兵法者ハンベエの物語

市橋千九郎

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八 まだ修行中の身なれば、無鉄砲に候

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 王女エレナは部屋に入り、後ろ手にドアを閉め、帽子を脱ぐと、
「座ってもいいかしら。」
 と言った。
「どうぞどうぞ。小汚いところですが、ようこそおいで下さいました。」
 ロキは大急ぎで椅子をエレナにあてがった。
「ありがとう。ロキさん。」
「で、早速なんだけど、王女様、何の用なのかなあ。オイラ、何でも力になるよお。何の力もないけど。」
 ロキがはしゃぎ気味に言った。
「・・・・・・あなた方に、今からお話しする事を、話すべきどうか迷いました。ですが、あなた方は既に渦中に巻き込まれているので、お話しする事にします。」
「そうだよ。昨日だって覆面の奴らに襲われたしね。」
「昨日襲われたのですか。・・・・・・あなた方の安全を考えて、王宮にお留めしようとしたのですけれど。」
「大丈夫、大丈夫。ハンベエがみんな斬り伏せちゃったよ。ハンベエ強いんだよお。相手は五人もいたのに、あっという間に倒しちゃったんだ。」
「斬り伏せた・・・・・・。」
「そうなんだよ。一人目を真っ二つにしたと思ったら、続けて二人バサバサ、で四人目を刺し殺して、五人目の首をチョン。とにかくあっという間だったんだよお。ハンベエって頼りになるよお。」
 まくし立てるロキに、ちょっと困ったような表情をして、エレナはハンベエの方を向いて言った。
「ハンベエさん、本当にお強いのですね。でも、あなた方を危険な事に巻き込んで申し訳なく思います。」
「いや、俺に関しては捜す手間が省けて、反って助かってるくらいだ。」
「捜す手間?」
「?」
 ハンベエの言葉にエレナは首をかしげ、ロキはきょとんとした。
 二人の反応に、ハンベエはまさか千人斬りのために、斬り捨てる相手を捜し回っているとは言えないので、
「ああ、俺の都合だ。気にしないでくれ。修行中の身には色々勉強になる。」
 と言ってごまかした。
「良く分かりませんが、ハンベエさんが頼りになる人で、良かったです。」
 ・・・・・・三人の会話はこの後も、行きつ戻りつ、続いた。要点を述べれば、第一にバンケルク将軍の手紙・・・・・・これはエレナに向けて刺客が放たれたという知らせであった。ドルフという名の性別年齢不詳の人物ながら、その道では名の知れた殺し屋で、それがエレナを暗殺すべく、既にゲッソリナに潜入しているというのだ。くれぐれも身辺に注意するようにと、その手紙は結ばれていた。
 第二は昨日のロキ達の振る舞いに近衛兵の一部が激昂しており、特に町の治安を預かる憲兵隊長のベルガンという男が、ハンベエ達をそのままにしておけぬと息巻いているというのだ。
「ですから、ロキさんとハンベエさんは王宮にお越しいただきたいのです。王宮内であれば、私の目も届きますし、めったな事をさせるものでもありません。でも、もし王宮に来ないのであれば、急いでゲッソリナを立ち去る方が身のためです。」
「だけど、オイラ達は別に悪い事はしてないよ。王国の軍人さんが、気に障ったってだけで、襲って来るの? そんな事したら、逆に向こうの方が罰せられるんじゃないの?」
 ロキは得心がゆかぬ様子で言った。
「ベルガンはこの町の治安を一手に引き受けている人物です。闇から闇への揉み消しも雑作のない事でしょう。でも、今回は部下に決闘を申し込ませるでしょう。ベルガンは何人か腕の立つ戦士を抱えていますから・・・・・・決闘を申し込まれたら、ハンベエさん、断れませんよね。」
「兵法者だからな。」
 ハンベエはぶっきらぼうに言った。
「そんな事で命を危うくするのは馬鹿げていませんか?」
 決闘とは願ってもない。向こうから、斬ってもいい奴がやって来てくれるのか、とハンベエは内心喜んだが、エレナと話をしても通じない気がしたので、
「俺には俺の都合がある。必要とあれば決闘を受ける事もあるだろう。」
 と答えた。
 エレナはまだ何か言おうとしたが、ハンベエは手でそれを制して、ドアに目をやった。
「他にも、来客かな? 噂をすれば影のベルガンだったりしてな。」
 ハンベエがそう言ってから一分程すると、ドアがノックされた。顔を見合わすロキとエレナを横目に、ハンベエは立ち上がってドアを開けた。
 キチン亭の小間使いが立っており、
「ハンベエさんに来客ですよ。下で憲兵隊長のベルガン様が待っていますよ。」
 と言った。
 果たして、ハンベエの言葉通りベルガンがやって来た。なんて安直な展開なんだ。
 ハンベエは、ちょっと心配そうな顔をしたロキに、片目をつぶってみせ、
「ちょっと、会ってくる。部屋にいろ。なあに、すぐには斬り合いは始まらないよ。多分。」
 ハンベエは、こう言ってドアを閉めた。

 表に出ると、馬上の男が声をかけてきた。
「そのほうがハンベエとやらか。」
「いかにも。」
「ワシはこの町の治安を預かる憲兵隊長ベルガンである。聞くところによれば、その方、昨日、王宮で大層な腕自慢をしたそうではないか。・・・・・・いかんなあ、この町でそんな真似をしては。」
 ベルガンは馬上からせせら笑いながら言った。悪代官を絵に書いたような顔付きの男だ。人を取り締まる奴は大体二種類の顔付きに別れるようだ。温厚な紳士タイプか、今目の前にいるズル賢くて残忍そうな、嫌味なタイプかだ。
「・・・・・・その方の生意気な態度にひどく腹を立てる者どもが大勢いてな。『やっちまえ』、『言わしたれ』とうるさくて困っておる。だが、いやしくもゴロデリア王国の都ゲッソリナで騒乱じみた事が起こるのを見過ごすわけにはいかないのでな。ワシの部下のガブレエルが代表して、その方に決闘を申し込む事になった。承けるか?」
 ベルガンの後ろに屈強そうな男が立っている。左手に直径四十センチ程の円形の盾、右手に刃渡り五十センチ程の両刃の先の尖った剣を持っている。
 ハンベエはガブレエルという男に目をやると、
「貴公、運がいいぞ。ラッキーセブンだ。」
 と言った。
「ラッキーセブン?何の事だ。」
 ベルガンが怪訝な顔をした。
「なあに、こっちの話だ。気にしなくていい。で、今から、ここで始めるのか?」
「決闘を了承したのだな。場所は王宮の南にあるフナジマ広場、時間は明日の午前十時だ。異存はないな?」
「承知した。」
 ベルガンは馬を返して立ち去った。ガブレエルもそれに続いた。
「逃げてもいいんだぞ。」
 去り際に、ベルガンがせせら笑いながら言った。
「気が向いたら、そうしてやるよ。」
 ハンベエも負けずに薄ら笑いを浮かべて言った。どこまでも人を食った態度のハンベエなのだ。

 部屋に戻るとハンベエは、
「いやいや、噂のベルガンって奴が早速やってきて、奴の部下に決闘を申し込まれたよ。何でも俺を殺したがってる奴がいっぱいいるような口振りだった。人気者はつらいぜ。」
 と、いかにも可笑しそうに言った。
「なら何故決闘を受けられたのですか? 命知らずは勇気とは違いますよ。」
 エレナが咎めるように言う。
「さっきも言ったけど、俺には俺の都合がある。それに腕に覚えがあり過ぎて、あの程度の悪漢にビビっちゃいられないな。」
 エレナの忠告も何のその、ハンベエは茶化すように言った。ん?、なんで、こんな態度に出るんだ、ハンベエ、この美しい王女をかなり意識してるのか? ちょっとキャラが違うような気もするぞ。

 白けた空気を取り繕うようにロキが言った。
「ハンベエには勝算があるみたいだから、心配しなくても大丈夫だよ、王女様。それより、オイラ達に何かできる事ない? 王女様もドルフという奴に狙われてるんでしょ。」
「ありがとう、ロキさん。でも、確かにバンケルク将軍の手紙にはそう書いてあったし、私も気味が悪いのですが、今この国では流言が飛びかっておりますので、どこまで信じて良いものかわかりません。それに、相手の正体も分からない状態では、何かしていただくというわけには行きませんね。」
「それもそうだね。」
「そうだ。ハンベエさんはその気がないみたいだけど、ロキさん、あなただけでも王宮に来ませんか?」
「え?」
 ロキはエレナの提案にしばらく悩んだ。エレナと一緒に王宮に行きたそうな風情を隠す様子はないが、しばらく悩んだ末に、
「取り敢えず、ハンベエと一緒にいるよ。」
「あなたはそれでいいと思いますか。」
 エレナは矛先ほこさきを変え、ハンベエに尋ねた。言外にロキを守り切れるかというニュアンスが含まれている。
「ロキの決めた事だから、それでいいだろう。ロキを子供扱いしない方がいいな。こいつは中々の男一匹だよ。」
 ハンベエは静かに答えた。
「そうですか。残念です。これ以上勧めても失礼になるようですね。」
「王女様、お心遣いいただいて、ありがとうございます。オイラ、危ない橋は渡らないから心配しないで。」
「ロキさん・・・・・・くれぐれも気を付けてね。・・・・・・ハンベエさん、怒られるかも知れませんが、ベルガンからの決闘に応じるのは、もう一度、良く考えていただきたいです。」
「良く考えてみよう。」
 ハンベエは一応そう答えた。
 エレナは立ち上がると、帽子を取り、小さく会釈(えしゃく)してドアに向かった。ロキは王女を表まで送って行った。
 しばらくして、ロキが戻って来た。
「王女様から、王宮へ出入り出来る許可書もらっちゃったよ。この先も力になって欲しいって頼まれちゃった。」
「そうか、良かったな。」
「ハンベエは王女様とは、何かギクシャクした感じだよね。王女様の事嫌いなの?」
「・・・・・・別に、そういうわけでもないが・・・・・・りは合わないかもな。それより、出かける事にしよう。」
「どこへ行くの?。」
「まず、服屋へ行って、新しい服を一揃え。それから、フナジマ広場という所へ案内してくれ。」
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