18 / 30
第1章
第17話 小石、渕先輩じゃないのか?
しおりを挟む
時は来た。
体が重い。しかしこれは、背負っているリュックのせいではない。
七月二十日。間もなく今日という日が、小石と太巻先生の『交際記念日』になり、俺の『初恋命日』になろうとしている。
そして一年後の今日は、こんなかもしれない。
太巻先生の部屋――ローテブルのそばに、ベッドがある。
ベッドにもたれながら床に座る小石。『今日で……付き合って一年だね』と、はにかみ笑顔で、ローテブルの卓上カレンダーを指差す。
そんな彼女に、微笑みながら寄り添う太巻先生。
小石が太巻先生に顔を向け、目を瞑る。
それに応じるように、太巻先生が彼女の唇に――
「――輪君? 椋輪君!!」
「あっ!?」
「なんか、とっっても切なそうだけど、大丈夫?」
俺を妄想から引きずり出した八尾が、怪訝な顔をし、振り返る体勢でこちらを見ている。
「あっ……ああ!」
(我ながら、たくましい妄想力だ……)
自分の隣にいる小石に視線をずらすと――バチッ。
眉間に皺を寄せ、俺を凝視している彼女の視線とぶつかった。
「……!」
まるで、自分の心の中を暴こうとするような眼差し。
小石の瞳の中に閉じ込められたように、そこに映る自分が見える。
(え? 何、この感じ……)
なんだかとても居心地が悪い。俺はごまかすように、作り笑顔を返した。
そして視線を前に向けるように、彼女から逸らす。
――今、俺たちの目の前にある扉。その上には『特別教室』と書かれた教室札がある。隣接する部屋には『生徒会室』の教室札が見える。ここは入学してから、まったく縁のなかったエリアだ。まあ、『今朝の調査』でチラ見はしたが。
「おはようございます」
八尾が扉を開けて入っていった。
「おはよう!」
「おはようございます」
「おはよう」
室内から聞こえる部員たちの声。放課後での、その挨拶には違和感があるが、漫研ではこうらしい。
俺は職員室に入るときのルールと同様に、リュックを肩から下ろし、手に持った。小石がそれを見て倣う。
「失礼します」
「……失礼……します」
八尾に続いて、俺たちも入室した。
(こんな教室、あったんだな)
普通教室の二倍はあるだろう、広々とした室内は、南北両側に窓があり明るい。長机一台につき椅子が三脚。横に五台あるそのセットが縦にずらりと並び、三名の部員たちが点々と座って作業している。なんとも贅沢な部屋の使い方だ。
隣で、小石がきょろきょろと辺りを見回している。太巻先生を探しているのだろう。
中央最前列の席の男子に、八尾が近寄る。そして、こちらに手招きをしたので、俺たちは急ぎ足で彼女の元へ向かった。
「会長、クラスメートが漫研に用があるそうなので、連れてきました」
会長と呼ばれる男子が、描きかけの漫画原稿の横にペンを置き、八尾を一目してから俺と小石を見た。そして椅子から立ち上がった彼は――俺よりだいぶ背が高く、ガタイもいい。それに加えて彼の坊主頭は、漫研より『どう見ても運動部』といった印象を与えている。
彼が漫研に入った経緯が、ものすごく気になるところだが……今は話を進めなければならない。
「どうも、活動中すみません。一年七組の椋輪と、小石です」
緊張しつつも意を決したような表情で、小石が俺の横に並ぶ。
「会長の渕だ」
まず俺は、つい先ほどから感じていた『部長』ではなく『会長』という言葉への違和感を口にした。
「『会長』って――漫研って、部じゃないんですか?」
「うちは漫画研究同好会だ。発足以来ずっと人が集まらなくてな」
「もしかして……メンバーは今、ここにいる人たちで全員ですか?」
渕先輩と八尾以外に今いるメンバーは……お団子ヘアの眼鏡女子と、小柄な色白男子の二人だ。
(てか、今日屋上にいた男子じゃないか!)
二人ともそれぞれ離れた場所で、黙々と作業を続けている。
「そうだ。二年生が俺と、あそこの女子『椎名』。一年生が八尾と、そっちの男子『河合』。この四人で全員だ。あと一人入れば、部に昇格できるんだがな~」
「そうなんですね……ありがとうございます」
この中で太巻先生の可能性があるのは――渕先輩しかいない。
「小石、渕先輩じゃないのか?」
「違う……骨格が」
「……そうか」
「ちょっと、骨格って何!? なんかよくわかんないけど、会長に失礼じゃない? いったい、どういう人を探してんのよ?」
八尾が立腹気味だ。
「……しっ……失礼いたしましたっ……」
小石が頬に汗を浮かべながら、頭を下げる。
「別に失礼でもなんでもない、謝るな」
小石に手のひらを向け、渕先輩が制止した。
「小石が去年の学校説明会で、『寺子屋名探偵』の、太巻先生のコスプレをした先輩にお世話になったんです。その先輩を探してて……」
「コスプレ=漫研ってわけ?」
「――それは、演劇部だな」
渕先輩が、腕を組みながら言った。
「えっ!? 演劇部? そうか、そっちだったか~!」
「去年の文化祭で、寺子屋名探偵を上演したんだ。その練習に来ていた演劇部員だろう。
すごくハマリ役だったな、太巻先生……」
渕先輩が遠い目をしている。
「そうそう! 演劇部全体がレベル高かったですけど、特に太巻先生ですよね! 演技も完璧で、クッソイケメンで~! 大盛況でしたよねっ!」
渕先輩のすぐ背後から、興奮気味の女子の声が聞こえた。渕先輩が一歩横にずれると、いつの間にか……『椎名先輩』が、眼鏡を光らせて立っていた。
(この人、いつの間にいたんだよ。てか太巻先生、クッソイケメンなのかよ!)
「ちなみに、著作権者の許可はちゃんと取って上演したらしいですよ? そういうところもちゃんとして――」
ぺらぺらと喋りだす椎名先輩をよそに、俺は小石の様子をうかがう。
そして、その異変に戸惑った。
「ど、どうした? 小石」
がっくりと俯き、固く握り締めた彼女の拳が、微かに震えている。
体が重い。しかしこれは、背負っているリュックのせいではない。
七月二十日。間もなく今日という日が、小石と太巻先生の『交際記念日』になり、俺の『初恋命日』になろうとしている。
そして一年後の今日は、こんなかもしれない。
太巻先生の部屋――ローテブルのそばに、ベッドがある。
ベッドにもたれながら床に座る小石。『今日で……付き合って一年だね』と、はにかみ笑顔で、ローテブルの卓上カレンダーを指差す。
そんな彼女に、微笑みながら寄り添う太巻先生。
小石が太巻先生に顔を向け、目を瞑る。
それに応じるように、太巻先生が彼女の唇に――
「――輪君? 椋輪君!!」
「あっ!?」
「なんか、とっっても切なそうだけど、大丈夫?」
俺を妄想から引きずり出した八尾が、怪訝な顔をし、振り返る体勢でこちらを見ている。
「あっ……ああ!」
(我ながら、たくましい妄想力だ……)
自分の隣にいる小石に視線をずらすと――バチッ。
眉間に皺を寄せ、俺を凝視している彼女の視線とぶつかった。
「……!」
まるで、自分の心の中を暴こうとするような眼差し。
小石の瞳の中に閉じ込められたように、そこに映る自分が見える。
(え? 何、この感じ……)
なんだかとても居心地が悪い。俺はごまかすように、作り笑顔を返した。
そして視線を前に向けるように、彼女から逸らす。
――今、俺たちの目の前にある扉。その上には『特別教室』と書かれた教室札がある。隣接する部屋には『生徒会室』の教室札が見える。ここは入学してから、まったく縁のなかったエリアだ。まあ、『今朝の調査』でチラ見はしたが。
「おはようございます」
八尾が扉を開けて入っていった。
「おはよう!」
「おはようございます」
「おはよう」
室内から聞こえる部員たちの声。放課後での、その挨拶には違和感があるが、漫研ではこうらしい。
俺は職員室に入るときのルールと同様に、リュックを肩から下ろし、手に持った。小石がそれを見て倣う。
「失礼します」
「……失礼……します」
八尾に続いて、俺たちも入室した。
(こんな教室、あったんだな)
普通教室の二倍はあるだろう、広々とした室内は、南北両側に窓があり明るい。長机一台につき椅子が三脚。横に五台あるそのセットが縦にずらりと並び、三名の部員たちが点々と座って作業している。なんとも贅沢な部屋の使い方だ。
隣で、小石がきょろきょろと辺りを見回している。太巻先生を探しているのだろう。
中央最前列の席の男子に、八尾が近寄る。そして、こちらに手招きをしたので、俺たちは急ぎ足で彼女の元へ向かった。
「会長、クラスメートが漫研に用があるそうなので、連れてきました」
会長と呼ばれる男子が、描きかけの漫画原稿の横にペンを置き、八尾を一目してから俺と小石を見た。そして椅子から立ち上がった彼は――俺よりだいぶ背が高く、ガタイもいい。それに加えて彼の坊主頭は、漫研より『どう見ても運動部』といった印象を与えている。
彼が漫研に入った経緯が、ものすごく気になるところだが……今は話を進めなければならない。
「どうも、活動中すみません。一年七組の椋輪と、小石です」
緊張しつつも意を決したような表情で、小石が俺の横に並ぶ。
「会長の渕だ」
まず俺は、つい先ほどから感じていた『部長』ではなく『会長』という言葉への違和感を口にした。
「『会長』って――漫研って、部じゃないんですか?」
「うちは漫画研究同好会だ。発足以来ずっと人が集まらなくてな」
「もしかして……メンバーは今、ここにいる人たちで全員ですか?」
渕先輩と八尾以外に今いるメンバーは……お団子ヘアの眼鏡女子と、小柄な色白男子の二人だ。
(てか、今日屋上にいた男子じゃないか!)
二人ともそれぞれ離れた場所で、黙々と作業を続けている。
「そうだ。二年生が俺と、あそこの女子『椎名』。一年生が八尾と、そっちの男子『河合』。この四人で全員だ。あと一人入れば、部に昇格できるんだがな~」
「そうなんですね……ありがとうございます」
この中で太巻先生の可能性があるのは――渕先輩しかいない。
「小石、渕先輩じゃないのか?」
「違う……骨格が」
「……そうか」
「ちょっと、骨格って何!? なんかよくわかんないけど、会長に失礼じゃない? いったい、どういう人を探してんのよ?」
八尾が立腹気味だ。
「……しっ……失礼いたしましたっ……」
小石が頬に汗を浮かべながら、頭を下げる。
「別に失礼でもなんでもない、謝るな」
小石に手のひらを向け、渕先輩が制止した。
「小石が去年の学校説明会で、『寺子屋名探偵』の、太巻先生のコスプレをした先輩にお世話になったんです。その先輩を探してて……」
「コスプレ=漫研ってわけ?」
「――それは、演劇部だな」
渕先輩が、腕を組みながら言った。
「えっ!? 演劇部? そうか、そっちだったか~!」
「去年の文化祭で、寺子屋名探偵を上演したんだ。その練習に来ていた演劇部員だろう。
すごくハマリ役だったな、太巻先生……」
渕先輩が遠い目をしている。
「そうそう! 演劇部全体がレベル高かったですけど、特に太巻先生ですよね! 演技も完璧で、クッソイケメンで~! 大盛況でしたよねっ!」
渕先輩のすぐ背後から、興奮気味の女子の声が聞こえた。渕先輩が一歩横にずれると、いつの間にか……『椎名先輩』が、眼鏡を光らせて立っていた。
(この人、いつの間にいたんだよ。てか太巻先生、クッソイケメンなのかよ!)
「ちなみに、著作権者の許可はちゃんと取って上演したらしいですよ? そういうところもちゃんとして――」
ぺらぺらと喋りだす椎名先輩をよそに、俺は小石の様子をうかがう。
そして、その異変に戸惑った。
「ど、どうした? 小石」
がっくりと俯き、固く握り締めた彼女の拳が、微かに震えている。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
私の話を聞いて頂けませんか?
鈴音いりす
青春
風見優也は、小学校卒業と同時に誰にも言わずに美風町を去った。それから何の連絡もせずに過ごしてきた俺だけど、美風町に戻ることになった。
幼馴染や姉は俺のことを覚えてくれているのか、嫌われていないか……不安なことを考えればキリがないけれど、もう引き返すことは出来ない。
そんなことを思いながら、美風町へ行くバスに乗り込んだ。
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
就職面接の感ドコロ!?
フルーツパフェ
大衆娯楽
今や十年前とは真逆の、売り手市場の就職活動。
学生達は賃金と休暇を貪欲に追い求め、いつ送られてくるかわからない採用辞退メールに怯えながら、それでも優秀な人材を発掘しようとしていた。
その業務ストレスのせいだろうか。
ある面接官は、女子学生達のリクルートスーツに興奮する性癖を備え、仕事のストレスから面接の現場を愉しむことに決めたのだった。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
傷つけて、傷つけられて……そうして僕らは、大人になっていく。 ――「本命彼女はモテすぎ注意!」サイドストーリー 佐々木史帆――
玉水ひひな
青春
「本命彼女はモテすぎ注意! ~高嶺に咲いてる僕のキミ~」のサイドストーリー短編です!
ヒロインは同作登場の佐々木史帆(ささきしほ)です。
本編試し読みで彼女の登場シーンは全部出ているので、よろしければ同作試し読みを読んでからお読みください。
《あらすじ》
憧れの「高校生」になった【佐々木史帆】は、彼氏が欲しくて堪まらない。
同じクラスで一番好みのタイプだった【桐生翔真(きりゅうしょうま)】という男子にほのかな憧れを抱き、何とかアプローチを頑張るのだが、彼にはいつしか、「高嶺の花」な本命の彼女ができてしまったようで――!
---
二万字弱の短編です。お時間のある時に読んでもらえたら嬉しいです!
ひなまつり
はゆ
青春
茉莉は、動画配信チャンネル『ひなまつり』の配信者。 『そんな声でよう生きてけるな』言われてから、声にコンプレックス持って、人と話すの怖なった。
現実逃避先はライブ配信サイト。配信時に絡んでくる<文字列>が唯一の相談相手。 やかましくて変な<文字列>と、配信者〝祭〟の日常。
茉莉は、学校の友達が出来へんまま、夏休みに突入。
<文字列>の後押しを受け、憧れの同級生と海水浴に行けることになった。そやけど、問題が発生。『誘われた』伝えてしもた手前、誰かを誘わなあかん――。
* * *
ボイスノベルを楽しめるよう、キャラごとに声を分けています。耳で楽しんでいただけると幸いです。
https://novelba.com/indies/works/937809
別作品、桃介とリンクしています。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる