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百十二 今日も我慢の兵法者!だよお。
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王国金庫吸収から半月が経った頃、ロキとヘルデンが騎馬の傭兵部隊を連れて帰って来た。出発から十一日目である。
ハンベエの注文通り、兵数は三百騎。大威張りのロキが先頭に立ち、反っくり返るばかりに胸を張って帰って来た。
イシキンから騎馬傭兵の到来の報告を受けた時、ハンベエはイザベラからの通信第六便を読んでいたところだった。
相変わらず、ゲッソリナの兵が動く気配は無いとある。又、通信内容から推察するに、エレナの引き渡し交渉にやって来たラーギルはまだゲッソリナに帰還していないようである。
兵に動きがない一方、タゴロローム守備軍の王国金庫吸収の事実は、既にステルポイジャン達の知るところとなったようだ。
最近、鴉のクーちゃんは馴れてきたのか、執務机に乗っかって、ハンベエの顔を覗き込んだりする。イシキンが扉をノックした時も、執務机でハンベエの上着の袖口をクチバシで引っ張ってじゃれていたところだった。
ノックの音がすると、鴉は一瞬の内に壁に作られた止まり木に飛び戻った。そして、縫いぐるみ、いやいや剥製のように身じろぎ一つしない風を装った。何のつもりなのか。
「軍司令官、ヘルデン隊長が騎兵を連れて戻られました。」
イシキンは一歩入って気をつけの姿勢をとった。
「了解。」
ハンベエは一言答えると、執務室を足速に出て司令部の外に向かった。
司令部正面に騎馬兵三百、辺りに威風を放って整列していた。羽根飾りの付いた兜を被っているのが、彼等の大将らしい。
(この風俗は・・・・・・アルハインド族か。)
ハンベエの頭をいやーな予感が掠めた。羽根飾りの男を見ると、何処かで見た事が有るような気がしてならない。
「ハンベエー、注文通り三百騎だよお。」
意気揚々とロキが走り寄って来た。ロキに続くように、ヘルデンもやって来る。
「ご苦労だった。」
ハンベエはヘルデンに労いの言葉を掛けた。ヘルデンはニヤッと笑って敬礼だ。
「あれー、オイラには労いの言葉は無いのお。あの騎馬兵達を見つけたのはオイラなんだよお。」
ロキが不満顔で頬を膨らませる。
ハンベエはロキの肩を掴み、膝を落として、相手の顔の前まで己の顔を降ろし、
「居ないんで、色々不便したぜ。相談したい事が有るから、執務室へ行っていてくれ。・・・・・・いや、その前に王女を見舞ってやってくれ。」
と柔らかな口調で言った。
「王女様、具合が悪いの?」
「いや、至って元気なはずだが、ロキが居ないと淋しいだろうと思ってな。」
「言われなくても、ご機嫌伺いに飛んでくよお。」
ロキは司令部の入口へと駆けて行った。
ハンベエの正面方向から、騎馬傭兵の頭と思われる羽根飾りの人物がツカツカと歩み寄っていた。
羽根飾りの男は、真一文字にハンベエを目指して歩み寄って来る。
そして、腰に帯びている両刃の長剣を抜き放つと、ハンベエ目掛けていきなり切り付けて来た。
「死ねっ。」
剣をかざした男の口から吐き出されたのは、憎悪のこもった短い一言であった。
ハンベエは一歩下がって、剣を躱した。出し抜けの一撃にあわやと思われたが、少しも慌てた様子は無い。
「ちっ」
男は刃を翻して、逆方向に切り返した。
ハンベエは更に一歩下がって躱した。
「うおっ。」
火のような息を吐いて、剣を旋回させ、男は今度は頭上から切り下げて来た。
ハンベエは半身に躱して男の内懐に踏み込んだ。入り身という技らしい。そうして、羽根飾りの兜の下に隙間見える男の額に右手でデコピンを食らわした。ごっついハンベエの中指が相手の額に弾け、バッチィィィっと痛ましい音が発っせられた。
その音の凄い事凄い事、少し離れた場所で見ていたヘルデンが、大将危うし!と剣の柄に掛けた手を離し、自分が喰らったかのように顔をしかめ、思わず両の握り拳で半開きの口を覆ってしまったほどだ。
一瞬、目が眩んだようによろめいた羽根飾りの男であるが、横殴りに大きく剣を薙いだ。ハンベエは軽く後ろに跳んで間合いの外に躱す。
以下、羽根飾りの男斬り付ける、ハンベエ躱して踏み込む、バッチィィィ、男切り払う、ハンベエ跳び下がる、という繰り返しが何十度となく続き、とうとう羽根飾りの男は疲れと苦痛から尻餅を突いてしまった。ハンベエは刀に手も掛けていない。ハンベエを守ろうと身構えていたヘルデンもハンベエがあまりにも余裕だったので手を出しかねて見守ってしまっていた。
「殺せっ、殺せえ、馬鹿にしおってから。」
ハンベエに一太刀浴びせるどころか、赤子扱いの上、斬られもせず、デコピン喰らう事数十発、痛みと口惜しさのあまり、涙まで流している。
大の男が額を真っ赤に腫らせて泣きっ面、ジダンダ踏まんばかりに憤るのを見て、ハンベエは自分のやった事ながら、笑い出しそうになるのを必死に堪えていた。
「いきなり斬り付けて来るとはどういう事だ。」
痙攣しそうな横隔膜の震えを押さえ付けて、ハンベエは渋い声で言った。
「俺が名は、レンホーセン、リーホーセンの甥と云えば身に覚えが有ろう。」
「・・・・・・ふむ、何処かで見た事が有るような気がしたが、やっぱりなあ。」
ハンベエは困ったような顔になった。
「伯父きの仇、尋常に勝負しろ。」
レンホーセンはよろつきながら立ち上がり、剣を構え直した。いきなり斬りつけておいて、今更尋常にも何もあったものではないが。
「ふむ、確かにリーホーセンを斬ったのは俺に間違いないが、よく知ってるなあ。」
ハンベエは距離を保ちながら腕組みをした。はてさて、どうしたものかと、白刃を前にのんびり落ち着いている。
奇妙なのは、二十メートルほど離れて整列している騎馬の一群である。大将がダンビラ振り回して大立ち回りをしているのに、涼しい顔で見物しているのである。ハンベエを殺す為に偽って募集に応じたのなら、彼等が大人しくしているわけが分からない。
「貴公の仲間は何故黙って見ている。」
「仇討ちは俺の個人的問題だ。奴等には手出ししないように言ってある。」
「しかし、貴公が斬られたら、どうするつもりなんだ。」
「黙って、傭兵として仕えるように命じてある。」
「首尾良く、俺を殺した時は?」
「馬に任せて立ち去る迄だ。」
「・・・・・・なるほど。しかし、先程からの立ち合いから考えて、貴公が俺を斬るのはどう考えても無理だ。どうするね?」
「抜かせ! 死んでも殺す。」
レンホーセンはそう吐き捨てると、剣の切っ先をハンベエの胸に向けて突っ込んで行った。
牛の一突き、剣と渾然一体となった鋭い突きであった。だが、手応えは無く、まるでハンベエの体を擦り抜けたかと感じた時には、ハンベエがレンホーセンの真横に来ていて、両の手首がガッシリと掴まれていた。
何が起こったのか、レンホーセンは目を疑う思いだった。まるで、目眩ましにでも遭ったみたいだ。
「ほらみろ、やっぱり無理だろう。」
ハンベエは相手の両手首を左右の手で掴んだまま、のんびりした声で言った。
「離せっ。」
レンホーセンは振り放そうともがいたが、びくともしない。
「なあ、そんなにいきり立ってないで、俺の話を聞きな。」
相変わらず、のんびりした声のハンベエ。
「なっ、何を。」
一方、もがいてももがいても、大木にでも縛り付けられでもしているかのように身動きのままらないレンホーセンだった。
「何度も言うが、今日のところは貴公の腕では逆立ちしても俺を斬るのは無理だ。」
「くっ。」
「俺が貴公だったら、今日は諦めて、しばらく相手を観察するがなあ。」
「何をっ。」
「そうして相手の弱点を探す。どんな奴だって一つも弱点が無いわけはない。必ず弱いところが有るはずだ。それを見つけてから、もう一度勝負しても遅くはないと思うぜ。」
ハンベエはそう言うと、力任せにレンホーセンを突き飛ばした。
五メートルも吹っ飛んで、レンホーセンは又々尻餅をついた。
「何故殺さんっ。」
手も足も出ず、子供扱いで突っ転がされながら、腹立ち紛れに叫ぶレンホーセンに、ハンベエは、
「今斬ったところで詰まらんからなあ。もうちょっと勝負になる切り札を揃えてから、殺しに来な。それより、傭兵料を決めたいから、気持ちが落ち着いたら執務室へ来てくれ。」
そう言って、ヘルデンの肩を抱えて司令部の中へと去ってしまった。
後に残されたレンホーセンは呆然とその後ろ姿を見送った。
この後、意外とも思われる事には、リーホーセンの仇を取りに甥と称してやって来たレンホーセンは、すっかり毒気を抜かれてハンベエ直接配下の騎馬隊として雇われてしまった事である。
何かが憑ってしまったのだろうか。表裏剛柔、活殺自在かい、と言いたくなるほど鮮やかに打つ手が嵌まっているハンベエであった。その上、ちょっとばかり強くなり過ぎてる気もしないではない。
ただ、ハンベエ自身は、来るべきステルポイジャン達との戦いを控えているとは云え、千人斬りの途上、折角飛び出して来たレンホーセンを斬らずに堪えたのは、陰ではすこぶる不本意の様子であった事を付け加えておく。
騎馬隊を加えて戦力が又少し上がったところで、タゴロローム守備軍は募兵活動に掛かった。
タゴロロームや近在の村々に出掛けて、王女のエレナの為に戦おうという若者を集めるのだ。
募兵に従事する兵はパーレルの描いたエレナの旗を先頭に立てて進んだ。パーレルに絵を頼んだ時点で計算済みだったようだ。
この募兵で王女エレナに近侍する侍女も十五人雇い入れた。人選・・・・・・はしようにも、十五人で応募者全員であった。王宮ならともかく、戦場を廻らなければならなくなる王女に仕えようと志願する女子は中々いなかったのである。
それでも、色々と不便を感じていたエレナは守備軍の心遣いに多謝したのであった。
軍事調練に忙しい兵士達にハンベエは別の事も命じていた。タゴロロームの町に出掛けさせ、道路や住民の家屋を見回らせ、修繕をさせたのである。無論、無料である。
人使いの荒い大将だった。タゴロロームの兵士達は毎日くたくたに疲れて、いつの間にか売春宿等の悪所からも足が遠退いてしまった。
兵士達に多少不満の声が無かったわけでもないが、司令官ハンベエが先頭に立ってやるので、文句の出しようも無い。
ついでながら、明かに自分の好みでやってしまったと思われる事もある。
ハンベエは王女エレナの為に一人用の風呂を作ってやり、入浴を奨める一方、ちゃっかり自分の分も作った。
それどころか、兵士達にも風呂を幾つか作るように奨励した上、タゴロロームの町の顔役の中に公衆浴場の経営をする者を募ったりまでした。
この風呂好きばかりは、あまり賛同を得られなかったが、平気な顔で奨励を続けるハンベエであった。
ハンベエの注文通り、兵数は三百騎。大威張りのロキが先頭に立ち、反っくり返るばかりに胸を張って帰って来た。
イシキンから騎馬傭兵の到来の報告を受けた時、ハンベエはイザベラからの通信第六便を読んでいたところだった。
相変わらず、ゲッソリナの兵が動く気配は無いとある。又、通信内容から推察するに、エレナの引き渡し交渉にやって来たラーギルはまだゲッソリナに帰還していないようである。
兵に動きがない一方、タゴロローム守備軍の王国金庫吸収の事実は、既にステルポイジャン達の知るところとなったようだ。
最近、鴉のクーちゃんは馴れてきたのか、執務机に乗っかって、ハンベエの顔を覗き込んだりする。イシキンが扉をノックした時も、執務机でハンベエの上着の袖口をクチバシで引っ張ってじゃれていたところだった。
ノックの音がすると、鴉は一瞬の内に壁に作られた止まり木に飛び戻った。そして、縫いぐるみ、いやいや剥製のように身じろぎ一つしない風を装った。何のつもりなのか。
「軍司令官、ヘルデン隊長が騎兵を連れて戻られました。」
イシキンは一歩入って気をつけの姿勢をとった。
「了解。」
ハンベエは一言答えると、執務室を足速に出て司令部の外に向かった。
司令部正面に騎馬兵三百、辺りに威風を放って整列していた。羽根飾りの付いた兜を被っているのが、彼等の大将らしい。
(この風俗は・・・・・・アルハインド族か。)
ハンベエの頭をいやーな予感が掠めた。羽根飾りの男を見ると、何処かで見た事が有るような気がしてならない。
「ハンベエー、注文通り三百騎だよお。」
意気揚々とロキが走り寄って来た。ロキに続くように、ヘルデンもやって来る。
「ご苦労だった。」
ハンベエはヘルデンに労いの言葉を掛けた。ヘルデンはニヤッと笑って敬礼だ。
「あれー、オイラには労いの言葉は無いのお。あの騎馬兵達を見つけたのはオイラなんだよお。」
ロキが不満顔で頬を膨らませる。
ハンベエはロキの肩を掴み、膝を落として、相手の顔の前まで己の顔を降ろし、
「居ないんで、色々不便したぜ。相談したい事が有るから、執務室へ行っていてくれ。・・・・・・いや、その前に王女を見舞ってやってくれ。」
と柔らかな口調で言った。
「王女様、具合が悪いの?」
「いや、至って元気なはずだが、ロキが居ないと淋しいだろうと思ってな。」
「言われなくても、ご機嫌伺いに飛んでくよお。」
ロキは司令部の入口へと駆けて行った。
ハンベエの正面方向から、騎馬傭兵の頭と思われる羽根飾りの人物がツカツカと歩み寄っていた。
羽根飾りの男は、真一文字にハンベエを目指して歩み寄って来る。
そして、腰に帯びている両刃の長剣を抜き放つと、ハンベエ目掛けていきなり切り付けて来た。
「死ねっ。」
剣をかざした男の口から吐き出されたのは、憎悪のこもった短い一言であった。
ハンベエは一歩下がって、剣を躱した。出し抜けの一撃にあわやと思われたが、少しも慌てた様子は無い。
「ちっ」
男は刃を翻して、逆方向に切り返した。
ハンベエは更に一歩下がって躱した。
「うおっ。」
火のような息を吐いて、剣を旋回させ、男は今度は頭上から切り下げて来た。
ハンベエは半身に躱して男の内懐に踏み込んだ。入り身という技らしい。そうして、羽根飾りの兜の下に隙間見える男の額に右手でデコピンを食らわした。ごっついハンベエの中指が相手の額に弾け、バッチィィィっと痛ましい音が発っせられた。
その音の凄い事凄い事、少し離れた場所で見ていたヘルデンが、大将危うし!と剣の柄に掛けた手を離し、自分が喰らったかのように顔をしかめ、思わず両の握り拳で半開きの口を覆ってしまったほどだ。
一瞬、目が眩んだようによろめいた羽根飾りの男であるが、横殴りに大きく剣を薙いだ。ハンベエは軽く後ろに跳んで間合いの外に躱す。
以下、羽根飾りの男斬り付ける、ハンベエ躱して踏み込む、バッチィィィ、男切り払う、ハンベエ跳び下がる、という繰り返しが何十度となく続き、とうとう羽根飾りの男は疲れと苦痛から尻餅を突いてしまった。ハンベエは刀に手も掛けていない。ハンベエを守ろうと身構えていたヘルデンもハンベエがあまりにも余裕だったので手を出しかねて見守ってしまっていた。
「殺せっ、殺せえ、馬鹿にしおってから。」
ハンベエに一太刀浴びせるどころか、赤子扱いの上、斬られもせず、デコピン喰らう事数十発、痛みと口惜しさのあまり、涙まで流している。
大の男が額を真っ赤に腫らせて泣きっ面、ジダンダ踏まんばかりに憤るのを見て、ハンベエは自分のやった事ながら、笑い出しそうになるのを必死に堪えていた。
「いきなり斬り付けて来るとはどういう事だ。」
痙攣しそうな横隔膜の震えを押さえ付けて、ハンベエは渋い声で言った。
「俺が名は、レンホーセン、リーホーセンの甥と云えば身に覚えが有ろう。」
「・・・・・・ふむ、何処かで見た事が有るような気がしたが、やっぱりなあ。」
ハンベエは困ったような顔になった。
「伯父きの仇、尋常に勝負しろ。」
レンホーセンはよろつきながら立ち上がり、剣を構え直した。いきなり斬りつけておいて、今更尋常にも何もあったものではないが。
「ふむ、確かにリーホーセンを斬ったのは俺に間違いないが、よく知ってるなあ。」
ハンベエは距離を保ちながら腕組みをした。はてさて、どうしたものかと、白刃を前にのんびり落ち着いている。
奇妙なのは、二十メートルほど離れて整列している騎馬の一群である。大将がダンビラ振り回して大立ち回りをしているのに、涼しい顔で見物しているのである。ハンベエを殺す為に偽って募集に応じたのなら、彼等が大人しくしているわけが分からない。
「貴公の仲間は何故黙って見ている。」
「仇討ちは俺の個人的問題だ。奴等には手出ししないように言ってある。」
「しかし、貴公が斬られたら、どうするつもりなんだ。」
「黙って、傭兵として仕えるように命じてある。」
「首尾良く、俺を殺した時は?」
「馬に任せて立ち去る迄だ。」
「・・・・・・なるほど。しかし、先程からの立ち合いから考えて、貴公が俺を斬るのはどう考えても無理だ。どうするね?」
「抜かせ! 死んでも殺す。」
レンホーセンはそう吐き捨てると、剣の切っ先をハンベエの胸に向けて突っ込んで行った。
牛の一突き、剣と渾然一体となった鋭い突きであった。だが、手応えは無く、まるでハンベエの体を擦り抜けたかと感じた時には、ハンベエがレンホーセンの真横に来ていて、両の手首がガッシリと掴まれていた。
何が起こったのか、レンホーセンは目を疑う思いだった。まるで、目眩ましにでも遭ったみたいだ。
「ほらみろ、やっぱり無理だろう。」
ハンベエは相手の両手首を左右の手で掴んだまま、のんびりした声で言った。
「離せっ。」
レンホーセンは振り放そうともがいたが、びくともしない。
「なあ、そんなにいきり立ってないで、俺の話を聞きな。」
相変わらず、のんびりした声のハンベエ。
「なっ、何を。」
一方、もがいてももがいても、大木にでも縛り付けられでもしているかのように身動きのままらないレンホーセンだった。
「何度も言うが、今日のところは貴公の腕では逆立ちしても俺を斬るのは無理だ。」
「くっ。」
「俺が貴公だったら、今日は諦めて、しばらく相手を観察するがなあ。」
「何をっ。」
「そうして相手の弱点を探す。どんな奴だって一つも弱点が無いわけはない。必ず弱いところが有るはずだ。それを見つけてから、もう一度勝負しても遅くはないと思うぜ。」
ハンベエはそう言うと、力任せにレンホーセンを突き飛ばした。
五メートルも吹っ飛んで、レンホーセンは又々尻餅をついた。
「何故殺さんっ。」
手も足も出ず、子供扱いで突っ転がされながら、腹立ち紛れに叫ぶレンホーセンに、ハンベエは、
「今斬ったところで詰まらんからなあ。もうちょっと勝負になる切り札を揃えてから、殺しに来な。それより、傭兵料を決めたいから、気持ちが落ち着いたら執務室へ来てくれ。」
そう言って、ヘルデンの肩を抱えて司令部の中へと去ってしまった。
後に残されたレンホーセンは呆然とその後ろ姿を見送った。
この後、意外とも思われる事には、リーホーセンの仇を取りに甥と称してやって来たレンホーセンは、すっかり毒気を抜かれてハンベエ直接配下の騎馬隊として雇われてしまった事である。
何かが憑ってしまったのだろうか。表裏剛柔、活殺自在かい、と言いたくなるほど鮮やかに打つ手が嵌まっているハンベエであった。その上、ちょっとばかり強くなり過ぎてる気もしないではない。
ただ、ハンベエ自身は、来るべきステルポイジャン達との戦いを控えているとは云え、千人斬りの途上、折角飛び出して来たレンホーセンを斬らずに堪えたのは、陰ではすこぶる不本意の様子であった事を付け加えておく。
騎馬隊を加えて戦力が又少し上がったところで、タゴロローム守備軍は募兵活動に掛かった。
タゴロロームや近在の村々に出掛けて、王女のエレナの為に戦おうという若者を集めるのだ。
募兵に従事する兵はパーレルの描いたエレナの旗を先頭に立てて進んだ。パーレルに絵を頼んだ時点で計算済みだったようだ。
この募兵で王女エレナに近侍する侍女も十五人雇い入れた。人選・・・・・・はしようにも、十五人で応募者全員であった。王宮ならともかく、戦場を廻らなければならなくなる王女に仕えようと志願する女子は中々いなかったのである。
それでも、色々と不便を感じていたエレナは守備軍の心遣いに多謝したのであった。
軍事調練に忙しい兵士達にハンベエは別の事も命じていた。タゴロロームの町に出掛けさせ、道路や住民の家屋を見回らせ、修繕をさせたのである。無論、無料である。
人使いの荒い大将だった。タゴロロームの兵士達は毎日くたくたに疲れて、いつの間にか売春宿等の悪所からも足が遠退いてしまった。
兵士達に多少不満の声が無かったわけでもないが、司令官ハンベエが先頭に立ってやるので、文句の出しようも無い。
ついでながら、明かに自分の好みでやってしまったと思われる事もある。
ハンベエは王女エレナの為に一人用の風呂を作ってやり、入浴を奨める一方、ちゃっかり自分の分も作った。
それどころか、兵士達にも風呂を幾つか作るように奨励した上、タゴロロームの町の顔役の中に公衆浴場の経営をする者を募ったりまでした。
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