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第1章
第28話 俺と小石の関係――
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しばらく続いた埓が明かない綱引きに、俺は音をあげた。
「もうホント痛い。やめてくれ……」
先に手を離したのは、意外にも太陽だった。
「あ、太ちゃんが先に離したから、私の勝ち……だよね?」
小石も、大概な自分ルールをねじ込んでくるな。
すると突然、
「うわぁぁぁん!! ボクだって遊び相手が欲しいのにっ! 友達はいないしっ、蓮も貸してくれないしっ、寂しいよぉ~!!」
膝から崩れ落ち、四つん這いになって太陽が泣きじゃくった。肩は震え、項垂れた顔からぽたぽたと落ちる涙が、畳の染みになっていく。
生意気言っても、やっぱりちびっ子。寂しいなんて、素直で可愛いじゃないか。
「たっ、太ちゃん! 泣かないで?」
小石が慌てて、太陽のそばに寄る。
「ごめん。お姉ちゃんが大人げなかった……。蓮君と遊んでいいから。ね、もう泣かないで?」
小石がうろたえながら、太陽の頭を優しく撫でる。
「うっ、うっ……」
しゃくり上げながら、太陽がゆっくりと上体を起こし始めたとき――俺は見てしまった。
ヤツの口元が、嘲るように笑っているのを。
(こいつ、凛太郎役の人並に演技派だ! 絶っ対今まで騙されてきただろ、小石!)
とはいえ、彼女がショックを受けないように、真実は黙っておくことにした。
「じゃあ……行こうか、太陽」
「うん、ゲームしよ!」
ほら、もう普通の声だ。手の甲で涙を拭きながら、したり顔してるし。
「私も一緒にやる!」
「姉ちゃんは下手くそだからダメ!」
「そんなことな――」
「みんな~、お昼できたわよ~」
昼食後、心なしか元気のなくなった小石は自室に戻り、結局太陽と俺でゲームをすることになった。
彼の部屋はポカモンのぬいぐるみが目につくが、姉の部屋と比べるとだいぶ物が少なく、すっきりしている。
「何がいいかな~? 『ズボラ』は一台じゃできないし。『真イクラ』……いや、『鬼鉄』な気分!」
「じゃあ、鬼鉄三年勝負はどうだ?」
「うん、いいよ! なんか賭けよう?」
『賭け』という言葉に思わず、にこにこ顔の太陽と、にやにや顔の嫌なヤツが重なる。
「そうだ、ボクが勝ったら、下僕になって?」
ホント、可愛い顔に似つかわしくないセリフだな。
「そういう言葉、どこで覚えてくるんだ?
まあ、いいけど。じゃあ俺が勝ったら……そうだな、人を貶すのをやめてくれるか?」
「バカとかブスとかってこと?」
「そういうの全般。わかるよな?」
「まあいいよ? 負けないし」
「あと、人を困らせるようないたずらも」
「まあいいよ? 負けないし」
「あと、嘘泣きやめろ」
「気付いてたんだ。まあいいよ? 負けないし」
一時間後。
「蓮、エロい!!!」
完全に小石の部屋に届く音量で、太陽が悔しげに叫んだ。
「言葉! 『いやらしい』だろ!」
俺はちびっ子相手に、容赦も大人げもなく圧勝した。
「ずっとスペシャルカードマス回るとか、卑怯だぞ!」
「卑怯も何も、戦法だから」
「……まあいい、約束は約束だ。有言実行してやる」
ふくれっ面だけど、約束を守るなんて偉いじゃないか。俺は太陽の頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。
「じゃあ俺、姉ちゃんの所行くな?」
「よし、ボクは今から攻略動画観る!」
さて、小石は――。
(あれ?)
開けっぱなしの襖。そこから、先ほどまでは敷かれていなかった布団に、こちらに背を向けて寝ている小石が見えた。
電車でも寝てたのに、よく寝るんだな。
起こすのもなんか悪いし……今日のところは帰るか。小石母に挨拶をして、お暇しよう。
階段を下りてリビングに向かうと、小石母はテーブルでお茶を飲んでいた。
「あら、蓮君。ごめんねぇ、輝、ちょっと具合が悪くなっちゃって」
「え……?」
雲で日が陰り、部屋の明度がワントーン下がる。
(元気なかったの、気のせいじゃなかったんだ)
「熱ですか?」
「ううん、月一で来る頭痛なの。
毎回続くようなら、また婦人科に相談に行こうかしら……。って、ごめんねぇ。こんな話されても、だよね?」
「……うちの母と同じです。毎回頭痛がつらいみたいで。
四十歳になるまではピルを飲んでいましたが、それからは頭痛薬で凌いでます」
「まぁ。お母さんのこと、よく知ってるのね」
「あぁ、いえ……母が説明してくるんですよ。あの、今日は俺、これで失礼しますね」
「あら、ちょっとお茶していかない? 輝の話、聞かせてほしいの。ね、座って座って?」
断れない、朗らかな笑顔の圧力。
「は、はぁ……」
戸惑いつつも、小石母の向かいの椅子に座らせてもらうと、彼女は俺に緑茶と地元の銘菓の饅頭を出してくれた。
「いただきます」
「……輝、学校ではどう?」
笑顔が陰ったその顔は、合格発表を見に来た受験生のように、不安の色に染まっている。
「――正直、ずっと『ぼっち』でした」
「やっぱり……」
「でも、昨日急に友達ができてて。あだ名で呼び合っててびっくりしました」
「そうなのね! よかった!! 輝ってばオタクでしょう? それに人見知りだし。心配してたのよ~」
不安から一転、自分の番号を見つけた受験生のように、その顔が喜びと安堵の色に染まった。
「小石は一人でも、自分時間を楽しんでましたよ! 弁当食べてるときも、休み時間に小説読んでるときも、放課後に絵を描いてるときも!」
言いながらそれらの光景を思い出し、つい力説してしまった。
日がまた照りだし、部屋の明度が元に戻る。
「そっか、輝がぼっちだから、気にかけてくれてたのね?
実は昨日、輝、あなたとお弁当食べたって楽しそうに話してたのよ。だから私、『輝に新たな恋が!?』って期待もしてた」
「小石は好きな人、いますから……」
「あははっ。そうよね、輝ってば太巻先生にずっと夢中だもんね。
蓮君。今日もわざわざ碧海まで付き合ってくれて、ありがとうね」
それから一時間ほど喋って、ようやく玄関に立つことができた。
「お昼もおやつもごちそうになってしまって、ありがとうございました。お邪魔しました」
「こちらこそ。いろいろと聞けて楽しかったわ。また来てね」
「ありがとうございます。小石、早く良くな――」
「蓮、帰るんだ? またゲームしに来てよ。次こそ下僕にしてあげるからさ!」
言いながら、太陽がドタドタと二階から駆け下りてきた。
「姉ちゃんが寝てるんだから、静かにしろよ」
俺は、太陽の頭をぽんぽんした。
「あと、今日の約束守ってれば、たぶんそのうち太陽にも友達できるから」
「そうかな?」
「――じゃあな」
***
五本松駅のホーム。
電光掲示板を見て察するに、俺が乗る方面の電車は、少し前に発車したばかりのようだ。
次からは電車の時間を調べて、お暇するタイミングを考えよう。
(てか、『次』ってなんだよ?)
俺と小石は自宅に行き来するような仲じゃない。今日はたまたまそういう流れになったからで、小石宅にお邪魔できたのは、これが最初で最後かもしれない。
俺と小石の関係――
それは悔しくも、『太巻先生探し』の上に成り立っている。
それが終了したら……?
――ダメだダメだ! 切ないことを考えてないで、小石の快復を祈ろう!
(小石の頭痛が早く良くなりますように!!)
ホームにじりじりとした日射しが差し込む中、俺はひたすら祈りながら、一時間に一本の田舎の電車を待った。
「もうホント痛い。やめてくれ……」
先に手を離したのは、意外にも太陽だった。
「あ、太ちゃんが先に離したから、私の勝ち……だよね?」
小石も、大概な自分ルールをねじ込んでくるな。
すると突然、
「うわぁぁぁん!! ボクだって遊び相手が欲しいのにっ! 友達はいないしっ、蓮も貸してくれないしっ、寂しいよぉ~!!」
膝から崩れ落ち、四つん這いになって太陽が泣きじゃくった。肩は震え、項垂れた顔からぽたぽたと落ちる涙が、畳の染みになっていく。
生意気言っても、やっぱりちびっ子。寂しいなんて、素直で可愛いじゃないか。
「たっ、太ちゃん! 泣かないで?」
小石が慌てて、太陽のそばに寄る。
「ごめん。お姉ちゃんが大人げなかった……。蓮君と遊んでいいから。ね、もう泣かないで?」
小石がうろたえながら、太陽の頭を優しく撫でる。
「うっ、うっ……」
しゃくり上げながら、太陽がゆっくりと上体を起こし始めたとき――俺は見てしまった。
ヤツの口元が、嘲るように笑っているのを。
(こいつ、凛太郎役の人並に演技派だ! 絶っ対今まで騙されてきただろ、小石!)
とはいえ、彼女がショックを受けないように、真実は黙っておくことにした。
「じゃあ……行こうか、太陽」
「うん、ゲームしよ!」
ほら、もう普通の声だ。手の甲で涙を拭きながら、したり顔してるし。
「私も一緒にやる!」
「姉ちゃんは下手くそだからダメ!」
「そんなことな――」
「みんな~、お昼できたわよ~」
昼食後、心なしか元気のなくなった小石は自室に戻り、結局太陽と俺でゲームをすることになった。
彼の部屋はポカモンのぬいぐるみが目につくが、姉の部屋と比べるとだいぶ物が少なく、すっきりしている。
「何がいいかな~? 『ズボラ』は一台じゃできないし。『真イクラ』……いや、『鬼鉄』な気分!」
「じゃあ、鬼鉄三年勝負はどうだ?」
「うん、いいよ! なんか賭けよう?」
『賭け』という言葉に思わず、にこにこ顔の太陽と、にやにや顔の嫌なヤツが重なる。
「そうだ、ボクが勝ったら、下僕になって?」
ホント、可愛い顔に似つかわしくないセリフだな。
「そういう言葉、どこで覚えてくるんだ?
まあ、いいけど。じゃあ俺が勝ったら……そうだな、人を貶すのをやめてくれるか?」
「バカとかブスとかってこと?」
「そういうの全般。わかるよな?」
「まあいいよ? 負けないし」
「あと、人を困らせるようないたずらも」
「まあいいよ? 負けないし」
「あと、嘘泣きやめろ」
「気付いてたんだ。まあいいよ? 負けないし」
一時間後。
「蓮、エロい!!!」
完全に小石の部屋に届く音量で、太陽が悔しげに叫んだ。
「言葉! 『いやらしい』だろ!」
俺はちびっ子相手に、容赦も大人げもなく圧勝した。
「ずっとスペシャルカードマス回るとか、卑怯だぞ!」
「卑怯も何も、戦法だから」
「……まあいい、約束は約束だ。有言実行してやる」
ふくれっ面だけど、約束を守るなんて偉いじゃないか。俺は太陽の頭を、くしゃくしゃと撫でてやった。
「じゃあ俺、姉ちゃんの所行くな?」
「よし、ボクは今から攻略動画観る!」
さて、小石は――。
(あれ?)
開けっぱなしの襖。そこから、先ほどまでは敷かれていなかった布団に、こちらに背を向けて寝ている小石が見えた。
電車でも寝てたのに、よく寝るんだな。
起こすのもなんか悪いし……今日のところは帰るか。小石母に挨拶をして、お暇しよう。
階段を下りてリビングに向かうと、小石母はテーブルでお茶を飲んでいた。
「あら、蓮君。ごめんねぇ、輝、ちょっと具合が悪くなっちゃって」
「え……?」
雲で日が陰り、部屋の明度がワントーン下がる。
(元気なかったの、気のせいじゃなかったんだ)
「熱ですか?」
「ううん、月一で来る頭痛なの。
毎回続くようなら、また婦人科に相談に行こうかしら……。って、ごめんねぇ。こんな話されても、だよね?」
「……うちの母と同じです。毎回頭痛がつらいみたいで。
四十歳になるまではピルを飲んでいましたが、それからは頭痛薬で凌いでます」
「まぁ。お母さんのこと、よく知ってるのね」
「あぁ、いえ……母が説明してくるんですよ。あの、今日は俺、これで失礼しますね」
「あら、ちょっとお茶していかない? 輝の話、聞かせてほしいの。ね、座って座って?」
断れない、朗らかな笑顔の圧力。
「は、はぁ……」
戸惑いつつも、小石母の向かいの椅子に座らせてもらうと、彼女は俺に緑茶と地元の銘菓の饅頭を出してくれた。
「いただきます」
「……輝、学校ではどう?」
笑顔が陰ったその顔は、合格発表を見に来た受験生のように、不安の色に染まっている。
「――正直、ずっと『ぼっち』でした」
「やっぱり……」
「でも、昨日急に友達ができてて。あだ名で呼び合っててびっくりしました」
「そうなのね! よかった!! 輝ってばオタクでしょう? それに人見知りだし。心配してたのよ~」
不安から一転、自分の番号を見つけた受験生のように、その顔が喜びと安堵の色に染まった。
「小石は一人でも、自分時間を楽しんでましたよ! 弁当食べてるときも、休み時間に小説読んでるときも、放課後に絵を描いてるときも!」
言いながらそれらの光景を思い出し、つい力説してしまった。
日がまた照りだし、部屋の明度が元に戻る。
「そっか、輝がぼっちだから、気にかけてくれてたのね?
実は昨日、輝、あなたとお弁当食べたって楽しそうに話してたのよ。だから私、『輝に新たな恋が!?』って期待もしてた」
「小石は好きな人、いますから……」
「あははっ。そうよね、輝ってば太巻先生にずっと夢中だもんね。
蓮君。今日もわざわざ碧海まで付き合ってくれて、ありがとうね」
それから一時間ほど喋って、ようやく玄関に立つことができた。
「お昼もおやつもごちそうになってしまって、ありがとうございました。お邪魔しました」
「こちらこそ。いろいろと聞けて楽しかったわ。また来てね」
「ありがとうございます。小石、早く良くな――」
「蓮、帰るんだ? またゲームしに来てよ。次こそ下僕にしてあげるからさ!」
言いながら、太陽がドタドタと二階から駆け下りてきた。
「姉ちゃんが寝てるんだから、静かにしろよ」
俺は、太陽の頭をぽんぽんした。
「あと、今日の約束守ってれば、たぶんそのうち太陽にも友達できるから」
「そうかな?」
「――じゃあな」
***
五本松駅のホーム。
電光掲示板を見て察するに、俺が乗る方面の電車は、少し前に発車したばかりのようだ。
次からは電車の時間を調べて、お暇するタイミングを考えよう。
(てか、『次』ってなんだよ?)
俺と小石は自宅に行き来するような仲じゃない。今日はたまたまそういう流れになったからで、小石宅にお邪魔できたのは、これが最初で最後かもしれない。
俺と小石の関係――
それは悔しくも、『太巻先生探し』の上に成り立っている。
それが終了したら……?
――ダメだダメだ! 切ないことを考えてないで、小石の快復を祈ろう!
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