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第十七章
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第十七章
さほど待たされることもなく、コルウスは謁見の間に足を踏み入れることになった。
腰の剣はもちろん吹き矢も取り上げられ、両手は後ろ手に縛られた。
それでもコルウスは、はったりが功を奏したことに気を良くしていた。衛兵隊長の教えてくれた王宮内の噂はガセネタじゃないらしい。
一方、シュメル王はセレチェンの息子であるコルウスが突然姿を現したことに心地よい驚きを感じていた。きっと目には見えない運命的な力が働いているのだと、王は自己陶酔の極みにあった。
玉座の後ろの衝立の向こうでは二人の魔導士が控えていた。コルウスが二つの松明の間を通る時、炎はねじれるように燃え上がり、青く光って唸りを上げた。
「王よ、ご注意召されよ。この者、邪気が強うございます」
シュメル王は魔導士たちの忠告に小さくうなずいた。その目にはセレチェンたちに会った時とは違った、どこか狡猾な色が浮かんでいた。
コルウスは薄笑いを浮かべた顔で王の前に進み、片膝をついて深々と頭を下げてみせた。黒い上着に揺れる炎が映えて濡れたような光沢をたたえた。
「王よ、私がブルクット族長老セレチェンの息子コルウスでございます。この首を王に捧げに参りました」
シュメル王とコルウスは真正面から顔を合わせた。
この対面は王宮の別の場所にいたミアレ姫とユーグの耳には入っていなかった。もし二人がそれを知っていたら、ダファネア王国のその後は大きく違ったものになっていたはずだ。
シュメル王は口の端を吊り上げて笑い、玉座から立ち上がった。すぐ脇に立てかけてある長剣を握ると、きざはしを降りた王はコルウスの目の前にやって来た。
「よし、その首もらい受けよう」
王は長剣をコルウスの首の後ろに当てた。刃の冷たい感触にさすがのコルウスも背筋を凍らせた。
「お、お待ちください。その前に一言申し上げたいことが……」
「お前は部族の禁忌を恐れぬと言ったらしいな。禁忌は怖くなくとも剣は怖いか」
「剣を恐れはしません。剣を持つ王の手を恐れているのです」
王の微笑はいよいよ残忍な色を帯びた。
「父のセレチェンと違って口の達者な奴よ。首を捧げに来たと言ったのは嘘か」
「私は王に忠誠をお誓いいたします。部族を追放された身には王しか頼るものはありません。どうか、シュメル王よ。何なりと私にお命じください」
コルウスとのやり取りがどこか芝居めいてきたことに気付いた王は苦笑いしながら剣を引っ込めた。
「聞くまでもなかろう。ダファネアの聖剣、鷲の目の剣だ。どうだ、手に入れられるか」
「ベルーフ峰に隠されたブルクット族の聖地。私はその場所を知っております。剣が安置されている場所。それも知っております」
「どのくらいかかる」
「遅くとも十日以内には」
「遅すぎる。祭りの間に戻って来い。『死者の日』までに。宿駅の馬を乗り継げば可能なはずだ」
コルウスは躊躇なくうなずいた。
「一つだけお願いが。王の命令書を賜りたいと存じます」
「馬鹿な。部族の聖剣を盗めと王が書面で命令を出すと思うか」
「いいえ、そうではありません。王命によって衛兵隊長と兵卒数名を私の部下につけていただきたいのです」
「そんなことか。お前、何か企んでいるな」
コルウスは上目遣いで王の顔色をうかがった。
「王よ、もしこのことがうまくいったら、その時は私を王都の新しい衛兵隊長にしていただきたいのです」
王は弾かれたように身体を反らすと大声で笑い出した。長剣でコルウスの腕をくくっていた縄を切ると、その背中を力いっぱい足蹴にした。
「この虫けらめが!」
コルウスは床に突っ伏し、這いつくばって、ようやく身体を起こした。
「王よ、どうぞ、お慈悲を」
顔面蒼白となったコルウスは震え声を上げた。これは、この男得意の目くらましなどではなかった。
コルウスのような男にとっても王は畏怖すべき何者かであった。その畏れがどこから来るのか、コルウスには分からなかったが、それでも、畏怖すべき何者かであった。
王は土気色の顔の中で目を暗く輝かせていた。長剣の切っ先をコルウスの顔の前に突きつけると口の端と目の端を同時に吊り上げて笑った。
次の瞬間、王はいきなり長剣を投げ出した。大きな音をさせてコルウスの横に転がった剣を指さすと王は言った。
「その剣を持って行け。王家の紋章の入った玉座の剣だ。それがあれば命令書などいらぬ。衛兵隊長であろうが、宿駅の馬であろうが思いのままだ」
その日の明け方、衛兵隊長とその部下たちは王都へ帰り着こうと馬を進めていた。
夜通し岩山の麓を右往左往して疲れ果てていた。馬も疲れてあえいでいる。当然ながら賞金首の獲物はなかった。
衛兵隊長はコルウスに騙されたと怒り狂っていた。引きずり回された兵卒たちは機嫌の悪い隊長にうんざり顔だった。
「ちくしょう、あいつめ。どこまで俺をこけにしやがるんだ!」
衛兵隊長は腐った首のこともコルウスが仕掛けたものだと思い込んでいた。
もしかするとブルクット族の村へ向かったというのも嘘かもしれねえ、そうなると、俺はあのココって女に会わせる顔がないぜと衛兵隊長は揺れる鞍の上で歯ぎしりしていた。
ほこりっぽい街道をたどり、道の向こうにようやく西の城門が見えて来た時、衛兵隊長は意外な相手に迎えられることになった。
「あっ、コルウス。てめえ、どうしてこんなところに!」
コルウスは草原の砂に汚れた衛兵隊長の顔を見て、ニタリと笑った。コルウスは近くの木に繋いだ見るからに脚の速そうな黒毛の馬を撫でながら尋ねた。
「どうだ、首は獲れたか」
「ふざけるな。西の岩山のどこにもそれらしき奴はいなかったぞ」
「そりゃあ残念だ。もしかしたら逃げられちまったんじゃねえか。そんな人数連れて行くからだぜ。俺はいつも一人でそっと忍び寄るようにしている。俺の相棒は無口なこいつだけさ」
コルウスは上着の内側から吹き矢筒を見せて笑った。
衛兵隊長は言葉に詰まった様子で顔をしかめた。
「コルウス、お前、国へ帰るんじゃなかったのか。例の剣のことでよ」
「それはこれからだ」
「嘘をつけ。それならどうして北へ向かわないのだ」
コルウスは繋いでいた黒毛の馬の縄をほどくと軽い身ごなしで鞍にまたがった。
「お前たちを待っていたのだ」
「なぜ、俺たちを待つ必要がある。一人でやるのがてめえの流儀だと、今、言ったばかりじゃねえか」
「やるのは一人でやるさ。しかし、追手がかかるかもしれねえ。帰り道に護衛が必要だ。さあ行くぜ、俺について来い」
「ついて来いだと。ふざけやがって、誰がてめえの命令なんぞ聞くかよ」
コルウスは巧みな手綱さばきで馬を操り、一人の兵卒のすぐ横へ駆け寄った。
次の瞬間、コルウスは腰の剣を抜き、兵卒の首をはねた。血しぶきとともに首を失った兵卒は馬から落ちた。
「て、てめえ、何しやがる。血迷ったか!」
衛兵隊長と残りの兵卒たちは浮足立ち驚愕に目を見開いた。
コルウスは血にまみれた剣を高く振り上げた。
「この剣を見ろ。王の剣だ。俺は王の特命を帯びている。これが証拠よ」
明け方の光にきらめく剣に血にまみれた王家の紋章が見えた。衛兵隊長はすっかりうろたえた様子になって怒鳴り声を上げた。
「どうして、てめえがそんなものを。さては盗んだか」
「馬鹿を言え。玉座の剣など盗めるものか。王からじきじきに賜ったのだ。我が部族の聖剣を持って来る約束と引き換えにな」
衛兵隊長は自分が出し抜かれたのに気付いた。こうすることでコルウスは衛兵隊長に命令できるようになる。これまでとは立場逆転だ。
「王の剣がある以上、俺の命令は絶対だ。従わない奴はその兵隊と同じように首をなくすことになるぜ。さあ行くぞ、『死者の日』までに帰って来なくちゃならねえんだ」
コルウスと衛兵隊長、それに兵卒五人の一行は街道を全速力で飛ばしていった。
『死者の日』まで四日しかない。
宿駅で馬を換えながら夜も眠らず王国北部ブルクット族の村へ向かっていく一行の姿は旅人たちの目を見張らせた。
顔の半分を髪で隠した異様な風体の男が王都の衛兵隊を率いている。それが傍若無人に祭りに向かう旅人に逆行して街道を駆け抜けていくのだ。
「おい、コルウス。少し休ませろ。もう限界だぞ」
衛兵隊長は旅立ちの前夜も徹夜だったから疲労しきって寝不足の目の下にくまを作っていた。砂ぼこりに汚れた顔は汗にまみれて醜さに磨きがかかっている。
「村の近くまで行ったら、お前たちには待機してもらう。そこまで辛抱するんだ」
コルウスはそれほど疲れた様子もなかった。
もともとブルクット族らしい強健な肉体の持ち主であるうえに賞金稼ぎで草原や森、岩山などを駆け巡って鍛えられている。お尋ね者コルウスはすでに狩られる側でなく、人間を狩る狩人と化していたのだった。
クランたちが五日を要した道のりをコルウス一行は一日半で駆け抜けた。
「よし、お前たちはここで野営していろ。いいか、街道から離れるなよ。俺は剣を取って夕方までに帰って来る」
そこは廃墟と化したナビ教の神殿が見えるあたりで街道に人影はなかった。頭の真上に照っている太陽が衛兵隊長たちには黄色く見えていた。
「言われずとも動かん。もう、こっちはヘトヘトなんだ」
「しっかりしてくれ。追手がかかったら、お前たちの出番だ。そのすきに俺は剣を持って逃げるって作戦なんだからよ」
「分かった、分かった。夕方だな、それまでひと眠りぐらいできるだろう」
「おお、そうするがいい。そら、酒をやるから元気を出せ。寝過ごすなよ」
馬から崩れ落ちるように地面に下りた衛兵たちは街道脇に座り込んで、コルウスがやった革袋の酒で喉の渇きを癒した。
衛兵隊長は酒で濡れた口元を拭うと血走った目で笑った。
「おい、コルウス。お前、このままどこかへ逃げるつもりじゃねえのか」
「そんなことをしていたら一生追われていなくちゃならねえ。あんたの言い草じゃねえが、そろそろ俺も潮時なんだ。この件をやっつけて、いくらかましな暮しをしたいのさ」
コルウスは口の端を上げて笑うと、疑いの晴れないらしい衛兵隊長に言った。
「おい、勘違いしちゃいねえか。俺は王から褒美をもらったら、あんたにも分け前をやるつもりなんだぜ」
「そりゃ本当か」
「嘘じゃねえよ。ただし、分け前は七三。俺が七でお前が三だぜ」
「ちぇっ、そんなことだろうと思った」
「馬鹿言え、三だって相当な金額になるはずだぜ。俺も我が部族の宝をそう安く売るつもりはねえからよ。じゃ、行ってくる。お利口さんにして待ってろよ」
街道を村へ向かって行くコルウスを見送った衛兵隊長は、あれであいつもそう悪い奴じゃねえらしいやと思った。
「潮時か……」
ひとりごちた衛兵隊長はココのことを思い出した。王都へ帰ったら真っ先にあの酒場へ行ってみよう。三か。三でも悪くねえや。ココに金貨何枚かくらいは見せてやれるだろう。俺はすっかりあの女に惚れちまってる。あいつのためなら危ない目を見たってどうってことはない……。
そんなことを思っているうちに衛兵隊長は道端の草を枕に眠り込んでしまった。
さほど待たされることもなく、コルウスは謁見の間に足を踏み入れることになった。
腰の剣はもちろん吹き矢も取り上げられ、両手は後ろ手に縛られた。
それでもコルウスは、はったりが功を奏したことに気を良くしていた。衛兵隊長の教えてくれた王宮内の噂はガセネタじゃないらしい。
一方、シュメル王はセレチェンの息子であるコルウスが突然姿を現したことに心地よい驚きを感じていた。きっと目には見えない運命的な力が働いているのだと、王は自己陶酔の極みにあった。
玉座の後ろの衝立の向こうでは二人の魔導士が控えていた。コルウスが二つの松明の間を通る時、炎はねじれるように燃え上がり、青く光って唸りを上げた。
「王よ、ご注意召されよ。この者、邪気が強うございます」
シュメル王は魔導士たちの忠告に小さくうなずいた。その目にはセレチェンたちに会った時とは違った、どこか狡猾な色が浮かんでいた。
コルウスは薄笑いを浮かべた顔で王の前に進み、片膝をついて深々と頭を下げてみせた。黒い上着に揺れる炎が映えて濡れたような光沢をたたえた。
「王よ、私がブルクット族長老セレチェンの息子コルウスでございます。この首を王に捧げに参りました」
シュメル王とコルウスは真正面から顔を合わせた。
この対面は王宮の別の場所にいたミアレ姫とユーグの耳には入っていなかった。もし二人がそれを知っていたら、ダファネア王国のその後は大きく違ったものになっていたはずだ。
シュメル王は口の端を吊り上げて笑い、玉座から立ち上がった。すぐ脇に立てかけてある長剣を握ると、きざはしを降りた王はコルウスの目の前にやって来た。
「よし、その首もらい受けよう」
王は長剣をコルウスの首の後ろに当てた。刃の冷たい感触にさすがのコルウスも背筋を凍らせた。
「お、お待ちください。その前に一言申し上げたいことが……」
「お前は部族の禁忌を恐れぬと言ったらしいな。禁忌は怖くなくとも剣は怖いか」
「剣を恐れはしません。剣を持つ王の手を恐れているのです」
王の微笑はいよいよ残忍な色を帯びた。
「父のセレチェンと違って口の達者な奴よ。首を捧げに来たと言ったのは嘘か」
「私は王に忠誠をお誓いいたします。部族を追放された身には王しか頼るものはありません。どうか、シュメル王よ。何なりと私にお命じください」
コルウスとのやり取りがどこか芝居めいてきたことに気付いた王は苦笑いしながら剣を引っ込めた。
「聞くまでもなかろう。ダファネアの聖剣、鷲の目の剣だ。どうだ、手に入れられるか」
「ベルーフ峰に隠されたブルクット族の聖地。私はその場所を知っております。剣が安置されている場所。それも知っております」
「どのくらいかかる」
「遅くとも十日以内には」
「遅すぎる。祭りの間に戻って来い。『死者の日』までに。宿駅の馬を乗り継げば可能なはずだ」
コルウスは躊躇なくうなずいた。
「一つだけお願いが。王の命令書を賜りたいと存じます」
「馬鹿な。部族の聖剣を盗めと王が書面で命令を出すと思うか」
「いいえ、そうではありません。王命によって衛兵隊長と兵卒数名を私の部下につけていただきたいのです」
「そんなことか。お前、何か企んでいるな」
コルウスは上目遣いで王の顔色をうかがった。
「王よ、もしこのことがうまくいったら、その時は私を王都の新しい衛兵隊長にしていただきたいのです」
王は弾かれたように身体を反らすと大声で笑い出した。長剣でコルウスの腕をくくっていた縄を切ると、その背中を力いっぱい足蹴にした。
「この虫けらめが!」
コルウスは床に突っ伏し、這いつくばって、ようやく身体を起こした。
「王よ、どうぞ、お慈悲を」
顔面蒼白となったコルウスは震え声を上げた。これは、この男得意の目くらましなどではなかった。
コルウスのような男にとっても王は畏怖すべき何者かであった。その畏れがどこから来るのか、コルウスには分からなかったが、それでも、畏怖すべき何者かであった。
王は土気色の顔の中で目を暗く輝かせていた。長剣の切っ先をコルウスの顔の前に突きつけると口の端と目の端を同時に吊り上げて笑った。
次の瞬間、王はいきなり長剣を投げ出した。大きな音をさせてコルウスの横に転がった剣を指さすと王は言った。
「その剣を持って行け。王家の紋章の入った玉座の剣だ。それがあれば命令書などいらぬ。衛兵隊長であろうが、宿駅の馬であろうが思いのままだ」
その日の明け方、衛兵隊長とその部下たちは王都へ帰り着こうと馬を進めていた。
夜通し岩山の麓を右往左往して疲れ果てていた。馬も疲れてあえいでいる。当然ながら賞金首の獲物はなかった。
衛兵隊長はコルウスに騙されたと怒り狂っていた。引きずり回された兵卒たちは機嫌の悪い隊長にうんざり顔だった。
「ちくしょう、あいつめ。どこまで俺をこけにしやがるんだ!」
衛兵隊長は腐った首のこともコルウスが仕掛けたものだと思い込んでいた。
もしかするとブルクット族の村へ向かったというのも嘘かもしれねえ、そうなると、俺はあのココって女に会わせる顔がないぜと衛兵隊長は揺れる鞍の上で歯ぎしりしていた。
ほこりっぽい街道をたどり、道の向こうにようやく西の城門が見えて来た時、衛兵隊長は意外な相手に迎えられることになった。
「あっ、コルウス。てめえ、どうしてこんなところに!」
コルウスは草原の砂に汚れた衛兵隊長の顔を見て、ニタリと笑った。コルウスは近くの木に繋いだ見るからに脚の速そうな黒毛の馬を撫でながら尋ねた。
「どうだ、首は獲れたか」
「ふざけるな。西の岩山のどこにもそれらしき奴はいなかったぞ」
「そりゃあ残念だ。もしかしたら逃げられちまったんじゃねえか。そんな人数連れて行くからだぜ。俺はいつも一人でそっと忍び寄るようにしている。俺の相棒は無口なこいつだけさ」
コルウスは上着の内側から吹き矢筒を見せて笑った。
衛兵隊長は言葉に詰まった様子で顔をしかめた。
「コルウス、お前、国へ帰るんじゃなかったのか。例の剣のことでよ」
「それはこれからだ」
「嘘をつけ。それならどうして北へ向かわないのだ」
コルウスは繋いでいた黒毛の馬の縄をほどくと軽い身ごなしで鞍にまたがった。
「お前たちを待っていたのだ」
「なぜ、俺たちを待つ必要がある。一人でやるのがてめえの流儀だと、今、言ったばかりじゃねえか」
「やるのは一人でやるさ。しかし、追手がかかるかもしれねえ。帰り道に護衛が必要だ。さあ行くぜ、俺について来い」
「ついて来いだと。ふざけやがって、誰がてめえの命令なんぞ聞くかよ」
コルウスは巧みな手綱さばきで馬を操り、一人の兵卒のすぐ横へ駆け寄った。
次の瞬間、コルウスは腰の剣を抜き、兵卒の首をはねた。血しぶきとともに首を失った兵卒は馬から落ちた。
「て、てめえ、何しやがる。血迷ったか!」
衛兵隊長と残りの兵卒たちは浮足立ち驚愕に目を見開いた。
コルウスは血にまみれた剣を高く振り上げた。
「この剣を見ろ。王の剣だ。俺は王の特命を帯びている。これが証拠よ」
明け方の光にきらめく剣に血にまみれた王家の紋章が見えた。衛兵隊長はすっかりうろたえた様子になって怒鳴り声を上げた。
「どうして、てめえがそんなものを。さては盗んだか」
「馬鹿を言え。玉座の剣など盗めるものか。王からじきじきに賜ったのだ。我が部族の聖剣を持って来る約束と引き換えにな」
衛兵隊長は自分が出し抜かれたのに気付いた。こうすることでコルウスは衛兵隊長に命令できるようになる。これまでとは立場逆転だ。
「王の剣がある以上、俺の命令は絶対だ。従わない奴はその兵隊と同じように首をなくすことになるぜ。さあ行くぞ、『死者の日』までに帰って来なくちゃならねえんだ」
コルウスと衛兵隊長、それに兵卒五人の一行は街道を全速力で飛ばしていった。
『死者の日』まで四日しかない。
宿駅で馬を換えながら夜も眠らず王国北部ブルクット族の村へ向かっていく一行の姿は旅人たちの目を見張らせた。
顔の半分を髪で隠した異様な風体の男が王都の衛兵隊を率いている。それが傍若無人に祭りに向かう旅人に逆行して街道を駆け抜けていくのだ。
「おい、コルウス。少し休ませろ。もう限界だぞ」
衛兵隊長は旅立ちの前夜も徹夜だったから疲労しきって寝不足の目の下にくまを作っていた。砂ぼこりに汚れた顔は汗にまみれて醜さに磨きがかかっている。
「村の近くまで行ったら、お前たちには待機してもらう。そこまで辛抱するんだ」
コルウスはそれほど疲れた様子もなかった。
もともとブルクット族らしい強健な肉体の持ち主であるうえに賞金稼ぎで草原や森、岩山などを駆け巡って鍛えられている。お尋ね者コルウスはすでに狩られる側でなく、人間を狩る狩人と化していたのだった。
クランたちが五日を要した道のりをコルウス一行は一日半で駆け抜けた。
「よし、お前たちはここで野営していろ。いいか、街道から離れるなよ。俺は剣を取って夕方までに帰って来る」
そこは廃墟と化したナビ教の神殿が見えるあたりで街道に人影はなかった。頭の真上に照っている太陽が衛兵隊長たちには黄色く見えていた。
「言われずとも動かん。もう、こっちはヘトヘトなんだ」
「しっかりしてくれ。追手がかかったら、お前たちの出番だ。そのすきに俺は剣を持って逃げるって作戦なんだからよ」
「分かった、分かった。夕方だな、それまでひと眠りぐらいできるだろう」
「おお、そうするがいい。そら、酒をやるから元気を出せ。寝過ごすなよ」
馬から崩れ落ちるように地面に下りた衛兵たちは街道脇に座り込んで、コルウスがやった革袋の酒で喉の渇きを癒した。
衛兵隊長は酒で濡れた口元を拭うと血走った目で笑った。
「おい、コルウス。お前、このままどこかへ逃げるつもりじゃねえのか」
「そんなことをしていたら一生追われていなくちゃならねえ。あんたの言い草じゃねえが、そろそろ俺も潮時なんだ。この件をやっつけて、いくらかましな暮しをしたいのさ」
コルウスは口の端を上げて笑うと、疑いの晴れないらしい衛兵隊長に言った。
「おい、勘違いしちゃいねえか。俺は王から褒美をもらったら、あんたにも分け前をやるつもりなんだぜ」
「そりゃ本当か」
「嘘じゃねえよ。ただし、分け前は七三。俺が七でお前が三だぜ」
「ちぇっ、そんなことだろうと思った」
「馬鹿言え、三だって相当な金額になるはずだぜ。俺も我が部族の宝をそう安く売るつもりはねえからよ。じゃ、行ってくる。お利口さんにして待ってろよ」
街道を村へ向かって行くコルウスを見送った衛兵隊長は、あれであいつもそう悪い奴じゃねえらしいやと思った。
「潮時か……」
ひとりごちた衛兵隊長はココのことを思い出した。王都へ帰ったら真っ先にあの酒場へ行ってみよう。三か。三でも悪くねえや。ココに金貨何枚かくらいは見せてやれるだろう。俺はすっかりあの女に惚れちまってる。あいつのためなら危ない目を見たってどうってことはない……。
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