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10.母子の絆と専属侍女

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 タヒアが見つかったその日、わたしの願いで小さな宴が催された。
 タヒアの無事を一緒にお祝いしてくれるのは、わたし以外にアヴァテアとタヒアの娘のニワレカとペトロスの3人だけ。急遽開催を決定したので、お義母かあ様とお義父とう様は招待できなかった。
 タヒアとの会話は石板を使った。彼女が一言、石板に返答を記すたびにニワレカが涙をこぼすので、慰め上手なペトロスがフォローに回っていた。その様子が気になってあとでそれとなくペトロスに関係を聞いたら、ニワレカとは事情聴取の際に面識があったという。
 タヒアは、事の経緯いきさつを手紙にしたためてくれていた。
『昔、私たちは天災に遭い、生活にきゅうしておりました。
 アヴァテア様を養子に出すことは決定事項でしたが、私は母親でいることを諦めたくなかった。欲張ったのです。
 街に降り、私は冬にだけ食べられる氷菓子を夏だったというのに「どうしても食べたいから」と言って、まだまだ小さく幼かったアヴァテア様を一人でお使いに出しました。
 アヴァテア様の身はすぐにフルルフ様方の元へ引き取られました。ごめんさない。あなたを騙すようにして手放し、あまつさえ金銭を受け取り、その全てをアヴ村に居る家族へ送っておきながら、さらに欲を掻いたのです。
 坑夫の夫がもしもの時は換金して使いなさいと渡してくれていた双面鏡の片方を大奥様に強引に渡しました。それから毎日、息子の無事を確認したくて双面鏡を眺めておりました。双面鏡に映るのは、いつも野鳥や獣、ときおり魔物と若葉ばかりが映りました。
 息子の姿をまみえることはもうないのかもしれない。そう思っても、諦めきれずにいた時、王宮で侍女を募集していることを知りました。私は息子のそばに居られるなら、と強い思いに突き動かされて応募し、聖女様付きの侍女として合格できました。
 当時は読み書きができないことを高く買われたのです。それが、密書の受け渡しに好都合だからという理由とは知りませんでした。
 私は聖女様付きの侍女として相応しくなれるよう、侍女長たちからの圧力に耐え、少しずつですが幼い聖女様に教えられるだけの貴族らしい立ち居振る舞いを学んでいきました。
 やがて代替わりしたヌクヒヴァ故国王が聖女様を迫害し、私たちは狭い「神の四阿」という塔の中に閉じ込められてしまいました。
 聖女様はまだ小さな少女です。
 私は聖女様を哀れに思って、大切に持っていた双面鏡を渡したのです。何も映らないと思っていたのですが、いつからかそこに小さな人影が映り込むようになっていることに気がつきました。夜明け前から朝日が昇って少し経つまでのほんのわずかな時間です。それを知ってから、私は注意深く聖女様の成長と一緒に鏡の中の子どもの成長を見守っていました……』
 何枚にも渡って書かれた手紙の内容に、わたしも、アヴァテアも言葉もなく読み進めていった。
『「神の四阿あずまや」が劫火に包まれた時、私は氷室に居ました。夏なのになぜ氷菓子をねだるのかと、聖女様を胸の内でなじっていたのです。それが私を救い出すための言い訳とも知らなかったのです。
 エルダ国最高裁判所から退出したとき、私はぬけの殻のようになっていました。
 寒空の下で、氷菓子を売っている物売りの声が聞こえてきました。
 愚かな私はその時になってようやく、村に残してきた家族の存在を思い出したのです。でも、もう私には家族に合わせる顔がありませんでした。ただ、元気でいるかどうかだけでも確かめたくてアヴ村へ向かったのですが、野盗に襲われ、身ぐるみ剥がされてしまいました。情けなさのあまり、これは神様が私を罰し、アヴ村へ向かうことを良しとしなかったのだと、そう受け止めてアヴ村へ戻るのを諦めました。
 帰る所のない私でしたが、キーアヴァハラに戻ることになりました。ニワレカが事情聴取を受けるために村を発っていたことをキャラバンで同乗した商人の口から耳にしたのです。ですが善良な民のニワレカがなんの疑いをかけられているか、今日に至るまで知りませんでした』
 タヒアの文字が揺らいでいた。
『皆様、本当に申し訳ございませんでした。愚かな私の行いが、全てを傷つける結果を招いてしまいました』
 タヒアは最後に石板にそう書きつけると、深く頭を下げた。
「母さん……!」
 手紙を受け取ったニワレカが泣き崩れる。
「酷い。ひどいよ……! 私、ずっと寂しかった。ずっと、ずーーっと! なのに、本当はこんなに近くで働いていて、私のことをひっそりと見守ってたの!?」
『ニワレカ、本当に』
「もう謝らないでよね! もうどこにも行かないでよね! 私たち、家族でしょ!?」
 叫ぶように謝罪を否定するニワレカの言葉を耳にして、タヒアの白石を掴む手に力がこもった。何かを書こうとして、それでも書けなくて……そのまま白石を持つ手を下げる。
 タヒアがシクシクと涙を流し始めた。
「母さん!」
 短く叫んで、ニワレカがタヒアの元に駆け寄った。
「家族なんだから……許すなんて、当然だよ!!!」 
 二人は肩を寄せて抱き合った。
 わたしとアヴァテアも、涙をたたえながらホッとした気持ちでそんな二人の姿を見守っていた。



 その後、みんなで一つのテーブルを囲んで賑やかな食事を楽しんだ。
 中座したアヴァテアが戻ってくると、彼の手にはこの屋敷のお仕着せと小さな鍵束が乗っていた。
 ひっそりと静まり返った席で、アヴァテアはタヒアの苦労を労う言葉と共に、わたし専属の侍女として働いて欲しい旨を伝えていた。
 驚いているのはわたしばかりで、他のみんなはなぜか訳知り顔である。
 タヒア自身も断る気はないようで、わたしは戸惑いつつも両手を上げて喜んだ。
「この鍵は母上の寝室のものです。こちらはミサの衣装部屋のもの。こちらはミサの私室のもの、そしてこちらはミサと私の寝室の鍵です」
 アヴァテアが一つずつ指差しながら鍵の種類を教えると、最後にこう付け加えた。
「母上ご自身と元聖女レイラたっての希望でミサの専属侍女となっていただくわけですが、私たちは家族です。困ったことがあれば、すぐ、私たちに相談してください」
 と。
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