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四十九 疑惑のハンベエ
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ロキとボーンがゲッソリナに到着した明くる日、ゴロデリア王国宰相ラシャレーは、最早定番となった『声』の早朝の報告を、王宮内の執務室で受けていた。久しぶりの登場である。
「タゴロローム守備軍、特にバンケルク将軍の金にまつわる報告は以上のとおりです。」
『声』がいつものように喋っていた。
「バンケルクが汚い金集めをしておるとはな。王女に剣を教えている時は、毛ほどもそんな様子はなかったが。」
「はあ。しかし、売春宿からの上納金に関しては別に我が国には、それを咎める決まりはありませんな。罪になるとすれば、ハナハナ党から接収した財貨の隠匿ですが、これも決め手というほどの証拠は掴めていません。」
「ふむ。」
「それよりも、先ほど報告したアルハインド勢との戦いの後に生じている軋轢についてはどう考えられますかな。」
「どうとは? そちはモルフィネスの行動をどう思うのじゃ?」
「最小の被害で、かかる危機を乗り切ったのは、流石に切れ者かと思いますな。」
「その方には、ワシに長く仕えて数々助けてもらっておるが、その辺りがいただけない所じゃ。何処の国の弁士が言ったかのう・・・・・・こういう古い言葉がある。『どんなに腹が空いても、トリカブトの根っこは食べないものだ。』とな。」
「モルフィネスの使った策がトリカブトの根っこを食べるようなものだと?」
「やってはならぬ事、施してはならぬ策というのもあるのじゃ。」
「しかし、窮余の一策。他にアルハインド勢を退ける手段もなかったと思いますな。しかも、タゴロロームに敵を一兵たりとも入れる事無く、見事に撃退したわけですから、大殊勲と言って良いと思いますな。」
「その結果、タゴロローム守備軍はどうなった。・・・・・・今や血で血を洗う内紛が始まろうとしているではないか。第五連隊を皆殺しにできておれば、話は違ったかも知れんが、いや、そうであっても、他の連隊兵士は決して、その仕打ちを忘れんじゃろう。そのような気分が充満した軍はどうなると思うのじゃ。何が、切れ者ぞ。世間知らずがマズイ事をやりおったわ。」
「しかし、彼らを咎める事はできないかと思いますな。」
「そうであろうの。ボーンがハンベエから聞き出した話では撤退命令は出したが、第五連隊が従わなかったとバンケルク達はシラを切ったとの事であったからのう。」
「だとすれば、味方と言えどもこの程度の謀略は、致し方ないものと考えますな。」
「馬鹿め。いくら囮とはいえ、自分の味方を騙して敵になぶり殺しにさせるなど、あってはならぬ事よ。味方を売る者は自滅するのじゃ。疑心暗鬼の中で、誰も信じられず、自分の部下に寝首を掻かれようぞ。その上、この話が他の兵士に伝わってみよ、ゴロデリア王国に忠誠を尽くす兵士は居なくなるぞ。苦しくとも、全員一致団結して、要塞に籠もって堪えるのが本来よ。そうして、ゲッソリナからの援軍を待つべきであったわ。それをせなんだのは、どうあってもタゴロロームに他の者を来させたくない腹があったに違いないのう。」
「確かに、最近のバンケルク将軍はゲッソリナに対して、割拠的姿勢を取っておりますな。」
「それにしても、ハンベエめ、至る所で、騒動の渦中にいおるわ。」
果たして、このラシャレーという老梟は同じ風呂好きのハンベエをどのように見ているのであろう。
「ところで、例のロキがコーデリアスの推薦状を携えて、閣下に目通りを申し出ている件、いつ頃に計らいますかな。」
「ふむ。どうするかのう。・・・・・・大体、その方の部下のボーンの報告は、どうにもハンベエやロキに好意的に思えるが、奴等と親しくなり過ぎたのではないかのう。ミイラ取りがミイラになってしまっているのではないか。」
「友達路線でしたからな。情がうつったやも知れませんなあ。」
「その方は、ハンベエという男をどう思う。」
「その事ですが、ボーンにハンベエを消すテダテはあるかと尋ねたところ、ハンベエとやり合うのはまっぴら御免被りたいと言いましたな。」
「フン。完全にハンベエ好きになっておるではないか。」
「いや、それよりも、ハンベエの敵に回るのが恐ろしいようです。ボーンの言うには、フナジマ広場で闘い振りを見た時よりも、ずっと強くなっていて、恐ろしい化け物になっているようですな。」
「・・・・・・元々化け物だったのが、さらに化けたのか?」
「ボーンがロキから聞き出したところによると、ハンベエが初めて人を斬ったのは、何とバンケルク将軍からエレナ王女への手紙を携えてロキが王宮に訪ねて来る直前だったとの事です。ロキを襲った追い剥ぎを一人斬ったとの事です。」
「・・・・・・ちょっと待て、その話が本当なら、ハンベエという男、初めて人を斬った同じ日に更に五人斬り、その二日後に三十七人も斬った事になるぞ。」
「はあ、更にその明くる日に七人斬ってますな。」
「・・・・・・。」
平素からイカメシイ顔付きのラシャレーの表情が更に深刻なものに変わった。
「ワシも長い事生きておるが、そんな人間は見た事も聞いた事もない。マコトなら、恐ろしい男だぞ。」
「言い忘れておりましたが、ボーンから聞いたところに依るとハンベエは例の伝説の武将フデンの弟子らしいですな。」
「・・・・・・そんな重要な事を何故早く言わん。だとすれば、ハンベエはガストランタと兄弟弟子になるぞ。」
「おお、確かに。これは申し訳ありませんでしたな。しかし、ハンベエはガストランタを敵としているようですな。」
「敵? 何故じゃ?」
「それは・・・・・・ボーンも詳しくは聞かせてもらえなかったようです。何でも、ハンベエの師のフデンに関わる事とだけ。」
「フデンは生きておるのか?」
「ああ、それもボーンがハンベエに聞いた話では今生の別れをして来たとかの事ですな。」
「あやつ、何しにゴロデリアに現れたのじゃ?」
いつの間にかラシャレーは虚空を睨み付けていた。
まさか、師の言い付けで人斬り修行のために山を降り、千人斬りを目指していようとは誰も想像のつかぬ事。
いよいよ以て、二人はハンベエを得体の知れない人間だと思い込んでしまったようだ。
「先ほど聞いた、アルハインド勢との闘いの中で見せたハンベエの働きがマコトだとしたら、運の強さや頭の切れ具合も合わせて、ハンベエというのは容易ならぬ男ぞ。へたをするとタゴロローム守備軍を呑み込んでしまうぞ。」
「まさか。」
「有り得ない話だと思うか?」
「いくら何でも、一介の風来坊が、ちと無理では・・・・・・」
「誰でも最初は一人ぼっちから始めるものじゃ。」
「いやしかし、ボーンから聞いたハンベエの印象では、そんな野心を持った男ではないようですよ。ボーンの見るところ、ハンベエは悪い奴でも、残酷な奴でも無いのに、あっさり人を斬るのだけは謎だと申してましたな。」
『声』は、いつもと変わらぬ抑揚のない声で喋っている。
この日の朝の報告はいつものものに比べ、甚だ長いものになっていた。
普段は無味乾燥な情報伝達の場が、いかさまハンベエの話となると妙に熱が入っており、ひょっとしたらこの二人、隠れハンベエファンではないかと、疑いも出てきそうであった。
「初めて、かの男の存在を知った時は、取るに足らぬゴミ虫と思ったが、これほど大きな影を帯びて来ようとはのう。早めに消しておくべきだったか?」
「いや閣下、簡単に消せそうになかったので、触らぬ神に祟り無し路線を採らせていただいたわけですな。」
「そうであったの。」
「取り敢えず、今日の昼にでもロキに会われてはいかがですかな。閣下を悩ましているものの一つは、ハンベエという男が良く分からない人物だからでしょう。」
「ふむ。そうするか。下がってよい。」
「いや、まだ報告する事がありますな。」
「なんだ、まだあるのか。」
「コーデリアスからの推薦状、実は二通あったようですな。もう一通はコーデリアスの側近が閣下のところに届けるべく、先行していたらしいですな。」
「届いておらんぞ。」
「そうですな。調べてみますと、その側近、ステルポイジャンのところへ飛び込んだようです。」
「何だと? 何故、ステルポイジャンのところへ」
「さあ、その辺の事情までは分かりませんな。ただ、元々コーデリアスはステルポイジャンの下で階段を登って来た叩き上げの軍人。側近が遺書をそっちへ持って行ってもおかしくはありませんな。」
「・・・・・・すると、元々コーデリアスはハンベエ推薦の遺書をステルポイジャンに届けるように命じたのかのう。もう一通をワシに届けさせたのはハンベエの判断なのか?」
「はて、心変わりは人の常。コーデリアスが何を命じたのか。その側近が何故ステルポイジャンの下に行ったのか? 確たる事は分かりませんな。」
元々、コーデリアスの側近への遺命は、遺書を宰相ラシャレーへ届ける事であった。その側近は何を考えてステルポイジャン陣営に届けたものか? また、ハンベエについても、王女に遺書を届けようと考えたロキに反して、ラシャレーに届けるように頼んだのは、コーデリアスの遺命に忠実たらんとしたのか、ハンベエ本人の特別な思惑があったのか、今のところ明らかではない。
ただ、ロキにラシャレーの人物の見極めを頼んだところを見ると、ハンベエもラシャレーの動向には注意を払ったようだ。
「ハンベエが何を考えているかも分からんという事じゃな。」
「さようですな。取り敢えずはロキに会って見るほかありませんな。」
「・・・・・・ふむ。至極もっともな意見じゃのう。では、そのロキと二人切りで、昼飯でも食うとするか。」
「その前にハンベエに関して、もう一つお伝えしておかなければならぬ事がございましたな。」
「まだあるのか。もうちょっと要領良く報告できんのか。」
「申し訳ありませんな。何せ、私にとりましてもハンベエは分かりかねる男。報告を上手く纏める事が出来ませんでしたな。」
「まあよい。で、何じゃ?」
「現在、ベルゼリット城に住まう王妃の執事フーシェが、王妃に謁見させるため、『キチン亭』にハンベエを訪ねた事がありましたな。」
「初耳じゃな。いつの話だ。」
「ハンベエがタゴロロームに旅立つ前の話ですな。」
「ハンベエは王妃に会ったのか?」
「いえ、訪ねて来た時に、ハンベエは不在だったので、代わりに応対したボーンが話を潰したそうです。」
「もっと早く教えてもらいたい情報じゃな。」
「申し訳ありませんな。私も昨日初めてボーンから知らされた事でしたからな。」
「他には。」
「今のところは以上です。」
『キチン亭』にラシャレーからの使者が訪れ、ロキを昼食に招くと伝えた。
ロキは、一応下着を真新しい物に代え、懐にコーデリアスの遺書を入れて、一度、口元をぎゅっと引き締めた厳しい顔付きをした後、殊更に意識して、いつもの朗らかな笑顔を浮かべた後、『キチン亭』を後にした。
「タゴロローム守備軍、特にバンケルク将軍の金にまつわる報告は以上のとおりです。」
『声』がいつものように喋っていた。
「バンケルクが汚い金集めをしておるとはな。王女に剣を教えている時は、毛ほどもそんな様子はなかったが。」
「はあ。しかし、売春宿からの上納金に関しては別に我が国には、それを咎める決まりはありませんな。罪になるとすれば、ハナハナ党から接収した財貨の隠匿ですが、これも決め手というほどの証拠は掴めていません。」
「ふむ。」
「それよりも、先ほど報告したアルハインド勢との戦いの後に生じている軋轢についてはどう考えられますかな。」
「どうとは? そちはモルフィネスの行動をどう思うのじゃ?」
「最小の被害で、かかる危機を乗り切ったのは、流石に切れ者かと思いますな。」
「その方には、ワシに長く仕えて数々助けてもらっておるが、その辺りがいただけない所じゃ。何処の国の弁士が言ったかのう・・・・・・こういう古い言葉がある。『どんなに腹が空いても、トリカブトの根っこは食べないものだ。』とな。」
「モルフィネスの使った策がトリカブトの根っこを食べるようなものだと?」
「やってはならぬ事、施してはならぬ策というのもあるのじゃ。」
「しかし、窮余の一策。他にアルハインド勢を退ける手段もなかったと思いますな。しかも、タゴロロームに敵を一兵たりとも入れる事無く、見事に撃退したわけですから、大殊勲と言って良いと思いますな。」
「その結果、タゴロローム守備軍はどうなった。・・・・・・今や血で血を洗う内紛が始まろうとしているではないか。第五連隊を皆殺しにできておれば、話は違ったかも知れんが、いや、そうであっても、他の連隊兵士は決して、その仕打ちを忘れんじゃろう。そのような気分が充満した軍はどうなると思うのじゃ。何が、切れ者ぞ。世間知らずがマズイ事をやりおったわ。」
「しかし、彼らを咎める事はできないかと思いますな。」
「そうであろうの。ボーンがハンベエから聞き出した話では撤退命令は出したが、第五連隊が従わなかったとバンケルク達はシラを切ったとの事であったからのう。」
「だとすれば、味方と言えどもこの程度の謀略は、致し方ないものと考えますな。」
「馬鹿め。いくら囮とはいえ、自分の味方を騙して敵になぶり殺しにさせるなど、あってはならぬ事よ。味方を売る者は自滅するのじゃ。疑心暗鬼の中で、誰も信じられず、自分の部下に寝首を掻かれようぞ。その上、この話が他の兵士に伝わってみよ、ゴロデリア王国に忠誠を尽くす兵士は居なくなるぞ。苦しくとも、全員一致団結して、要塞に籠もって堪えるのが本来よ。そうして、ゲッソリナからの援軍を待つべきであったわ。それをせなんだのは、どうあってもタゴロロームに他の者を来させたくない腹があったに違いないのう。」
「確かに、最近のバンケルク将軍はゲッソリナに対して、割拠的姿勢を取っておりますな。」
「それにしても、ハンベエめ、至る所で、騒動の渦中にいおるわ。」
果たして、このラシャレーという老梟は同じ風呂好きのハンベエをどのように見ているのであろう。
「ところで、例のロキがコーデリアスの推薦状を携えて、閣下に目通りを申し出ている件、いつ頃に計らいますかな。」
「ふむ。どうするかのう。・・・・・・大体、その方の部下のボーンの報告は、どうにもハンベエやロキに好意的に思えるが、奴等と親しくなり過ぎたのではないかのう。ミイラ取りがミイラになってしまっているのではないか。」
「友達路線でしたからな。情がうつったやも知れませんなあ。」
「その方は、ハンベエという男をどう思う。」
「その事ですが、ボーンにハンベエを消すテダテはあるかと尋ねたところ、ハンベエとやり合うのはまっぴら御免被りたいと言いましたな。」
「フン。完全にハンベエ好きになっておるではないか。」
「いや、それよりも、ハンベエの敵に回るのが恐ろしいようです。ボーンの言うには、フナジマ広場で闘い振りを見た時よりも、ずっと強くなっていて、恐ろしい化け物になっているようですな。」
「・・・・・・元々化け物だったのが、さらに化けたのか?」
「ボーンがロキから聞き出したところによると、ハンベエが初めて人を斬ったのは、何とバンケルク将軍からエレナ王女への手紙を携えてロキが王宮に訪ねて来る直前だったとの事です。ロキを襲った追い剥ぎを一人斬ったとの事です。」
「・・・・・・ちょっと待て、その話が本当なら、ハンベエという男、初めて人を斬った同じ日に更に五人斬り、その二日後に三十七人も斬った事になるぞ。」
「はあ、更にその明くる日に七人斬ってますな。」
「・・・・・・。」
平素からイカメシイ顔付きのラシャレーの表情が更に深刻なものに変わった。
「ワシも長い事生きておるが、そんな人間は見た事も聞いた事もない。マコトなら、恐ろしい男だぞ。」
「言い忘れておりましたが、ボーンから聞いたところに依るとハンベエは例の伝説の武将フデンの弟子らしいですな。」
「・・・・・・そんな重要な事を何故早く言わん。だとすれば、ハンベエはガストランタと兄弟弟子になるぞ。」
「おお、確かに。これは申し訳ありませんでしたな。しかし、ハンベエはガストランタを敵としているようですな。」
「敵? 何故じゃ?」
「それは・・・・・・ボーンも詳しくは聞かせてもらえなかったようです。何でも、ハンベエの師のフデンに関わる事とだけ。」
「フデンは生きておるのか?」
「ああ、それもボーンがハンベエに聞いた話では今生の別れをして来たとかの事ですな。」
「あやつ、何しにゴロデリアに現れたのじゃ?」
いつの間にかラシャレーは虚空を睨み付けていた。
まさか、師の言い付けで人斬り修行のために山を降り、千人斬りを目指していようとは誰も想像のつかぬ事。
いよいよ以て、二人はハンベエを得体の知れない人間だと思い込んでしまったようだ。
「先ほど聞いた、アルハインド勢との闘いの中で見せたハンベエの働きがマコトだとしたら、運の強さや頭の切れ具合も合わせて、ハンベエというのは容易ならぬ男ぞ。へたをするとタゴロローム守備軍を呑み込んでしまうぞ。」
「まさか。」
「有り得ない話だと思うか?」
「いくら何でも、一介の風来坊が、ちと無理では・・・・・・」
「誰でも最初は一人ぼっちから始めるものじゃ。」
「いやしかし、ボーンから聞いたハンベエの印象では、そんな野心を持った男ではないようですよ。ボーンの見るところ、ハンベエは悪い奴でも、残酷な奴でも無いのに、あっさり人を斬るのだけは謎だと申してましたな。」
『声』は、いつもと変わらぬ抑揚のない声で喋っている。
この日の朝の報告はいつものものに比べ、甚だ長いものになっていた。
普段は無味乾燥な情報伝達の場が、いかさまハンベエの話となると妙に熱が入っており、ひょっとしたらこの二人、隠れハンベエファンではないかと、疑いも出てきそうであった。
「初めて、かの男の存在を知った時は、取るに足らぬゴミ虫と思ったが、これほど大きな影を帯びて来ようとはのう。早めに消しておくべきだったか?」
「いや閣下、簡単に消せそうになかったので、触らぬ神に祟り無し路線を採らせていただいたわけですな。」
「そうであったの。」
「取り敢えず、今日の昼にでもロキに会われてはいかがですかな。閣下を悩ましているものの一つは、ハンベエという男が良く分からない人物だからでしょう。」
「ふむ。そうするか。下がってよい。」
「いや、まだ報告する事がありますな。」
「なんだ、まだあるのか。」
「コーデリアスからの推薦状、実は二通あったようですな。もう一通はコーデリアスの側近が閣下のところに届けるべく、先行していたらしいですな。」
「届いておらんぞ。」
「そうですな。調べてみますと、その側近、ステルポイジャンのところへ飛び込んだようです。」
「何だと? 何故、ステルポイジャンのところへ」
「さあ、その辺の事情までは分かりませんな。ただ、元々コーデリアスはステルポイジャンの下で階段を登って来た叩き上げの軍人。側近が遺書をそっちへ持って行ってもおかしくはありませんな。」
「・・・・・・すると、元々コーデリアスはハンベエ推薦の遺書をステルポイジャンに届けるように命じたのかのう。もう一通をワシに届けさせたのはハンベエの判断なのか?」
「はて、心変わりは人の常。コーデリアスが何を命じたのか。その側近が何故ステルポイジャンの下に行ったのか? 確たる事は分かりませんな。」
元々、コーデリアスの側近への遺命は、遺書を宰相ラシャレーへ届ける事であった。その側近は何を考えてステルポイジャン陣営に届けたものか? また、ハンベエについても、王女に遺書を届けようと考えたロキに反して、ラシャレーに届けるように頼んだのは、コーデリアスの遺命に忠実たらんとしたのか、ハンベエ本人の特別な思惑があったのか、今のところ明らかではない。
ただ、ロキにラシャレーの人物の見極めを頼んだところを見ると、ハンベエもラシャレーの動向には注意を払ったようだ。
「ハンベエが何を考えているかも分からんという事じゃな。」
「さようですな。取り敢えずはロキに会って見るほかありませんな。」
「・・・・・・ふむ。至極もっともな意見じゃのう。では、そのロキと二人切りで、昼飯でも食うとするか。」
「その前にハンベエに関して、もう一つお伝えしておかなければならぬ事がございましたな。」
「まだあるのか。もうちょっと要領良く報告できんのか。」
「申し訳ありませんな。何せ、私にとりましてもハンベエは分かりかねる男。報告を上手く纏める事が出来ませんでしたな。」
「まあよい。で、何じゃ?」
「現在、ベルゼリット城に住まう王妃の執事フーシェが、王妃に謁見させるため、『キチン亭』にハンベエを訪ねた事がありましたな。」
「初耳じゃな。いつの話だ。」
「ハンベエがタゴロロームに旅立つ前の話ですな。」
「ハンベエは王妃に会ったのか?」
「いえ、訪ねて来た時に、ハンベエは不在だったので、代わりに応対したボーンが話を潰したそうです。」
「もっと早く教えてもらいたい情報じゃな。」
「申し訳ありませんな。私も昨日初めてボーンから知らされた事でしたからな。」
「他には。」
「今のところは以上です。」
『キチン亭』にラシャレーからの使者が訪れ、ロキを昼食に招くと伝えた。
ロキは、一応下着を真新しい物に代え、懐にコーデリアスの遺書を入れて、一度、口元をぎゅっと引き締めた厳しい顔付きをした後、殊更に意識して、いつもの朗らかな笑顔を浮かべた後、『キチン亭』を後にした。
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