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百三十一 巷に怨呪の声ぞ吹く、ご用心ご用心。
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一夜明けて、イザベラは『ボンボン酒場』の店主ウージが捕縛された事を知った。
昨夜は、『星と共に過ごす町』を脱出して、ゲッソリナ郊外西にある廃屋に身を隠した。ゲッソリナへの南方軍入城以来、郊外の農家で逃げ出す者がぼつぼつ発生している。はたまた、スパイの嫌疑をかけられて処刑された者等も含め、城下街は別として、周辺に空き家が散在するようになっていた。
イザベラはそういう家を抜目無く見付けておいて、一夜の身の置き所に使ったりしていた。
今朝はその廃屋から、鴉のクーちゃんを飛ばした。
昨日、ハンベエから届いた文には、次のように書かれていた。
『今日は特に無し。
御身なれば無用の事なれど、時に案じる事有り。
すこぶる用心あられたし。
では、又
ハンベエ』
テッフネールとの決着については一つ前の通信でイザベラは連絡を受けていた。ビャッコのステルポイジャンへの報告より早く情報を入手していたのである。
一対一で最後まで、あの危険な男と渡り合ったのか、そういう奴だよなハンベエは、とイザベラは思っただけである。タゴロロームの面々が心配した程にはハンベエの身を案じはしなかった。しても仕方ないじゃないか、できる事をするだけだ、と乾いた心で割り切っている。
ただ、通信が途切れた場合は一度タゴロロームに戻らなければなるまいとは考えていた。
しかし、それも不要になったようだ。少し安堵している自分を発見したイザベラがいた。
(案じてる? ・・・・・・どこまで本心やら?)
イザベラは少し笑った。ハンベエの手紙にちょっぴり嬉しくもなっていた。
「恋文書いて寄越せって言ったんだけどな。まっ、あの唐変木にしちゃあ、頑張ってる方だろう。」
その後、尼僧に化けて市場に出かけ、そこで噂話を拾ったのである。
イザベラは、昨日『ボンボン酒場』を検閲したのが、四天王の一人スザクであった事を兵士の発言から聞き逃す事無く把握していた。
四天王はゲッソリナ西のゲッソゴロロ街道の出口付近に野営陣地を構えて駐屯していた。
従前はボルマンスク方面からの攻撃に備えた師団にいたものを、テッフネールのタゴロローム出立に合わせて、ステルポイジャン直々の命により編成し直されたものであった。
ウージはどうやら、そのスザクの陣地に連れて行かれたものらしい。
ウージの商売については従前説明した。イザベラとの付き合いは隠れ家の提供者と顧客の関係であり、それ以上のものは無い。金銭のやり取りにのみよって成立する掛け値無しのビジネスライクな関係であった。
(さて、ウージはアタシの正体が『殺し屋ドルフ』だと知っているが・・・・・・拷問で口を割るかな?)
口を割られて特に困る事も無いイザベラであった。
ウージはイザベラがハンベエに与して諜報活動をしているなどと全く知らないのである。イザベラと聞いて、ステルポイジャン側の警戒は強まるかも知れないが、危険に身を晒しているのは元々の事。隠れ家の一つが潰れたに過ぎない。
(気の毒だが、アタシが助けに行く筋合いのものでもない。ああいう商売をしていればいずれ捕まる事もあるのは覚悟の前だったろう。)
イザベラは冷やかに風に囁いた。
テッフネール敗死の報は、ステルポイジャンから一日遅れでこの日の夕刻、太后モスカの下にも届いていた。
モスカは自室の寝台に身を横たえていた。隣に男がいる。ガストランタであった。モスカは男の腕を枕にして天井に目を向けていた。その髪の乱れ具合が、二人が今し方までしていた事を物語っていた。
「あのテッフネールが打ち負けるとはのう。」
「太后陛下はテッフネールとも睦まれたご様子でしたから、不敏に思われるのでしょうな。」
直ぐ耳元でガストランタが皮肉っぽい口調で囁いた。
「妬いておるのか。」
「滅相もない。」
「世上、わらわを多情淫奔、女の面汚しのように言う者も多かろうの。じゃが、世の男共とて、やれ妾の、やれ愛人の、それどころか、機会有れば人の妻にでも手を出すものを・・・・・・わらわが女の身とて、何を慎む理由があろう。力ある者は何をしても許されるべきものじゃ。・・・・・・テッフネールが不敏? 力の無い者に用は無い。負けた奴などの事など話題にする事すら不要じゃ。」
恐らく俺もその程度にしか思われていないのだろうな、とガストランタはモスカの言葉を冷え冷えとした心で聞いていた。
「しかし、ハンベエという男はほんに強いのお。わらわの味方にする方法は何ぞ無いものか。」
「真実王女の身の安全を保証すれば、案外味方になるかも知れませんよ。」
ガストランタはハンベエの狙いが己の首とは露知らない。思わず、お気楽な返事をしてしまった。
「何じゃと」
何気なくガストランタの発した戯れに、モスカの目がランと光って向けられた。毒蛇の目であった。
「もっとも、大将軍は兵を発してハンベエを討つ事にしたので、ハンベエを味方にする機会などは有りますまい。」
モスカの恐ろしい目付きに内心ブルったのか、慌ててガストランタは話の向きを変えた。
「ほう・・・・・・ステルポイジャンめ、やっとその気になりおったか。そちが指揮を取るのかそれともステルポイジャン自身が率いるのか?」
「いや、残念ながら指揮官はニーバルに決まりました。」
「・・・・・・。」
「どうやら、私は大将軍の信頼が薄くなったようで、きっと私が大将軍より太后陛下に忠節を尽くしていると考えているのでしょうな。」
「・・・・・・で、そちはわらわとステルポイジャンを天秤にかけたら、どちらを取るのじゃ。」
モスカはガストランタの顎に手をやってその目を覗き込んだ。恐ろしい目付きであった。
「もっ、勿論、太后陛下に忠義を尽くす事に決めております。」
「マコトじゃのう。」
「誓って。」
「良いか、わらわを裏切ったりしてみよ。わらわがステルポイジャンなどより、ずっとずっと恐ろしい人間である事を思い知る事になるぞよ。」
モスカはガストランタの頭を抱え込むようにして、その耳元に口を寄せ、毒の息吹でも吹き込むかのように囁いた。
それから、半身を起こして、
「ステルポイジャンなぞ、エレナやゴルゾーラを始末した後は用無しじゃ。ふん。」
と嘯くように言った。宙を睨むその眼底には、狂気を帯びた憎悪が熾火のように燃えているのが垣間見える。
「少し独りになりたい。下がれ。」
不意にモスカはガストランタに言った。見下ろす形になっていた。
ガストランタは何も言わずに寝台を降り、静かに衣服を整えると一礼して部屋を出て行った。
しばらくして、モスカは寝台を降りてガウンを羽織ると窓辺に立って外を見た。
どういう加減か山影から顔を出したばかりの三日月は血のように赤い筋が入って見え、それが死に神の鎌の刃を連想させた。
遠くで狼の遠吠えでも聞こえて来そうな、何やら獣達の血を騒がせそうな、そんな月の色であった。
「男など所詮は、ただの薄汚いケダモノじゃ。だとすれば、一番強いケダモノを手なずけるのが得策と言うだけの事。・・・・・・ハンベエめ、あのテッフネールを破ったとはのう、ほんに強い男よ。何とぞしてわらわの手に入らぬものか。いいや、これは妄想か、エレナに味方する男など死ねば良いのじゃ。」
険しい表情で月を睨みつけながら、太后モスカは呪うかのように吐き捨てた。
二日の後、イザベラからハンベエに通信が発っせられた。
『緊急
ゲッソリナにおいて攻撃軍編成中
規模は兵士五万人
指揮官はニーバル
攻撃目標はハナハナ山の占領と駐屯
尚、タゴロローム方面に対する迎撃の準備有り。
軍の主力は剣士隊
弩、投石機等の用意特に無し』
明くる日の夕刻、ハンベエからの返信が返って来た。
『任務終了
一旦通信は停止する。
当方は、遅くとも五日後にはハナハナ山近辺のアダチガハラ平野に布陣の予定。
我が陣営に帰還せよ。
ハンベエ』
「帰還せよ。・・・・・・かい、手紙とは言え、命令口調がちょっとイラッと来るね。あたしゃハンベエの部下ってわけじゃない。帰って来いって事だから、帰るけど、そこんとこははっきりさせとく必要があるね。」
イザベラはこう呟くと、鴉のクーちゃんを肩に乗せて、廃屋を後にした。
ついでに、ウージの事について触れて置こう。一旦、スザク達に連行されたウージであったが、二日後に釈放されていた。
奇妙に思われるだろう。ステルポイジャン軍のスパイ対策は拷問の上に拷問を重ね、洗いざらい喋らせた上、更に拷問して死に至らしめるという残酷極まりないものであった。
当然、ただで釈放されるわけなどない。
取引をしたのであった。
駐屯地に連行され、スザクから尋問を受けたウージは、いきなり高笑いを上げ、スザク達が『ボンボン酒場』に踏み込む直前に出会った女こそ、『殺し屋ドルフ』として一時お尋ね者になっていたイザベラだと真っ先にバラしてしまったのである。
それを聞かされたスザクは、朱を注いだように真っ赤になり、次には鉛のように青黒い顔になった。
恥辱のあまりの憤怒が心拍と血行に乱気流を起こし、顔の色が二転三転したというわけだ。
いやもう全くもって恥晒しもいいところな失態であった。大物の不審人物が目の前にいたどころか、抱き着いて来たというのに、キザなセリフを吐いた揚げ句、ご丁寧に打ち捨てたのである。
一騎当千、万夫不当の間抜けぶりであり、コメディアン大賞確定の物笑いであった。
ウージは、ひとしきりせせら笑った後、急に真顔になって、
「流石にこのままでは沽券にかかわるでしょう。俺も可愛げのある小悪党なら、命を張って守りもするが、あのイザベラって奴はとんでもない悪党、あんたらが後ろ盾になってくれるんなら、捕縛に協力しますよ。逆に、俺に他の奴の事を喋らすつもりなら、拷問の果てに死ぬまで、この恥晒しな話を叫び続けてやる。」
と持ち掛けたのである。
スザクはウージを独房に入れ、二晩考えた。今のところ、ウージの言った事実を知るのはスザク本人とウージのみである。
俺の恥はさておいて・・・・・・とスザクは考えた。ウージを拷問に掛けてもイザベラを捕まえる事は出来まい。とスザクは自分に都合良く考える。
俺の恥はさておいて・・・・・・本心はそれが一番痛いところであるのに、エエカッコシイの奴に限って自分の心すら偽るのである。スザクもその例に漏れないようである。
最終的にスザクは、ウージのような人間はむしろ取り込んで、協力をさせた方がいい、との結論を出した。何より、自分を虚仮にしたイザベラという女を痛い目に遭わせてやらねば怒りが収まらない思いであった。
こうしてウージは次にイザベラがやって来た時には必ずその捕縛に協力すると確約して解放された。
しかしながら、ノコノコと又イザベラが『ボンボン酒場』に顔を出した日には、イザベラ、ピーンチ! てな事態になるところであったが、今回ゲッソリナから帰還と相成った為、あっさりと難を免れたのであった。
ウージの裏切りを責めるわけにも行くまい。そういう世界なのだ。もっとも、イザベラがその取引内容を知った時には、ウージの命も保証の限りではないだろうが。
昨夜は、『星と共に過ごす町』を脱出して、ゲッソリナ郊外西にある廃屋に身を隠した。ゲッソリナへの南方軍入城以来、郊外の農家で逃げ出す者がぼつぼつ発生している。はたまた、スパイの嫌疑をかけられて処刑された者等も含め、城下街は別として、周辺に空き家が散在するようになっていた。
イザベラはそういう家を抜目無く見付けておいて、一夜の身の置き所に使ったりしていた。
今朝はその廃屋から、鴉のクーちゃんを飛ばした。
昨日、ハンベエから届いた文には、次のように書かれていた。
『今日は特に無し。
御身なれば無用の事なれど、時に案じる事有り。
すこぶる用心あられたし。
では、又
ハンベエ』
テッフネールとの決着については一つ前の通信でイザベラは連絡を受けていた。ビャッコのステルポイジャンへの報告より早く情報を入手していたのである。
一対一で最後まで、あの危険な男と渡り合ったのか、そういう奴だよなハンベエは、とイザベラは思っただけである。タゴロロームの面々が心配した程にはハンベエの身を案じはしなかった。しても仕方ないじゃないか、できる事をするだけだ、と乾いた心で割り切っている。
ただ、通信が途切れた場合は一度タゴロロームに戻らなければなるまいとは考えていた。
しかし、それも不要になったようだ。少し安堵している自分を発見したイザベラがいた。
(案じてる? ・・・・・・どこまで本心やら?)
イザベラは少し笑った。ハンベエの手紙にちょっぴり嬉しくもなっていた。
「恋文書いて寄越せって言ったんだけどな。まっ、あの唐変木にしちゃあ、頑張ってる方だろう。」
その後、尼僧に化けて市場に出かけ、そこで噂話を拾ったのである。
イザベラは、昨日『ボンボン酒場』を検閲したのが、四天王の一人スザクであった事を兵士の発言から聞き逃す事無く把握していた。
四天王はゲッソリナ西のゲッソゴロロ街道の出口付近に野営陣地を構えて駐屯していた。
従前はボルマンスク方面からの攻撃に備えた師団にいたものを、テッフネールのタゴロローム出立に合わせて、ステルポイジャン直々の命により編成し直されたものであった。
ウージはどうやら、そのスザクの陣地に連れて行かれたものらしい。
ウージの商売については従前説明した。イザベラとの付き合いは隠れ家の提供者と顧客の関係であり、それ以上のものは無い。金銭のやり取りにのみよって成立する掛け値無しのビジネスライクな関係であった。
(さて、ウージはアタシの正体が『殺し屋ドルフ』だと知っているが・・・・・・拷問で口を割るかな?)
口を割られて特に困る事も無いイザベラであった。
ウージはイザベラがハンベエに与して諜報活動をしているなどと全く知らないのである。イザベラと聞いて、ステルポイジャン側の警戒は強まるかも知れないが、危険に身を晒しているのは元々の事。隠れ家の一つが潰れたに過ぎない。
(気の毒だが、アタシが助けに行く筋合いのものでもない。ああいう商売をしていればいずれ捕まる事もあるのは覚悟の前だったろう。)
イザベラは冷やかに風に囁いた。
テッフネール敗死の報は、ステルポイジャンから一日遅れでこの日の夕刻、太后モスカの下にも届いていた。
モスカは自室の寝台に身を横たえていた。隣に男がいる。ガストランタであった。モスカは男の腕を枕にして天井に目を向けていた。その髪の乱れ具合が、二人が今し方までしていた事を物語っていた。
「あのテッフネールが打ち負けるとはのう。」
「太后陛下はテッフネールとも睦まれたご様子でしたから、不敏に思われるのでしょうな。」
直ぐ耳元でガストランタが皮肉っぽい口調で囁いた。
「妬いておるのか。」
「滅相もない。」
「世上、わらわを多情淫奔、女の面汚しのように言う者も多かろうの。じゃが、世の男共とて、やれ妾の、やれ愛人の、それどころか、機会有れば人の妻にでも手を出すものを・・・・・・わらわが女の身とて、何を慎む理由があろう。力ある者は何をしても許されるべきものじゃ。・・・・・・テッフネールが不敏? 力の無い者に用は無い。負けた奴などの事など話題にする事すら不要じゃ。」
恐らく俺もその程度にしか思われていないのだろうな、とガストランタはモスカの言葉を冷え冷えとした心で聞いていた。
「しかし、ハンベエという男はほんに強いのお。わらわの味方にする方法は何ぞ無いものか。」
「真実王女の身の安全を保証すれば、案外味方になるかも知れませんよ。」
ガストランタはハンベエの狙いが己の首とは露知らない。思わず、お気楽な返事をしてしまった。
「何じゃと」
何気なくガストランタの発した戯れに、モスカの目がランと光って向けられた。毒蛇の目であった。
「もっとも、大将軍は兵を発してハンベエを討つ事にしたので、ハンベエを味方にする機会などは有りますまい。」
モスカの恐ろしい目付きに内心ブルったのか、慌ててガストランタは話の向きを変えた。
「ほう・・・・・・ステルポイジャンめ、やっとその気になりおったか。そちが指揮を取るのかそれともステルポイジャン自身が率いるのか?」
「いや、残念ながら指揮官はニーバルに決まりました。」
「・・・・・・。」
「どうやら、私は大将軍の信頼が薄くなったようで、きっと私が大将軍より太后陛下に忠節を尽くしていると考えているのでしょうな。」
「・・・・・・で、そちはわらわとステルポイジャンを天秤にかけたら、どちらを取るのじゃ。」
モスカはガストランタの顎に手をやってその目を覗き込んだ。恐ろしい目付きであった。
「もっ、勿論、太后陛下に忠義を尽くす事に決めております。」
「マコトじゃのう。」
「誓って。」
「良いか、わらわを裏切ったりしてみよ。わらわがステルポイジャンなどより、ずっとずっと恐ろしい人間である事を思い知る事になるぞよ。」
モスカはガストランタの頭を抱え込むようにして、その耳元に口を寄せ、毒の息吹でも吹き込むかのように囁いた。
それから、半身を起こして、
「ステルポイジャンなぞ、エレナやゴルゾーラを始末した後は用無しじゃ。ふん。」
と嘯くように言った。宙を睨むその眼底には、狂気を帯びた憎悪が熾火のように燃えているのが垣間見える。
「少し独りになりたい。下がれ。」
不意にモスカはガストランタに言った。見下ろす形になっていた。
ガストランタは何も言わずに寝台を降り、静かに衣服を整えると一礼して部屋を出て行った。
しばらくして、モスカは寝台を降りてガウンを羽織ると窓辺に立って外を見た。
どういう加減か山影から顔を出したばかりの三日月は血のように赤い筋が入って見え、それが死に神の鎌の刃を連想させた。
遠くで狼の遠吠えでも聞こえて来そうな、何やら獣達の血を騒がせそうな、そんな月の色であった。
「男など所詮は、ただの薄汚いケダモノじゃ。だとすれば、一番強いケダモノを手なずけるのが得策と言うだけの事。・・・・・・ハンベエめ、あのテッフネールを破ったとはのう、ほんに強い男よ。何とぞしてわらわの手に入らぬものか。いいや、これは妄想か、エレナに味方する男など死ねば良いのじゃ。」
険しい表情で月を睨みつけながら、太后モスカは呪うかのように吐き捨てた。
二日の後、イザベラからハンベエに通信が発っせられた。
『緊急
ゲッソリナにおいて攻撃軍編成中
規模は兵士五万人
指揮官はニーバル
攻撃目標はハナハナ山の占領と駐屯
尚、タゴロローム方面に対する迎撃の準備有り。
軍の主力は剣士隊
弩、投石機等の用意特に無し』
明くる日の夕刻、ハンベエからの返信が返って来た。
『任務終了
一旦通信は停止する。
当方は、遅くとも五日後にはハナハナ山近辺のアダチガハラ平野に布陣の予定。
我が陣営に帰還せよ。
ハンベエ』
「帰還せよ。・・・・・・かい、手紙とは言え、命令口調がちょっとイラッと来るね。あたしゃハンベエの部下ってわけじゃない。帰って来いって事だから、帰るけど、そこんとこははっきりさせとく必要があるね。」
イザベラはこう呟くと、鴉のクーちゃんを肩に乗せて、廃屋を後にした。
ついでに、ウージの事について触れて置こう。一旦、スザク達に連行されたウージであったが、二日後に釈放されていた。
奇妙に思われるだろう。ステルポイジャン軍のスパイ対策は拷問の上に拷問を重ね、洗いざらい喋らせた上、更に拷問して死に至らしめるという残酷極まりないものであった。
当然、ただで釈放されるわけなどない。
取引をしたのであった。
駐屯地に連行され、スザクから尋問を受けたウージは、いきなり高笑いを上げ、スザク達が『ボンボン酒場』に踏み込む直前に出会った女こそ、『殺し屋ドルフ』として一時お尋ね者になっていたイザベラだと真っ先にバラしてしまったのである。
それを聞かされたスザクは、朱を注いだように真っ赤になり、次には鉛のように青黒い顔になった。
恥辱のあまりの憤怒が心拍と血行に乱気流を起こし、顔の色が二転三転したというわけだ。
いやもう全くもって恥晒しもいいところな失態であった。大物の不審人物が目の前にいたどころか、抱き着いて来たというのに、キザなセリフを吐いた揚げ句、ご丁寧に打ち捨てたのである。
一騎当千、万夫不当の間抜けぶりであり、コメディアン大賞確定の物笑いであった。
ウージは、ひとしきりせせら笑った後、急に真顔になって、
「流石にこのままでは沽券にかかわるでしょう。俺も可愛げのある小悪党なら、命を張って守りもするが、あのイザベラって奴はとんでもない悪党、あんたらが後ろ盾になってくれるんなら、捕縛に協力しますよ。逆に、俺に他の奴の事を喋らすつもりなら、拷問の果てに死ぬまで、この恥晒しな話を叫び続けてやる。」
と持ち掛けたのである。
スザクはウージを独房に入れ、二晩考えた。今のところ、ウージの言った事実を知るのはスザク本人とウージのみである。
俺の恥はさておいて・・・・・・とスザクは考えた。ウージを拷問に掛けてもイザベラを捕まえる事は出来まい。とスザクは自分に都合良く考える。
俺の恥はさておいて・・・・・・本心はそれが一番痛いところであるのに、エエカッコシイの奴に限って自分の心すら偽るのである。スザクもその例に漏れないようである。
最終的にスザクは、ウージのような人間はむしろ取り込んで、協力をさせた方がいい、との結論を出した。何より、自分を虚仮にしたイザベラという女を痛い目に遭わせてやらねば怒りが収まらない思いであった。
こうしてウージは次にイザベラがやって来た時には必ずその捕縛に協力すると確約して解放された。
しかしながら、ノコノコと又イザベラが『ボンボン酒場』に顔を出した日には、イザベラ、ピーンチ! てな事態になるところであったが、今回ゲッソリナから帰還と相成った為、あっさりと難を免れたのであった。
ウージの裏切りを責めるわけにも行くまい。そういう世界なのだ。もっとも、イザベラがその取引内容を知った時には、ウージの命も保証の限りではないだろうが。
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