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第七章
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第七章
王宮へたどり着くには、さらに城門をくぐる必要があった。王都の城壁は幾層も巡らされていた。そのそれぞれが歴史の遺物だ。街区が王宮に近づくほどに青いタイルは濃紺に近くなっていった。
馬上の三人は殺伐とした王都の雰囲気にやや表情を曇らせていた。
「やれやれ、広場があんな調子だと祭り本番になったらどうなってしまうのだ」
カラゲルはそれでも少し面白がっている風があった。セレチェンの表情には憂いの色が濃かった。
「昔、王都の人間は温和な気風で知られていたのだ。旅人へのもてなしも大事にされていた。王都は隊商をはじめ、旅人が集うところとして栄えているのだからな」
クランは早くもうんざり顔だった。
「用を済ませたら、さっさと王都を出よう。ハルを休ませるのは宿駅でもいい」
「待てよ、クラン。祭りを見るんじゃなかったのか」
「ここへ来て、ずいぶんたくさんの人間の顔を見た。もう一生分見たから、げっぷが出そうだ」
クランは腕に据えたオローへ目を向けた。人間を見過ぎて汚れた目を浄めようとでもするように。
「そう言うなよ。ほら、あのミケルという男、いい奴だったじゃないか。クランを褒めていた」
「私が美しかろうが何だろうが余計なお世話だ」
「クランのようなのが王都では美女らしいな。さて、俺に言い寄ってくる王都の女はいないものか」
カラゲルは道をすれ違う女たちに愛想よく挨拶を送ったが、たいていは無視され、残りは嘲笑を返してくるだけだった。
道はしだいに坂道になっていった。王宮の建物は丘の頂上に作られている。見上げると空の青に溶け込むような尖塔がそびえていた。
「すごいものを建てたものだなあ。しかし、この形は何かに似ているな」
カラゲルが言うと、セレチェンはうなずき、尖塔の先に金色に光っている鷲の像へ目をやった。
「街道で幾つも見ただろう。道しるべだ。王都と王宮は王国民すべてにとっての聖地だ。あの鷲の像はダファネアの鷲オロー。我らの魂を導く鷲だ」
セレチェンはクランの腕に据えられた鷲へ目を向けた。この鷲をダファネアの鷲にならってオローと名付けたのはセレチェンだ。
王宮が近づくにつれ、道はしだいに静まりかえっていった。
セレチェンはそれを奇妙に思っていた。昔は王宮の近くでも人々は行き交い、開放されていた中庭は王都の民の憩いの場だった。
三人は城壁をめぐらした王宮の正門にたどりついた。頑丈な鉄製の門は鎖されていた。この門も以前なら日中は開いていたのだ。
セレチェンは退屈そうにしている門番に馬上から声をかけた。
「私はブルクット族長老セレチェン。王よりの親書によって招かれた。開門を願いたい」
門番は馬に乗って現れた三人と一匹の鷲に、これまで見たことのない動物を見る時のような目を向けた。
「開門だって。そりゃあ無理だな。この門は一人じゃ開けられない」
「さっきも言ったが、私はシュメル王じきじきに招かれた部族の長老だ。開門するのが部族への礼儀であろうが」
鷲の刺青の威厳に気圧されたらしく門番は通用口から中へ引っ込んだ。
カラゲルが吐き捨てるように言った。
「俺たちをただの田舎者だと思ってナメているのか。こんなご立派な城門があったって戦士がいなければ何にもならぬだろうが。あんな門番一匹ではな」
「城壁は幾重にも築かれている。攻め込まれたら後退するが、常時ここへ人員を配置する必要はない」
セレチェンの言葉を聞いたカラゲルは道沿いに長くそびえる城壁を見上げた。
「ここが最後の砦か」
「いや、厳密に言えば、王国の最後の砦はここではない」
「それではどこがそうだ」
「我らの村。ベルーフ峰の麓のブルクット族の村こそ、王国が最後に拠るところだ」
しばらく待たされた後、通用口に一人の役人らしき男が現れた。口元に両端をピンと跳ね上げた髭を生やし、探るような目で馬上の三人の顔をうかがっている。
「ブルクット族長老とおっしゃる。さて、私はそのような客人が来られるとは聞いておりませんが」
「私は王の親書によって招かれた者だ。これを見るがいい」
セレチェンは鞍袋から王の親書を出して男の目の前に差し出した。男がそれを手に取ろうとしたが、セレチェンはそれに触れさせなかった。
「失礼だが、あなたはどなたか。王宮のお役目は何か」
「私ですか。私はこの門の番を任されている番兵長で」
「腰に剣も帯びず、短靴を履いた番兵か」
「いや、番兵ではなく番兵長で。長老は王宮へ来られるのは初めてでしょう。何人たりともこの私の許可なく門を通すことはできないのです」
番兵長は口髭の端をひねって薄笑いを浮かべた。よく見ればごく若い男だ。似合わない口髭はせいぜい威厳を示そうというこけおどしらしかった。
「番兵長、この王の親書をよく見るがいい。王の親書を持っているということは、王の命令を受けているのと同じだ。王宮の城門内まで騎乗で入ることができ、王の御前に帯剣して出ることができるのだ」
番兵長はセレチェンがもう一度示した王の親書に目を当てた。
「なるほど、これは王の親書らしいですな……聖剣と聖杖と王権の指輪……紋章も確かだ……しかし……」
顔を上げた番兵長はセレチェンの姿へ素早い視線を走らせた。その目つきには王宮に仕える者とも思えぬ狡猾で下卑た色があった。
「この頃、王国では偽手紙なども横行しているようですからな。まあ、あなたがそれなりの地位のお方ならそれなりの……しるしを見せていただかないと……」
「しるし、とは何のことだ。私は我が部族の村で王の使者にも会った。後で聞けば王都の衛兵隊長だということだった。その者に尋ねてくれぬか」
「ご覧のように王都は祭りを控えてごった返しております。衛兵隊長も多忙を極めておりまして。なに……ほんのしるしだけ……」
番兵長は妙な手つきをして見せた。セレチェンは小首をかしげた。
「どうも話が分からぬ。くどいようだが我らは王からじきじきに呼び出された身。あらかじめ王への返書も使者に託した。確かめてもらいたい」
番兵長はこれみよがしにため息をつき、口髭の端をひねりながら答えた。
「では、王のご都合をおうかがいしてからお知らせしましょう。宿をお知らせくだされば……まあ、二、三日のうちにでも……」
あっけに取られているセレチェンを置いて、番兵長はそそくさと門の中へ引っ込んでしまった。
王宮へたどり着くには、さらに城門をくぐる必要があった。王都の城壁は幾層も巡らされていた。そのそれぞれが歴史の遺物だ。街区が王宮に近づくほどに青いタイルは濃紺に近くなっていった。
馬上の三人は殺伐とした王都の雰囲気にやや表情を曇らせていた。
「やれやれ、広場があんな調子だと祭り本番になったらどうなってしまうのだ」
カラゲルはそれでも少し面白がっている風があった。セレチェンの表情には憂いの色が濃かった。
「昔、王都の人間は温和な気風で知られていたのだ。旅人へのもてなしも大事にされていた。王都は隊商をはじめ、旅人が集うところとして栄えているのだからな」
クランは早くもうんざり顔だった。
「用を済ませたら、さっさと王都を出よう。ハルを休ませるのは宿駅でもいい」
「待てよ、クラン。祭りを見るんじゃなかったのか」
「ここへ来て、ずいぶんたくさんの人間の顔を見た。もう一生分見たから、げっぷが出そうだ」
クランは腕に据えたオローへ目を向けた。人間を見過ぎて汚れた目を浄めようとでもするように。
「そう言うなよ。ほら、あのミケルという男、いい奴だったじゃないか。クランを褒めていた」
「私が美しかろうが何だろうが余計なお世話だ」
「クランのようなのが王都では美女らしいな。さて、俺に言い寄ってくる王都の女はいないものか」
カラゲルは道をすれ違う女たちに愛想よく挨拶を送ったが、たいていは無視され、残りは嘲笑を返してくるだけだった。
道はしだいに坂道になっていった。王宮の建物は丘の頂上に作られている。見上げると空の青に溶け込むような尖塔がそびえていた。
「すごいものを建てたものだなあ。しかし、この形は何かに似ているな」
カラゲルが言うと、セレチェンはうなずき、尖塔の先に金色に光っている鷲の像へ目をやった。
「街道で幾つも見ただろう。道しるべだ。王都と王宮は王国民すべてにとっての聖地だ。あの鷲の像はダファネアの鷲オロー。我らの魂を導く鷲だ」
セレチェンはクランの腕に据えられた鷲へ目を向けた。この鷲をダファネアの鷲にならってオローと名付けたのはセレチェンだ。
王宮が近づくにつれ、道はしだいに静まりかえっていった。
セレチェンはそれを奇妙に思っていた。昔は王宮の近くでも人々は行き交い、開放されていた中庭は王都の民の憩いの場だった。
三人は城壁をめぐらした王宮の正門にたどりついた。頑丈な鉄製の門は鎖されていた。この門も以前なら日中は開いていたのだ。
セレチェンは退屈そうにしている門番に馬上から声をかけた。
「私はブルクット族長老セレチェン。王よりの親書によって招かれた。開門を願いたい」
門番は馬に乗って現れた三人と一匹の鷲に、これまで見たことのない動物を見る時のような目を向けた。
「開門だって。そりゃあ無理だな。この門は一人じゃ開けられない」
「さっきも言ったが、私はシュメル王じきじきに招かれた部族の長老だ。開門するのが部族への礼儀であろうが」
鷲の刺青の威厳に気圧されたらしく門番は通用口から中へ引っ込んだ。
カラゲルが吐き捨てるように言った。
「俺たちをただの田舎者だと思ってナメているのか。こんなご立派な城門があったって戦士がいなければ何にもならぬだろうが。あんな門番一匹ではな」
「城壁は幾重にも築かれている。攻め込まれたら後退するが、常時ここへ人員を配置する必要はない」
セレチェンの言葉を聞いたカラゲルは道沿いに長くそびえる城壁を見上げた。
「ここが最後の砦か」
「いや、厳密に言えば、王国の最後の砦はここではない」
「それではどこがそうだ」
「我らの村。ベルーフ峰の麓のブルクット族の村こそ、王国が最後に拠るところだ」
しばらく待たされた後、通用口に一人の役人らしき男が現れた。口元に両端をピンと跳ね上げた髭を生やし、探るような目で馬上の三人の顔をうかがっている。
「ブルクット族長老とおっしゃる。さて、私はそのような客人が来られるとは聞いておりませんが」
「私は王の親書によって招かれた者だ。これを見るがいい」
セレチェンは鞍袋から王の親書を出して男の目の前に差し出した。男がそれを手に取ろうとしたが、セレチェンはそれに触れさせなかった。
「失礼だが、あなたはどなたか。王宮のお役目は何か」
「私ですか。私はこの門の番を任されている番兵長で」
「腰に剣も帯びず、短靴を履いた番兵か」
「いや、番兵ではなく番兵長で。長老は王宮へ来られるのは初めてでしょう。何人たりともこの私の許可なく門を通すことはできないのです」
番兵長は口髭の端をひねって薄笑いを浮かべた。よく見ればごく若い男だ。似合わない口髭はせいぜい威厳を示そうというこけおどしらしかった。
「番兵長、この王の親書をよく見るがいい。王の親書を持っているということは、王の命令を受けているのと同じだ。王宮の城門内まで騎乗で入ることができ、王の御前に帯剣して出ることができるのだ」
番兵長はセレチェンがもう一度示した王の親書に目を当てた。
「なるほど、これは王の親書らしいですな……聖剣と聖杖と王権の指輪……紋章も確かだ……しかし……」
顔を上げた番兵長はセレチェンの姿へ素早い視線を走らせた。その目つきには王宮に仕える者とも思えぬ狡猾で下卑た色があった。
「この頃、王国では偽手紙なども横行しているようですからな。まあ、あなたがそれなりの地位のお方ならそれなりの……しるしを見せていただかないと……」
「しるし、とは何のことだ。私は我が部族の村で王の使者にも会った。後で聞けば王都の衛兵隊長だということだった。その者に尋ねてくれぬか」
「ご覧のように王都は祭りを控えてごった返しております。衛兵隊長も多忙を極めておりまして。なに……ほんのしるしだけ……」
番兵長は妙な手つきをして見せた。セレチェンは小首をかしげた。
「どうも話が分からぬ。くどいようだが我らは王からじきじきに呼び出された身。あらかじめ王への返書も使者に託した。確かめてもらいたい」
番兵長はこれみよがしにため息をつき、口髭の端をひねりながら答えた。
「では、王のご都合をおうかがいしてからお知らせしましょう。宿をお知らせくだされば……まあ、二、三日のうちにでも……」
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