちはいつも屍肉にたかる禿鷲のようにコルウスのそばに現れるのだった。
「来やがったな。いつも俺にたかってきやがるんだ。こいつらは俺のお供の衆か。それとも闇の旦那がつけたお目付け役か。いずれにせよ使い捨ての操り人形の類さ。おい、この中に一匹でもクランの目を抉ったような勇敢な奴はいるか。いねえだろうな……」
 道は外郭地域にさしかかった。このあたりには死骸が腐臭を放って折り重なっていた。城門から逃げ出そうと人々が殺到し、逃げ切れずに息絶えた者が多いからだ。
 静まり返った街路に鼠が這いまわる音、蝿が飛びまわる音が聞こえた。
 コルウスは飢えていた。闇の王のしもべとされてから飢えているのはいつものことだったが、いまや飢えは苦痛であると同時に淫靡な快楽でもあった。
 コルウスは馬を降りた。
「ウルよ、お前はそのあたりの草でも食っていろ。そら、お前の好きなミアレの花があるぜ。枯れちまってるがな……」
 闇の大蛇がのたうちまわったせいで街路は掘り返された穴だらけになっていた。その黒土のそこかしこに褐色に乾いた小花が風に吹かれていた。ウルはその花へ頭を垂れた。
 コルウスは近くの崩れた壁の陰へ姿を消した。硫黄臭い息を吐く狼たちがその姿を遠巻きに眺めていた。

 同じ頃、北の城門外に総勢五十人ほどの供回りを従えた馬車が停まった。壮麗な黄金の飾り板が西日を受けて馬車をきらめかせていた。
 数人の従者が城門を開かせようとしたが、押しても引いても、叩いても、扉はびくともしなかった。
 馬車から顔を出した老人がいらただしげに怒鳴った。
「ここも開かぬのか。難儀なことよ。よし、誰か城壁を乗り越えて内側から門を開け」
 この老人はカナ族長老ジルコンだった。すでに九十を越えているはずだ。もう本人も年齢を数えることなどやめにしている。
「ジルコン様、それは危険でございます。あの城壁の上をご覧ください」
 同じ馬車に乗った男が指差す先に黒い目をした狼が見えた。狼は城壁の端に前脚を伸ばして立ち、しわがれた声で遠吠えを聞かせた。
「なんの狼など。バレルよ、お前はブルクット族の出のくせにたかが野の獣を恐れるのか」
 同乗していたのは、今は亡きブルクット族長老ジャルガの息子バレルだった。目の端に鷲の刺青のある顔がいくらか痩せて、眼差しは険しくなっていた。
 ブルクット族の村を出奔したバレルは苦労して街道をたどり、カナ族の土地にたどり着いた。持って生まれた遠目の利く目とブルクット族の古い戦の知識によってバレルはジルコンの側近におさまっていたのだった。
「ただの獣ではありません。あの目をご覧ください。闇がたたえられております。ここまで来る街道筋でも何度か遭遇した闇の獣です」
「うむ、あれか。宿駅などはあの手の獣の巣と化しておったな」
「はい。また仮に城壁を越えても、城門を閉ざしているのは人の力ではないはず」
「ならばどうする、バレルよ。お前の知恵を使う時だぞ」
 ジルコンは横目で鷲の刺青を見た。
 老獪な長老は部族を出奔した若者をそこまで買っているわけでもなかった。試しに使ってみようというだけのことだ。だめならだめで代わりはいる。ジルコンはそうやって、たくさんの人間を使い捨ててきた男だった。
 一方、バレルは何とかしてこのカナ族長老の信を得たいと願っていた。
 部族を離れ、おのれの身一つとなった自分の力を他の人間に認めてもらいたい。そんな気持ちだった。
「鷲を使いましょう。鷲に手紙を託し、城壁の中へ落させるのです。王都の上を旋回させて注意を引くことにしましょう」
「はたしてそれで書が届くものだろうか。しかし、お前に鷲が使えるとは知らなかった。顔の刺青だけだと思っていたのだが」
「いいえ、私でなく従者に鷲を持たせてあるのです。もちろん使い方を仕込んだのはこの私ですが」
 ジルコンは、ならば試してみよと気のない調子で言った。
 バレルは上着の懐から狼毛の筆の入った矢立を取り出すと、闇の王への文をしたためた。
 それは王都の支配者である闇の王へ謁見を願いたいという内容のものだった。
 バレルは支配者、という言葉の前に、偉大なる、と書くべきか迷って手を止めた。
「どうした、バレルよ、賢き軍師よ。お前の能筆は知っておるが相手が相手だからの、肝心の言葉につまるか」
「はい、実は……」
 バレルが、偉大なる、の一語に迷っていることを言うと、ジルコンはそれを鼻で笑った。
「なるほど、お前は賢い男だ。闇の王とやらへ、へりくだるべき時かどうか迷っているのであろうな。しかし、相手を王都の支配者と認めている以上、それはさしたる問題ではない。だが気になるというなら、王都、の前に、偉大なる、としたらどうだ」
 バレルはなるほどそうかという顔になって言った。
「偉大なる王都の支配者、とすれば、へりくだっているように見えて、偉大なのは支配者でなく王都だと言うことができます。さすがのお知恵で、ジルコンさま」
「なに、お前の父のジャルガならそうしただろうというだけのこと。私はジャルガに何度煮え湯を飲まされたことか。かつてのダファネア王宮ではたった一言が命取りになることもあったのでな。ジャルガはまことに……まことに賢い男であった」
 ジルコンはまた横目でバレルを見た。バレルは父の遺品の筆で、偉大なる王都の支配者、としたため、感心した面持ちで自分の書いた文字を眺めていた。
 バレルは父を誤解していた。ジャルガなら、いかなることがあろうと闇の王などといういかがわしい僭主を王都の支配者とは呼ばなかっただろう。
 バレルはカナ族長老ジルコンの名の横にいくらか小さく自分の名前も書き添えた。
 供回りの中から鷲を持たせた騎馬兵を呼び寄せたバレルは書を鷲の脚にゆるく結んだ。
「いいか、鷲がほどよいところまで飛んだら呼び戻すのだ。十分に王都の上を旋回させるのだぞ」
 バレルは鷲が方向を変えて戻って来る時に書を落とすはずだと言った。
 騎馬兵は半信半疑の顔つきで手に載せた鷲の横顔を見た。
 カナ族の兵は兵とは言っても、もともと囚人鉱山の護衛兵だ。騎馬兵も全体から見れば少数で剣技を得意とする者が多い。当然ながら鷲使いなど本分ではなかった。
 城壁近くへ馬を進めた騎馬兵が鷲を飛び立たせようとした時、大きなきしみ音をさせながら城門が開いた。
 カナ族の一行はそれまでびくともしなかった城門の動きに色めき立ち、やや後ずさりしながら半円形にあたりを取り巻いた。
 門の中から姿を現したのは灰色の馬に乗ったコルウスだった。まわりを七頭の狼が取り巻いている。あたりに硫黄の臭気が漂った。
 コルウスは城門を取り囲む一行の姿に意外そうな目を向けた。
「なんだ、てめえらは……」
 その時、鷲が怯えたように激しく羽ばたいた。慌てて身をのけぞらせた騎馬兵は鞍から滑り落ちた。鷲は城壁に沿って舞い上がり、そのままどこかへ飛び去ってしまった。
 馬車の中ではバレルが驚きに目を見開いていた。
「ジルコン様、あれはコルウスです。ブルクット族長老セレチェンの息子コルウスです。囚人鉱山に反乱を起こし、私の父を殺して部族の聖剣を奪った仇です。捕らえましょう」
 ジルコンは冷静に底光りする目でコルウスを見ていた。
「まあ、待て。あの男は城門を開いて出てきた。闇の王と関わりを持つ者に違いない。あてにならぬ手紙などより、あの者に……おや、何をしているのだ……」
 供回りの中から一人の男が飛び出してコルウスに迫った。
「やい、コルウス。俺の顔を見忘れちゃいねえだろうな」
 男は剣を振りかざして怒鳴り声を上げた。しかし、あまり近づきはしなかった。狼たちの黒い目を怖れて近づけないのだ。
 コルウスは薄笑いを浮かべ、舐めるように男の顔を眺めまわした。
「さて、どこかで会ったような面だが……酒場の博打で有り金残らず巻き上げてやった野郎か……いや違うな……明日結婚式だっていう女と寝ていた時、怒鳴り込んできやがった寝取られ花婿か……いや、あいつはもっとましな面をしてたぜ……ああ、そうだ思い出した、その面は……」
「やっと思い出したか、このクズめ!」
「ラサ荒野の真ん中の枯れ木で首くくってた死体が確かそんな面してやがった」
 ふざけるなと怒鳴った男は手にした剣でコルウスの顔を指した。
「俺はてめえが繋がれていた囚人鉱山の看守長だったんだ。見覚えがねえわけはねえ」
 コルウスは口元をゆがめて笑うと顔の片側を覆う髪に手をかけた。
「そうかい。それじゃ、こっちの目でよく見させてもらうとしよう……」
 闇をたたえた目が看守長の顔を見据えた。
 鞭で打たれたようにブルッと震えた看守長は剣をかかげたまま全身を痙攣させていたが、やがて怪鳥めいた甲高い叫び声を上げた。
 剣を取り落した看守長は両手で顔を覆い、あたりをよろめき歩いたかと思うと、今度は大声で笑い出した。
 闇の目に見据えられた看守長は発狂したのだった。
 狂った笑い声は城壁に木霊した。狼の遠吠えが聞こえてきた。城壁の上に集まった何頭もの黒い目の狼たちが笑い声に和して吠えているのが見えた。
「なんと、これが闇の力か!」
 ジルコンは馬車から飛び出した。いてもたってもいられぬという様子で老いた顔が上気していた。
「ジルコン様、あの者は危険です。馬車へお戻りください!」
 バレルが窓から顔を出して叫んだ。
 その声が耳に入ったコルウスは髪を元に戻して馬を降り、馬車の方へやって来た。狼たちも供回りよろしくついてきた。
 豪奢なマントをひるがえして腰を屈めるジルコンを無視して、コルウスはバレルに声をかけた。
「こりゃあ懐かしい顔だ。お前の一人乗りの馬車はどうした。金ピカの四輪馬車とは、たいした出世だな」
 バレルは怒りに顔を真っ赤にした。
「コルウス、お前はよくもまあぬけぬけとそんな挨拶ができたものだ。お前は私の父の仇だぞ。私の足が悪いからといってあなどっているのだろう」
「誰がお前の足のことなんか言ったんだ。俺はお前の足が丈夫で二本どころか四本あったって剣で勝つ自信があるぜ。まあ、お前の親父さんのことについちゃ、ちょっとした行き違いがあったのさ」
 馬車の窓枠を握りしめたバレルは父の仇に飛びついてやりたいのを必死にこらえていた。
 コルウスは薄笑いを浮かべて言った。
「なあ、バレルよ、懐かしきふるさとの友よ。俺だってお前と同じだ。男一匹、世の中に立っていこうとしたら危ない橋も渡らなくちゃならねえ。まあ、お互いに鷲の刺青はちょっと後ろめたいがな」
 バレルは目をそらし、長老の息子のしるしを恥じるように顔を横へ向けた。
 コルウスはあたらめて馬車を取り巻く一行を眺めまわした。
「ところでこの連中はこんなところで何をやってるんだ」
 すかさずジルコンが二人の間に口をはさんだ。
「我らはカナ族の使節でございます。闇の王に謁見を賜りたく推参いたしました」
 コルウスはバレルに、なんだこいつはと尋ねるように目を向けた。
「このお方はカナ族長老ジルコン様だ。王国の諸部族の中でも特にご高名な方、お前もお名前くらいは耳にしたことがあるだろう」
「おお、そう言えば聞いたことがあるような気がしないでもないな。爺さん、城壁の中にはあんたの別荘があったな。豪勢な館さ。下手すると王宮よりもな」
 ジルコンはうやうやしく頭を下げて見せた。王国ではまず見かけない凝った装飾のある帽子がその頭に乗っていた。
「はい、我が部族の土地と王都を行き来するのに便利なように作ったものです」
「残念だったな。あの別荘は今じゃ瓦礫の山だ。それに、あそこには大きな尻をした下女たちがたくさんいた。ありゃあ、あんたの好みかい」
「いいえ、めっそうもない。下働きの女たちなど私は関わりませぬ」
「そうかい、あんなのがカナ族の土地にはごろごろしているのかと思ったんだが」
 コルウスは濡れた色の唇を親指で拭った。
 ジルコンはコルウスの顔色をうかがいながら尋ねた。
「さきほどお示しになった闇の力。あれはもしや闇の王から授かったものでは」
「ああ、授かったとも。闇の旦那は気前がいいんだ。俺がくれとも言わねえのにくれやがる」
「失礼ながら、コルウス様は闇の王の王宮におかれましてはどのような地位にお就きでいらっしゃいましょうか」
 言葉つきだけは丁寧だが、あからさまに相手を値踏みしようとする問いにコルウスは鼻先で笑って見せた。
「俺か。道化さ」
「おお、道化とおっしゃる。つまり、王の側近く仕え、その御心をお慰めする道化ですな。ならば闇の王陛下へのお取次を願えませぬか。もちろん、ご身分にふさわしいお礼は十二分にさせていただきます」
 今度はコルウスが相手を値踏みする番だった。
「おい、爺さん。闇の旦那はその名のとおり王だぜ。何の用だが知らないが王と釣り合うとなりゃあ、長老でなく族長でなくちゃな。それともあんた、族長の親書でも持って来たのか」
 ジルコンは痛いところを突かれたようだった。コルウスはいずれにせよ、これはジルコンの独断だろうと見当をつけた。
 コルウスは改めて取り巻きの軍勢を眺めまわした。囚人鉱山にいたコルウスはカナ族の持つ武器が極めて鋭利であることを知っていた。
「爺さん、あんたの考えていることはおおかた見当がついている。闇の王と組んで、どさくさまぎれに王国を横取りしようっていうんだろう。カナ族の手口なんぞ先刻承知さ。お前らが王国や王の血脈をひっかきまわしたあげくの果てがこれだ。王都を闇の王にかっぱらわれちまった」
 ジルコンは皺の寄った目元に野心のギラつきをにじませて言った。
「コルウス様。王の血脈による支配はもう命運尽きております。これは王国が生まれ変わる絶好の機会かと」
「何をもっともらしいことを。てめえの都合のいいように生まれ変わらせようっていうんだろうが。まあいい、いずれ取り次いでやらないでもないが、まずは闇の旦那の用を足さなくちゃならねえ。手を貸せ」
「仰せのままに。覇道のお手伝いをさせていただくとは光栄至極。我らカナ族には強力な軍勢があります。この軍勢をもって陛下の元に馳せ参じましょう」
 手を貸せと言っただけなのに軍勢を動かそうと言う。ジルコンの野望の在り処は明らかだった。
 しかし、コルウスもカナ族の富と武力については十分に知っていた。利用価値はある。
「爺さんよ、あんたが王国をどう見ているか知らねえが、王都を取ったからって王国を取ったことにはならねえ。部族の民をこちらの足元にひれ伏させることができなくちゃな。噂によると羊飼いどもと土いじりどもの間で小競り合いが起こっているらしい。そいつを火種に王国中を燃え上がらせてやろうってのさ」
 ジルコンはもうギラつく目の色を隠そうともしなかった。
「おお、それは気宇壮大なること。燎原の火で王国を火の海にしようとは。その浄化の火で王国は生まれ変わることでしょう。我らカナ族の軍勢が闇の王の大望をお助けいたします」
「はなっからお前らが派手に動いちゃ目立ってしょうがねえや。ブルクット族あたりが駆けつけてきたらどうするんだ。それよりやってもらいたいことがある」
 コルウスは農耕民のナホ族に肩入れして遊牧民テン族と戦争させ、テン族を奴隷化すると同時にナホ族も隷属させようというつもりでいた。
 コルウスはナホ族へ最新の武器を供給するよう準備をしてくれと言った。
「それから少人数の傭兵を送れ。百姓どもが震え上がるような強面の奴らをな。そいつらに農民軍を組織させて遊牧民の土地を攻めさせるんだ」
「それは上策。しかし農民どもは言うことを聞きますかな」
「連中は闇の王の噂だけは知っている。王都を奪った魔王さ。それがやつらの土地に姿を現したらどうなると思う」
「すると、闇の王おんみずからご出陣なさると」
「まさか。お前はさっきの俺の力を見なかったのか」
 その時、狂った看守長がわけのわからない叫び声を上げた。見ると、看守長は両手を鳥のようにバタつかせてあたりを駆け回っていた。
「ちぇっ、見苦しい野郎だぜ」
 コルウスが軽く手で合図すると闇の狼たちが駆け出した。
 狼の群れは狂いまわる看守長に襲いかかった。カナ族たちの見ている前で看守長は引き裂かれ、むさぼり食われた。
 コルウスは、こんなことは何でもないという顔でジルコンを振り返った。
「どうだ爺さん。俺の言ったとおりにするか」
 ジルコンはコルウスの企みを察したようだった。
「なるほど、コルウス様、あなたさまは稀代の悪党でいらっしゃる」
 コルウスは苦笑いを浮かべた。
「おい、そりゃあ褒め言葉のつもりか。まあ、いいやそんなことは。それより……」
 戻って来た狼の血生臭さに顔をしかめたコルウスは寄るなとばかりに手近な一匹の脇腹を長靴で蹴った。
「いいか、爺さん。お前らの相棒のメル族の隊商が動いていないから知らねえだろうが、王の血脈は滅びちゃいない。ミアレ姫さ。姫は旅の仲間と王国中を遍歴してダファネアの血を復活させようとしているんだ」
 ジルコンはミアレ姫が王都を脱出したというところまでは知っていた。しかし、コルウスの言うようにメル族隊商の情報網が使えない今、その行方までは探ることができずにいた。
「ううむ、それは厄介な。して、ミアレ姫はいかほどの軍勢を従えていらっしゃるのか。噂によれば、王都滅亡の折は大変な混乱で師傅のユーグ様と二人。その後、王宮から逃れた者たちが集まったとして……近衛兵数百というところかと推察するが」
「いや、一行は四人さ。姫を入れてな」
「なに、四人と仰せか。それならば……」
 コルウスは王国簒奪の野望を隠しもしないジルコンに薄笑いを向けた。
「簡単に暗殺でもできるってのか。お前らの得意な手だ。お前らカナ族はそうやって王族を操ってきたんだろ。俺はな、お前らのそういう薄暗くってじめついたやり方が嫌いでな」
「コルウス様、街道の風聞などに耳を貸してはなりません。我が部族はそんな卑劣なことはいたしませぬ。ただ、残るはたったの四人とあれば姫さまも心細いことでしょう。となれば王国の行く末についてこちらの説得に応じていただけるはず。そういうつもりで申しましたので」
「同じこった。力のものをいわせて言うことを聞かせようってんだろ。そうはいくかよ」
 コルウスはジルコンを利用してやろうと思いつつ、この老人への嫌悪感は高まっていくばかりだった。
「いいか、よく聞けよ。ミアレ姫に付き添っているのは、まずはユーグ。お前も知っているだろ。王家の師傅、ナビ教の最後の生き残りだ。姫を守るためなら、なりふり構わずって魔法使いで王国一の切れ者だ。お次はカラゲル。お前知っているか、カラゲルを。目元に稲妻の刺青があるブルクット族族長ウルの息子。いざという時には命を捨ててかかる無双の剣士さ。そして、最後は……クランだ」
「クランなら知っております。イーグル・アイを自称しているという娘でしょう」
 ジルコンの腐臭めいた口臭から顔をそむけたコルウスは馬車の中に引っ込んでいるバレルへ顎をしゃくって見せた。
「バレルからそう聞いたのか。クランはイーグル・アイを『自称』なんぞしちゃいねえや。自分でなりたくてイーグル・アイになったんじゃねえんだからな。そう生まれてきちまったんだ。ちょうど俺が闇の旦那に取り憑かれちまったみたいな……いや、そんなことはどうでもいい……おい、バレルよ。お前はクランを甘く見ているようだな」
 コルウスはなぜかむしゃくしゃしてきて、ペッと唾を吐いた。鼻の奥から喉にかけて血の味が消えなかった。
「お前はご自慢の遠目を頼りにはるばるカナ族の地まで旅したようだが、その眼で何を見たというんだ。お前のこった、人の顔色ばかり見てきたんだろうな。しかしよ、クランはイーグル・アイで王国の精霊も見ている。死霊も見ている。古王国よりもっと古い龍だって見ている。下手をすると神々の顔だって見えるかも知れねえな」
 バレルは窓枠にしがみついて顔を突き出した。
「イーグル・アイなど子供だましのおとぎ話じゃないか。ジルコンさまの麾下には千軍万馬の軍勢がある。強い武器と鎧がある。将軍もあり、私のような軍師もある。それにウラレンシス帝国だって……」
 ジルコンがシュッと歯の間から音をさせた。それは身分の低い者を控えさせる時に使う言葉ではない言葉だった。バレルは慌てて頭を引っ込めた。
 不快げに口元をゆがめてコルウスが言った。
「ウラレンシス帝国だと。てめえらは王国を売る気か。となると闇の旦那の味方につくってのも怪しいもんだぜ」
 ジルコンはしいて穏やかな笑みを見せた。
「あの者の言葉は口が滑ったに過ぎませぬ。軍師と申す者たちは才気走った者ほど、あらぬ物思いをするものです」
「まあいい。爺さん、それにバレルよ。シャーマンどもの言う霊の身体をあなどっちゃいけねえぜ。俺たちはみんな肉の身体だけじゃなく霊の身体を持っている。霊の身体は剣と鎧じゃどうしようもねえ。ミアレ姫、つまり王の血脈のそばにクランが、シャーマンが、イーグル・アイがいる限り、ことはそう簡単じゃないんだぜ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

WEAK SELF.

若松だんご
歴史・時代
かつて、一人の年若い皇子がいた。 時の帝の第三子。 容姿に優れ、文武に秀でた才ある人物。 自由闊達で、何事にも縛られない性格。 誰からも慕われ、将来を嘱望されていた。 皇子の母方の祖父は天智天皇。皇子の父は天武天皇。 皇子の名を、「大津」という。 かつて祖父が造った都、淡海大津宮。祖父は孫皇子の資質に期待し、宮号を名として授けた。 壬申の乱後、帝位に就いた父親からは、その能力故に政の扶けとなることを命じられた。 父の皇后で、実の叔母からは、その人望を異母兄の皇位継承を阻む障害として疎んじられた。 皇子は願う。自分と周りの者の平穏を。 争いたくない。普通に暮らしたいだけなんだ。幸せになりたいだけなんだ。 幼い頃に母を亡くし、父と疎遠なまま育った皇子。長じてからは、姉とも引き離され、冷たい父の元で暮らした。 愛してほしかった。愛されたかった。愛したかった。 愛を求めて、周囲から期待される「皇子」を演じた青年。 だが、彼に流れる血は、彼を望まぬ未来へと押しやっていく。 ーー父についていくとはどういうことか、覚えておけ。 壬申の乱で散った叔父、大友皇子の残した言葉。その言葉が二十歳になった大津に重く、深く突き刺さる。 遠い昔、強く弱く生きた一人の青年の物語。 ――――――― weak self=弱い自分。

アラヒフおばさんのゆるゆる異世界生活

ゼウママ
ファンタジー
50歳目前、突然異世界生活が始まる事に。原因は良く聞く神様のミス。私の身にこんな事が起こるなんて…。 「ごめんなさい!もう戻る事も出来ないから、この世界で楽しく過ごして下さい。」と、言われたのでゆっくり生活をする事にした。 現役看護婦の私のゆっくりとしたどたばた異世界生活が始まった。 ゆっくり更新です。はじめての投稿です。 誤字、脱字等有りましたらご指摘下さい。

平凡冒険者のスローライフ

上田なごむ
ファンタジー
26歳独身動物好きの主人公大和希は、神様によって魔物・魔法・獣人等ファンタジーな世界観の異世界に転移させられる。 平凡な能力値、野望など抱いていない彼は、冒険者としてスローライフを目標に日々を過ごしていく。 果たして、彼を待ち受ける出会いや試練は如何なるものか…… ファンタジー世界に向き合う、平凡な冒険者の物語。

せっかく異世界に転生できたんだから、急いで生きる必要なんてないよね?ー明日も俺はスローなライフを謳歌したいー

ジミー凌我
ファンタジー
 日夜仕事に追われ続ける日常を毎日毎日繰り返していた。  仕事仕事の毎日、明日も明後日も仕事を積みたくないと生き急いでいた。  そんな俺はいつしか過労で倒れてしまった。  そのまま死んだ俺は、異世界に転生していた。  忙しすぎてうわさでしか聞いたことがないが、これが異世界転生というものなのだろう。  生き急いで死んでしまったんだ。俺はこの世界ではゆっくりと生きていきたいと思った。  ただ、この世界にはモンスターも魔王もいるみたい。 この世界で最初に出会ったクレハという女の子は、細かいことは気にしない自由奔放な可愛らしい子で、俺を助けてくれた。 冒険者としてゆったり生計を立てていこうと思ったら、以外と儲かる仕事だったからこれは楽な人生が始まると思った矢先。 なぜか2日目にして魔王軍の侵略に遭遇し…。

チートな親から生まれたのは「規格外」でした

真那月 凜
ファンタジー
転生者でチートな母と、王族として生まれた過去を神によって抹消された父を持つシア。幼い頃よりこの世界では聞かない力を操り、わずか数年とはいえ前世の記憶にも助けられながら、周りのいう「規格外」の道を突き進む。そんなシアが双子の弟妹ルークとシャノンと共に冒険の旅に出て… これは【ある日突然『異世界を発展させて』と頼まれました】の主人公の子供達が少し大きくなってからのお話ですが、前作を読んでいなくても楽しめる作品にしているつもりです… +-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-+-  2024/7/26 95.静かな場所へ、97.寿命 を少し修正してます  時々さかのぼって部分修正することがあります  誤字脱字の報告大歓迎です(かなり多いかと…)  感想としての掲載が不要の場合はその旨記載いただけると助かります

チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい

616號
ファンタジー
 不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。

追い出された万能職に新しい人生が始まりました

東堂大稀(旧:To-do)
ファンタジー
「お前、クビな」 その一言で『万能職』の青年ロアは勇者パーティーから追い出された。 『万能職』は冒険者の最底辺職だ。 冒険者ギルドの区分では『万能職』と耳触りのいい呼び方をされているが、めったにそんな呼び方をしてもらえない職業だった。 『雑用係』『運び屋』『なんでも屋』『小間使い』『見習い』。 口汚い者たちなど『寄生虫」と呼んだり、あえて『万能様』と皮肉を効かせて呼んでいた。 要するにパーティーの戦闘以外の仕事をなんでもこなす、雑用専門の最下級職だった。 その底辺職を7年も勤めた彼は、追い出されたことによって新しい人生を始める……。

転生テイマー、異世界生活を楽しむ

さっちさん
ファンタジー
題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...