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三十八 旗を立てろ、旗の下に集まれ
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ハンベエは炎を避けながら、後続に言った。
「足元に注意し、はぐれないように気をつけろ。煙にもな。しばらく辛抱すれば、雨が降るはずだ。」
「そんなに上手く行くもんじゃろうか?、都合が良すぎやせんか。」
ドルバスが冷やかすように言った。
「元々、火は水を呼ぶものだ。この世は上手くできている。それに、雨の予兆は大分前に肌で感じている。・・・・・・いや、むしろ、ドルバス達こそ、雨が来るのが分からないのか?」
「雨が来そうな気がせんでもないが、ハンベエみたいに自信たっぷりじゃあないよ。」
「大丈夫だ。俺の見立てに狂いはない。確信が無ければ、こっちに逃げたりはせん。」
ハンベエ、言い切った。
そうなのである。ハンベエ達が、炎の残るタゴロローム要塞前の草原方面に逃げて来たのは、他に逃げ道が無く、アルハインド勢の追っ手から逃れるのに一番成功率が高いからばかりではなく、ハンベエのこの予測があったからである。
確かに、火の中に逃げ込んで行く敵を追う人間はいない。しかし、その火の中で死んでしまえば、タダの馬鹿である。死中に活を求めると言っても、何の成算もなく事を行う人間に、人は付いては来ない。
ハンベエは班長になってからの行動や、今回の合戦の一連の判断から、仲間から命を預けられるまでの信頼を得ていたのだ。
この最早笑うべき窮地に、ハンベエの判断に従えば、或いは助かるかも知れない、とヘルデン以下の班員は信じ始めていた。
一行は、立ち上る煙の中に吸い込まれるように消えて行った。
アルハインド勢は一時大混乱に陥っていたが、副官がどうにか軍を掌握し、敗兵を、その日の朝まで第五連隊が陣取っていたタゴゴダの丘に収容し、部隊を整え直した。
タゴロローム要塞前の草原におけるタゴロローム守備軍からの攻撃で、アルハインドは一万人を超える被害を出していた。大雑把に、被害内容は次のとおりであった。死者六千人、負傷者六千人、内重態一千人、重傷二千人、軽傷三千人。
バクチ的な見方から言えば、アルハインド勢はハナから、目をスッていた、と言うべきであろう。
まず、第一にタルゴーツの草原における集結、部隊編成に時間がかかり過ぎた事である。そのため、タゴロローム守備軍に十分過ぎる迎撃準備の時間を与えてしまった。
もし仮に、タゴロローム守備軍がアルハインド勢の活動を察知した、その日、或いは、その明くる日に行動を開始し、そのまま、タゴロローム守備軍を駐屯地に急襲していれば、騎馬兵三千騎ほどで、タゴロローム守備軍は粉砕されていたはずである。
第二は、タゴゴダの丘の争奪戦である。最初、アルハインド勢は一千騎で、この丘を攻めた。一千騎で十分落とせるものと見たのであろう。
ところが、意外や意外、タゴゴダの丘を守備した第五連隊が大奮戦、ハンベエ発案の戦車の活用もあり、簡単には落ちそうにない、と判断されてしまった。
総攻撃などかけずとも、じわじわと攻めればタゴゴダの丘は落ちたであろう。そして、タゴゴダの丘に陣を構え、じっくりとタゴロローム要塞と対峙すれば、タゴロローム守備軍は大いに困ったであろう。要塞からの攻撃も今回のような劇的な効果は上げ得なかったに違いない。
だが、アルハインド勢は総攻撃を敢行した。
しかし、タゴゴダの丘を陥落させたら、そこで一端停止して、慎重にタゴロローム要塞の攻略を図るという事もできたのではないかという意見もあるかも知れない。確かに、その選択肢はあった。
だが、軍事は勢いである。崩れたった敵をどこまでも追って行くのは兵士の本能であった。
アルハインド勢の中にも要塞まで突き進む事に危惧を抱いた者はいたであろう。しかし、タゴゴダの丘とタゴロローム要塞の距離は僅か一キロ。押し留めようのない勢いに駆られ、アルハインド勢は要塞まで突き進んでしまった。自然な流れであった。
結果、アルハインド勢は、まんまと罠に嵌まってしまったのである。
恐らく、アルハインド勢は、タゴロローム攻略に要する被害を最大でも騎兵三千騎程度に考えていたに違いない。そして、タゴロロームを拠点にゴロデリア王国を侵食するつもりだったと思われる。そのつもりの騎兵五万騎であった。
だが、攻略どころか一万騎もの大被害が出てしまった。話にならないほどの大誤算であった。
タゴロローム守備軍はついていた。いや、この戦いに参加したハンベエは、第五連隊が不運だったのに比べ、ついていた。
ハンベエの狙いどおり、総指揮官を失ったアルハインド勢は早々に退却を決定したのであった。その理由の一つにはアルハインド族の内部抗争があり、この戦場でこれ以上の被害を出せば、他のアルハインド勢力から、自分達の勢力が狙われるかも知れないという怖れがあった。
ハンベエの予言どおり、静かに雨が降り始めた。ポツン、ポツンと雨滴が時雨るように落ちて来始めた。
さほど強い雨ではないが、火勢の弱まった要塞前の草原の火を鎮めるには十分なものであった。
雨は夜まで降った。そして、雨が降り終わった頃には、草原に燻っていた火の手はすっかり消えてなくなっていた。
ハンベエ達は焼け野原になった草原の薄闇の中に、一塊になって潜んでいた。
草原の火がおさまると、何故か今度はタゴゴダの丘に火の手が上がった。
「どうやら、焼け死なずに済んだようじゃのう。しかし、すっかり濡れ鼠になってしまったもんだ。・・・・・・なんじゃ、タゴゴダの丘に火の手が上がっとるぞ。こりゃ、一体どうした事じゃ。」
暗がりの中で、ドルバスが言った。ハンベエ達は雨に濡れた寒さを凌ぐためと分散しないために、肩を寄せ合っていた。
「どうやら、俺達は生き延びたようだな。」
ハンベエがボソッと言った。
「大将、確かに火はおさまって、焼け死ぬ心配は無くなったけど、安心するには早いんじゃねえですか? アルハインドの奴等が襲って来るかもしれないし。」
ゴンザロがガチガチ歯を鳴らし、震えながら言った。恐怖のためでなく、寒くて仕方ないらしい。
「あの火は誰が放ったものだと思う。」
「そりゃ、今あそこにいるのはアルハインドの連中ですから、奴等に決まってるじゃありやせんか。」
「だよな。では、何故、アルハインド勢は陣地を焼くのだ。」
「あっ。」
「折角の陣地を燃やすのは、陣地を引き払って、退却を始めたとしか考えようが無いじゃないか。」
「じゃあ、あっし達は助かったんですね。」
仲間達全員に安堵の声が上がった。
「アルハインドの手からは逃れ切ったようだな。」
ハンベエは相変わらず、ボソッと言った。
針を通すような、細い糸筋のような道を抜け、ハンベエ達は最大の危機を乗り切ったようだ。だが、ハンベエはまだ安堵の表情は浮かべなかった。
一夜が明け、ハンベエ達はゆっくり非常食を食べて立ち上がった。
(アルハインドは撤退したが、この後どうやって軍に戻るかだな。バンケルク達が生き残りの俺達をどう扱うか分かったものじゃない。)
焼け野原に佇んで、ハンベエは思案していた。ハンベエもこの後の行動までは考えていなかったようである。
「さて、大将、この後はどうします?」
ヘルデンが傍に立って尋ねてきた。
改めて、草原を見回すと、火計に落ち、倒れ伏して、黒焦げになった人馬の骸が累々と横たわっている。無残な風景というばかりである。草原にはまだ異臭がたちこめ、目も鼻も覆わずにはいられないほどである。
仲間達の中でも、一際気の優し過ぎるパーレルは、この光景を見て、痛ましげな表情をしていた。涙も既に枯れ果てたという風情であった。
「さして、広くない草原だ。ひょっとして、生き残りがいるかも知れん。手分けして見て回れ。」
ハンベエは一同に命じた。
「この地獄の成れの果てで、生きてる人間が他にいるとも思えませんが、大将の指示なら、致し方有りませんね。」
ヘルデンは少しおどけるように言って、一同は草原に散った。
直ぐに生存者が見つかった。
なんと第五連隊の連隊長が生きていたのだ。
第五連隊連隊長、名はコーデリアスという。コーデリアスは二人の側近に付き添われ、ふらふらしながら、この草原を彷徨い歩いていたのだ。
ハンベエは連隊長が見つかったと聞くと直ぐに駆け付けた。
そして、連隊長の側近に次の事を確認した。
「連隊旗はあるか?」
連隊旗はあるという。
連隊旗は竿から外され、コーデリアスの側近が大事に持っていたようだ。
この連隊長、ハンベエは知らなかったが、意外に人望があったようで、何人もの兵隊が身を盾にして守ったようだ。そのお陰で、何とか九死に一生を得て、生き延びたようなのだ。だが、連隊長も無傷でいたわけではない。何ケ所か、手傷を負っていた。
「竿になる物を探して来て、連隊旗を掲げろ、そして、第五連隊の生き残りは、この旗の下に集まるように呼び掛けるのだ。」
ハンベエは自分の班員に命じた。
「待て、勝手な事を」
コーデリアスの側近がハンベエを遮ろうとした。
「良い。その男のやろうとしている事は正しい。本来、わしがせねばならぬ事だ。」
連隊長であるコーデリアスはこう言って、側近の方をたしなめた。
ヘルデンが放置されていた長槍を見つけてきて、それに旗を結び付けて立てた。
しかし、昨日からの疲労のためか、何度かよろけてしまう。わしが持とう、とドルバスがヘルデンに代わった。旗は風にバタバタと旗めいたが、小揺るぎもしなくなった。
それから、ハンベエ達は四方八方に、生き残っている第五連隊兵士がいたら、旗の下に集まるように呼び掛けた。
何処に隠れて火を凌いだのか、三人、五人と連隊旗の下に兵士が集まってきた。
少しずつではあるが、連隊旗の下に集う兵士達は増えて行った。半日の呼び掛け後には、その数は百余人となった。衣服は焼け焦げ、ボロボロになった兵士達だが、何とか自分の足で立っていた。
しかし、生き残りの兵士達が集まったのもここまでであった。
ぷっつりと新たに現れる兵士が後を絶った。
それでもハンベエ達は、その後二時間、呼び掛け、待った。
だが、新たな生き残りは現れない。
ハンベエは連隊長に向かい、
「生き残りはこれで全部のようだな。帰還すべきだと思うが。」
と言った。
「さようだな。帰還するとしよう。」
コーデリアスは苦し気な表情で答えた。コーデリアスは深い傷を負っており、立つのも苦しくなって来ているようだが、気力を振り絞って答えたようだ。
「足元に注意し、はぐれないように気をつけろ。煙にもな。しばらく辛抱すれば、雨が降るはずだ。」
「そんなに上手く行くもんじゃろうか?、都合が良すぎやせんか。」
ドルバスが冷やかすように言った。
「元々、火は水を呼ぶものだ。この世は上手くできている。それに、雨の予兆は大分前に肌で感じている。・・・・・・いや、むしろ、ドルバス達こそ、雨が来るのが分からないのか?」
「雨が来そうな気がせんでもないが、ハンベエみたいに自信たっぷりじゃあないよ。」
「大丈夫だ。俺の見立てに狂いはない。確信が無ければ、こっちに逃げたりはせん。」
ハンベエ、言い切った。
そうなのである。ハンベエ達が、炎の残るタゴロローム要塞前の草原方面に逃げて来たのは、他に逃げ道が無く、アルハインド勢の追っ手から逃れるのに一番成功率が高いからばかりではなく、ハンベエのこの予測があったからである。
確かに、火の中に逃げ込んで行く敵を追う人間はいない。しかし、その火の中で死んでしまえば、タダの馬鹿である。死中に活を求めると言っても、何の成算もなく事を行う人間に、人は付いては来ない。
ハンベエは班長になってからの行動や、今回の合戦の一連の判断から、仲間から命を預けられるまでの信頼を得ていたのだ。
この最早笑うべき窮地に、ハンベエの判断に従えば、或いは助かるかも知れない、とヘルデン以下の班員は信じ始めていた。
一行は、立ち上る煙の中に吸い込まれるように消えて行った。
アルハインド勢は一時大混乱に陥っていたが、副官がどうにか軍を掌握し、敗兵を、その日の朝まで第五連隊が陣取っていたタゴゴダの丘に収容し、部隊を整え直した。
タゴロローム要塞前の草原におけるタゴロローム守備軍からの攻撃で、アルハインドは一万人を超える被害を出していた。大雑把に、被害内容は次のとおりであった。死者六千人、負傷者六千人、内重態一千人、重傷二千人、軽傷三千人。
バクチ的な見方から言えば、アルハインド勢はハナから、目をスッていた、と言うべきであろう。
まず、第一にタルゴーツの草原における集結、部隊編成に時間がかかり過ぎた事である。そのため、タゴロローム守備軍に十分過ぎる迎撃準備の時間を与えてしまった。
もし仮に、タゴロローム守備軍がアルハインド勢の活動を察知した、その日、或いは、その明くる日に行動を開始し、そのまま、タゴロローム守備軍を駐屯地に急襲していれば、騎馬兵三千騎ほどで、タゴロローム守備軍は粉砕されていたはずである。
第二は、タゴゴダの丘の争奪戦である。最初、アルハインド勢は一千騎で、この丘を攻めた。一千騎で十分落とせるものと見たのであろう。
ところが、意外や意外、タゴゴダの丘を守備した第五連隊が大奮戦、ハンベエ発案の戦車の活用もあり、簡単には落ちそうにない、と判断されてしまった。
総攻撃などかけずとも、じわじわと攻めればタゴゴダの丘は落ちたであろう。そして、タゴゴダの丘に陣を構え、じっくりとタゴロローム要塞と対峙すれば、タゴロローム守備軍は大いに困ったであろう。要塞からの攻撃も今回のような劇的な効果は上げ得なかったに違いない。
だが、アルハインド勢は総攻撃を敢行した。
しかし、タゴゴダの丘を陥落させたら、そこで一端停止して、慎重にタゴロローム要塞の攻略を図るという事もできたのではないかという意見もあるかも知れない。確かに、その選択肢はあった。
だが、軍事は勢いである。崩れたった敵をどこまでも追って行くのは兵士の本能であった。
アルハインド勢の中にも要塞まで突き進む事に危惧を抱いた者はいたであろう。しかし、タゴゴダの丘とタゴロローム要塞の距離は僅か一キロ。押し留めようのない勢いに駆られ、アルハインド勢は要塞まで突き進んでしまった。自然な流れであった。
結果、アルハインド勢は、まんまと罠に嵌まってしまったのである。
恐らく、アルハインド勢は、タゴロローム攻略に要する被害を最大でも騎兵三千騎程度に考えていたに違いない。そして、タゴロロームを拠点にゴロデリア王国を侵食するつもりだったと思われる。そのつもりの騎兵五万騎であった。
だが、攻略どころか一万騎もの大被害が出てしまった。話にならないほどの大誤算であった。
タゴロローム守備軍はついていた。いや、この戦いに参加したハンベエは、第五連隊が不運だったのに比べ、ついていた。
ハンベエの狙いどおり、総指揮官を失ったアルハインド勢は早々に退却を決定したのであった。その理由の一つにはアルハインド族の内部抗争があり、この戦場でこれ以上の被害を出せば、他のアルハインド勢力から、自分達の勢力が狙われるかも知れないという怖れがあった。
ハンベエの予言どおり、静かに雨が降り始めた。ポツン、ポツンと雨滴が時雨るように落ちて来始めた。
さほど強い雨ではないが、火勢の弱まった要塞前の草原の火を鎮めるには十分なものであった。
雨は夜まで降った。そして、雨が降り終わった頃には、草原に燻っていた火の手はすっかり消えてなくなっていた。
ハンベエ達は焼け野原になった草原の薄闇の中に、一塊になって潜んでいた。
草原の火がおさまると、何故か今度はタゴゴダの丘に火の手が上がった。
「どうやら、焼け死なずに済んだようじゃのう。しかし、すっかり濡れ鼠になってしまったもんだ。・・・・・・なんじゃ、タゴゴダの丘に火の手が上がっとるぞ。こりゃ、一体どうした事じゃ。」
暗がりの中で、ドルバスが言った。ハンベエ達は雨に濡れた寒さを凌ぐためと分散しないために、肩を寄せ合っていた。
「どうやら、俺達は生き延びたようだな。」
ハンベエがボソッと言った。
「大将、確かに火はおさまって、焼け死ぬ心配は無くなったけど、安心するには早いんじゃねえですか? アルハインドの奴等が襲って来るかもしれないし。」
ゴンザロがガチガチ歯を鳴らし、震えながら言った。恐怖のためでなく、寒くて仕方ないらしい。
「あの火は誰が放ったものだと思う。」
「そりゃ、今あそこにいるのはアルハインドの連中ですから、奴等に決まってるじゃありやせんか。」
「だよな。では、何故、アルハインド勢は陣地を焼くのだ。」
「あっ。」
「折角の陣地を燃やすのは、陣地を引き払って、退却を始めたとしか考えようが無いじゃないか。」
「じゃあ、あっし達は助かったんですね。」
仲間達全員に安堵の声が上がった。
「アルハインドの手からは逃れ切ったようだな。」
ハンベエは相変わらず、ボソッと言った。
針を通すような、細い糸筋のような道を抜け、ハンベエ達は最大の危機を乗り切ったようだ。だが、ハンベエはまだ安堵の表情は浮かべなかった。
一夜が明け、ハンベエ達はゆっくり非常食を食べて立ち上がった。
(アルハインドは撤退したが、この後どうやって軍に戻るかだな。バンケルク達が生き残りの俺達をどう扱うか分かったものじゃない。)
焼け野原に佇んで、ハンベエは思案していた。ハンベエもこの後の行動までは考えていなかったようである。
「さて、大将、この後はどうします?」
ヘルデンが傍に立って尋ねてきた。
改めて、草原を見回すと、火計に落ち、倒れ伏して、黒焦げになった人馬の骸が累々と横たわっている。無残な風景というばかりである。草原にはまだ異臭がたちこめ、目も鼻も覆わずにはいられないほどである。
仲間達の中でも、一際気の優し過ぎるパーレルは、この光景を見て、痛ましげな表情をしていた。涙も既に枯れ果てたという風情であった。
「さして、広くない草原だ。ひょっとして、生き残りがいるかも知れん。手分けして見て回れ。」
ハンベエは一同に命じた。
「この地獄の成れの果てで、生きてる人間が他にいるとも思えませんが、大将の指示なら、致し方有りませんね。」
ヘルデンは少しおどけるように言って、一同は草原に散った。
直ぐに生存者が見つかった。
なんと第五連隊の連隊長が生きていたのだ。
第五連隊連隊長、名はコーデリアスという。コーデリアスは二人の側近に付き添われ、ふらふらしながら、この草原を彷徨い歩いていたのだ。
ハンベエは連隊長が見つかったと聞くと直ぐに駆け付けた。
そして、連隊長の側近に次の事を確認した。
「連隊旗はあるか?」
連隊旗はあるという。
連隊旗は竿から外され、コーデリアスの側近が大事に持っていたようだ。
この連隊長、ハンベエは知らなかったが、意外に人望があったようで、何人もの兵隊が身を盾にして守ったようだ。そのお陰で、何とか九死に一生を得て、生き延びたようなのだ。だが、連隊長も無傷でいたわけではない。何ケ所か、手傷を負っていた。
「竿になる物を探して来て、連隊旗を掲げろ、そして、第五連隊の生き残りは、この旗の下に集まるように呼び掛けるのだ。」
ハンベエは自分の班員に命じた。
「待て、勝手な事を」
コーデリアスの側近がハンベエを遮ろうとした。
「良い。その男のやろうとしている事は正しい。本来、わしがせねばならぬ事だ。」
連隊長であるコーデリアスはこう言って、側近の方をたしなめた。
ヘルデンが放置されていた長槍を見つけてきて、それに旗を結び付けて立てた。
しかし、昨日からの疲労のためか、何度かよろけてしまう。わしが持とう、とドルバスがヘルデンに代わった。旗は風にバタバタと旗めいたが、小揺るぎもしなくなった。
それから、ハンベエ達は四方八方に、生き残っている第五連隊兵士がいたら、旗の下に集まるように呼び掛けた。
何処に隠れて火を凌いだのか、三人、五人と連隊旗の下に兵士が集まってきた。
少しずつではあるが、連隊旗の下に集う兵士達は増えて行った。半日の呼び掛け後には、その数は百余人となった。衣服は焼け焦げ、ボロボロになった兵士達だが、何とか自分の足で立っていた。
しかし、生き残りの兵士達が集まったのもここまでであった。
ぷっつりと新たに現れる兵士が後を絶った。
それでもハンベエ達は、その後二時間、呼び掛け、待った。
だが、新たな生き残りは現れない。
ハンベエは連隊長に向かい、
「生き残りはこれで全部のようだな。帰還すべきだと思うが。」
と言った。
「さようだな。帰還するとしよう。」
コーデリアスは苦し気な表情で答えた。コーデリアスは深い傷を負っており、立つのも苦しくなって来ているようだが、気力を振り絞って答えたようだ。
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