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百四 ロキ活躍する!だよお
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「貴様等、何の権限が有ってこんな真似を。」
王国金庫総裁ノーシャブは泡を食って喚いていた。
王国金庫はタゴロロームの市内中心地に有る。ハンベエ配下のタゴロローム守備軍兵士三千人がドルバスの指揮の下、その建物を取り巻いていた。王国金庫にも警備兵はいたが、せいぜい百人止まり、三十倍の兵士に槍襖で取り囲まれては敵わない。手も無く武装解除されてしまった。
荒々しく、この徴税官署を包囲したが、ホールドアップ、金を出せ! と云うわけではない。モルフィネスの建策による無権限監査が始まったのである。包囲網を敷いた軍の指揮官はドルバスであったが、別動隊二百人が建物に侵入し、王国金庫職員を制圧(勇ましい言い方だが、彼等は文官なので別に抵抗は無かったようだ)し、帳簿類を差し押さえた。
別動隊を指揮するのはロキとモルフィネスである。この別動隊の編成、実は大変だったのである。何故なら、かつてロキが言ったように、『兵隊さんって字の書けない人も多いから』であった。会計事務に携わる者は勿論、読み書きの出来る者をオオワラワでかき集めたのであった。無論、士官ともなればそういう教育も受けているのだが、バンケルクを打ち破った直後にハンベエが放った『士官共は許すな。皆殺しだ。』という発言のため、降伏はしたものの、士官の大半が守備軍を去っていた。
「権限。・・・・・・そんなものは気にするな。守備軍への給与金の引き渡しを拒む理由が分からないので調べているだけだ。別に調べられたところで困る事も無いだろう。」
茹で蛸と見まごうほど顔を赤くし、目を白黒させるノーシャブを冷ややかに見据えながら、モルフィネスは言った。
「待て、給与の金なら直ぐ支給する。だから待て、帳簿をアレコレするのは待て! 金は直ぐ支給するから。」
悲鳴を挙げながら、ノーシャブが守備軍兵士達を遮ろうとする。
「給与の金を支給するのは当たり前の事だ。だが、監査を止める事はできない。卑しくも、タゴロローム守備軍軍司令官の命令である。邪魔だて無用だ。」
「守備軍司令官にそんな権限は無い。」
「無いはずは無い。権限が与えられているからこそ、我々に命令が下ったのだ。我々は軍司令官の命令に従うのみ、貴様等の指図は一切受けん。兵士諸士、邪魔だからこの男を始め、王国金庫幹部連中は捕らえて一室に閉じ込めておけ。」
守備軍司令官に王国金庫の監査権限など全く無い事など百も承知で、モルフィネスは頭ごなしに言った。
ノーシャブは尚も抵抗しようとしたが、兵士達に取り押さえられ、彼方の部屋に引きずって行かれた。
ロキは一室を占拠して守備軍兵士に命じ、片っ端から帳簿の類いを持って来させた。
そして、あたかも漢王朝の創始者高祖リュウホウの名臣ショウカの如き速さで、山と積まれた帳簿類に順々に目を通しながら、自分の用意したメモ用紙に何やら数字を書き付けていた。
一方、モルフィネスは『総勘定元帳』という帳簿に目を通しながら、兵士達を指揮して、あちこち帳簿を調べさせていた。帳簿の大半はロキがかき集めており、触るとドングリまなこでギロリと睨むので、命じられた兵士達はロキの顔色を窺いながら引け腰で帳簿を繰る始末であった。
王国金庫の封鎖は朝方であった。やがて夕方となり、陽が落ちようとしていた。ロキは一室に籠ったまま、昼飯も食べずに、帳簿を読み続けていたが、やがてアレコレ書き付けたメモ用紙を手にモルフィネスの所にやって来て尋ねた。
「その帳簿は何の帳簿だよお。」
「『総勘定元帳』だが。」
「何か見つかった?」
「いや、まだこれと言って。」
モルフィネスは少々苦い顔で言った。総勘定元帳から、怪しい費用項目について兵士達に集計をさせていたのだが、何しろロキが帳簿を独占している事と、こういう帳簿監査には慣れない兵士達の為、中々作業が進捗しない。しかも、調べさせた範囲では一応辻褄が合っているのだ。
「オイラにちょっとその帳簿見せてくれない。」
ロキに促され、モルフィネスは総勘定元帳を渡した。ロキはしばらくその帳簿を見ていたが、やがてピシリと帳簿を閉じ喋り始めた。
「この王国金庫で扱っている税の総額は金貨にして年間ざっと百五十六万枚、その内タゴゴローム守備軍に支払われるものが六十一万枚。残りの大半はゲッソリナに送られて、一部がこの王国金庫の維持費になっているようだよお。」
「・・・・・・その数字は何処から? どうやって集計したんだ?」
「暗算だよお。」
「暗算って・・・・・・お前、あの帳簿の数だぞ。」
「えー?、みんなその程度の暗算は出来るんじゃないのお?」
ロキのセリフにモルフィネスは舌を巻いた。ロキは別にハッタリを言っているわけではなさそうだ。
(稀にいるな。恐ろしく算術が出来る奴が・・・・・・そういう奴に限って自分の能力を大したものだと思っていないが。ロキがそうだったとは・・・・・・。)
モルフィネスはロキ少年の意外な能力に少しばかり驚いてしまった。
「それでねえ、科目の中で、『雑損』というのと『戻り税』というのが有って、それぞれ金貨一万五百六十二枚と二万三千百八十七枚分なんだけどお。ちょっと多過ぎない?」
「・・・・・・。」
サラっと数字を言ってのけるロキにモルフィネスは返す言葉が出ない。勿論、山のような帳簿に出て来る金額の単位は金貨ばかりで書かれているのでは無く、最低貨幣の銅貨で書かれているものも多かった。それをロキは全て暗算で集計してしまったというのだろうか。
「それでねえ、全ての帳簿で金額の後ろに文字一つ分の横棒の記号が有るんだけどお、この『雑損』と『戻り税』の金額についてだけ、その横棒の後ろの所が微妙に撥ねてる分が有るんだ。その合計が金貨にして、九千五百五十三枚と二万六百三十一枚なんだよお。」
「・・・・・・と言うと。」
狂言廻しの役割になったなと思いながら、モルフィネスは聞き返した。
「絶対、裏帳簿が有るよお。」
とロキは言った。何やら怒っているようだ。
「成る程、裏帳簿などと云う物が出てくれば、帳簿の辻褄合わせや支出の裏など取らずとも奴等の後ろ暗い部分は一目で分かるな。探させよう。しかし、ロキは何か腹を立てているみたいだが。」
「オイラ、この手の誤魔化しをやる奴は大嫌いなんだ。探すなら、親玉の所が一番怪しいよ。間違いなく組織ぐるみで誤魔化しをやってるはずだから。」
早速、モルフィネスの指揮の下、ノーシャブの執務室──総裁室と呼ばれているらしいが──が調べられた。だが、部屋の隅から隅迄調べたが裏帳簿の類いは出て来ない。
その部屋には壁に埋め込みの金庫が有ったが、これは真っ先に調べられた。だが、中に入っていたのはゲッソリナ行政府との往復書簡の類いで、帳簿らしき物は見付からなかった。
もう暗くなり、燭台を手にしての作業になっていた。
壁という壁を調べさせ、床も調べて見たが、特に隠し扉や怪しい物は無い。
ふと、思い付いてモルフィネスは金庫の中に手を差し入れて内側から全体を探って見た。
金庫の天井に何やら突起のような物が有った。モルフィネスがそれを押すと、バネ仕掛けになっていたらしく、パカンと天井の部分の板が落ちて斜めにぶら下がる形になった。その天井板の上に出来た空洞の中に棚が有り、帳簿が二つ出て来た。
ロキが睨んだ通り、裏帳簿が有ったのである。そして、その帳簿から王国金庫総裁ノーシャブはじめ、幹部連の公金着服の実態が顕になった。
モルフィネスはホッと一息吐く思いだった。叩けば必ず埃が出ると自信満々の建策であったが、実際に調べて見ると中々尻尾が掴めず、空振りになるかと、公金横領の捏造までチラリと考えたが、ロキに救われた形であった。
しかし、たった半日帳簿と睨めっこしただけで、この誤魔化しを嗅ぎ当てたロキはただ者ではない。ビックマウスなだけの少年だと見くびっていたモルフィネスは、ハンベエの周りに集まっているのがやはり曲者ばかりだと改めて気付いたのだった。
モルフィネスは裏帳簿を手にすると、一室に閉じ込めて置いた王国金庫の幹部を一人ずつ呼び出して、ロキと共に尋問した。尋問に数名の兵士を立ち会わせ、協力的で無いものには槍を突き付けさせた。
その一方、兵士達の大部分には王国金庫の下級吏員に話を聞いて回らせた。
それぞれの証言からロキの弾き出した金員の大部分が、幹部連中の私的な娯楽に供されたり、私財として隠匿されたりしていたと云う着服の実情がはっきりした。
ロキやモルフィネスに『記憶にございません』とか『黙秘する』とか『世の中色々』等の逃げ口上は通用しなかった。文句を言ったり、しらばくれようとする奴には兵士に命じて、槍を突き付けさせる。文官である王国金庫幹部は直接的物理的脅しにはすこぶる弱かったようである。
最終的に総裁ノーシャブをはじめとする幹部達全てを着の身着のまま追放処分とし、兵士達に護送させて、タゴゴダの丘の更に西へ放逐してしまった。彼等は一様に、『何の権限が有って!』、『違法だ!』とヒステリーのような金切り声を挙げたが、守備軍の兵士の知った事ではなかった。何を喚こうが取り合う者も無く、力付くで王国の外へとポイ捨てされてしまったのである。
そして、王国金庫の玄関に大きな立て札を立てさせ、町の人間達に次のように布告した。
『王国金庫を預かる総裁ノーシャブ外幹部十一名は公金を着服し、連年に渡り私腹を肥やした事が、この度タゴゴローム守備軍の特別監査により判明した。よって追放に処する。今後はタゴゴローム守備軍が王国金庫を監督指導し、公平公正な税管理に努める。
タゴゴローム守備軍一同』
この処分には後日談が有る。国外に放逐された者達は納得出来なかったらしく、再びタゴゴロームに舞い戻って来て、守備軍兵士に捕らえれた。ハンベエは『この者達、守備軍の温情ある処分に不服を持ち、国外追放の身をもって国内を横行す。反省の心更に無し。よって生き晒しとする。天下万民、己の良心に照らし、存分に持て成すべし』の立て札と共に守備軍陣地入口に地面に杭打ちした丸太に縛り付けて放置した。一日の終わりには群衆に石を投げ付けられて、哀れにも彼等は事切れていた。
しかしまた、何故彼等はノコノコ戻って来たのだろう? 権門の府は衆怨を被り易く、まして徴税吏は怨嗟の的。武力も無く、ただ権力のみで高みに位置し、その座を滑り落ちた猿がどんな目に逢うか想像出来なかったのであろうか? 実は嫌われ者の身であった事を知らなかったのであろうか? 返す返すも哀れを留める話であった。
私利を貪っていたのは幹部のみでは無かった。上がこうである。王国金庫の吏員は役得と称して、多かれ少なかれ不正に加担し、利益を享受していた。
『いっその事、全部追い出してしまおう』とロキは提案したが、『それでは徴税業務に差し支える。兵士にそんな仕事をさせても絶対に上手くはいかない。一罰百戒を以て事を収めよう。』とモルフィネスが不問に付したのであった。ロキもそれもそうかと納得した様子であった。
こうして、ハンベエはどうにかこうにか戦費調達問題に目処をつけたのである。王国金庫には金貨八十万枚以上が貯蔵されていた。
守備軍陣地に戻ってハンベエに報告を行ったモルフィネスは最後に一言付け加えた。
「ロキが居なかったら、どうなった事やら。これほど上手く事が運んだのは全てあの少年の手柄だ。これからは私もロキに対する侮りを改める事にする。」
これに対し、ハンベエは珍しく相好を崩した。鮮やかなほど嬉しそうな顔付きであった。
で、今回の主役ロキがその頃どうしていたかと言うと、王女エレナを尋ねて自分の手柄話を吹き捲っていたのである。
王国金庫総裁ノーシャブは泡を食って喚いていた。
王国金庫はタゴロロームの市内中心地に有る。ハンベエ配下のタゴロローム守備軍兵士三千人がドルバスの指揮の下、その建物を取り巻いていた。王国金庫にも警備兵はいたが、せいぜい百人止まり、三十倍の兵士に槍襖で取り囲まれては敵わない。手も無く武装解除されてしまった。
荒々しく、この徴税官署を包囲したが、ホールドアップ、金を出せ! と云うわけではない。モルフィネスの建策による無権限監査が始まったのである。包囲網を敷いた軍の指揮官はドルバスであったが、別動隊二百人が建物に侵入し、王国金庫職員を制圧(勇ましい言い方だが、彼等は文官なので別に抵抗は無かったようだ)し、帳簿類を差し押さえた。
別動隊を指揮するのはロキとモルフィネスである。この別動隊の編成、実は大変だったのである。何故なら、かつてロキが言ったように、『兵隊さんって字の書けない人も多いから』であった。会計事務に携わる者は勿論、読み書きの出来る者をオオワラワでかき集めたのであった。無論、士官ともなればそういう教育も受けているのだが、バンケルクを打ち破った直後にハンベエが放った『士官共は許すな。皆殺しだ。』という発言のため、降伏はしたものの、士官の大半が守備軍を去っていた。
「権限。・・・・・・そんなものは気にするな。守備軍への給与金の引き渡しを拒む理由が分からないので調べているだけだ。別に調べられたところで困る事も無いだろう。」
茹で蛸と見まごうほど顔を赤くし、目を白黒させるノーシャブを冷ややかに見据えながら、モルフィネスは言った。
「待て、給与の金なら直ぐ支給する。だから待て、帳簿をアレコレするのは待て! 金は直ぐ支給するから。」
悲鳴を挙げながら、ノーシャブが守備軍兵士達を遮ろうとする。
「給与の金を支給するのは当たり前の事だ。だが、監査を止める事はできない。卑しくも、タゴロローム守備軍軍司令官の命令である。邪魔だて無用だ。」
「守備軍司令官にそんな権限は無い。」
「無いはずは無い。権限が与えられているからこそ、我々に命令が下ったのだ。我々は軍司令官の命令に従うのみ、貴様等の指図は一切受けん。兵士諸士、邪魔だからこの男を始め、王国金庫幹部連中は捕らえて一室に閉じ込めておけ。」
守備軍司令官に王国金庫の監査権限など全く無い事など百も承知で、モルフィネスは頭ごなしに言った。
ノーシャブは尚も抵抗しようとしたが、兵士達に取り押さえられ、彼方の部屋に引きずって行かれた。
ロキは一室を占拠して守備軍兵士に命じ、片っ端から帳簿の類いを持って来させた。
そして、あたかも漢王朝の創始者高祖リュウホウの名臣ショウカの如き速さで、山と積まれた帳簿類に順々に目を通しながら、自分の用意したメモ用紙に何やら数字を書き付けていた。
一方、モルフィネスは『総勘定元帳』という帳簿に目を通しながら、兵士達を指揮して、あちこち帳簿を調べさせていた。帳簿の大半はロキがかき集めており、触るとドングリまなこでギロリと睨むので、命じられた兵士達はロキの顔色を窺いながら引け腰で帳簿を繰る始末であった。
王国金庫の封鎖は朝方であった。やがて夕方となり、陽が落ちようとしていた。ロキは一室に籠ったまま、昼飯も食べずに、帳簿を読み続けていたが、やがてアレコレ書き付けたメモ用紙を手にモルフィネスの所にやって来て尋ねた。
「その帳簿は何の帳簿だよお。」
「『総勘定元帳』だが。」
「何か見つかった?」
「いや、まだこれと言って。」
モルフィネスは少々苦い顔で言った。総勘定元帳から、怪しい費用項目について兵士達に集計をさせていたのだが、何しろロキが帳簿を独占している事と、こういう帳簿監査には慣れない兵士達の為、中々作業が進捗しない。しかも、調べさせた範囲では一応辻褄が合っているのだ。
「オイラにちょっとその帳簿見せてくれない。」
ロキに促され、モルフィネスは総勘定元帳を渡した。ロキはしばらくその帳簿を見ていたが、やがてピシリと帳簿を閉じ喋り始めた。
「この王国金庫で扱っている税の総額は金貨にして年間ざっと百五十六万枚、その内タゴゴローム守備軍に支払われるものが六十一万枚。残りの大半はゲッソリナに送られて、一部がこの王国金庫の維持費になっているようだよお。」
「・・・・・・その数字は何処から? どうやって集計したんだ?」
「暗算だよお。」
「暗算って・・・・・・お前、あの帳簿の数だぞ。」
「えー?、みんなその程度の暗算は出来るんじゃないのお?」
ロキのセリフにモルフィネスは舌を巻いた。ロキは別にハッタリを言っているわけではなさそうだ。
(稀にいるな。恐ろしく算術が出来る奴が・・・・・・そういう奴に限って自分の能力を大したものだと思っていないが。ロキがそうだったとは・・・・・・。)
モルフィネスはロキ少年の意外な能力に少しばかり驚いてしまった。
「それでねえ、科目の中で、『雑損』というのと『戻り税』というのが有って、それぞれ金貨一万五百六十二枚と二万三千百八十七枚分なんだけどお。ちょっと多過ぎない?」
「・・・・・・。」
サラっと数字を言ってのけるロキにモルフィネスは返す言葉が出ない。勿論、山のような帳簿に出て来る金額の単位は金貨ばかりで書かれているのでは無く、最低貨幣の銅貨で書かれているものも多かった。それをロキは全て暗算で集計してしまったというのだろうか。
「それでねえ、全ての帳簿で金額の後ろに文字一つ分の横棒の記号が有るんだけどお、この『雑損』と『戻り税』の金額についてだけ、その横棒の後ろの所が微妙に撥ねてる分が有るんだ。その合計が金貨にして、九千五百五十三枚と二万六百三十一枚なんだよお。」
「・・・・・・と言うと。」
狂言廻しの役割になったなと思いながら、モルフィネスは聞き返した。
「絶対、裏帳簿が有るよお。」
とロキは言った。何やら怒っているようだ。
「成る程、裏帳簿などと云う物が出てくれば、帳簿の辻褄合わせや支出の裏など取らずとも奴等の後ろ暗い部分は一目で分かるな。探させよう。しかし、ロキは何か腹を立てているみたいだが。」
「オイラ、この手の誤魔化しをやる奴は大嫌いなんだ。探すなら、親玉の所が一番怪しいよ。間違いなく組織ぐるみで誤魔化しをやってるはずだから。」
早速、モルフィネスの指揮の下、ノーシャブの執務室──総裁室と呼ばれているらしいが──が調べられた。だが、部屋の隅から隅迄調べたが裏帳簿の類いは出て来ない。
その部屋には壁に埋め込みの金庫が有ったが、これは真っ先に調べられた。だが、中に入っていたのはゲッソリナ行政府との往復書簡の類いで、帳簿らしき物は見付からなかった。
もう暗くなり、燭台を手にしての作業になっていた。
壁という壁を調べさせ、床も調べて見たが、特に隠し扉や怪しい物は無い。
ふと、思い付いてモルフィネスは金庫の中に手を差し入れて内側から全体を探って見た。
金庫の天井に何やら突起のような物が有った。モルフィネスがそれを押すと、バネ仕掛けになっていたらしく、パカンと天井の部分の板が落ちて斜めにぶら下がる形になった。その天井板の上に出来た空洞の中に棚が有り、帳簿が二つ出て来た。
ロキが睨んだ通り、裏帳簿が有ったのである。そして、その帳簿から王国金庫総裁ノーシャブはじめ、幹部連の公金着服の実態が顕になった。
モルフィネスはホッと一息吐く思いだった。叩けば必ず埃が出ると自信満々の建策であったが、実際に調べて見ると中々尻尾が掴めず、空振りになるかと、公金横領の捏造までチラリと考えたが、ロキに救われた形であった。
しかし、たった半日帳簿と睨めっこしただけで、この誤魔化しを嗅ぎ当てたロキはただ者ではない。ビックマウスなだけの少年だと見くびっていたモルフィネスは、ハンベエの周りに集まっているのがやはり曲者ばかりだと改めて気付いたのだった。
モルフィネスは裏帳簿を手にすると、一室に閉じ込めて置いた王国金庫の幹部を一人ずつ呼び出して、ロキと共に尋問した。尋問に数名の兵士を立ち会わせ、協力的で無いものには槍を突き付けさせた。
その一方、兵士達の大部分には王国金庫の下級吏員に話を聞いて回らせた。
それぞれの証言からロキの弾き出した金員の大部分が、幹部連中の私的な娯楽に供されたり、私財として隠匿されたりしていたと云う着服の実情がはっきりした。
ロキやモルフィネスに『記憶にございません』とか『黙秘する』とか『世の中色々』等の逃げ口上は通用しなかった。文句を言ったり、しらばくれようとする奴には兵士に命じて、槍を突き付けさせる。文官である王国金庫幹部は直接的物理的脅しにはすこぶる弱かったようである。
最終的に総裁ノーシャブをはじめとする幹部達全てを着の身着のまま追放処分とし、兵士達に護送させて、タゴゴダの丘の更に西へ放逐してしまった。彼等は一様に、『何の権限が有って!』、『違法だ!』とヒステリーのような金切り声を挙げたが、守備軍の兵士の知った事ではなかった。何を喚こうが取り合う者も無く、力付くで王国の外へとポイ捨てされてしまったのである。
そして、王国金庫の玄関に大きな立て札を立てさせ、町の人間達に次のように布告した。
『王国金庫を預かる総裁ノーシャブ外幹部十一名は公金を着服し、連年に渡り私腹を肥やした事が、この度タゴゴローム守備軍の特別監査により判明した。よって追放に処する。今後はタゴゴローム守備軍が王国金庫を監督指導し、公平公正な税管理に努める。
タゴゴローム守備軍一同』
この処分には後日談が有る。国外に放逐された者達は納得出来なかったらしく、再びタゴゴロームに舞い戻って来て、守備軍兵士に捕らえれた。ハンベエは『この者達、守備軍の温情ある処分に不服を持ち、国外追放の身をもって国内を横行す。反省の心更に無し。よって生き晒しとする。天下万民、己の良心に照らし、存分に持て成すべし』の立て札と共に守備軍陣地入口に地面に杭打ちした丸太に縛り付けて放置した。一日の終わりには群衆に石を投げ付けられて、哀れにも彼等は事切れていた。
しかしまた、何故彼等はノコノコ戻って来たのだろう? 権門の府は衆怨を被り易く、まして徴税吏は怨嗟の的。武力も無く、ただ権力のみで高みに位置し、その座を滑り落ちた猿がどんな目に逢うか想像出来なかったのであろうか? 実は嫌われ者の身であった事を知らなかったのであろうか? 返す返すも哀れを留める話であった。
私利を貪っていたのは幹部のみでは無かった。上がこうである。王国金庫の吏員は役得と称して、多かれ少なかれ不正に加担し、利益を享受していた。
『いっその事、全部追い出してしまおう』とロキは提案したが、『それでは徴税業務に差し支える。兵士にそんな仕事をさせても絶対に上手くはいかない。一罰百戒を以て事を収めよう。』とモルフィネスが不問に付したのであった。ロキもそれもそうかと納得した様子であった。
こうして、ハンベエはどうにかこうにか戦費調達問題に目処をつけたのである。王国金庫には金貨八十万枚以上が貯蔵されていた。
守備軍陣地に戻ってハンベエに報告を行ったモルフィネスは最後に一言付け加えた。
「ロキが居なかったら、どうなった事やら。これほど上手く事が運んだのは全てあの少年の手柄だ。これからは私もロキに対する侮りを改める事にする。」
これに対し、ハンベエは珍しく相好を崩した。鮮やかなほど嬉しそうな顔付きであった。
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