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九十 狐と狸と魑魅魍魎(後編)
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猜疑と敵意に満ちたニーバルの顔を薄ら笑いを浮かべてハンベエは見返した。
(何を笑っているんだこの男は?)
ニーバルはハンベエの憫笑に一層困惑を強めた。ニーバルというステルポイジャンの片腕は、国王の死亡の時点から王宮警備隊を指揮しているようであるが、最初からハンベエとエレナを一味同心即ちグルであると決め付けていたようである。無論、その決め付けは正解であり、現実にエレナとハンベエはその心中は別として一蓮托生の行動を取ろうとしていた。
だがここに来てニーバルは、或いはハンベエの言う通り、エレナとハンベエは繋がっていないのかも知れないと、逆の事を考え始めていた。
ハンベエは本当にエレナと関わっていないのか、だとすれば一体何のためにこのゲッソリナにやって来たのか・・・・・・ニーバルは俄かに己の決め付けに自信が無くなってしまった。
ニーバルとハンベエの睨み合いが続く中、王妃モスカとガストランタがノックも無く入って来てステルポイジャンの後方に腰掛けた。少々遅い登場である。
ハンベエは目の端で、王妃モスカの表情を盗み見たが、若干上気しているように見える。少しぬめりを帯びているのではないかと思えるほど生めかしい唇に、言いようのない淫らな物を感じた。
(はて、この二人部屋に戻って来るのが少しばかり遅かったが、何をしていたのか?)
ハンベエは王妃達の遅参にちらりと不審を抱いた。が、一瞬の後に、まあいい、どうせ詰まらん事だろう、とその疑念を意識からゴミのように捨てた。
「王女は既に王宮から抜け出してしまったと言うのか?」
ニーバルは重ねてハンベエに言った。敵意こそ無くならぬが最初に比べ、頼りなげな口調になっていた。
「だから、見間違いかも知れんって言ってるだろうが、第一、王女だなんて一言も言っていないぜ。それにお前等、王女、王女と騒ぎ立てているが、実はとっくに王女は取っ捕まえて闇から闇に葬ってるってる事だって有り得るわけだからな。」
「何を馬鹿な事を。こちらこそ王女の味方である貴様の言う事など少しも信用できないな。」
「別に信用してもらうつもりもない。だが、勘違いもいい加減にしとけよ。俺は王女の味方でも何でも無いんだからよ。もっとも、俺の相棒のロキは王女を慕っているようで、今回の事件に驚き、ふさぎ込んじまっているようだがな。」
「エレナ姫が真実国王陛下を弑したのかどうかはわしにも分からん。だが、真相を知るためにも王女を見つける必要がある。」
今度はステルポイジャンが言った。
王妃モスカやニーバルが王女エレナを国王毒殺の悪逆人と決め付けているのに対し、ステルポイジャンの発言は微妙である。一方、ハンベエの方は今回の一件はステルポイジャン一派の陰謀であり、エレナに濡れ衣を着せようとしているものと信じて疑っていない。しかし、先程からのステルポイジャンの発言はハンベエを混乱させていた。
(どうにも、この眼の前にいるステルポイジャンという奴が王女を陥れたとも思えない気がする。)
だが、王女エレナが国王バブル六世を毒殺する事も有り得ないのである。だとすれば、侍医ドーゲンの証言はデッチ上げであり、その証言に少しの疑念も挟まず、エレナの逮捕に狂奔しているステルポイジャン一派はどう見ても、権力奪取のための『為にする』行動を取っているとしか考えられない。
(王女の濡れ衣は間違いのない事だ。今はステルポイジャンに対する疑念は捨て置いて、王女の脱出に全力を注ぐべきだろう。)
実のところ、ハンベエはイザベラにエレナの脱出の手助けを依頼したが、どういう手順でどう逃がすかというような打合せはしていない。そんな時間は無かった。イザベラに任せておけば、何とかするだろう、と見方によってはかなりいい加減な腹づもりである。とは云っても、ハナハナ山で山賊退治を共に行い、その後もバンケルクとの闘いで終始手助けを受けたハンベエのイザベラに対する信頼は半端なものではない。
しかしその一方で、打合せを全くしなかった事がハンベエの行動を鈍らせてもいた。今こうして、ステルポイジャン達と向かい合っているこの瞬間さえ、エレナ達がまだ王宮内に留まっているのか、既に無事に脱出したのかさえハンベエは分かっていないのである。
「ところで、いい事を教えてやろうか。」
「いい事?」
勿体振ったハンベエの言葉にニーバルが間抜けな相槌を打った。
「イザベラって奴を知ってるかい?」
「知らいでか、王女の命を狙った殺し屋またの名をドルフと呼ばれる女だろう。どう云ういきさつか、王女の供になって、ラシャレーから『手出し無用』の通達が出ていたな。」
「何だい知ってるのかい。元々、王女の命を狙ったはずのあの女がどういういきさつで王女と仲良くなってしまったのかは俺も知らないが、奇妙だとは思わないか?」
ハンベエはいわく有りげにニーバル言った。
「確かに奇怪な話だ。貴様何か知っているのか。」
「いや、王女とイザベラの仲が良くなったいきさつは俺も知らないよ。だが、お前等が王女は何処だ? と騒ぎ出した直後から姿が見えなくなっているんだが、知ってるか?」
「何だと。すると、王女はそのイザベラという女と一緒に逃げているのか?」
「さあ、そんな事は俺は知らないぜ。だが、イザベラが一緒だとしたら、一筋縄じゃ行かないぜ。何せこの俺と立ち会って逃げおおせたほどの女だからな。」
ハンベエは敵の動揺を誘う為にわざとイザベラの名を出したようだ。
「ホホホ、それ程案じずとも、エレナは間もなく捕われるであろうぞ。」
突如、王妃モスカが口元を覆いながら、高笑いを上げた。皆が一斉に王妃に注目した。
「わらわの思うに、エレナがもし逃げるつもりなら、この王宮にある秘密の抜け道を使って逃げるはずじゃ。何せあの抜け道は今は亡き国王陛下と王妃であるわらわ、そして王子、王女しか知らぬ物じゃからのう。だが、そこが付け目じゃ。既にわらわの手の者をびっしりと配備しておるわ。まあ、エレナは最早蜘蛛の巣に捕われた蛾のようなもの。案ずる事は無い。ホホホホ。」
王妃モスカはそう言って、再び口元を覆って含み笑いをした。
焦ったのはハンベエである。成る程、そのような抜け道があるとすれば其処から脱出しようとエレナは考えるであろう。人間の裏側に通じているイザベラが付いている以上、うかうかとその道を選ぶとも思われないが、王女から提案されたら、イザベラも引きずられてしまうかも知れない。
「ふーん、そんな物が有ったのか。見てみたいもんだな。」
ハンベエはヒョウホウ者である。己の手の内を曝さないのは、勝負事の基本である。内心大いに動揺していたが、小指の爪の先ほどもそう云った素振りは見せず、のんびりした口調で言った。
「ほう、そなたエレナの捕われる処が見たいと申すのか?」
モスカは少し意外そうに、しかし楽しげに言った。
「いんや、俺は王女がどうなろうと実は少しも興味がない。興味が有るのはイザベラの方さ。何せこの俺と斬り合って生きているのはあの女くらいだからな。」
ハンベエは皮肉っぽく笑って見せた。
大言を、っとガストランタが小さく舌打ちするのが聞こえた。
「面白い男じゃ、ならば教えてつかわそう。その抜け道に繋がる入口の一つは王女エレナの部屋の東側の壁の角の床に有るはずじゃ。」
モスカの声は以前として楽しげだ。タゴゴロームにおいて、バンケルクがエレナに『モスカ夫人は前王妃のレーナ様を憎んでいます。・・・・・・レーナ王妃の面影を強く宿し、更に美しい姫をそのままにしておく事などあり得ない。』と言ったが、エレナに対し憎悪の感情を持っているのは疑いようもないようだ。
「ふっ、面白そうだな。」
ハンベエそう言うと、スクッと立ち上がった。
「貴様、いきなり立ち上がって、どうするつもりだ。」
ニーバルはハンベエの挙動に驚いた様子だ。
「知れた事、その抜け道ってのを見に行くのさ。」
「待て勝手な真似は許さんぞ。」
「俺に指図するんじゃねえ。」
咎めだてるニーバルを振り返りもせず吐き捨てると、ハンベエはそのまま部屋を出て行った。
「無礼窮まりない奴だな。王妃様も大将軍もいるというのに。」
ハンベエが出て行くと、ガストランタが呟いた。
「それに、ハンベエをあのまま行かせて良かったものか。」
これはニーバル。
「良いのじゃ、今からの行動でハンベエというあの若者が敵なのか味方なのか、分かろうというものではないか。」
モスカは美しく粧った顔に老獪とも思える妖しい笑みを浮かべた。
それを見るステルポイジャンは些か不快そうな複雑な表情をしている。国王の死去からあまり時間も経っていないのに、楽しげにはしゃぐ王妃を快く思わないかのようでもあった。
「何をしている。さっきまでハンベエを散々疑っていながら、今この時に目を離すのか。」
ステルポイジャンはニーバルに小さいが鋭い声で言った。弾かれたようにニーバルが立ち上がりハンベエを追って部屋を出て行った。
ニーバルが追い掛けて行くと、ハンベエが王女の部屋の前で腕組みをして立っている。
「何をしている?」
とニーバルが怪訝な面持ちで声を掛けると、ハンベエは黙って王女の部屋の前に立ち尽くしている王宮警備隊の兵士達を指差した。
見ると、王女の部屋を見張っているはずの三人の兵士達は虚ろな目付きでデク人形のように立ち尽くしていた。明らかに尋常な様子ではない。遠目には分からなかっただろうが、近くで注意してみると正気を失っている事が分かった。
「イザベラの仕業だな。」
ハンベエがぽつりと言った。
「すると、まさか王女達はこの部屋の中に?」
「待ていっ。」
部屋のドアを開けようとしたニーバルを、廊下に響くほどの鋭い声を上げてハンベエが制止した。
「不用意に入るじゃねえ。もし、イザベラが部屋の中にいたら、問答無用で毒を塗った鉄芯が飛んで来るぞ。まず兵士を呼び集めろ。」
ハンベエの一喝に度肝を抜かれたニーバルにハンベエは顎をしゃくって言った。年齢的にも身分の上でもハンベエに指図される覚えなど無いはずのニーバルであったが、まるで蛇に睨まれた蛙のように十数名の兵士達を呼び集めて来た。
ハンベエは腰の『ヨシミツ』を抜くと油断無く身構えて部屋のドアを開け、中に入った。続いてニーバルと呼び集められた兵士達が入って行った。
部屋の中には誰の姿も見当たらなかった。ハンベエはぐるりと回りを見渡した後、無言で衣裳棚の方に歩いて行きその扉を開けたが、黙ったまま閉めた。
「どうした。何か有るのか?」
ハンベエの行動にニーバルが背後から声を掛けた。
「人の気配がしたのだが、錯覚だったらしい。」
ハンベエは苦い顔でそう言った。
「腕自慢でも思い違いをするんだな。そんなにそのイザベラという奴が怖いのか?」
ニーバルはハンベエの行動に小心な処を見出だしたのか、皮肉っぽく言った。
やれやれ知らない奴は苦労が無くていいぜ、という風にハンベエは首左右に振った。
「こっちに抜け道が。」
と兵士の一人が言った。王妃モスカの言った通りの場所に四角い穴が空いていて縄梯子が降りていた。
(何を笑っているんだこの男は?)
ニーバルはハンベエの憫笑に一層困惑を強めた。ニーバルというステルポイジャンの片腕は、国王の死亡の時点から王宮警備隊を指揮しているようであるが、最初からハンベエとエレナを一味同心即ちグルであると決め付けていたようである。無論、その決め付けは正解であり、現実にエレナとハンベエはその心中は別として一蓮托生の行動を取ろうとしていた。
だがここに来てニーバルは、或いはハンベエの言う通り、エレナとハンベエは繋がっていないのかも知れないと、逆の事を考え始めていた。
ハンベエは本当にエレナと関わっていないのか、だとすれば一体何のためにこのゲッソリナにやって来たのか・・・・・・ニーバルは俄かに己の決め付けに自信が無くなってしまった。
ニーバルとハンベエの睨み合いが続く中、王妃モスカとガストランタがノックも無く入って来てステルポイジャンの後方に腰掛けた。少々遅い登場である。
ハンベエは目の端で、王妃モスカの表情を盗み見たが、若干上気しているように見える。少しぬめりを帯びているのではないかと思えるほど生めかしい唇に、言いようのない淫らな物を感じた。
(はて、この二人部屋に戻って来るのが少しばかり遅かったが、何をしていたのか?)
ハンベエは王妃達の遅参にちらりと不審を抱いた。が、一瞬の後に、まあいい、どうせ詰まらん事だろう、とその疑念を意識からゴミのように捨てた。
「王女は既に王宮から抜け出してしまったと言うのか?」
ニーバルは重ねてハンベエに言った。敵意こそ無くならぬが最初に比べ、頼りなげな口調になっていた。
「だから、見間違いかも知れんって言ってるだろうが、第一、王女だなんて一言も言っていないぜ。それにお前等、王女、王女と騒ぎ立てているが、実はとっくに王女は取っ捕まえて闇から闇に葬ってるってる事だって有り得るわけだからな。」
「何を馬鹿な事を。こちらこそ王女の味方である貴様の言う事など少しも信用できないな。」
「別に信用してもらうつもりもない。だが、勘違いもいい加減にしとけよ。俺は王女の味方でも何でも無いんだからよ。もっとも、俺の相棒のロキは王女を慕っているようで、今回の事件に驚き、ふさぎ込んじまっているようだがな。」
「エレナ姫が真実国王陛下を弑したのかどうかはわしにも分からん。だが、真相を知るためにも王女を見つける必要がある。」
今度はステルポイジャンが言った。
王妃モスカやニーバルが王女エレナを国王毒殺の悪逆人と決め付けているのに対し、ステルポイジャンの発言は微妙である。一方、ハンベエの方は今回の一件はステルポイジャン一派の陰謀であり、エレナに濡れ衣を着せようとしているものと信じて疑っていない。しかし、先程からのステルポイジャンの発言はハンベエを混乱させていた。
(どうにも、この眼の前にいるステルポイジャンという奴が王女を陥れたとも思えない気がする。)
だが、王女エレナが国王バブル六世を毒殺する事も有り得ないのである。だとすれば、侍医ドーゲンの証言はデッチ上げであり、その証言に少しの疑念も挟まず、エレナの逮捕に狂奔しているステルポイジャン一派はどう見ても、権力奪取のための『為にする』行動を取っているとしか考えられない。
(王女の濡れ衣は間違いのない事だ。今はステルポイジャンに対する疑念は捨て置いて、王女の脱出に全力を注ぐべきだろう。)
実のところ、ハンベエはイザベラにエレナの脱出の手助けを依頼したが、どういう手順でどう逃がすかというような打合せはしていない。そんな時間は無かった。イザベラに任せておけば、何とかするだろう、と見方によってはかなりいい加減な腹づもりである。とは云っても、ハナハナ山で山賊退治を共に行い、その後もバンケルクとの闘いで終始手助けを受けたハンベエのイザベラに対する信頼は半端なものではない。
しかしその一方で、打合せを全くしなかった事がハンベエの行動を鈍らせてもいた。今こうして、ステルポイジャン達と向かい合っているこの瞬間さえ、エレナ達がまだ王宮内に留まっているのか、既に無事に脱出したのかさえハンベエは分かっていないのである。
「ところで、いい事を教えてやろうか。」
「いい事?」
勿体振ったハンベエの言葉にニーバルが間抜けな相槌を打った。
「イザベラって奴を知ってるかい?」
「知らいでか、王女の命を狙った殺し屋またの名をドルフと呼ばれる女だろう。どう云ういきさつか、王女の供になって、ラシャレーから『手出し無用』の通達が出ていたな。」
「何だい知ってるのかい。元々、王女の命を狙ったはずのあの女がどういういきさつで王女と仲良くなってしまったのかは俺も知らないが、奇妙だとは思わないか?」
ハンベエはいわく有りげにニーバル言った。
「確かに奇怪な話だ。貴様何か知っているのか。」
「いや、王女とイザベラの仲が良くなったいきさつは俺も知らないよ。だが、お前等が王女は何処だ? と騒ぎ出した直後から姿が見えなくなっているんだが、知ってるか?」
「何だと。すると、王女はそのイザベラという女と一緒に逃げているのか?」
「さあ、そんな事は俺は知らないぜ。だが、イザベラが一緒だとしたら、一筋縄じゃ行かないぜ。何せこの俺と立ち会って逃げおおせたほどの女だからな。」
ハンベエは敵の動揺を誘う為にわざとイザベラの名を出したようだ。
「ホホホ、それ程案じずとも、エレナは間もなく捕われるであろうぞ。」
突如、王妃モスカが口元を覆いながら、高笑いを上げた。皆が一斉に王妃に注目した。
「わらわの思うに、エレナがもし逃げるつもりなら、この王宮にある秘密の抜け道を使って逃げるはずじゃ。何せあの抜け道は今は亡き国王陛下と王妃であるわらわ、そして王子、王女しか知らぬ物じゃからのう。だが、そこが付け目じゃ。既にわらわの手の者をびっしりと配備しておるわ。まあ、エレナは最早蜘蛛の巣に捕われた蛾のようなもの。案ずる事は無い。ホホホホ。」
王妃モスカはそう言って、再び口元を覆って含み笑いをした。
焦ったのはハンベエである。成る程、そのような抜け道があるとすれば其処から脱出しようとエレナは考えるであろう。人間の裏側に通じているイザベラが付いている以上、うかうかとその道を選ぶとも思われないが、王女から提案されたら、イザベラも引きずられてしまうかも知れない。
「ふーん、そんな物が有ったのか。見てみたいもんだな。」
ハンベエはヒョウホウ者である。己の手の内を曝さないのは、勝負事の基本である。内心大いに動揺していたが、小指の爪の先ほどもそう云った素振りは見せず、のんびりした口調で言った。
「ほう、そなたエレナの捕われる処が見たいと申すのか?」
モスカは少し意外そうに、しかし楽しげに言った。
「いんや、俺は王女がどうなろうと実は少しも興味がない。興味が有るのはイザベラの方さ。何せこの俺と斬り合って生きているのはあの女くらいだからな。」
ハンベエは皮肉っぽく笑って見せた。
大言を、っとガストランタが小さく舌打ちするのが聞こえた。
「面白い男じゃ、ならば教えてつかわそう。その抜け道に繋がる入口の一つは王女エレナの部屋の東側の壁の角の床に有るはずじゃ。」
モスカの声は以前として楽しげだ。タゴゴロームにおいて、バンケルクがエレナに『モスカ夫人は前王妃のレーナ様を憎んでいます。・・・・・・レーナ王妃の面影を強く宿し、更に美しい姫をそのままにしておく事などあり得ない。』と言ったが、エレナに対し憎悪の感情を持っているのは疑いようもないようだ。
「ふっ、面白そうだな。」
ハンベエそう言うと、スクッと立ち上がった。
「貴様、いきなり立ち上がって、どうするつもりだ。」
ニーバルはハンベエの挙動に驚いた様子だ。
「知れた事、その抜け道ってのを見に行くのさ。」
「待て勝手な真似は許さんぞ。」
「俺に指図するんじゃねえ。」
咎めだてるニーバルを振り返りもせず吐き捨てると、ハンベエはそのまま部屋を出て行った。
「無礼窮まりない奴だな。王妃様も大将軍もいるというのに。」
ハンベエが出て行くと、ガストランタが呟いた。
「それに、ハンベエをあのまま行かせて良かったものか。」
これはニーバル。
「良いのじゃ、今からの行動でハンベエというあの若者が敵なのか味方なのか、分かろうというものではないか。」
モスカは美しく粧った顔に老獪とも思える妖しい笑みを浮かべた。
それを見るステルポイジャンは些か不快そうな複雑な表情をしている。国王の死去からあまり時間も経っていないのに、楽しげにはしゃぐ王妃を快く思わないかのようでもあった。
「何をしている。さっきまでハンベエを散々疑っていながら、今この時に目を離すのか。」
ステルポイジャンはニーバルに小さいが鋭い声で言った。弾かれたようにニーバルが立ち上がりハンベエを追って部屋を出て行った。
ニーバルが追い掛けて行くと、ハンベエが王女の部屋の前で腕組みをして立っている。
「何をしている?」
とニーバルが怪訝な面持ちで声を掛けると、ハンベエは黙って王女の部屋の前に立ち尽くしている王宮警備隊の兵士達を指差した。
見ると、王女の部屋を見張っているはずの三人の兵士達は虚ろな目付きでデク人形のように立ち尽くしていた。明らかに尋常な様子ではない。遠目には分からなかっただろうが、近くで注意してみると正気を失っている事が分かった。
「イザベラの仕業だな。」
ハンベエがぽつりと言った。
「すると、まさか王女達はこの部屋の中に?」
「待ていっ。」
部屋のドアを開けようとしたニーバルを、廊下に響くほどの鋭い声を上げてハンベエが制止した。
「不用意に入るじゃねえ。もし、イザベラが部屋の中にいたら、問答無用で毒を塗った鉄芯が飛んで来るぞ。まず兵士を呼び集めろ。」
ハンベエの一喝に度肝を抜かれたニーバルにハンベエは顎をしゃくって言った。年齢的にも身分の上でもハンベエに指図される覚えなど無いはずのニーバルであったが、まるで蛇に睨まれた蛙のように十数名の兵士達を呼び集めて来た。
ハンベエは腰の『ヨシミツ』を抜くと油断無く身構えて部屋のドアを開け、中に入った。続いてニーバルと呼び集められた兵士達が入って行った。
部屋の中には誰の姿も見当たらなかった。ハンベエはぐるりと回りを見渡した後、無言で衣裳棚の方に歩いて行きその扉を開けたが、黙ったまま閉めた。
「どうした。何か有るのか?」
ハンベエの行動にニーバルが背後から声を掛けた。
「人の気配がしたのだが、錯覚だったらしい。」
ハンベエは苦い顔でそう言った。
「腕自慢でも思い違いをするんだな。そんなにそのイザベラという奴が怖いのか?」
ニーバルはハンベエの行動に小心な処を見出だしたのか、皮肉っぽく言った。
やれやれ知らない奴は苦労が無くていいぜ、という風にハンベエは首左右に振った。
「こっちに抜け道が。」
と兵士の一人が言った。王妃モスカの言った通りの場所に四角い穴が空いていて縄梯子が降りていた。
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