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八十三 熱演名演、ハッタリコンビ
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割り当てられた王宮の客間にハンベエとロキは戻った。
イザベラが所在無さげに椅子に腰掛け、白磁のカップで茶を飲んでいた。色合いから相当苦そうに見える。眠れなくなる事請け合いといった代物である。
「いい湯だったぜ。貸し切りだったから、イザベラもくれば良かったのに。」
「貸し切り? まさかハンベエ、このあたしと一緒に入るつもりだったのかい。」
戻る早々、普段に似ず愛想良く話し掛けたハンベエを、気のない様子で見やってイザベラが答えた。
「あ、そうか一緒はまずいか。・・・・・・しかし、お互い隠し事無しで打ち解けるいいチャンスだったのにな。」
ハンベエは苦笑いしながら言った。
「打ち解ける方法なら、他にもあるだろう。あたしはいつでもカモンて言ってるのに、何だかんだ理由を付けて先延ばしにしているのはアンタだろう。」
「・・・・・・まあ、そういう方法もあるな。・・・・・・」
「エレナが心配なので、今は気分じゃないけどね。」
イザベラは王女を『エレナ』と呼んだ。おやおや、知らぬ間に随分と親密になったものだ。ハンベエ達のいない間にヒソヒソ話でもしていたのだろうか。
ハンベエはその変化に気付いてイザベラの目を深く見つめた。
「ここだけの話だけど、バブル六世はもう相当ヤバイらしい。今、エレナが見舞いに行っている。」
イザベラは声を潜めて言った。
「ええー、そうなのお。」
ロキが声を潜めて驚いた。いつものすっとんきょうな胴間声もイザベラの様子に押さえられている。
「悪い予感がするんだよ。」
イザベラは芯から心配そうに言った。
ハンベエは王女を心の底から心配しているイザベラを見て、はてさてと首を捻った。
元々、イザベラは冷酷非情で冷笑的とも云える性格だったように思える。ハナハナ党退治で見せた悪漢の貫禄は、ハンベエをして寒気を覚えさせたほどである。それが、今回の王女への気遣いを見ていると全く別の人間のように思える。
(人間の性格は変わるものなのかな。この俺は、性格変わったんじゃないかと言われ続けているが、イザベラの奴も最初出会った時とは、何か印象が違って来たなあ。それとも、俺はイザベラの一面しか見ていないのか。)
ハンベエはぼんやりと、そんな事を考えていた。
「悪い予感って?」
ロキが尋ねた。王女親衛隊のロキとしては、聞き逃すわけには行かないイザベラの一言である。
「一つはエレナの性格さ。繊細な質だから、父親が死んだりしたら、更に気落ちするだろうしね。でもそれより、バブル六世が死んだら、いよいよラシャレーとステルポイジャンの殺し合いが始まるって事さ。」
「やっぱり始まっちゃうのお?」
「王宮警備隊の兵士の動きが妙に慌ただしいんだよね。」
イザベラが意味深に言った。
こいつ、何処まで王家の事情に通じているのか? と、ハンベエは訝しげにイザベラを見た。
「良く見ているなあ。それとも、得意の占いか?」
ハンベエは薄ら笑いを浮かべて言った。
「ハンベエ、言い方が嫌みっぽいよう。王女様を心配しているイザベラに失礼だよお。大体、ハンベエは心配じゃないのお?」
ロキがハンベエを咎めて言った。
あららら、と意外にもイザベラの肩を持ったロキの発言にハンベエは苦笑気味である。ロキはイザベラが嫌いだったはずじゃなかったっけ。おかしなものだと思いつつも、この若者は悪びれる事もなく、ロキに向かって言った。
「誰を? 国王の命についてなら、人間はどうせ死ぬ事に決まっているし、顔も見た事ない奴の生き死になんざ、どうとも思わないぜ。第一、俺の命じゃねえ。」
心ないハンベエの言葉にロキははーっとため息を吐くと、
「ハンベエ、正直なのはいいけれど、今の言葉、王女様に言っちゃ駄目だよお。」
とハンベエをたしなめた。どっちが年上だか分かったもんじゃない。
「心得ている。」
ハンベエは真面目な顔になってロキに肯き、何故か二人から離れて寝台の所に行き、次々と武器をその上に並べた。
そして、何とその手入れを始めたのであった。
「ハンベエって・・・・・・。こんな時に、武器の手入れだなんてえ。王女様の事、ちっとも心配じゃないんだあ。」
ロキがぷーっと頬を膨らませる。
「こんな時だからこそよ。それに、道具の手入れをしていると心が落ち着くもんだぜ。」
不満たらたらのロキにハンベエは涼しい顔で言った。そして、鏡のように曇り無き『ヨシミツ』の刃を見つめ、にやりと笑った。
王女を心配して沈痛な表情を浮かべる二人を尻目に、刀をニヤつきながら手入れするこの若者は、やはり常人とは少し神経がズレているようだ。それとも、これも又、ヒョウホウ者のサガなのであろうか。
しばらくすると、客室の扉がノックされ、話題の王女エレナが入って来た。
「王女様、大丈夫? 顔色良くないよお。」
エレナを見るなり、ロキが立ち上がって言った。
「心配掛けてすみません。大丈夫です。」
エレナはロキを見ると、穏やかな口調で言った。だが、表情は冴えない。イザベラとロキは顔を見合わせたが、再びエレナを見つめた。
「父の具合は相当悪いようです。」
エレナは力無く首を振りながら、言った。
スーッという感じでイザベラが立ち上がり、静かにエレナに近づくと黙って抱き締めた。
エレナは驚いたようにイザベラの顔を見たが、直ぐにイザベラの肩口に顔を埋め、小刻みに体を震わせ始めた。ああ、涙。人間は誰だっていつかは死ぬ。だが、身内の者はその当たり前が受け入れられない。理知的に見えるエレナも例外ではないようだ。
ハンベエは二人の様子を横目にチラリと見たが、黙って武器の手入れを続けた。
「・・・・・・。」
不意にハンベエは道具の手入れを止め、手裏剣を上着の収納ホルダーに仕舞い、『ヨシミツ』と『ヘイアンジョウ・カゲトラ』を腰に差した。
それから、静かに扉に向かって歩き出した。
廊下に慌ただしく走り回る何人もの足音が響いている。
「ハンベエも聞こえたのかい。」
扉に向かうハンベエにイザベラが切迫した様子で言った。
「ああ、聞こえた。王女を寝台の向こうに隠すように。」
ハンベエはイザベラに肯き、低い声で鋭く言った。
「何が。」
異口同音に問いかけるエレナとロキに対し、イザベラが勉めて静かな口調で、
「後で説明する。黙って言う通りにして。」
とイザベラは二人を寝台に誘い、エレナにシーツを被せて壁際に寝かせ、それを隠すようにロキと並んで寝台の端に腰掛けた。
ハンベエはロキ達が腰掛けていたテーブルの椅子にどっかと腰を降ろした。
廊下では、王宮警備隊の兵士が駆け回っていた。
「王女は何処だ?」
「部屋には居なかったようだぞ。」
「しかし、まさか国王陛下に王女が毒を盛るとは。」
「傍にいた侍医のドーゲンの証言だ。間違いないだろう。王女の振る舞った茶を飲み、王女が下がって直ぐに吐血して亡くなられたという話だ。陛下が飲まれたカップに毒が残っていたという話だ。」
「宰相のラシャレーが糸を引いてたらしいな。」
「ラシャレーの奴は既にトンズラしたらしいぞ。」
「無駄口叩かず、早く王女を見つけて捕縛しろっ。」
壁を隔てた廊下では、兵士達がウロウロとあちこちの部屋を捜索しながら、ヒソヒソ声で話していた。
その声をハンベエとイザベラは聞き止めたのであった。ロキやエレナは気付かなかったほど小さな声であった。
どうやら、この二人の五感は人間以上かあるいは人間以下らしい。獣じみた聴力により、彼等はいち早く危険を察知したのであった。
ドンドンッ、ハンベエのいる客室の扉が荒々しく叩かれ、直ぐに押し開けられて数名の兵士が入って来た。
「王女を見かけないか。」
と上官らしい男が言った。
「何の騒ぎだ。バタバタと。」
ハンベエは鈍い表情でその男をジロリと見据えた。
「いや、王女はこちらに来ていないか?」
「知らん。何があったのだ。」
「知る必要のない事だ。それより、王女は何処だ。隠し立てするとためにならんぞ。」
とその兵士が言った時には、ハンベエは立ち上がって殴り倒していた。
ぐわんという音が聞こえるかと思うほど凄まじいハンベエの鉄の拳を食らって、廊下に叩き出された挙げ句に泡を吹いて白目を向いた兵士を見て、他の兵士が蒼ざめて剣の柄に手をやった。
「貴様、何をする。」
「何をするだと、それは俺のセリフだぜ。客として滞在している俺の部屋に、断りも無しに闖入した挙げ句、わけの分からん因縁付けやがって。ぶった斬るぞ、クソどもが。」
「我々は王女を捜索しているのだ。気を悪くしたのなら、済まない。王女は此処にはいないのだな?」
「だから、知らねえって言ってるだろう。それより、刀に手を掛けてどうするつもりだ。」
「・・・・・・。」
「あ? 抜くのか? 抜くんなら抜いて見なよ。俺も抜くからよ。」
「貴様、王宮で暴れるつもりか?」
「王宮だろうが何だろうが、売られた喧嘩は買ってやる。丁度、さっきも売られた喧嘩を我慢して、むしゃくしゃしていたところだしな。」
「落ち着け、王宮内に我々の仲間が何人いると思っている。呼んで騒ぎになってもいいのか。」
「そいつは嬉しいな。呼べよ何人でも。俺の名はハンベエだ。知らないなら、教えといてやるが、タゴロロームでは二百人斬った。今日は何人斬らせてもらえるんだい。さあ、呼びな。」
ゴロマキの啖呵も堂に入ったもの。ハンベエ、華々しく宣言して一歩踏み出した。
「兵隊さん、まずいよ。今ハンベエ、気が立ってるんだ。本当に暴れるちゃうよお。」
顔に薄ら笑いを浮かべているが、目が笑っていないハンベエの恐ろしい形相に兵士等がたじろいで後退りするのを見て、ロキが飛び出して来て言った。
ロキはハンベエと兵士達の間に入ってハンベエを押し留めるように下がらせると、今度は兵士達の方に向かって尋ねた。
「それより、王女様がどうしたの? 無事なの? 何で捜してるの?」
「国王陛下を毒殺したかどで捕縛の指示が出ている。」
「ええ、嘘だあ。王女様がそんな事するわけないよお。」
ロキは兵士に食ってかかった。
「嘘ではない。証人も証拠もある。」
兵士は煩わしげにロキに言う。
「ハンベエ、大変だよお。王女様捜さないと、こいつらより先に見つけないと、王女様捕まって殺されちゃうよお。」
兵士の言葉にロキは今度はハンベエに向かって悲鳴を上げた。
「うるせえ、王女の事なんか俺の知った事か。捜すんなら一人でやんな。」
ハンベエは吐き捨てるように言った。
ロキはオロオロと今にも泣きべそをかきそうな顔になった。
二人の様子を見た兵士等は目配せをして部屋から出て行こうとした。
「待てっ、お前等の親玉は誰だ?」
その背中にハンベエが叩きつけるように怒鳴った。
「大将軍ステルポイジャン様だ。」
「そうか、手下の教育がなってねえようだな。後で挨拶に行くから、伝えとけ。それから、次にこんな無礼な真似してみろ、容赦無くぶった斬るから、そのつもりでいろよ。」
ハンベエは捨て台詞を吐くと、扉を荒々しく閉じた。
それから、しばらく部屋の外の様子を窺っていたが、もう大丈夫だという合図のようにイザベラに向けて顎を引いた。
イザベラが所在無さげに椅子に腰掛け、白磁のカップで茶を飲んでいた。色合いから相当苦そうに見える。眠れなくなる事請け合いといった代物である。
「いい湯だったぜ。貸し切りだったから、イザベラもくれば良かったのに。」
「貸し切り? まさかハンベエ、このあたしと一緒に入るつもりだったのかい。」
戻る早々、普段に似ず愛想良く話し掛けたハンベエを、気のない様子で見やってイザベラが答えた。
「あ、そうか一緒はまずいか。・・・・・・しかし、お互い隠し事無しで打ち解けるいいチャンスだったのにな。」
ハンベエは苦笑いしながら言った。
「打ち解ける方法なら、他にもあるだろう。あたしはいつでもカモンて言ってるのに、何だかんだ理由を付けて先延ばしにしているのはアンタだろう。」
「・・・・・・まあ、そういう方法もあるな。・・・・・・」
「エレナが心配なので、今は気分じゃないけどね。」
イザベラは王女を『エレナ』と呼んだ。おやおや、知らぬ間に随分と親密になったものだ。ハンベエ達のいない間にヒソヒソ話でもしていたのだろうか。
ハンベエはその変化に気付いてイザベラの目を深く見つめた。
「ここだけの話だけど、バブル六世はもう相当ヤバイらしい。今、エレナが見舞いに行っている。」
イザベラは声を潜めて言った。
「ええー、そうなのお。」
ロキが声を潜めて驚いた。いつものすっとんきょうな胴間声もイザベラの様子に押さえられている。
「悪い予感がするんだよ。」
イザベラは芯から心配そうに言った。
ハンベエは王女を心の底から心配しているイザベラを見て、はてさてと首を捻った。
元々、イザベラは冷酷非情で冷笑的とも云える性格だったように思える。ハナハナ党退治で見せた悪漢の貫禄は、ハンベエをして寒気を覚えさせたほどである。それが、今回の王女への気遣いを見ていると全く別の人間のように思える。
(人間の性格は変わるものなのかな。この俺は、性格変わったんじゃないかと言われ続けているが、イザベラの奴も最初出会った時とは、何か印象が違って来たなあ。それとも、俺はイザベラの一面しか見ていないのか。)
ハンベエはぼんやりと、そんな事を考えていた。
「悪い予感って?」
ロキが尋ねた。王女親衛隊のロキとしては、聞き逃すわけには行かないイザベラの一言である。
「一つはエレナの性格さ。繊細な質だから、父親が死んだりしたら、更に気落ちするだろうしね。でもそれより、バブル六世が死んだら、いよいよラシャレーとステルポイジャンの殺し合いが始まるって事さ。」
「やっぱり始まっちゃうのお?」
「王宮警備隊の兵士の動きが妙に慌ただしいんだよね。」
イザベラが意味深に言った。
こいつ、何処まで王家の事情に通じているのか? と、ハンベエは訝しげにイザベラを見た。
「良く見ているなあ。それとも、得意の占いか?」
ハンベエは薄ら笑いを浮かべて言った。
「ハンベエ、言い方が嫌みっぽいよう。王女様を心配しているイザベラに失礼だよお。大体、ハンベエは心配じゃないのお?」
ロキがハンベエを咎めて言った。
あららら、と意外にもイザベラの肩を持ったロキの発言にハンベエは苦笑気味である。ロキはイザベラが嫌いだったはずじゃなかったっけ。おかしなものだと思いつつも、この若者は悪びれる事もなく、ロキに向かって言った。
「誰を? 国王の命についてなら、人間はどうせ死ぬ事に決まっているし、顔も見た事ない奴の生き死になんざ、どうとも思わないぜ。第一、俺の命じゃねえ。」
心ないハンベエの言葉にロキははーっとため息を吐くと、
「ハンベエ、正直なのはいいけれど、今の言葉、王女様に言っちゃ駄目だよお。」
とハンベエをたしなめた。どっちが年上だか分かったもんじゃない。
「心得ている。」
ハンベエは真面目な顔になってロキに肯き、何故か二人から離れて寝台の所に行き、次々と武器をその上に並べた。
そして、何とその手入れを始めたのであった。
「ハンベエって・・・・・・。こんな時に、武器の手入れだなんてえ。王女様の事、ちっとも心配じゃないんだあ。」
ロキがぷーっと頬を膨らませる。
「こんな時だからこそよ。それに、道具の手入れをしていると心が落ち着くもんだぜ。」
不満たらたらのロキにハンベエは涼しい顔で言った。そして、鏡のように曇り無き『ヨシミツ』の刃を見つめ、にやりと笑った。
王女を心配して沈痛な表情を浮かべる二人を尻目に、刀をニヤつきながら手入れするこの若者は、やはり常人とは少し神経がズレているようだ。それとも、これも又、ヒョウホウ者のサガなのであろうか。
しばらくすると、客室の扉がノックされ、話題の王女エレナが入って来た。
「王女様、大丈夫? 顔色良くないよお。」
エレナを見るなり、ロキが立ち上がって言った。
「心配掛けてすみません。大丈夫です。」
エレナはロキを見ると、穏やかな口調で言った。だが、表情は冴えない。イザベラとロキは顔を見合わせたが、再びエレナを見つめた。
「父の具合は相当悪いようです。」
エレナは力無く首を振りながら、言った。
スーッという感じでイザベラが立ち上がり、静かにエレナに近づくと黙って抱き締めた。
エレナは驚いたようにイザベラの顔を見たが、直ぐにイザベラの肩口に顔を埋め、小刻みに体を震わせ始めた。ああ、涙。人間は誰だっていつかは死ぬ。だが、身内の者はその当たり前が受け入れられない。理知的に見えるエレナも例外ではないようだ。
ハンベエは二人の様子を横目にチラリと見たが、黙って武器の手入れを続けた。
「・・・・・・。」
不意にハンベエは道具の手入れを止め、手裏剣を上着の収納ホルダーに仕舞い、『ヨシミツ』と『ヘイアンジョウ・カゲトラ』を腰に差した。
それから、静かに扉に向かって歩き出した。
廊下に慌ただしく走り回る何人もの足音が響いている。
「ハンベエも聞こえたのかい。」
扉に向かうハンベエにイザベラが切迫した様子で言った。
「ああ、聞こえた。王女を寝台の向こうに隠すように。」
ハンベエはイザベラに肯き、低い声で鋭く言った。
「何が。」
異口同音に問いかけるエレナとロキに対し、イザベラが勉めて静かな口調で、
「後で説明する。黙って言う通りにして。」
とイザベラは二人を寝台に誘い、エレナにシーツを被せて壁際に寝かせ、それを隠すようにロキと並んで寝台の端に腰掛けた。
ハンベエはロキ達が腰掛けていたテーブルの椅子にどっかと腰を降ろした。
廊下では、王宮警備隊の兵士が駆け回っていた。
「王女は何処だ?」
「部屋には居なかったようだぞ。」
「しかし、まさか国王陛下に王女が毒を盛るとは。」
「傍にいた侍医のドーゲンの証言だ。間違いないだろう。王女の振る舞った茶を飲み、王女が下がって直ぐに吐血して亡くなられたという話だ。陛下が飲まれたカップに毒が残っていたという話だ。」
「宰相のラシャレーが糸を引いてたらしいな。」
「ラシャレーの奴は既にトンズラしたらしいぞ。」
「無駄口叩かず、早く王女を見つけて捕縛しろっ。」
壁を隔てた廊下では、兵士達がウロウロとあちこちの部屋を捜索しながら、ヒソヒソ声で話していた。
その声をハンベエとイザベラは聞き止めたのであった。ロキやエレナは気付かなかったほど小さな声であった。
どうやら、この二人の五感は人間以上かあるいは人間以下らしい。獣じみた聴力により、彼等はいち早く危険を察知したのであった。
ドンドンッ、ハンベエのいる客室の扉が荒々しく叩かれ、直ぐに押し開けられて数名の兵士が入って来た。
「王女を見かけないか。」
と上官らしい男が言った。
「何の騒ぎだ。バタバタと。」
ハンベエは鈍い表情でその男をジロリと見据えた。
「いや、王女はこちらに来ていないか?」
「知らん。何があったのだ。」
「知る必要のない事だ。それより、王女は何処だ。隠し立てするとためにならんぞ。」
とその兵士が言った時には、ハンベエは立ち上がって殴り倒していた。
ぐわんという音が聞こえるかと思うほど凄まじいハンベエの鉄の拳を食らって、廊下に叩き出された挙げ句に泡を吹いて白目を向いた兵士を見て、他の兵士が蒼ざめて剣の柄に手をやった。
「貴様、何をする。」
「何をするだと、それは俺のセリフだぜ。客として滞在している俺の部屋に、断りも無しに闖入した挙げ句、わけの分からん因縁付けやがって。ぶった斬るぞ、クソどもが。」
「我々は王女を捜索しているのだ。気を悪くしたのなら、済まない。王女は此処にはいないのだな?」
「だから、知らねえって言ってるだろう。それより、刀に手を掛けてどうするつもりだ。」
「・・・・・・。」
「あ? 抜くのか? 抜くんなら抜いて見なよ。俺も抜くからよ。」
「貴様、王宮で暴れるつもりか?」
「王宮だろうが何だろうが、売られた喧嘩は買ってやる。丁度、さっきも売られた喧嘩を我慢して、むしゃくしゃしていたところだしな。」
「落ち着け、王宮内に我々の仲間が何人いると思っている。呼んで騒ぎになってもいいのか。」
「そいつは嬉しいな。呼べよ何人でも。俺の名はハンベエだ。知らないなら、教えといてやるが、タゴロロームでは二百人斬った。今日は何人斬らせてもらえるんだい。さあ、呼びな。」
ゴロマキの啖呵も堂に入ったもの。ハンベエ、華々しく宣言して一歩踏み出した。
「兵隊さん、まずいよ。今ハンベエ、気が立ってるんだ。本当に暴れるちゃうよお。」
顔に薄ら笑いを浮かべているが、目が笑っていないハンベエの恐ろしい形相に兵士等がたじろいで後退りするのを見て、ロキが飛び出して来て言った。
ロキはハンベエと兵士達の間に入ってハンベエを押し留めるように下がらせると、今度は兵士達の方に向かって尋ねた。
「それより、王女様がどうしたの? 無事なの? 何で捜してるの?」
「国王陛下を毒殺したかどで捕縛の指示が出ている。」
「ええ、嘘だあ。王女様がそんな事するわけないよお。」
ロキは兵士に食ってかかった。
「嘘ではない。証人も証拠もある。」
兵士は煩わしげにロキに言う。
「ハンベエ、大変だよお。王女様捜さないと、こいつらより先に見つけないと、王女様捕まって殺されちゃうよお。」
兵士の言葉にロキは今度はハンベエに向かって悲鳴を上げた。
「うるせえ、王女の事なんか俺の知った事か。捜すんなら一人でやんな。」
ハンベエは吐き捨てるように言った。
ロキはオロオロと今にも泣きべそをかきそうな顔になった。
二人の様子を見た兵士等は目配せをして部屋から出て行こうとした。
「待てっ、お前等の親玉は誰だ?」
その背中にハンベエが叩きつけるように怒鳴った。
「大将軍ステルポイジャン様だ。」
「そうか、手下の教育がなってねえようだな。後で挨拶に行くから、伝えとけ。それから、次にこんな無礼な真似してみろ、容赦無くぶった斬るから、そのつもりでいろよ。」
ハンベエは捨て台詞を吐くと、扉を荒々しく閉じた。
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