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 意識が混濁しているエリカは、空では無く美術館を見ていた。
 その美術館は、飾ってある絵画だけにスポットライトが当たっていて、後は真っ暗だ。
 手をつないでいた両親はもう両隣にいなくなっていた。彼女を放って、各々が出口を目指している。

 小さなエリカは、離れて小さくなっていく両親の背中を見つめていた。

 ――もう、どこに行ってもらっても構わない。自分とあの二人は、もう親子では無くなってしまったのだから。

 昔の自分だったら、このあとに何も残っていなくて、真っ暗な空間に置き去りにされていただろう……

 そう思って、ルネ・マグリットの絵画の方を見やった。
 絵画を守る手すりも、掛けておく壁もなく、それは空間に確かにあった。

 曇り空と荒れた海に、真っ青な空と白い雲を内に宿した、大きな鳥が羽ばたいて、卵のある場所を飛んでいる。

 ただ、それは一羽だけではなかった。
 たくさんの輝かしい鳥が飛んでいる。
 たくさんの彩りが飛んでいる。

「帰ろうね、みんなで……」

 彼女が絵画に手を伸ばし、優しく触れた。
 真っ暗な空間は白くなって、彼女も白く一つに溶けていった。



「――バーラント様ッ!!」

 機動隊の一人が言った。
 バーラントの傍にはアルバートもいる。
 彼らはアル・ファーム大使館の前にいた。

「あれは……!」

 バーラントが見ているのは、黒煙と明るい炎を放っている、空飛ぶ船だった。
 あかね色の空に浮かぶ、妙に禍々まがまがしい船が、どんどん高度を落としている。

 地上に近付くにつれ、その大きさに機動隊の人間たちも動揺を隠し切れなかった。
 そして、あそこにアルメリアたちがいると思うと、バーラントは焦燥感しか湧かなかった。

「燃えて、いるのか……?」

 アルバートが確認するように言うと、バーラントは拳を握り閉めながら、

「そのようです……」

 と言った。
 そこへ、また別の光が見えた。
 太陽や炎とはまるで違う光だった。

「鳥……?」

 バーラントがつぶやく。
 その場にいた全員が、戸惑いながら空を見上げていた。
 暖色の羽根を輝かせた、飛行船よりも山よりも大きく見える鳥が、空を飛んでいた。
 羽ばたくと、羽根がキラキラと美しく舞い降りていく。

「ば、バーラント様! 近付いてきますッ!」
「射撃用意! 発砲はするなッ!」

 全員が銃を抜き、鳥に向かって構えた。
 すると、羽根がバーラントの目前に落ちてくる。
 彼は手を出し、その羽根を手の平で受け止めた。
 フッと、雪解けのように消えてゆく。

「なんだ、これ……」

 家から外へ出てくる人たちも、チラホラ現れた。
 みんな、花火を見るときのように、輝かしい羽根が降り注ぐのを眺めている。
 砂や雪のように消えていく羽根を見ている。


 ――のちに、ベリンガールはこの日を『いろどりの日』と呼んだ。

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