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11.ご挨拶まわりと家族の再会

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「母さん、アヴ村へ行こうよ~!」
 朝からバタバタと廊下で騒がしくしているのは、タヒアの娘のニワレカだ。
 ニワレカはタヒアと一緒にこの屋敷に勤めたいと希望を出したが、アヴァテアに却下された。
 アヴァテア曰く、議事堂内にも『炎姫』の味方はいてくれた方が、後々都合がいいからだという。
 だがニワレカは諦めていない様子で、毎日のように屋敷にやって来ては、タヒアにまとわりついて離れない。
 他の人に示しがつかない!とタヒアは石板を叩いてよく怒っているが、「アヴ村」というフレーズには弱く、よくニワレカに捕まっている。
「ニワレカ、どうしたの? お茶してく?」
 わたしが顔を出すと、それまでニワレカを遠巻きにしていた使用人たちがキビキビと動き出した。
「わー、いいの?」
 ニワレカがそそくさと着席すれば、タヒアの深いため息が聞こえてきてわたしは苦笑する。
「タヒアも、旦那さんに会いに行けばいいのに……」
 わたしがこうして呼び捨てなのは、タヒアに敬称を固辞されたからで、砕けた口調なのはニワレカの影響が大きい。
「ね~それがさぁ、聞いてよ! 母さんってば、何度誘ってもウンって言ってくれないの!!」
『私は姫様付きの侍女ですから』
「ほーらね!」
 とうに成人したはずのニワレカが年齢に見合わずむくれている。
 わたしは両腕を胸の前に組んで小さく唸った。
 タヒアが手慣れた様子でお茶を用意してくれたが、陶磁の高級ティーカップは一脚だけ。ニワレカの前には木製のマグカップが置かれている。
「またー!? なんで私だけ!? ねぇ、母さん~~!?!?」
 ニワレカは声を張り上げて抗議している。
(でも、お茶はわたしと同じものを使ってくれているし……)
 わたしはカップに口をつけながらそれとなく周囲を窺う。
(タヒアは本当に優しくて、気が効く人なんだよなぁ……)
 カップに差をつけて、周囲の使用人たちを納得させているようなのだ。ニワレカがその事に気がついているのかいないのかはわからないが、わたしは彼女のその鈍感さに感謝すらしている。彼女のおかげで誰かと緊張せずに接する機会を得られていることも事実なのだ。ニワレカの願いを叶えてあげたい。何より、タヒアのためにも、この問題は放っておけないと思った。
 その時、ニワレカがおもむろにポケットを探り、そこから六角形の板を取り出した。わたしにアヴァテアがくれたものより質が劣るも、少しお安い価格設定だった双面鏡だ。
「ほら、父さんも帰ってこいって言ってる!」
 そう言ってニワレカが双面鏡の鏡面をタヒアに向けた瞬間、タヒアは持っていたお盆で顔を隠した。
「母さん! 顔が映らないと念話できないって知ってるよね!?」
 ニワレカと鏡面に映った男の人が同じ顔をして怒っている。
(多分言ってることも同じなんだろうな……)
 わたしはこのやり取りを眺めていて、ふとあることを思いついた。
「わたし、双面鏡を作ってる名産地に行ってみたいな……?」
 話をちゃんと聞いていたニワレカの顔に、満面の笑みが浮かんだ。
「それならアヴ村においでよ! 名産も名産の地なんだから! ご飯も空気も美味しいよ!?」
「……タヒアも、一緒に来てくれる……?」
 わたしからお願いであり、ニワレカからの願いでもある。
 ふたり分の熱い視線を受けて、
『わかりました、その際は姫様にお供します』
 タヒアに異論はなかった。
 その晩、わたしがこの話をアヴァテアにすると品行方正な彼がむせた。
 でもすぐに了承してくれた。
(まさか、旅行に発つ前日の夜まで仕事を詰め込まなければならないとは知らなかったな……)
 目の下にクマを作ってやって来たアヴァテアを見て、酷なことをしてしまったかもしれないと思う。
 反省し、すぐに謝罪したわたしを見て、アヴァテアはにこりと疲れた顔のまま微笑んだ。
「妻のお願い事を叶えられるのは夫の特権ですから」
 でも同乗する予定だったタヒアに何事か囁いて後続の馬車に移すと、わたしの隣に問答無用で腰掛ける。
「仕事で少し疲れたので、このままアヴ村へ到着するまで補充させてください」
 そう言って、膝の上に置いていたわたしの手をむんずと掴み、指先を絡めた。さらにわたしの肩を借りて仮眠しはじめた。
(まぁ、旅行の間くらい、いっかぁ……)
 しかし肝心のアヴ村はなかなかに遠く、この密閉された空間で休憩を挟みつつもわたしは1週間近くも過ごしたのである。



 アヴ村手前まで1週間かかった。そして、さすがというべきか……馬車の車輪では急な山道を登るのは難しく、麓からわたしたちは途中まで馬に乗り、それより先はロバと徒歩で約1日かけてアヴ村に到着した。
 夜の山道は真っ暗で、しかも魔物も出るから危険だと言われて日の出の少し前から登山を開始した…のだけど、あんな過酷な難所がいくつもあるとは思ってもみなかった。
 道幅が狭く、荷物を背負ったロバが一頭やっと通れるほどの幅だったり、崖崩れで道が陥没していたり……どおりでアヴァテアがあんなに無理をして大量の仕事を片付けて来たわけである。
 ただ、1週間の『補充』で気力体力共に回復できたのだろう。彼は疲弊しきったわたしを献身的にサポートしてくれた。
 タヒアも、1日の最後に全身マッサージしてくれたり、お茶をこまめに淹れてくれたりと気を遣ってくれた。
 元気の有り余っていたニワレカはアヴ村に先触れとして使いを頼まれ、とっくの昔に姿は見えなくなっていた。
 あとペトロスだが、彼は仕事を切り盛りさせるために置いてきた、とアヴァテアが言っていた。
(ふたりは先輩後輩の学友だったし、今では仕事仲間なわけで、アヴァテアもペトロスに心を置いているんだろうな)



 肩で息をしながらアヴ村の門中の前で休憩していると、ニワレカが足を痛めた歩き方をする老爺と見覚えのある男を連れてきた。
「こちら、この村の村長と、」
「タヒア~~~~!」
「言わずもがな、私の父です」
 ニワレカの手短な紹介をされてしまった村長は杖をつきながらもしっかりた口調で、訪れた一行に歓迎の意を表した。それに対してアヴァテアまでもが立派な振る舞いをするからわたしもそれなりに気を張ってなければいけなかったが、タヒアの夫の存在のおかげで雰囲気は至って良好。穏やかな挨拶となった。それに、タヒアも生き別れのようになってしまっていた家族と再会できてすごく嬉しそうだった。
 村人たちと一通りの挨拶が済んだ頃、わたしは機を見計らってアヴァテアに「具合が悪いみたい」だと耳打ちした。
 アヴァテアはすぐにタヒアを呼び寄せ、村長に「今日の体を休められる場所へ案内して欲しい」と告げた。
 その日、わたしは疲労で微熱を出して寝込み、アヴァテアとタヒアに甲斐甲斐しく世話を焼いてもらったのですぐに復活できた。それでも大事をとって間に休息日を差し込んだので、双面鏡の工房を訪ねられたのはそれから数日後のことだった。
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