兵法者ハンベエの物語

市橋千九郎

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五 月明かりの下で

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 キチン亭に向かう途中、ハンベエがいきなり、足を止めてロキに言った。
「今度こそ、本当に俺の出番らしい。ロキは後ろに下がってな。」
 十メートルほど前の辻の横から、突然、五人の黒い影が現れた。幸い、月が出ていたので、ハンベエは相手方を確認できた。全員、顔を隠すためか、忍者のように布で顔を覆っていた。
「ガキは殺すな。若造は殺ってしまえ」
 五人の中の一人が言った。
 だが、その時には、ハンベエは『ヨシミツ』を抜いて、影達のなかに斬り込んでいた。真ん中にいた影を真っ向カラ竹、胸元まで叩き割り、右に飛ぶや、弧を描いた白刃が二人の影の頸動脈を切り裂いていた。三人即死。
 息も継がず、ハンベエは残りの二つの影に迫る。目にも取まらぬ素早さだ。一人の喉元に突きを入れ、返す刀で、今一人の首を刎ねた。それから、倒れ伏した五体の骸を用心深く見つめ、喉に突きを入れた奴が、仰向けに倒れたまま痙攣しているのをみると、近づいて心臓を一突き、とどめをさした。ハンベエの経験値がいきなり五上がった。
 その男の衣服で、『ヨシミツ』の刃を拭い、刀身を点検して、刃こぼれ一つ無い事を確認し終えたハンベエは、刀を鞘に収めて、呆然としているロキに向かい、
「こんなところで、グズグズしていると、面倒な事になる。行くぞ。」
 と言って足早に歩き始めた。
 ロキは弾かれたように、ハンベエの後を追った。

「ハンベエ、『キチン亭』はこっちだよ。」
「おっと、そうか。俺は『キチン亭』の場所は知らないんだった。」
「ハンベエ、あんなに人を殺しちゃって、大丈夫かなあ?」
 ロキが小声で言った。ハンベエの阿修羅の如き働きに少々ビビったみたいだ。
「大丈夫だ。俺の基準では、夜中に被り物をして人を襲うような奴は、問答無用でぶった斬っていい事になっている。」
「俺の基準って・・・・・・まあ、仕方ないか。ハンベエ頼りにしてるよ。」
「ところで、手紙の件だが、やはり聞いておこうか。宿に着いたら、詳しく教えてもらおう。」
「興味無かったんじゃないの?」
「興味はないが、敵が出てきた以上、対処しなければならない。情報が必要だ。」
「敵って、さっきの連中?、やっぱり、手紙に関わりあるのかな?」
「奴らの狙いはロキだった。手紙の件以外に心当たりがあるのか?」
「・・・・・・今のところ無いみたい。」
(さて、六人。ロキについて行けば、この先も斬る相手には不自由しなさそうだ。先ずは十人。それから先は、また、その時に考えよう。)
 ハンベエは、前途に多数の敵が出現して来るような予感を抱きながら、かえって意気昂揚してくる自分を感じていた。剣術使いであるハンベエにとって、やる事は一つ、ただ斬るのみである。この戦乱の世に生まれ、孤剣を抱いて他に何をする?

・・・・・・狂える船は嵐を請うなり、哀れ嵐にやすらいありとかよ
(byレールモントフ『白帆』)

 やがて二人はキチン亭に到着した。ロキはキチン亭では、『顔』らしく、二階の上等の部屋を取る事ができた。代金は銀貨一枚である。金貨一枚を出すと、お釣りに銀貨十九枚が帰ってきた。ハンベエに釣りを渡そうとするロキに、ハンベエは一言『おまえが持っていろ。』と言った。
 部屋に入ると、すぐ食事が出てきた。雉のあぶり肉に、シチューにパン、酒は付いていたが、ロキもハンベエも飲まない。代わりにお茶を頼んだ。結構豪華な夕食である。
 この地方では、パンが主食である。南方では米が取れるのだが、ゴロデリア王国は雨量に乏しく、米の栽培には適さない土地柄だった。
「久しぶりに、食事らしい食事にありつけたよ。」
 ロキは美味しそうに食べる。とても幸せそうな表情だ。
「ハンベエは、いつもは何食べてるの?、やっぱりパンとスープが主体?」
 ロキはパンをちぎってシチューをすくいながらハンベエに尋ねた。
「いや、パンを食べるのは十年ぶりかな。山の中にいたからな。鹿や豬、熊とか、肉ばかり食べてたな。他人の食い物に興味があるのか?」
「うん、だってハンベエメチャクチャ強いでしょ。何食べたら、そんなに強くなるのかなあ、と」
「俺が強いとしたら、食い物ではなく、俺の師匠のお陰だよ。」
「ハンベエの師匠って誰?」
「フデンという人だ。」
「フデン・・・・・・どこかで聞いた事があるなあ。・・・・・・そうだ。フデンっていったら、伝説の武将じゃないか。ワクランバの戦いでは、一人で千人も斬ったと言われてる・・・・・・でも、三十年も昔の話だよ。まだ生きてるの?、同じ人かなあ?、でも、ハンベエが伝説の武将フデンの弟子だったら、ハンベエが強いのも当然だね。」

 ロキの言葉にハンベエは驚いた。フデンは自分の前半生の話は全くハンベエにはしなかった。ハンベエは師がどんな人物であったか、良く知らないのである。ハンベエにとっては、ただ人の良い、優しい庇護者であったのみである。
(お師匠様は伝説の武将だったのか。)
「そのワクランバの戦いというのを教えてくれ。」
「ええ、ハンベエ知らないの・・・・・・オイラも詳しくは知らないけど、三十年前、トラトラ国とゴルラァ国がワクランバの地で大会戦を行ったんだ。トラトラ国三万人、ゴルラァ国一万人。最初は人数が多いトラトラ国が優勢だったんだけど、ゴルラァ国側のフデン将軍が率いる百人程の騎馬隊がトラトラ国の軍勢のど真ん中に飛び込んで大奮戦、敵の総指揮官のマーグレ将軍をフデン将軍が直接斬り倒して大逆転したんだよ。・・・・・・今じゃ、トラトラ国もゴルラァ国も滅亡しちゃったけどね。」
「滅亡したのか・・・・・・フデン将軍は、お師匠様は?」
「フデン将軍はワクランバの戦いの後、別の国に移ったという話だよ。何しろ、あちこちの国で武勇伝が伝えられている伝説の人だから。ハンベエの師匠と同じ人かなあ。伝説のフデン将軍なら、オイラも会ってみたいなあ。」
「お師匠様にはもう会えない。」
「え?、死んじゃったの?」
「いや、死んではいないが、今生の別れをしてきた。おそらく、人目に触れる事なく朽ち果てられるはずだ。」
「・・・・・・。」
「そのフデン将軍の話、他にも知ってたら、教えてくれ。」
「ええ、オイラもそんなに詳しくは知らないよ。」
「そうか。」
 ハンベエは残念げに肩を落とした。
「でも、伝説の武将だから、詳しく知っている人はいると思うよ。それより、バンケルク将軍に手紙を託されたイキサツだけど、今から話そうか。」
「そうだな・・・・・・」
 ハンベエは元のあまり愛想の良くない表情に戻って、辺りの気配を窺った。
 怪しいものはないようである。
「聞こうか。」
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