兵法者ハンベエの物語

市橋千九郎

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三十二 バレちゃったよお

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 タルゴーツへのアルハインド族集結の報を受け、タゴロローム守備軍兵士全員に非常呼集が掛けられた。
 ハンベエも班員を点呼し、急いで小隊長に連絡した。既に連隊長から中隊長、中隊長から小隊長に指示が出されていたものと見え、小隊長の引率の下、ハンベエ達は配置場所へ向かった。
 向かう先は、タゴゴダの丘、タゴロロームの西端から一キロ程の地点にある小高い丘である。比較的なだらかな丘陵なのだが、ハンベエ属する第五連隊は、ここに馬を防ぐための柵、馬防柵を持つ陣地を構築する事を命じられた。
 タルゴーツとタゴロロームの距離は約四十キロ、タゴロロームへの入り口に石造りの城砦がある。城砦の名はタゴロローム城砦(そのまんまじゃん)、兵士二万人の収容が可能である。
 城砦は外壁を含めほとんど石造りであり、外壁に囲われた内側には地上十数メートルの三階層の塔がいくつも並んでいる。塔の屋上には投石機が設置され、各階層には大きな弓兵用の窓が切られている。塔の前面にある外壁は人間の胸の高さに仕切られた石壁が積まれ、塔の周りの地面にも幾十もの投石機や弩(石弓若しくは大弓。大型の弓で大砲のように地面に据付けされている。弦は弦の丁度真ん中に結び付けられた紐をハンドルを用いて引っ張って、前倒式のレバーに固定し、そのレバーを倒す事によって矢を発射される仕組みになっており、大型の矢台座に載せて弦につがえる物だった)が備え付けられていた。
 タゴゴダの丘の後ろはタゴロローム城砦に至るまで幅七メートル程の道が続いているが、両側を険しい岩山に挟まれていて、大軍を展開する事ができない地形になっている。タゴロローム城砦の手前に二百メートル四方の小さな原っぱがあるが、騎馬五千~一万が展開するのがせいぜいであろう。
 そして、タゴロローム城砦を避けてはタゴロロームに侵入する事はできない地形になっていた。
 タゴロローム城砦の内部は居住をするには不便な造りになっている。というよりも、最初から日常生活を前提としない構築がなされていたので、タゴロローム守備隊は都市の治安維持の目的も含めて、城砦から東に寄った平原にキャンプ地を設けて駐屯していた。ハンベエが入隊以来過ごしていたのは、そのキャンプ地である。

 こう説明してくると、随分タゴロロームにとって都合の良い、守りに適した地形のようであるが、そのような外敵を防ぎ易い地形であればこそ、タゴロロームに都市が発展したのであり、タゴロローム城砦が作られたのであった。
 とはいえ、敵の総数は五万の騎兵軍団である。タゴロローム守備軍の圧倒的な不利に変わりはないのである。
 ハンベエ属する第五連隊はタゴゴダの丘に急行を命じられたが、他の四連隊はタゴロローム城砦に入って、投石機や弩を戦闘に使用可能な状態に準備するよう命じられていた。
 タゴゴダの丘に陣地を構えてタゴロローム城砦を後詰めの城とする事は防衛線を二重に敷き、敵に対する備えを堅くしたようにも見えるが、敵は五万の騎兵である。一方第五連隊の人数三千人余り、敵の人数に対し、余りにも寡小であり、いっそ、全軍を城砦に入れて防戦する方が通常に思える。また、もしタゴゴダの丘を戦略拠点として重要視するなら、むしろ半数以上の兵士をタゴゴダの丘に配置するべきではないだろうか。それともまた、城砦に全ての兵士を集結させるのが不具合という事であれば、第五連隊は遊撃部隊として、伏せて配置するべきである。
 タゴゴダの丘に第五連隊のみを配置して陣地構築を命じたタゴロローム守備軍首脳部の魂胆はこのように首を捻るばかりのものであった。
 襲来が予想されるアルハインド族の兵士数を第五連隊の兵士達(将校を含めて)は知らなかったし、また、タゴロローム守備隊首脳部も敢えて教えなかったようである。むしろ、敵部隊の数はせいぜい五千程度と過小に知らされたようだ。
 もし、敵兵力が五万の大軍と知っていたら、第五連隊の兵士達がノコノコとタゴゴダの丘に出向いて行ったものかどうか。連隊兵士の半数は逃亡したかも知れない。

 さて、我等がハンベエもまた、敵の状況を全く知らぬ無知な一般兵としてタゴゴダの丘にノコノコと出向いていた。
 ハンベエ達第五連隊は陣地構築の機材(丸太等)と長槍(全長七メートル前後)を大八車に載せて運ばされた。そして、タゴゴダの丘にたどり着くや否や、休む間もなく、馬防柵の構築に向かわされた。

「ハンベエさん、敵は幾らくらいいるんでしょうね。」
 パーレルが馬防柵の横木を縛りながら言った。
「さあな、俺にも分からないよ。敵が現れたら否応なしに分かるだろうよ。怖いのか?」
「勿論、怖いですよ。ハンベエさんは強いから、分からないかも知れないけど・・・・・・僕なんか真っ先にやられそうだし。もっとも、僕なんて落ちこぼれだし、死んだ方がいいのかも。」
 パーレルはちょっと口を歪め、淋しそうな笑みを浮かべて言った。
 死んだ方がいいのかもというパーレルのセリフにはちょっと不快感を感じたハンベエだが、慰める言葉も思いつかないので、別の話をした。
「まあ、俺も戦場は初めてで戦の事は良く知らん。しかし、こういうところで、生き残るのは、腕に覚えがあるかどうかより、運がいいのかどうかじゃねえのかな。ところで、パーレル、お前、絵が上手いじゃないか。」
「絵?」
「いや、俺にパーレルの書いたマリアの肖像画を見せてくれた奴がいたもんでな。あんまり、綺麗な絵なんで、貰っちまおうかと思ったくらいだよ。」
「あ、あれは何となく、手慰みに書いたもので。」
「まあ、何にせよ。俺は絵なんてまるで書けやしない。パーレルの絵を見たら、もっと見たいって奴もいるかも知れないし、絵を書いて欲しいって奴もいるかも知れない。死んだら、その要望には答えられないぜ。」
「僕の絵、気に入って貰えましたか。」
 パーレルは嬉しさ半分、恥ずかしさ半分といった様子でハンベエを見つめた。そのパーレルの目の奥には、こんな俺でも生きてていいんだろうかとでも言うような淋しい光が見えるようだった。
「絵の事は分からないが、俺は気に入ったね。」
 ハンベエはぶっきらぼうに言った。

 さて、ハンベエにパーレルの描いたマリア(イザベラ)の肖像画を見せた人物とは?。

 話は少し前に戻る。
 アルハインド族に対応するための非常呼集が掛かる前に、ハンベエを訪ねて来た人物がいた。
 ボーンことボーンクラッシュである。
「よお、ハンベエ、元気そうだな。」
「ボーン、・・・・・・ボルマンスクの方へ行ったんじゃなかったのか?」
「ああ、行ったさ。イザベラを追い掛けてな。」
「で、捕まえたのか。」
「いや、綺麗さっぱり足取りが消えちまったよ。仕方ないので、ゲッソリナに舞い戻ったら、ハナハナ山のハナハナ党が壊滅させられて、隠匿していた財宝をタゴロローム守備隊が接収したという話が入った。しかし、どうも報告額が少ない。それに、バンケルクって将軍も前々から胡散臭い噂がある。で、イザベラの件は一応置いといて、調べに行けって命令されたってわけだ。」
「なるほど、ボーンも色々大変だな。」
「大変だよ、全く。今、シャベレーって奴がサイレント・キッチンの調査係として来てるけど、こいつは表の顔で言わば事務屋だ。裏は俺が調べる事になっている。」
「ほう、そのシャベレーってのはお前の部下か何かか?」
「まあな、表向きはサイレント・キッチンの高官という事になってるがな。」
「ボーンって、随分偉かったんだな。」
「俺はこれでもサイレント・キッチンじゃあ、腕利きだからな。ハンベエと関わってからは黒星続きだがよ。」
 ボーンは皮肉っぽく笑った。
「なるほど、それで何の用だ? 世間話をしに来たわけでもあるまい。」
「それはそうだ。まっ、ゆっくり話そう。そうだな。あの木陰が良さそうだ。」
 ボーンが示した場所を見て、ハンベエは苦笑しそうになった。
 その場所はルーズ達の闇討ちを待ち伏せた時にハンベエが潜んだ場所である。
 ハンベエは黙ってボーンの指示に従った。面白い話が聞けるかも知れない。

 二人はその木陰に胡坐をかいて向かい合った。
「ハナハナ山では、随分活躍だったようだな。」
 ボーンは意味ありげに笑って言った。
「何の話だ。」
「ふーん、あくまでとぼけるのかな、ハンベエ。」
「だから、何の話だ。」
「道中の途中でマリアという尼僧が加わったらしいじゃないか。パーレルから、聞いたぜ。」
「ああ、確かに。何でもタゴロローム守備隊に弟がいて御守りを届けるために旅していたらしい。」
「ところで、パーレルって奴、絵がムチャクチャ上手いって知ってたか。」
「・・・・・・?」
「俺が何気なくそのマリアって女、どんな女だったって聞いたら、この絵を見せてくれたんだ。」
 ボーンはそう言うと懐から、一枚の紙を出してハンベエに見せた。ハンベエが折り畳まれたその紙を開いて見ると、尼僧姿のマリアつまりイザベラが描かれていた。木炭か何かを使った白黒画だが、そこにはイザベラが今にも絵を抜け出して動きそうなほど生き生きと描かれていた。全くその絵はイザベラそのものだった。多少聖女風な臭みが加わっている以外は。
 ハンベエは黙ってボーンを見た。一瞬、ボーンは警戒するような目付きになったが、ハンベエの眼に特に殺気はない。ただ青々と澄み切った空のような眼でボーンを見ていた。ボーンは安心したと見えて、話を続けた。
「いい女だよな。」
「確かに。」
「さて、話してくれないかな。いつぞやロキが言ったようにザックバランに行こうじゃないか。」
「何が聞きたい。」
「一部始終さ。イザベラとハンベエの関係、ハナハナ山で起こった事。イザベラが今どうしてるか等々。」
 ハンベエは仕方ないなという具合に軽く苦笑しつつ、イザベラがエレナを襲撃したところからタゴロロームの手前で別れたところまで話した。勿論、ハンベエはロキとはキャラクターが違うので、面白おかしくではなく簡潔に。
「じゃあ、ハンベエは王女暗殺未遂には関与してないんだな。」
「関与する理由があるか?」
「それはそうだ。ハンベエの話に偽りはないと信じるよ。・・・・・・暗殺の依頼主とかは聞いてないか?」
「聞いてないな。俺には関係ない事だしな。もっとも、聞いてもイザベラは教えないだろう。」
「それにしても、ハナハナ山での活躍の話が本当なら、イザベラっていうのは恐ろしい女だな。・・・・・・それはそうと、ハナハナ山に金貨一千枚、銀貨一万枚とそれ以上の値打ちのお宝があったというのは間違いないのか。」
「ああ、間違いない。報告はどうなってるんだ?」
「十分の一だ。」
「おやおや、悪い奴がいるもんだ。いっそのこと、俺が貰っときゃよかったかな。」
「そしたら、俺にも分けてくれてたかい。」
「ふふ、分けてやっても良かったかな。いっぱいあったからな。」
「ところで、良くこんな待遇に辛抱してるな。」
「ん?」
「一人で、小隊一つ二つ潰せる実力者を中隊長以下ってのは普通考えられない。しかも王女の推薦状付きだしな。」
「そういうものか?」
「そういうものさ。なんなら、シャベレーの方から圧力かけさせて待遇改善させようか?」
「いや別に今のままで構わん。しかし、随分親切なんだな。」
「何言ってんだよ。ロキも含めて、俺達は仲良しだろう。」
「・・・・・・。」
「あらあら、そう思ってるのは俺だけかい?」
「もし、俺やロキが王女を旗印にして王子のゴルゾーラ、つまり宰相ラシャレーと争う事になったらどうする。」
「・・・・・・そんな事を企ててるのか?」
「企ててるわけじゃない。予感がするだけだ。フィルハンドラの母親であるモスカ夫人のところでステルポイジャンの片腕と呼ばれるガストランタって男が何やら画策してるらしい。国王バブル六世は病の床にある。王が死ねば、兄弟で争いが起こると世間で噂しているが、早晩それは起こるだろうと俺は考えてる。」
「驚いたな。ハンベエは王女を担いで権力の座を狙おうとしているのか?」
「権力の座?、そんなものに興味はない。ただ、兄弟の争いが起こったら、王女側に参戦する事になるだろうと言ってるのさ。少なくとも、ガストランタという男とは間違いなく敵方に回るだろう。」
「ガストランタ、奴を知ってるのか?」
「直接知っているわけでは無いが、奴と俺との間には因縁がある。」
「因縁ねえ。どんな因縁だよ。」
「俺の師に関わる事だ。」
「ハンベエの師匠って誰なんだ。」
「フデン。」
「フデン?・・・・・・フデンって、伝説の将軍フデンか。」
「師から直接聞いたわけではないが、どうもそうらしい。」
「そう言やあ、ガストランタって男、フデン将軍の一番弟子を自称してたな。どういう因縁だ。」
「ボーンに言っても仕方のない事さ。」
「そうか、まあ、敢えて聞くまい。それより、フデン将軍はまだ生きてるのか?」
「さて、俺が山から降りて来る時は生きていたが。・・・・・・もう世の中に顔を出すつもりは無いようだった。仮に生きていてももう会える事はない気がする。」
「なるほど。話は戻るが、仮に、さっきハンベエが言ったような理由で敵に回る事があるとしてもだ。それは今現在の話じゃない。完全に敵になるまでは仲良く行こうぜ。俺はハンベエやロキの事、割りと好きだぜ。」
「・・・・・・俺もボーンの事は嫌いじゃあない。・・・・・・随分長い話になった。俺とした事が喋りすぎだな。」
「いやいや、調査に協力ありがとう。実はこれから俺は売春宿巡りに行かなければならない。」
「売春宿?」
「そうだ。ハンベエも来るか。経費で落とせるぜ。」
「いや、その類は今のところ・・・・・・しかし、息抜きか?いい身分だ。」
「残念ながら、これも仕事さ。」
「仕事?」
「色々調べ事があるんだよ。」
「ふーん、ところで、この絵貰っていいよな。」
「おいおい、一枚しかないんだぜ。」
「この絵があったら、ボーンの仕事が増えるぜ。」
「・・・・・・確かに。」
「イザベラの正体がどうあろうと、早晩起こる事は起こる。真実はやがて分かるさ。」
「イザベラを捕まえる事にあまり意味はないって事か?」
「さあな、ボーンの腹一つだがな。」
「ふん。・・・・・・まあ、いいだろう。」
 ボーンが了承したので、ハンベエはその絵を懐に入れた。そして、ボーンと別れた後に絵は燃やした。
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