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1巻

1-3

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 二階は六部屋あり、公爵こうしゃくの書斎、寝室、母親の部屋、大きさと内装が違う子供部屋が二つ。
 一階は広いリビングに大きなテーブルが置かれたダイニング、厨房ちゅうぼう、応接室、執事の部屋には、中年の男性がいる。屋敷の中では、メイドは八人くらいが動いている。
 これ……地図で合ってるんだろうか? かなり性能がいいのは気のせい?
 リビングでは後妻と連れ子が、メイドに給仕されながら食事をしていた。
 テーブルには同じようなパンが皿にそれぞれ二つ、コップに入った水、焼いた鶏肉? に何かのソースがかかっている料理もある。
 野菜くずではない具のスープや、リンゴのような果物がカットされたものも皿の上に載っている。
 食器はどれも綺麗で、銀で作られたものだ。
 パン食が基本なのかな?
 豪華とは言えないけれど、朝食だしこんなものかもね。
 それでもリーシャの食事と比べると、かなりの差がある。
 ホームで自宅へ帰れるのは、本当によかった。
 もし毎日硬いパンと野菜くずの入ったスープだけだったら、私は子供のフリをするのをすぐに止め、後妻へ喧嘩を吹っかけていただろう。
 今は腕力も体力もない十二歳の子供だから、喧嘩をしても負けそうだけど……
 ここには私のフォローをしてくれる味方はいないし、あまり無茶はできない。
 けど、やっぱりムカツクな~。
 リーシャの分まで私がやり返してあげるわ!
 父親の公爵が戻ってきた時が、年貢ねんぐおさどきよ!
 公爵邸の外を見てみると、庭が途切れている。マッピングで見ることができる範囲は、限界があるのかも。
 念のため、二次元で確認したら、上空から見た平面図になっただけで、やっぱり途切れている。
 暇だから三次元に戻し、色々見てみよう。
 二階の大きなほうの子供部屋には天蓋付てんがいつきのベッドが中央に置いてあり、ウォークインクローゼットのようなドレスルームには、色とりどりのドレスが掛かっている。
 繊細な装飾を施された机に椅子、ドレッサーもあった。
 本棚には本が二十冊くらい入っており、背表紙は革でできている。中は羊皮紙だろうか?
 この世界に紙はあるのかなぁ。
 公爵邸を見る限り、なんだか前世の色んな時代がごちゃまぜのような文化だ。
 それにしても、この画面は他の人にも見えるのかな?
 見えるのだとしたら、人前では表示できないから、頭の中だけで開けないかしら?
 そう思った途端に画面が消え、脳内に表示される。不思議な感覚だ。
 魔法バンザイ! 大体、思った通りになるみたい。
 この日、メイドさんが昼食と夕食を運んできてくれたんだけど、食事を机の上に置くと、話す時間もないのか、すぐに出て行ってしまった。
 もっと話せたらよかったものの、他の人に見張られているみたいだ。
 残念ながら食事のメニューは両方とも朝と一緒なので、スープはタッパーへ移し替え、パンと一緒に収納する。
 昼食は昨日の残りのピザ半分と、ペットボトルのお茶を飲んで済ませた。
 夕食は自宅に帰り、インスタントのコーンスープとコンビニのハンバーグ弁当を食べる。
 一応、公爵邸の中なので、自宅のベッドで寝るのは止め、こちらの世界で眠ることにした。


         ◇  ◇  ◇


 この世界に転移して四日目。
 部屋のベッドは硬くて体に負担がかかったようで、朝目覚めると腰が痛い。
 室内は寒く、下着を昨日と一緒のものにしてよかったと思う。
 明日、父親が帰ってくる予定だから、今日も部屋で大人しくしていよう。
 部屋を出たのを知られれば、後妻が手にしていたあの棒で叩かれるかもしれない。
 リーシャの体では反撃することも叶わないだろう。
 それに普段と違う行動をするのは得策とくさくとは言えない。
 父親が帰ってくるまでは、後妻が不審に思わないよう注意しなければ。
 この機会に溜まっている小説でも読もうと思い、購入したものの仕事が忙しくて読めなかった続き物の小説を一巻から読み始める。
 はっ!? この小説の新刊が出ても、もう読めないじゃん!
 異世界にファンタジー小説はないという当然のことに気付き、地味にショックを受けた。

 今日も三食同じメニューで、タンパク質も栄養もほとんどない食事。
 これらは収納して食べたように見せかける。
 味方のメイドさんと話はできず、自分の置かれた状況に危機感がつのる。
 夜になると考える時間が多くなり、十二歳の子供姿で知らない家族と一緒に生きていけるのか、不安になる。このままリーシャの記憶もない状態で、公爵令嬢のように振る舞えるだろうか?
 貴族の生活は窮屈きゅうくつそうだし、ここにいる限り、自宅に何度も帰るのは難しそうだ。
 父親が娘への虐待を知り、生活が改善されても、リーシャとして生活するのは苦痛以外の何物でもない。
 四十八歳の私はリーシャの体に転移したけど、記憶は残ったままで、本当の両親も兄妹も忘れたわけじゃない。
 そして十五歳も年下の、三十三歳の若者が父親だという事実。無理無理、親って自分より年上なのが当たり前でしょ。
 現在両親は七十一歳で一番歳が離れた双子の弟たちにしても四十歳だし、弟より年下の父親はありえないよ!
 これはもう家を出たほうがいいかもしれない。
 前世で読んでいたファンタジー小説では、魔物や冒険者がいる設定が定番だった。
 この世界もファンタジーの世界だし、似たような職業があるのでは?
 ただ、十二歳で登録できるかわからないけど……今日はそんなことを考えながら眠った。


         ◇  ◇  ◇


 五日目も朝食は同じメニュー。
 昼頃、私を部屋に連れていったメイドが、水が入ったおけを持ち、部屋に入ってきた。

「体を拭いて、ピンクのドレスへ着替えるように」

 メイドはそう言い残し、去っていく。
 桶の中に手を入れてみると冷たい。手拭いのようなものを使い、体を綺麗にしろと……?
 手がこおりそうなので止めて、自宅で風呂に入り、タオルで髪を拭く。
 そして、最初の下着を身に着け、再び公爵邸に戻り、ピンクのドレスへ着替えた。
 念のため、着ていた服は収納しておく。
 虐待されていた事実を父親に隠したいからこんなことをさせるのだろうが、絶対、話してやるから、首を洗って待ってなさいよ!
 二十分ほどすると部屋の外が騒がしくなった。
 マッピングで公爵邸を見てみると、どうやら父親が帰ってきたみたいだ。
 再びメイドが現れ、私の姿を一瞥いちべつし、リビングに行くよう言われた。
 階段を下りリビングへ入ると、父親と後妻と連れ子がソファーに座り、何やら話している。
 私は父親に近付き、挨拶をした。

「お父様、お帰りなさい」
「おおリーシャ! 元気だったかい? さあ、こちらに座りなさい」

 機嫌のよい父親の隣に座らせられる。
 金髪で青い瞳の父親は、背が高くてイケメンだった。
 リーシャの記憶が一切ない私は、どう考えても年下の若い男性としか思えない。
 テーブルを挟んだ向かい側には、微妙な顔をした後妻と連れ子が座っている。
 知らない顔のメイドが、テーブルの上に紅茶の入った陶器のティーカップを四人分置いていく。

「リーシャは寂しがっていましたよ。もちろん、サリナも同様ですわ」
「はい、私もすごく寂しかったです。お父様」

 後妻がにこやかに言い、連れ子も同調する。

「二人とも遅くなってすまないね。王都は遠いから、往復すると時間がかかって仕方ない」
「社交は大事ですもの、仕方ありません。無事に帰ってこられて安心しました」

 後妻が父親にそう語りかける。
 仲良さげに会話している家族を見ながら、なんだこの茶番はと思いつつ、紅茶を飲んだ。

「そうだ、お土産があるから渡そう」

 父親は執事を呼ぶと、何かを持ってくるように伝える。
 娘二人に手渡されたのは、白いレースのリボンだった。
 連れ子は嬉しそうにはしゃいでみせると、お礼を言う。

「ありがとう! こんなに綺麗なリボン! とっても嬉しい!」
「ありがとうございます。素敵なリボンですね。髪を縛る時につけてみます」

 私も連れ子にならい、父親にお礼を言った。
 手編みのレースは確かに綺麗で、この世界の品としては、高価なものなのだろう。

「喜んでもらえたようでよかった。何にしようか迷ったんだよ」

 二人の娘が気に入った姿を見て、父親はニコニコと笑顔を向けた。
 私はこの場では沈黙を守り続け、後妻の注意をひかないように大人しくしておく。
 それから父親は王都の様子を話し、不在時のことを聞いて、一旦会話は終了した。
 父親が話をしている最中、後妻から牽制けんせいするような視線を受け、とても不快な気分になる。
 そうやって、いつもリーシャが何も言わないよう目を光らせていたのか。

「それじゃあ、着替えてくるからあとで昼食を一緒に食べよう」

 父親が部屋から出ていったあと、味方のメイドさんが呼びに来て、大きいほうの子供部屋へ案内された。

「旦那様がお戻りになって安心しました。やっと、お嬢様の部屋に入れます。私は食事の準備をいたしますので、ゆっくり休んでくださいね」

 メイドさんが部屋から出て行ったのを見届けてから、椅子に座り、マッピングを使う。
 父親がどこにいるか捜すと一人で部屋にいる。これはチャンスだ。
 私は扉を開けて、父親のもとに向かった。

「どうしたんだい、リーシャ。何か用事でもあったのか?」

 父親の部屋に行くと、突然現れた娘に驚いた様子で声をかけられた。

「お父様、お話があります。ずっと言えなかったのですが……実は、お母様から虐待を受けているの。お父様がいなくなると私の部屋はサリナに取られ、三階にある一番奥の部屋へ連れていかれます。粗末な服を着せられて……食事はいつも、パンと野菜の皮が入った冷えたスープでした」

 私の告白に、父親が目を見開く。

「それだけじゃ、ありません。口答えすると何度も叩かれ、反省するまで納屋に閉じ込められるんです。納屋にいる間は、飲み水もなく、一回の食事で硬いパン二つしかもらえませんでした。私が悪いのでしょうか? お母様は、いつも生意気だと言うのです。お父様に話したら、もっと叩いてやると言われ……伝えられませんでした」

 想像をまじえ一気に話し、心の中で私は女優と唱えつつ、涙をこぼす。

「なんだと!? 嘘を言っているわけじゃないよな」
「信じてください、本当です。服を脱いで裸になりますから見てもらえますか?」

 リーシャが後妻にどんな仕打ちを受けてきたのか、服と下着を脱ぎ、父親にしっかりと確認してもらおう。
 赤の他人に裸を見られるのはかなり恥ずかしいけど、証拠を見せるためだと言い聞かせ、自分を納得させた。
 痩せてアザだらけの体を見た父親は、一瞬目をつむり、次いで憤怒ふんぬの表情になる。

「なんてことだ! これは酷い! リーシャ、服を着て自分の部屋で少し待っていなさい」

 まさにいか心頭しんとうに発するといった様子で、父親は足早に部屋から出て行った。
 よかった……
 父親はかなり怒っていたから、やっぱりリーシャが虐待されているのを知らなかったようだ。
 それはそれで問題大ありだけど、今はそれを責めるより、この状況をどうにかしてもらうほうが重要だ。
 服を着てから自分の部屋に戻り、マッピングで父親の様子を見る。
 まず三階の一番奥の部屋を調べに行き、洋服ダンスの中を確認すると、手に持った一着だけの粗末な服を握り締め、体を大きく震わせている。
 それから一階へ下り、味方のメイドさんに声をかけ、書斎へ入っていった。
 声は聞こえないけど二人は真剣な表情で話し込んでいる。
 きっと私から聞いた内容を確かめているんだろう。
 メイドさんと父親が書斎から出ると、私の部屋に向かってきた。
 慌ててマッピングを閉じると、父親が部屋に入ってきた。

「リーシャ、ダイニングに行こう」

 父親にそう言われ、ダイニングに連れていかれる。
 二人のあとに続き、一階のダイニングに入ると、テーブルに食事の用意がされていた。
 右側の席には後妻と連れ子が座っていて、いじわるなメイドのカリナも壁際に控えている。
 父親は席に座らず立ったまま、無表情で後妻へ話しかけた。

「リンダ、お前はリーシャを虐待していたのか?」
「えっ、突然何を言うのですか? 私がリーシャを虐待なんて、するわけがありません。誰がそのような嘘を言ったのですか?」
「嘘ではない。先程リーシャから聞いたのだ」

 平然とした顔で答える後妻の隣で、連れ子は青い顔をして、うつむいている。
 自分たちがリーシャにしてきたことを思い出し、これからどうなるのか、恐怖で父親の顔が見られないのだろう。

「いいえ、リーシャはきっと私が嫌いなんです。本当の母親ではないからと、そんなことを言うなんて悲しいわね。リーシャ、嘘をつくのはいけないわよ。怒らないから本当の話をしてちょうだい」

 言葉や悲しげな表情とは違い、後妻はしっかりと私を見据みすえていた。
 まさに、どう答えるのが正しいかわかっているだろうな、といったような感じだ。
 でも残念! 私はあなたが虐待し、言いたいことも言えず小さな体で我慢してきたリーシャじゃないから。後妻の視線に怯える必要はないのだ。
 望む通りの答えは絶対にしないし、後妻がどう言い訳しようとも、リーシャの体を見た父親を騙すのは無理だよ。
 既に父親は虐待の証拠を掴んでるんだから、むしろ否定すればするほど、後妻の立場は悪くなるだろう。
 私は平然と後妻の視線を受け止めた。

「まだとぼけるつもりか! リーシャの体を確認したが、アザだらけで見ていられなかった」

 当然、父親は後妻の言い訳に激昂し声を荒らげる。

「それは……嘘を信じてもらえるよう、自分でつけたのでしょう」

 後妻が苦しい言い訳をする。
 十二歳の少女が、自分の体をアザになるまで痛めつけるはずがない。
 それがわからない後妻はバカなのか?
 もう少し、ましなことを言えばいいのに。

「では、なぜ三階の一番奥の使用人部屋に粗末な子供服が置いてあるのだ。うちのメイドが着るようなものではないぞ。ナターシャからも話を聞いたが、ずいぶん酷い扱いをしていたそうだな。告げ口をしたらクビにすると脅したとか……お前が来てから使用人が四人辞めた。執事に体を触られたと言っていたのも嘘だろう。あの時は騙されて解雇してしまったが……」

 余裕だった後妻の表情が、次第に焦ったものになっていく。
 今まで隠れて散々リーシャを痛めつけ、使用人でも食べないような食事を与え、部屋を取り上げ、粗末な服を着せ、リーシャ付きのメイドの監視までして……
 こんな酷い仕打ちをしていたのに、リーシャが父親に虐待されている事実を訴えるとは、つゆほども考えていなかったんだろう。

「娘には母親が必要だと思い、紹介されたお前と結婚したのが間違いだった。虐待するなど信じられん。子供好きだから大切に育てますと、どの口が言うのか。ナターシャ、護衛を呼んでこい。お前たちは二度と家には入れない、すぐに出ていくがいい!」

 その後、護衛に拘束され、後妻と連れ子と執事と、カリナを含むメイド四人が公爵邸から追い出された。
 泣き叫ぶ後妻の哀れな姿を見て、リーシャのかたきを取れたと、ホッと安堵の息を吐く。
 後妻は離縁され、二度と公爵邸の敷居をまたぐことはないとのことだ。
 二人がどうなるかわからないけど、公爵と結婚できたくらいだから、それなりの身分の出身だろう。実家に帰り、肩身の狭い生活を送ってくれれば、リーシャの胸もすくかもしれない。
 これで公爵邸での私の役目は終わった。

「辛い思いをさせたな。リーシャ、よく話をしてくれた。お腹が空いているだろう。さあ、昼食を食べよう」

 父親に促され、席へ座る。

「はい、お父様」

 料理は冷えていたけど、この世界で初めて美味しいと思える食事だった。

 その日の深夜。
 公爵邸の人間が寝るのを待ち、リーシャの部屋にある全ての物を収納した。
 私は公爵邸から出ていくことに決めた。それには、準備が必要だ。
 マッピングで廊下に誰もいないのを確認し、後妻の部屋、連れ子の部屋、執事の部屋を回り、使えそうなものや売れそうなもの、お金を収納していく。もう誰もいないから問題ないでしょ。
 父親には悪いと思うけれど、私はリーシャの代わりとして生きるつもりはなかった。
 恩も義理もない、一日会っただけの若者を父親だと思うのは無理だ。
 両親は私を大切に育ててくれた日本にいる二人だけ。
 それに……おそらくリーシャは納屋で亡くなったから、私は彼女の体に転移させられたのだろう。
 記憶がないのもそのせいで、既に元のリーシャはどこにもいない……のだと思う。
 父親は虐待を知らなかったようだけど、私に言わせればそれは親の怠慢たいまんだ。
 少しでも娘を気にかけていたなら、表情で変化は感じ取れただろう。
 毎日同じ家にいて気付かなかったのは、後妻に娘の面倒を全て任せきりにしていたからだ。
 きっと幼いリーシャは何度も後妻に気付かれないよう、父親へ助けを求めたに違いない。
 確かに亡くなったのは、後妻の虐待が直接の原因だと思うけれど、半分以上は父親にも責任があるのではないか。
 栄養失調になるくらいえ、誰にも助けてもらえず、多分寒さの中でリーシャは息を引き取った。
 後妻と再婚したあとも、父と娘、二人きりの時間を持つべきだったのだ。
 なぜ新しい母親について、一度もリーシャに尋ねなかったのだろう?
 私が公爵の立場だったら、継母ままははがいない場所で子供に質問くらいはする。
 再婚相手に子供が虐待されることは、世の中にありふれていると知ってるからだ。
 領地経営に忙殺され、直接子育てができないのなら、後妻の動向をチェックする人間を雇うとか、やり方はいくらでもある。
 そのための権力と財力ではないのか?
 正直、危機管理能力が欠けていると言わざるを得ない。
 いくら仕事ができる人間でも、お金を稼ぐだけじゃ父親とは言えないし、可愛がることしかしてこなかったから、子供の機微がわからないんだ。
 少なくとも私の両親は母親だけじゃなく父親も、具合が悪いだけで変化に気付き、口数が減っていれば、何かあったのかと聞いてくれる。
 家族が皆で一緒に暮らしていた小さな頃は、兄妹でさえ、誰かの体調が悪そうなら、気付いて熱を測るし、元気がなければ親へ伝えていた。
 実際、長男である兄は弟妹の体調の悪さに一番早く気付いていた。
 そう思うと、この父親には同情する気になれない。
 これほど痩せていれば、顔色も相当悪かったはずなのに……
 ひと通り部屋を回り、準備が完了した。
 庭に出て、見つからないよう門へ近付くと、護衛が二人立っていた。
 家出は失敗かとマッピングをよく見ると門の外のマップが広がっている。
 前方二十メートルくらい先まで表示されている。
 もしかしたらいけるか? 
『表示されている一番奥へ転移』と念じると、二十メートル先に移動した!
 これしか移動できないのかな?
 門を通過できたし、便利ではあるけど……
 これもレベルが上がれば範囲が広がる?
 初めて屋敷の外に出る。
 もう夜になってしまっている。異世界の夜は街灯もなく、月明かりだけが頼りだ。
 石畳が敷き詰められた誰もいない夜道を進んでいく。
 百メートルほど歩いたところで、ホームを使い自宅へ戻り、温かい格好に着替え、アパートの階段を下りる。
 駐輪場に停めてある自転車に乗ると、そのまま自転車ごと異世界へ戻り、元気よく走らせた。
 夜の間に、なるべく距離を稼ぎたい。ここからは時間との勝負だ!
 自転車のランプに照らされた道を、歌を口ずさみつつ進む。
 方向は……合っていると信じるしかない。
 できれば町へ出たいと思いながら、ひたすら自転車を走らせること二時間。
 どうやら方向は間違ってなかったようで、町が見えてきた。
 町の中に入り、道から外れた建物の裏で自転車を収納し、自宅へ戻る。
 疲れていたため、簡単にシャワーで済ませ、ベッドへ倒れ込む。

         
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