都市伝説 Zの陰謀

市橋千九郎

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都市伝説 Zの陰謀

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 科挙という言葉を御存知だろうか。中国四千年、日本の厩戸皇子(聖徳太子)が『日出ずるところの天子、書を日没する処の天子に致す』という手紙を出した事で有名なずいの時代からラストエンペラーの清の時代まで続いた官吏登用制度である。
 科とは学科試験の事で要はペーパーテストの事である。この制度によって選ばれた役人達は良い点も有ったであろうが、往々にして民の膏血を搾り取り、又専横を極めて王朝滅亡の引き金を引いた例が枚挙にいとまの無い事、知る人ぞ知る歴史の事実である。
 日出ずる処では元々そういう制度はなく、又多くの技術や制度を学んだ日没する処からもそれだけは取り入れる事無く世襲又は推薦或いは選挙によって役の者が決められる事が長らく続いていた。
 が、七百年近く続いていた封建の世が終わり近代国家として生まれ変わろうとした時期に初めてこの制度を取り入れた。高等文官試験と呼ばれるものである。
 その時以来、名称は変わったが今に到るまでその試験により選ばれた者が国の権力の中枢にずっと棲みついて来ている。
 法治国家たる近代国家の宿命とも言える文書行政を行う為にはどうしても官僚機構を整えざるを得なかったのである。


 そして科挙の系譜に属する高等文官制度はその類例に漏れず、しばしば日出ずる処の国の国民を苦しめるという弊害をもたらし、一度などは国がほとんど滅んでしまうほどの被害をもたらしたのであった。


 西暦二千二十二年一月、日出ずる処の国の株式市場では年明けから月末にかけて株式市場で相場の破綻が相次いで起こっていた。日経平均(日出ずる処の国の株式上場企業の株価の平均値)が日一日と下がって行き、年初の価格の十%を優に超える下落を起こしていた。
 相場に通じる者達は『まさに落ちるナイフのようにとはこの事か。』と悲鳴にも似た嘆きの声を挙げた。
 この頃、世界経済はコロリンという風邪に似た伝染病の為二年もの間停頓状態に入っていた。一世紀前に世界全体で一億人もの死者を出したとされるスペイン風邪に匹敵する脅威であると伝えられたコロリンに対し、各国は外出禁止、蔓延地の強制封鎖などその感性拡大防止のために自国民に相当厳しい制限を課した。
 又各国間の人の往き来もこの二年間は従前に比べると甚だしく減少する事となった(各国が入出国を制限したと同時に人々もそれを控えた為である)。


 日出ずる国の国民も世界の例に漏れず、自粛という名で外出が著しく困難な生活を余儀なくされていた。マスメディアはこぞってコロリンの拡大を防ぐ事の重大性をくどいまでに強調し、経済活動を活性化させる為に制限を少し緩めるべきではないかとでも言おうものなら、『命を軽視する』発言であると多くから人非人のように指弾された。
 その被害をもろに被ったのは旅行業者や飲食店を始めとする事業主、起業家そしてそれに連なる労働者であった。日出ずる処の国でコメの字で呼ばれている超大国では航空会社が幾つか消える事となったし、日出ずる処の国自身でも飲食店等を筆頭に悲鳴を上げる事業が続出した。


 政府は一次給付金を支給するなど困窮者支援の政策を矢継ぎ早に打ち出したが、何故かマスメディアは殊更に実施が遅れていると否定的な報道を繰り返していた。元々この国のメディアは政府を悪く言う事が自分達の使命であるかのように錯覚している一面があって連日の如く政府批判を繰り返したのである。もっとも省庁等実施組織の中には素速い行政措置が取れずに立ち往生気味のところも無くは無かったが。


 コロリンが流行し始めてから一年半が過ぎた頃ようやくその病気の研究も進み、ワクチンの普及や経口薬の開発の目途も立ち、又当初恐怖を懐いたほど恐るべきものでは無かったと正体が明らかになり、世界には安堵の兆しが差してきていた。
 日出ずる処の国はコロリンの死者重傷者の割合が極めて低く、他の国からミラクルとまで言われていた。
 そんな明るい兆しが見えて来た時期、突如として政変が起こった。政変と書くと過激に聞こえてしまうが、日出ずる処の国は近代国家に衣替えして来て以来民主主義の国であるのでその政変は投票という形の民主主義手続きを経て行われた。

 事の発端はそれまで政権を担当していた首相に対する国民の支持率が極めて低下しているというメディアの報道である。


 その時の首相はコロリンが広がり始めた初期段階で前任者が健康状態に一時的な急激の悪化のため辞任した後を継ぐ形で、困難の中波及被害も含めてコロリン被害を最小限に封じ込めていた極めて有能な政権担当者であったが、硬骨な発言が災いしてしばしば物議を醸す事があった。
 その為であったのどうかは不明であったが、各メディアは一斉に首相の支持率の低下を喧伝したのである。
 首相を輩出している政権与党惰眠党はその報道を見て選挙での敗北を恐れ、党のリーダーを選び直す挙に出た。その時の首相は役職継続の意欲を示したが、最後には支持率低下という越えに押される形で辞意を表明し、選び直しの被投票者には名乗りを挙げなかった。
 その結果選ばれたのが今現在の首相 粕田武雄 であった。


 粕田の施政は就任直後からコロリンへの対応の遅れが目立ち、又有識者の一部が出し始めていたそろそろコロリン対策の為の行動制限を緩めて国民の経済活動を活発化させてはどうかという意見には全く耳を傾ける事無くダラダラと物事を先延ばしする姿勢を見せていた。
 その一方で、新しい資本主義とか具体的実施政策の不明な抽象的対応を口にして国民の経済見通しを不透明にし、株式から得られた利益には課税を強めるとか、株主最優先の考え方はそろそろ改められないといけないとか、株式市場が嫌気を差すような言辞を繰り返した。


 当然ながら、発言の直後に株式市場はしばしば急落の展開を見せた。
 そんな中、コロリンウイルスは更なるニュータイプにモデルチェンジされていた。他国で感染の広がりを見せたニュータイプは感染の広がりも速かったが、その終息も又早かった。そして又人に与える健康被害もどうやら弱くなって来ているらしかった。
 そういう他国の前例情報が有り、経済活動再開の願いの声も有ったのであるが、自国内にそのニュータイプが広がり始めた時に粕田が選択したのは感染防止の為の行動抑制の為の緊急指令であった(指令と言うほどの強い法的拘束力は持っていないがそれなりの拘束力はある)。
 多くの人々は本格的経済活動が又遠のいたと落胆を感じる羽目となった。
 それに続けて粕田は日出ずる処の国で施行されている消費税という全物品の売買代金に一律にほぼ課せられる税を近い将来増やす予定だと発言し始めたのである。
 それを受けて日出ずる処の国の日経平均は暴落するに到った。


 一月末、日出ずる処の国の首都にある官庁街のとある省庁の一室で数人のその省の幹部達が祝杯を挙げていた。事務机をテーブル代わりにスルメ等安いつまみに杯は湯飲み茶碗といった至って貧相な宴であるが、酒だけは舶来上等の高級ウイスキーを仲間内の誰かが提供しいるようだ。いかにも自分達にとって目出度い事が成就した時の為に取ってあったのだと言いたげな瓶であった。
 その省は国の財政と税務を司り、特に税務調査権という権限の前に新聞や政治家から恐れられていた。又新聞は税制上の優遇措置を受けているため、その省には面と向かって刃向かえない様子であった。一部にはその省がその力を使って新聞の意見を操作しているとまで言う者もいるほどである。
「しかし、上手く行きましたね。あの総理がこれほどまでに我々の振り付けどおりに踊ってくれるとは、そのせいで株式市場は大騒ぎですよ。」
「全くだ。そのお陰で株価は見るも無惨な下落を起こしてくれた。本当にお目出たい・・・・・・いや有難いお人だよ。前任者、前々任者ではこうも易々とは我々の口車には乗らないでしょうからねえ。もっともこれは手始め、今後益々低く抑え込んでゆけるだろう。」
 自国の株の暴落が相次いでいるのに何故か男達は嬉しそうに談笑している。



「これと言うのも高橋という元々我が省にいた奴がユルチューブで、我々が必死に訴えている財政再建の必要性を大っぴらに否定して内幕を暴露したからですよ。この省の釜の飯を一度は食べていたと言うのに。・・・・・・我々としてももうなり振り構っていられませんからね。」
 一人が棘を含んだ声で言った。
 高橋というのは以前男と同じ同じ省に勤務し、今は大学教授を務めている経済学者である。
 彼はこの国には稀有なマクロ経済の数学的分析を行い、それを平易な言葉で説明する事が出来るという類い希な経済学の大才であった。
 つい先頃、ユルチューブという全世界に繋がっている動画配信サイトに、『このままでは国家財政が破綻する。財政再建こそ最大の急務だ。』とまだ騒いでる連中がいるが大嘘つきだと嘲ったのである。


 彼の言い分を簡単に紹介しよう。
「国の国債残高が一千兆でしょう。でもその内の五百兆は中央銀行持ちだよ。中央銀行って言うのは政府の子会社だから、利息が発生しても政府への納付で相殺されてチャラ。つまり無利子、償還期限が来たら新しい国債と交換するだけ。で、後五百兆が市場に出回ってるんだけど、何と政府が持ってる資産が六百兆有る。しかも、その大部分は有価証券で利回りもある。どうやって財政を破綻させるんだね。」
 と可笑しそうに言っていたのである。
 動画内に質問をする人が居るらしく、
「でも、政府資産は売却できないって言われていますが。」
 と質問が投げかけられた。
「そんなの大嘘だよ。有価証券だよ。売れないわけがない。売りたくないんだよ、連中は。何と言っても天下りの手蔓だからねえ。」
「はあ。」
「株売っちゃったら、天下り押し付けられないじゃん。」
「・・・・・・。」
 とまあ、そんな感じの動画であった。



「本当にあの動画には弱りましたよ。『財政再建、財政再建とそんなに財政再建したいなら、まず政府保有の株券等を売って国債を買い戻し債務を圧縮する事から始めろ』とか言い出す跳ねっ返りの国会議員でも出て来たら大変な事になってしまいますから。彼が暴露しなければ、誰も気付きはしないのに。」
「全くだ。株を売ってしまったら我々の天下り・・・・・・もとい、再就職が困難になってしまう。とんでもない事だ。国に尽くしている我々が退職後もそれなりの暮らしを保証されるのは当然の事だからな。」
「ちっぽけな事を言うな。我々にはこの国を正しく導く責務が課せられておるのだ。その為には国に有る金は我々が支配しなければならない。」
「まあ、欲に眼が眩んでいた投資家連中は今冷や汗をかいてるでしょうね。国に碌に仕える事も無く濡れ手で粟の美味しい思いをした報いですよね。」
 別の男が小気味よさそうに言った。
「株をやらない者の中には、ざまあみろと快哉を叫んでる者も居るらしいじゃないか。」
 更に別に男が言う。
「それも又愚かな事だ。こういう事のしわ寄せは一番弱いところに向かうと言うのに。」
「所詮は愚民達だ。」
「しかし、今回は富裕層も些か打撃を被ったでしょうな。」


「いい薬だよ。昔は我々の前では這いつくばるばかりに恐れ入っていたのに、近頃では我々の事を役人風情と小馬鹿にする風潮まで蔓延っている。目端が利く起業家の中には、今回の事で我々の力に改めて気付いた者も居るだろう。」
「何にせよ。これでしばらくは政府保有資産の売却を言い出す者が現れても、相場の低迷を理由に拒否できますし、財政再建の必要性も信憑性が増したというもの。しばらくは我々は安泰ですな。」
 男達は小狡い笑みを浮かべて笑い合った。
「ふん、愚民どもを豊かにして何になる。選ばれた我々こそがこの国を正しく導いて行けるのだ。」
 最上席格の男が俺こそが国の主催者だと言わんばかりの傲慢な口調で宴を締め括った。

 しかし、彼等はまだ知らない。日出ずる国はこの株価暴落を発端に大恐慌へ突入し、突入し国民は塗炭の苦しみを負い、日々の糧にさえ困窮するほどの経済的凋落の道を歩み。そして衰亡して行く事を。
 更に十余年を経て、その経済的凋落の発端となった株価暴落の犯人探しをする者達が続々と現れ、彼等自身にいつ真相が暴かれて糾弾される身になるかと夜も眠れない日々が訪れる事を。

 えっ、粕田首相はどうなったかって?
 さすがに彼については審らかに書くのは気まずい。ただ、極めて残念な終わりを迎えたとだけ書いておく。
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