地の果ての国 イーグル・アイ・サーガ

オノゴロ

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第四十八章

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第四十八章

 カラゲルたちがアナンの一行を追って出ていったすぐ後のこと。
 クランとナナは大天幕の前で森へ入る時を待っていた。
 森の入り口までは族長オホタ、二人の長老ほか、部族の主だった者数人が同行する。サンペ族の森に入るには部族の儀礼があった。それを長老たちが施そうというのだった。二人は彼らの準備が整うのを待っていた。
「ナナよ、お前が聖地へ案内してくれ。若者たちが帰ってくるまでに森を霧から解き放つのだ。そうすれば部族を割って出ようなどという考えは捨てるだろう」
「それはよいが、霧の中をどうやって進むのだ」
「鷲を放つ」
 クランは腕に据えたオローへ青い目をやった。
「鷲の目が導いてくれるはずだ。ただし、聖地のありかは部族の民のみが知ること。私が見たものをお前に教えるから道を教えてくれ」
 クランの愛馬ハルも待機している。ナナも馬を用意してあった。部族の聖地は歩いて行ける距離にはなかった。
「分かった。ところで生贄のことだが……」
 ナナは狩り支度を万端整えていた。肩には弓、足には馬に乗るための長靴をはいていた。毛皮の帽子は革紐で顎にくくりつけてあった。できることなら兄の仇を取りたいと思っている。
「なんだ。もしや怖気づいたか」
 クランが言うと、ナナはあいまいな表情になった。
「そうではないのだが……」
 そこへ族長たちが準備を整え、馬に乗ってやって来た。
「シャーマンよ、イーグル・アイよ。私たちが森の入り口へ案内する。ついてきてくれ」
 クランたちもすぐに馬にまたがった。厳粛な顔つきの族長オホタは娘のナナへちらと心配げな目を向けたが、すぐに表情を引き締め、一行を先導した。
 一行にはミアレ姫も加わっていた。クランは姫の白馬にハルを寄せて言った。
「姫が最後の決め手になる。霧が晴れたら部族の民とともに聖地へ向かってもらいたい。その時、王の血脈が精霊たちを呼び戻すだろう」
「分かりました。クラン、この森はとても静かですが、くれぐれも気をつけて」
「幾日かかるか分からない。あるいは森の奥で朽ち果てることになるかも知れないが、その時はオローが知らせるはずだ」
「オローとともにあなたとナナが帰って来るように祈りましょう。クランよ、無理だと思ったら、引き返す決断も必要ですよ」
 その時、森の方から獣の唸り声めいた音とともに風が吹き寄せてきた。風には腐肉のような臭気がこもっていた。一行は鼻を覆い、むせかえった。
「死霊たちが魂の力の強い者を恐れているのだ」
 一行にはブンド族のシャーマンも加わっていた。シャーマンは朗唱を口にした。森に近づくにつれ腐臭はおさまってきた。死霊がいったん森の奥へ退いたのだとシャーマンは言った。
 目の前に濃霧が作る白い壁がそびえて見えた。森のこちらの端が少しだけのぞいている。木の葉は濃い緑だが、黒ずんで生気がなかった。
 白い壁の上端は青空の下で炎のようにゆらめていた。木立はくまなく霧で満たされ、息を潜めていた。
 一行は森の入り口で馬を降りた。
 族長オホタが手際良く火を起こし、儀礼用の特別な木切れを炎であぶった。木切れの端は焦げて白煙を上げた。
 オホタはクランとナナに煙の匂いをつけていった。ナナは平気なようだったが、クランは二、三度むせて咳き込んだ。
 それが終わると、木切れの端からすすを取り、別の木の樹液で溶いた。できた黒い液を指につけると、オホタは二人の鼻筋に縦線を、頬には横線を二本引いた。
「これでいいだろう。いついかなる時も儀礼は忘れてはならない」
 オホタはナナの肩に手を置き、その顔につくづくと見入っていたが、ナナの方は早く出発しようと焦れている様子だった。
 クランはハルとナナの馬を繋ぎ合わせた。こうしたおけば離ればなれになることもないだろう。
 二人が馬に乗ると、オホタはクランに声をかけた。
「イーグル・アイよ。ナナを生贄に捧げると言ったが本気か」
「時と場合による。龍の出方しだいだ。いずれにせよ部族と精霊の仲立ちをする者が必要だ。今はそれが断ち切られている」
「ナナを、娘を頼む。イーグル・アイよ」
 クランはうなずいたが、ふとあることを思い出した。
 捜索隊とともに出発する前、ナンガが言ったことだ。
「もし、龍に会ったら言ってやってください。生贄なんて野蛮なことはよしにして、人間に何をしてもらいたいのか言ってくれってね。きっと龍もナナを食いたがらないでしょうから」
 龍もナナを食いたがらないとは何だ。クランはナナを振り返った。
 すでに鞍にまたがったナナはオホタがあれこれと話しかけるのをうるさそうにしていた。毛皮の帽子の顎紐をグイと引いたナナはクランに目配せしてきた。
 二人は白い壁に向かって馬を進めた。見送りの者たちは口々に別れの言葉を贈った。
 長老二人は白い髭に涙と鼻汁を垂らし、哀しげな声をもらしていた。
「おお、こともあろうに若者たちが……若い娘たちが……」
「闇じゃ、この世は闇じゃ……族長の娘が生贄になどと……」
 ミアレ姫は二人の老人へ微笑みかけた。
「長老さまがた、若い娘にしかできないこともあります。今はクランとナナの二人に任せましょう。それに、頼りになる鷲も……ほら、クランがオローを放ちます」
 見ると、馬上のクランの腕からオローが飛び立つところだった。オローは森の端に沿って羽ばたいていたが、すぐに上昇気流に乗って空高く舞い上がった。
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