12 / 30
第1章
第11話 い、今のは、おまえへの感謝じゃない!
しおりを挟む
(今だ!!)
俺は体操着の入った紙袋を摑み、小石の席に駆け寄った。
小石は昼休み終了のチャイムも、クラスメートが皆教室から出ていったことにも気付いていないらしい。
そして今俺は、小石のすぐ正面に立ったところだが……何事もない様子で、いまだに読書を続けている。この状況に先日、絵を描いていたときの小石を思い出した。
(ただ声をかけるだけじゃ、ダメだ)
俺は、小説に向ける視線を遮るよう、彼女の目の前に紙袋を突き付けた。
「小石、遅くなってごめんな。これ、ありがとう」
急に変わった視界に、状況がなかなか理解できなかったようだ。ワンテンポ遅れて、小石が俺を見上げた。
「蓮君! ――あぁ、体操着ね?」
疑問形だったが、予想どおりの『体操着ね』。
(よかった、本っっ当によかった。今、教室に誰もいなくて)
小石は小説を閉じて机に置き、目の前の物を受け取った。
「ふふっ、乙女椿? ステキな紙袋だね。ありがとう」
微笑む彼女に、いろいろと話したくなったが、今は時間がない。
「おまえ、また読書に没頭してただろ。昼休み終わってるぞ? 次、プログだからな」
「えっ……」
時計を見たとたん、小石が固まった。
「急げ! 越井先生、怒ると怖いだろ!」
「わ~、またやっちゃった! 教えてくれてありがとう!」
小石が慌てて紙袋をフックに掛け、机の中をあさりだす。
机の上に、プログラミングの教科書と課題集、ノート、ペンケースに下敷き、最後にファイルを出したところで――バサリ。先ほどまで読んでいた小説が、次々と出された物に押される形で、床に落ちた。
「ふっ……」
俺は思わず吹き出しながら、小説を拾った。そして床についた面――『寺子屋名探偵』のタイトルに、太巻先生が描かれた表紙を手で払い、小石に差し出す。
「あ、ありがとう……」
彼女が小説を受け取る。
「はははっ。小石って……なんか、『凛太郎』みたいだな」
『凛太郎』とは寺子屋名探偵の、太巻先生の元に居候している、彼の生徒兼助手だ。昆虫関連のこととなると、周りが見えなくなるほど集中してしまう『虫オタク』である。虫の知識は豊富だが、学問はさっぱり。おっちょこちょいで慌て者の十五歳だ。
「なんか、こんなシーンあったよな?」
「……! それってもしかして、去年の第五話で、剣君が凛君に本を――」
さすが小石。理解が早い。
「そう。でもほら、もう行くぞ!」
俺は走って自分の席に向かった。
教室の時計は、五時間目開始まですでに二分を切っている。プログラミング実習室は特別教室棟の二階、走れば間に合う。
小石も走りだす。
俺は机の上に放置した授業セットを引っ摑んだ。
そして教室の前方と後方から、二人同時に教室を飛び出した。
「い、今のは、おまえへの感謝じゃない!」
背後から、突然聞こえた声。
まるで別人のような小石の口調に驚き、俺は足を止めて振り返った。
「おまえの行動に、感謝したんだ!」
小石が、授業セットを持つ左手の甲を腰に当て、右手で俺を指差しながら言った。ツンとしつつも照れたような表情をしている。
凛太郎だ。
声や顔立ちが似ているわけではない。しかし今の口調や表情、しぐさはまるで、本人のようだ。そしてこれは、先ほど俺が言ったシーンのセリフだと思われる。
(えっと……)
俺は前髪を右に流し、鼻で笑ってから無愛想に返した。
「俺も、おまえのためじゃない。本のために拾ったんだ」
「――って、こんな場合か!? 早く行くぞ!!」
俺たちは廊下を走りだした。
「ふっ、あはははは! 蓮君、剣君すぎ!」
小石が吹き出して笑った。
「ばっ……! はは! おまえもだ!」
俺もつられて笑った。
二人で笑いながら走る。
今日も小石のこんな顔が見られて、声が聞けてうれしい。
無事、返却物を返せた安堵感も後押しし、俺の走る足取りはとても軽かった。
俺は体操着の入った紙袋を摑み、小石の席に駆け寄った。
小石は昼休み終了のチャイムも、クラスメートが皆教室から出ていったことにも気付いていないらしい。
そして今俺は、小石のすぐ正面に立ったところだが……何事もない様子で、いまだに読書を続けている。この状況に先日、絵を描いていたときの小石を思い出した。
(ただ声をかけるだけじゃ、ダメだ)
俺は、小説に向ける視線を遮るよう、彼女の目の前に紙袋を突き付けた。
「小石、遅くなってごめんな。これ、ありがとう」
急に変わった視界に、状況がなかなか理解できなかったようだ。ワンテンポ遅れて、小石が俺を見上げた。
「蓮君! ――あぁ、体操着ね?」
疑問形だったが、予想どおりの『体操着ね』。
(よかった、本っっ当によかった。今、教室に誰もいなくて)
小石は小説を閉じて机に置き、目の前の物を受け取った。
「ふふっ、乙女椿? ステキな紙袋だね。ありがとう」
微笑む彼女に、いろいろと話したくなったが、今は時間がない。
「おまえ、また読書に没頭してただろ。昼休み終わってるぞ? 次、プログだからな」
「えっ……」
時計を見たとたん、小石が固まった。
「急げ! 越井先生、怒ると怖いだろ!」
「わ~、またやっちゃった! 教えてくれてありがとう!」
小石が慌てて紙袋をフックに掛け、机の中をあさりだす。
机の上に、プログラミングの教科書と課題集、ノート、ペンケースに下敷き、最後にファイルを出したところで――バサリ。先ほどまで読んでいた小説が、次々と出された物に押される形で、床に落ちた。
「ふっ……」
俺は思わず吹き出しながら、小説を拾った。そして床についた面――『寺子屋名探偵』のタイトルに、太巻先生が描かれた表紙を手で払い、小石に差し出す。
「あ、ありがとう……」
彼女が小説を受け取る。
「はははっ。小石って……なんか、『凛太郎』みたいだな」
『凛太郎』とは寺子屋名探偵の、太巻先生の元に居候している、彼の生徒兼助手だ。昆虫関連のこととなると、周りが見えなくなるほど集中してしまう『虫オタク』である。虫の知識は豊富だが、学問はさっぱり。おっちょこちょいで慌て者の十五歳だ。
「なんか、こんなシーンあったよな?」
「……! それってもしかして、去年の第五話で、剣君が凛君に本を――」
さすが小石。理解が早い。
「そう。でもほら、もう行くぞ!」
俺は走って自分の席に向かった。
教室の時計は、五時間目開始まですでに二分を切っている。プログラミング実習室は特別教室棟の二階、走れば間に合う。
小石も走りだす。
俺は机の上に放置した授業セットを引っ摑んだ。
そして教室の前方と後方から、二人同時に教室を飛び出した。
「い、今のは、おまえへの感謝じゃない!」
背後から、突然聞こえた声。
まるで別人のような小石の口調に驚き、俺は足を止めて振り返った。
「おまえの行動に、感謝したんだ!」
小石が、授業セットを持つ左手の甲を腰に当て、右手で俺を指差しながら言った。ツンとしつつも照れたような表情をしている。
凛太郎だ。
声や顔立ちが似ているわけではない。しかし今の口調や表情、しぐさはまるで、本人のようだ。そしてこれは、先ほど俺が言ったシーンのセリフだと思われる。
(えっと……)
俺は前髪を右に流し、鼻で笑ってから無愛想に返した。
「俺も、おまえのためじゃない。本のために拾ったんだ」
「――って、こんな場合か!? 早く行くぞ!!」
俺たちは廊下を走りだした。
「ふっ、あはははは! 蓮君、剣君すぎ!」
小石が吹き出して笑った。
「ばっ……! はは! おまえもだ!」
俺もつられて笑った。
二人で笑いながら走る。
今日も小石のこんな顔が見られて、声が聞けてうれしい。
無事、返却物を返せた安堵感も後押しし、俺の走る足取りはとても軽かった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
体育座りでスカートを汚してしまったあの日々
yoshieeesan
現代文学
学生時代にやたらとさせられた体育座りですが、女性からすると服が汚れた嫌な思い出が多いです。そういった短編小説を書いていきます。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる