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二十五 色っぽいあの娘にご用心
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ハナハナ党の首領ドン・バターは、今非常に不満を抱いていた。山賊の首領として、贅沢を極めていたが、困った事に女がいない。無論、村々を強掠する際には、若い娘も攫ってくるのだが、そうそういい女がいるわけはない。しかも、攫って来ても、使役が激し過ぎるのか、すぐ病気になって寝込んだり、自殺も含めて死んでしまったりする。その上、近頃は近隣の村々がすっかり寂れてしまったので、中々手に入らなくなってしまっていた。というわけで、ドン・バターは女日照りで、めっきり目が血走っていた。
別にドン・バターという人間が特に女好きで、淫獣じみた人間だったわけではないのだが、まっ、山に籠もって、盗賊働きの日々を過ごし、懸賞金は懸けられ、明日の命も分からず、その日その日を力任せに生きていれば、気も荒もうし、ましてや、ゴロツキ共の親玉だから、寝首をかこうって輩もいるだろうし、ストレスの逃げ場に女も欲しくなろうってもの。残忍な事を行う人間はその行いに拍車がかかって益々残忍な真似をし、手のつけられない悪党になってしまう定めにあるのかも知れない。
そういうわけで、鬱々と心の晴れないドン・バターだったが、耳寄りな知らせが入った。
「ボス、麓から変な若造が子分にしてくれと来ているという知らせが入ってますが。」
「子分にだと、どこのお尋ね者だ?」
「そいつは、良く分かりませんが、手土産と称して、縛り上げた女を連れて来てます。」
「女?・・・・・・ほう・・・・・・女を手土産か。・・・・・・中々、気の利く若造じゃねえか。どんな女だ。」
「それが、すこぶる付きのいい女。・・・・・・という知らせです。」
「すこぶる付きのいい女か?」
「らしいです。」
「なんで、とっとと女を取り上げて連れて来ねえんだ。」
「いや、それが、その若造、女は手土産だから、親分に直接渡す。折角、これだけの手土産を出すんだから、それなりの待遇をしてもらいたい。親分に直接渡すのじゃなければ、どこの野郎に土産を横取りされるか分からないからダメだと言ってるらしいんですよ。」
「ふーん、ちょっとは頭の回る奴らしいな。」
「何、力強くで女を取り上げるのは雑作もない事だと思うんですが、若造に下手に暴れられて、女をキズモノにされてもマズイし、まあ、とにかく、ボスに知らせてからという事になったようです。」
「ふうん・・・・・・そんないい女か?」
「それはもう、生娘じゃないらしいですが、かなりの美人で、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んで、色っぽくて、涎が出るくらいの女。・・・・・・らしいですよ。」
「いいだろう。若造一匹、ついて来たところで、煮て喰おうが焼いて喰おうが思いのまま。俺の前に連れて来い。」
ドン・バターは腹黒そうな含み笑いをして言った。
さて、読者諸君はもうお気づきの事と思うが、その若造とはハンベエであり、縛り上げられたいい女とはイザベラであった。
ハンベエの提案による『トロイの木馬』作戦であった。本来の『トロイの木馬』作戦は、敵の城の内側に伏兵を送り込み、内と外との両方から攻め立てて、城を陥落させる手立てだが、今回は敵の内側に入って、いきなり敵の頭を潰し、その後は慌て騒ぐ賊共を蹴散らしてしまおうという計画らしい。まあ、一応山砦になっているので、外から攻めるのは一人や二人ではどうにもならない。内懐に飛び込んでしまえば後はどうにでもなるだろうという、大雑把で行き当たりばったりの作戦ではあった。ハンベエ、策士を気取ったりもするが、やる事は荒っぽい。
人身御供の女に化けて敵の内懐に飛び込むというのは神話の昔から良くある手で、大体化け物とか山賊とか野盗とかの類は、人身御供の女には一も二もなく油断するらしい。
ともあれ、その古典的作戦をちょっとアレンジし、人身御供の女を手土産という形にして、敵の大将に面会を求めると言うのが、今回のハンベエの作戦らしい。
作戦の第一段階は成功したらしく、ハンベエとイザベラは難なく山頂にいるドン・バターの所までたどり着いた。ドン・バターの手下、四人ほどに取り巻かれた格好でハンベエとイザベラはドン・バターの前まで案内された。イザベラは後ろ手に縛り上げられ、その縄尻をハンベエが持って、追い立てるようにして歩いてきた。
ハンベエはいつものハンベエの格好だが、縛られているイザベラは衣服も乱れ、太ももも露わ、形の良い足の大部分が人目に晒され、今にも股の付け根まで見えてしまいそうな格好である。そして、今にも泣きそうな表情で、やや前屈みになって、恥ずかしげに内股で歩いている。衣服はロキの荷馬車を訪ねて来た時の尼僧の服とはまた別の物になっていた。どこで揃えたものやら・・・・・・。最初の登場の時にも説明したが、イザベラは相当の美人である。しかも、いみじくもドン・バターの手下が言ったように、抜群のプロポーションをしている。そのいい女が、縛り上げられて、泣きべそをかかんばかりの表情で押し立てられる様子は、衣服の適度の乱れによるちらリズムも相まって、男共の嗜虐的欲望をいやが上にも刺激した。ましてや、女に不自由する山賊暮らし、男達の中にはゴクリと生唾を鳴らす輩が続出していた。
実を言うと、縄尻を掴んでいるハンベエも、股間の如意棒はさておいて、鼻息が少々荒くなってしまうのには困惑していた。
いやあ、イザベラ、サービス満点、きっと男を誑かす手練手管もお手のものに違いないのだろう。
「お頭のドン・バター様だ。挨拶しねえか。」
ドン・バターの手下の山賊がハンベエに言った。紹介されたドン・バターはハンベエ達の十歩ほど向こうで床几に腰掛けている。両側にはお約束のように護衛の手下が立っていた。
「イチベエと申します。実は、ゲッソリナの都で役人を殺めちまって、追われています。世上に名高い親分を頼って参りました。これに縛り上げて連れて来た女はこんな格好になってますが、良家の嫁ご、もう生娘じゃありませんが、ナントカ小町と評判を取ったほどの器量良し。こちらのご厄介になる手土産としてかっ攫ってきました。中々いう事を聞かないもんで、脅したり、縛ったりはしましたが、指一本触れてはおりません。先ずは、この手土産をお納め頂き、この俺を子分の端にお加え下さい。」
ハンベエは畏まってこう述べた。
イザベラが小さく肩を震わせている。ハンベエの口上に、可笑しくて腹がよじれそうなのを我慢しているのだが、俯いているので、はた目には恐怖に震えているように見える。
「イチベエといったな。これだけの上玉を土産にもらったんだ。悪くはしねえよ。」
ドン・バターはやや目を血走らせながら言った。ハンベエの事なぞどうでもいい。取り敢えず、女を寄越せという雰囲気がありありと見て取れる。
「もっと近くで見たい、女をこっちへ連れて来い。」
続けて、ドン・バターは言った。色欲に血が上って、警戒心がほとんど無くなっている様子だ。ドン・バターだけでなく、周りの山賊共も、イザベラの妖艶な姿に目を奪われてすっかり気が緩んでいる。アア、弱キ者、汝ノ名ハ男ナリ。
ハンベエは縄尻を持ったまま、イザベラをドン・バターの所まで連れて行こうとしたが、ドン・バターの手下がハンベエを押し退けるようにして、後ろ手に縛られているイザベラの腕を両側から押さえ付けて、ドン・バターの前まで歩かせた。
「顔を上げさせろ。」
ドン・バターの命令に応じて、右側の男がイザベラのオトガイに手をやって、顔を上げさせた。イザベラは焦点の定まらない放心したような眼をしていた。その表情を見たドン・バターは、妖しいまでの色香を感じて、思わず、背筋をブルッ震わせたほどだった。
しかしながら、お楽しみはここまでであった。
次の瞬間、イザベラを縛っていた縄が解けて、ポトリと足元に落ちた。そして、イザベラを両側から押さえていた男達は、丸太が倒れるように横倒しに倒れたのである。イザベラを縛っていた縄については、今更説明するまでもない、簡単に解けるように仕組んであったのである。倒れた二人は?・・・・・・ハンベエが手裏剣を放っていた。丁度、真後ろから、男達の首、ボンノクボと呼ばれる部分にハンベエの手裏剣が深々と刺さっていた。ハンベエ、手練の早業であった。ボンノクボから刺さった手裏剣は遮る物もあらばこそ、そのまま、間脳と呼ばれる部分を破壊した。急所中の急所である。男達は声すら上げずに即死していた。
ハンベエとイザベラはイザベラを人身御供の体裁にして、ドン・バターに近付くまでは打ち合わせていたが、その後は別に考えていなかった。どこの時点で暴れ出そうかとキッカケを探していたのだが、たまたま、ドン・バターがイザベラを側に招いたので、イザベラの腕前のほどを知っているハンベエは、イザベラの動きに注目していた。そして、イザベラが後ろ手に縛ってある縄を解いたのを見て、素早く手裏剣を投げたのであった。
イザベラの縄が解け、二人の男が倒れた後、一瞬の間があった。山賊達は何が起こったのか、全く理解できないかのように固まっていた。時間にすれば、心臓が一回打つほどの間であったろうか。そうして、山賊達が『あっ』と思った時には、既に、イザベラは燕のように身を翻して、素早くドン・バターの背後に回っていた。同時にハンベエが手裏剣の第二波を放ち、ドン・バターの両側にいる護衛の額のど真ん中に叩き込んでいた。二人の賊はデク人形のように仰向けにひっくり返った。
イザベラはドン・バターの背後に回ると同時に、いつどこから出したのか、例の黒い鉄芯をドン・バターの喉元に突き付けていた。
「ハァイ、王手だよ。動くと、親分の首にこの鉄芯を突き刺すよ。こいつには毒が塗ってあるから、ちょっと刺しただけでも、お前らの親分は死んじまうよ。」
イザベラが女ながらドスの利いた声で叫んだ。さっきまでのしおらしさは微塵もない威圧感溢れる女戦士に豹変していた。
「あんたからも、皆に下がるように言いな。今すぐ死にたくなけりゃあ。」
イザベラは、ドン・バターに言った。その口調は残忍で鳴らしたと自分自身で自惚れている山賊の親玉でさえ、肝が縮み血が凍るのでは思ったほどの、容赦のない冷酷な響きを帯びていた。ちょっとでも妙な動きをすれば、この女は躊躇無く刺すだろう、ドン・バターはそう直感した。
「皆の者、下がれ、離れろ。」
ドン・バターは慌てて言った。心持ち声が上ずっている。子分の山賊達は仕方なくイザベラとドン・バターから離れ、遠巻きにして様子を窺った。
(ほうっ・・・・・・。)
ハンベエはあっと言う間に、ドン・バターを人質に押さえて、配下の子分達を手玉に取ってしまっているイザベラの鮮やかすぎる手並みに感嘆してしまっていた。直ぐにも暴れ出そうと、『ヨシミツ』を抜いて構えていたのだが、イザベラの予定外の動きを見て、これは任せた方がいいかも知れないと静観する事に方針を変えた。
ドン・バターの子分達が遠巻きに離れたのを見て、ハンベエは『ヨシミツ』を担ぐようにして、イザベラのところへ歩いて行った。いささか間の抜けたような格好になってしまっている。
「ちょっと代わっておくれ。」
イザベラがドン・バターを顎で指してハンベエに言った。ハンベエは黙って、ドン・バターの首筋にヨシミツを突き付けた。イザベラは、ドン・バターから離れると、身繕いをし、衣服の乱れを整えた。それから、自分を縛っていた縄を拾い、ドン・バターをふん縛ってしまった。ドン・バターが顔を歪めるほど、キツく頑丈に。
ハンベエはその様子を小首を傾げて見ていたが、
「やっぱり、ちょっとは恥ずかしいのか?」
とボソッとイザベラに言った。
「あっ?」
何の事だと言いたげに、イザベラはハンベエを見た。
その時、ハンベエは左手で何かを払い除け、その同じ左手で手裏剣を放った。ハンベエが手裏剣を放った先で、弓を持った賊の一人が、胸のど真ん中にハンベエの手裏剣を受けて、驚愕に眼を見開いていた。男はゲボッと口から血を吐いて前にのめって倒れた。ハンベエから少し離れた地面にへし折れた矢が落ちていた。
別にドン・バターという人間が特に女好きで、淫獣じみた人間だったわけではないのだが、まっ、山に籠もって、盗賊働きの日々を過ごし、懸賞金は懸けられ、明日の命も分からず、その日その日を力任せに生きていれば、気も荒もうし、ましてや、ゴロツキ共の親玉だから、寝首をかこうって輩もいるだろうし、ストレスの逃げ場に女も欲しくなろうってもの。残忍な事を行う人間はその行いに拍車がかかって益々残忍な真似をし、手のつけられない悪党になってしまう定めにあるのかも知れない。
そういうわけで、鬱々と心の晴れないドン・バターだったが、耳寄りな知らせが入った。
「ボス、麓から変な若造が子分にしてくれと来ているという知らせが入ってますが。」
「子分にだと、どこのお尋ね者だ?」
「そいつは、良く分かりませんが、手土産と称して、縛り上げた女を連れて来てます。」
「女?・・・・・・ほう・・・・・・女を手土産か。・・・・・・中々、気の利く若造じゃねえか。どんな女だ。」
「それが、すこぶる付きのいい女。・・・・・・という知らせです。」
「すこぶる付きのいい女か?」
「らしいです。」
「なんで、とっとと女を取り上げて連れて来ねえんだ。」
「いや、それが、その若造、女は手土産だから、親分に直接渡す。折角、これだけの手土産を出すんだから、それなりの待遇をしてもらいたい。親分に直接渡すのじゃなければ、どこの野郎に土産を横取りされるか分からないからダメだと言ってるらしいんですよ。」
「ふーん、ちょっとは頭の回る奴らしいな。」
「何、力強くで女を取り上げるのは雑作もない事だと思うんですが、若造に下手に暴れられて、女をキズモノにされてもマズイし、まあ、とにかく、ボスに知らせてからという事になったようです。」
「ふうん・・・・・・そんないい女か?」
「それはもう、生娘じゃないらしいですが、かなりの美人で、出るとこは出て、引っ込むとこは引っ込んで、色っぽくて、涎が出るくらいの女。・・・・・・らしいですよ。」
「いいだろう。若造一匹、ついて来たところで、煮て喰おうが焼いて喰おうが思いのまま。俺の前に連れて来い。」
ドン・バターは腹黒そうな含み笑いをして言った。
さて、読者諸君はもうお気づきの事と思うが、その若造とはハンベエであり、縛り上げられたいい女とはイザベラであった。
ハンベエの提案による『トロイの木馬』作戦であった。本来の『トロイの木馬』作戦は、敵の城の内側に伏兵を送り込み、内と外との両方から攻め立てて、城を陥落させる手立てだが、今回は敵の内側に入って、いきなり敵の頭を潰し、その後は慌て騒ぐ賊共を蹴散らしてしまおうという計画らしい。まあ、一応山砦になっているので、外から攻めるのは一人や二人ではどうにもならない。内懐に飛び込んでしまえば後はどうにでもなるだろうという、大雑把で行き当たりばったりの作戦ではあった。ハンベエ、策士を気取ったりもするが、やる事は荒っぽい。
人身御供の女に化けて敵の内懐に飛び込むというのは神話の昔から良くある手で、大体化け物とか山賊とか野盗とかの類は、人身御供の女には一も二もなく油断するらしい。
ともあれ、その古典的作戦をちょっとアレンジし、人身御供の女を手土産という形にして、敵の大将に面会を求めると言うのが、今回のハンベエの作戦らしい。
作戦の第一段階は成功したらしく、ハンベエとイザベラは難なく山頂にいるドン・バターの所までたどり着いた。ドン・バターの手下、四人ほどに取り巻かれた格好でハンベエとイザベラはドン・バターの前まで案内された。イザベラは後ろ手に縛り上げられ、その縄尻をハンベエが持って、追い立てるようにして歩いてきた。
ハンベエはいつものハンベエの格好だが、縛られているイザベラは衣服も乱れ、太ももも露わ、形の良い足の大部分が人目に晒され、今にも股の付け根まで見えてしまいそうな格好である。そして、今にも泣きそうな表情で、やや前屈みになって、恥ずかしげに内股で歩いている。衣服はロキの荷馬車を訪ねて来た時の尼僧の服とはまた別の物になっていた。どこで揃えたものやら・・・・・・。最初の登場の時にも説明したが、イザベラは相当の美人である。しかも、いみじくもドン・バターの手下が言ったように、抜群のプロポーションをしている。そのいい女が、縛り上げられて、泣きべそをかかんばかりの表情で押し立てられる様子は、衣服の適度の乱れによるちらリズムも相まって、男共の嗜虐的欲望をいやが上にも刺激した。ましてや、女に不自由する山賊暮らし、男達の中にはゴクリと生唾を鳴らす輩が続出していた。
実を言うと、縄尻を掴んでいるハンベエも、股間の如意棒はさておいて、鼻息が少々荒くなってしまうのには困惑していた。
いやあ、イザベラ、サービス満点、きっと男を誑かす手練手管もお手のものに違いないのだろう。
「お頭のドン・バター様だ。挨拶しねえか。」
ドン・バターの手下の山賊がハンベエに言った。紹介されたドン・バターはハンベエ達の十歩ほど向こうで床几に腰掛けている。両側にはお約束のように護衛の手下が立っていた。
「イチベエと申します。実は、ゲッソリナの都で役人を殺めちまって、追われています。世上に名高い親分を頼って参りました。これに縛り上げて連れて来た女はこんな格好になってますが、良家の嫁ご、もう生娘じゃありませんが、ナントカ小町と評判を取ったほどの器量良し。こちらのご厄介になる手土産としてかっ攫ってきました。中々いう事を聞かないもんで、脅したり、縛ったりはしましたが、指一本触れてはおりません。先ずは、この手土産をお納め頂き、この俺を子分の端にお加え下さい。」
ハンベエは畏まってこう述べた。
イザベラが小さく肩を震わせている。ハンベエの口上に、可笑しくて腹がよじれそうなのを我慢しているのだが、俯いているので、はた目には恐怖に震えているように見える。
「イチベエといったな。これだけの上玉を土産にもらったんだ。悪くはしねえよ。」
ドン・バターはやや目を血走らせながら言った。ハンベエの事なぞどうでもいい。取り敢えず、女を寄越せという雰囲気がありありと見て取れる。
「もっと近くで見たい、女をこっちへ連れて来い。」
続けて、ドン・バターは言った。色欲に血が上って、警戒心がほとんど無くなっている様子だ。ドン・バターだけでなく、周りの山賊共も、イザベラの妖艶な姿に目を奪われてすっかり気が緩んでいる。アア、弱キ者、汝ノ名ハ男ナリ。
ハンベエは縄尻を持ったまま、イザベラをドン・バターの所まで連れて行こうとしたが、ドン・バターの手下がハンベエを押し退けるようにして、後ろ手に縛られているイザベラの腕を両側から押さえ付けて、ドン・バターの前まで歩かせた。
「顔を上げさせろ。」
ドン・バターの命令に応じて、右側の男がイザベラのオトガイに手をやって、顔を上げさせた。イザベラは焦点の定まらない放心したような眼をしていた。その表情を見たドン・バターは、妖しいまでの色香を感じて、思わず、背筋をブルッ震わせたほどだった。
しかしながら、お楽しみはここまでであった。
次の瞬間、イザベラを縛っていた縄が解けて、ポトリと足元に落ちた。そして、イザベラを両側から押さえていた男達は、丸太が倒れるように横倒しに倒れたのである。イザベラを縛っていた縄については、今更説明するまでもない、簡単に解けるように仕組んであったのである。倒れた二人は?・・・・・・ハンベエが手裏剣を放っていた。丁度、真後ろから、男達の首、ボンノクボと呼ばれる部分にハンベエの手裏剣が深々と刺さっていた。ハンベエ、手練の早業であった。ボンノクボから刺さった手裏剣は遮る物もあらばこそ、そのまま、間脳と呼ばれる部分を破壊した。急所中の急所である。男達は声すら上げずに即死していた。
ハンベエとイザベラはイザベラを人身御供の体裁にして、ドン・バターに近付くまでは打ち合わせていたが、その後は別に考えていなかった。どこの時点で暴れ出そうかとキッカケを探していたのだが、たまたま、ドン・バターがイザベラを側に招いたので、イザベラの腕前のほどを知っているハンベエは、イザベラの動きに注目していた。そして、イザベラが後ろ手に縛ってある縄を解いたのを見て、素早く手裏剣を投げたのであった。
イザベラの縄が解け、二人の男が倒れた後、一瞬の間があった。山賊達は何が起こったのか、全く理解できないかのように固まっていた。時間にすれば、心臓が一回打つほどの間であったろうか。そうして、山賊達が『あっ』と思った時には、既に、イザベラは燕のように身を翻して、素早くドン・バターの背後に回っていた。同時にハンベエが手裏剣の第二波を放ち、ドン・バターの両側にいる護衛の額のど真ん中に叩き込んでいた。二人の賊はデク人形のように仰向けにひっくり返った。
イザベラはドン・バターの背後に回ると同時に、いつどこから出したのか、例の黒い鉄芯をドン・バターの喉元に突き付けていた。
「ハァイ、王手だよ。動くと、親分の首にこの鉄芯を突き刺すよ。こいつには毒が塗ってあるから、ちょっと刺しただけでも、お前らの親分は死んじまうよ。」
イザベラが女ながらドスの利いた声で叫んだ。さっきまでのしおらしさは微塵もない威圧感溢れる女戦士に豹変していた。
「あんたからも、皆に下がるように言いな。今すぐ死にたくなけりゃあ。」
イザベラは、ドン・バターに言った。その口調は残忍で鳴らしたと自分自身で自惚れている山賊の親玉でさえ、肝が縮み血が凍るのでは思ったほどの、容赦のない冷酷な響きを帯びていた。ちょっとでも妙な動きをすれば、この女は躊躇無く刺すだろう、ドン・バターはそう直感した。
「皆の者、下がれ、離れろ。」
ドン・バターは慌てて言った。心持ち声が上ずっている。子分の山賊達は仕方なくイザベラとドン・バターから離れ、遠巻きにして様子を窺った。
(ほうっ・・・・・・。)
ハンベエはあっと言う間に、ドン・バターを人質に押さえて、配下の子分達を手玉に取ってしまっているイザベラの鮮やかすぎる手並みに感嘆してしまっていた。直ぐにも暴れ出そうと、『ヨシミツ』を抜いて構えていたのだが、イザベラの予定外の動きを見て、これは任せた方がいいかも知れないと静観する事に方針を変えた。
ドン・バターの子分達が遠巻きに離れたのを見て、ハンベエは『ヨシミツ』を担ぐようにして、イザベラのところへ歩いて行った。いささか間の抜けたような格好になってしまっている。
「ちょっと代わっておくれ。」
イザベラがドン・バターを顎で指してハンベエに言った。ハンベエは黙って、ドン・バターの首筋にヨシミツを突き付けた。イザベラは、ドン・バターから離れると、身繕いをし、衣服の乱れを整えた。それから、自分を縛っていた縄を拾い、ドン・バターをふん縛ってしまった。ドン・バターが顔を歪めるほど、キツく頑丈に。
ハンベエはその様子を小首を傾げて見ていたが、
「やっぱり、ちょっとは恥ずかしいのか?」
とボソッとイザベラに言った。
「あっ?」
何の事だと言いたげに、イザベラはハンベエを見た。
その時、ハンベエは左手で何かを払い除け、その同じ左手で手裏剣を放った。ハンベエが手裏剣を放った先で、弓を持った賊の一人が、胸のど真ん中にハンベエの手裏剣を受けて、驚愕に眼を見開いていた。男はゲボッと口から血を吐いて前にのめって倒れた。ハンベエから少し離れた地面にへし折れた矢が落ちていた。
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