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「王女ッ!!」

 ライールが叫ぶ。

「私は無事ですッ!」

 すぐ下からアルメリアの声がした。

「船が……」

 ライールが足下を見ながら言った。
 竜骨の足場が、少し傾いた角度になっている。

「早く布を取って……!」エリカがライールの胸ぐらをつかんで言った。「間に合わなく、なる……!」

 エリカは明らかに症状が進行していて、すぐにまた昏睡こんすいした。
 ライールが手すりを踏み付け、そこから飛び降りた。下までの距離はほぼ無かった。
 アルメリアが丁度、竜骨の真下にいる。

 鉄骨よりも張ってある紐の方が多いので、ライールはアルメリアのところへ移動するのに手間取った。
 やっと彼女の傍に来ると、

「王女、エリカを頼みます」と、エリカを下ろした。
「どうする気です?」
「とりあえず、落下用の布を確保します。何かに捕まっていてください」

 そう言って、彼は少し離れて、張ってある紐を何本か切った。

「――どこだッ!?」

 ムハクたちが上開き式の扉をあけたようだ。
 急ごうと、ライールが船の被膜にナイフを突き立てた。
 風が水のように穴から染みてきて、船内に侵入してくる。
 どんどん切り裂いていくと、それに合わせて、船体が少しずつ回り始めた。
 同時に、追っ手の悲鳴が聞こえてくる。

「やはり、うまくはいかないか……」

 言った瞬間、爆音が下から聞こえてきた。
 火薬庫が炎上したのかもしれない。

「早くッ!!」

 風切りの音を振り払うように、ライールが大声をあげる。

「早くこちらへッ!!」

 アルメリアがフラフラのエリカの肩をかつぎ、まだ無事な紐をつかみながら進む。

「先に脱出をッ!!」
「ライール様はッ!?」
「後で降りますッ!!」

 また揺れた。
 アルメリアがバランスを崩すと、エリカが倒れ込む。完全に気を失っていた。
 張力を失った布の穴へ、ボールみたいに転がって吸い込まれていく。
 アルメリアが彼女の方へ飛び付く。
 二人は船の外へ落ちていった。

「クソッ!!」

 ライールは追うように空へ落ちた。



 上空の飛行船が黒い煙を噴いている。

 エリカが頭から落ちるのを阻止しようと、アルメリアが彼女をガッチリつかんで、なんとか水平を保とうとしていた。しかし、風が強すぎて目をあけていられず、目蓋をずっと閉じていた。

 そこへ、ライールもやって来る。彼は防塵眼鏡を掛けていた。
 アルメリアの肩に手を掛け、抱き寄せる。
 そうして、彼女の額の上に付いている防風ゴーグルを、目元のところまでなんとかズラし、耳元にむかって、王女と叫んだ。

 アルメリアが目蓋の風圧が消えたことに気付いたのか、うっすら目をあける。彼女は、隣にライールがいることに気付いた。

 彼は、あいている方の手をアルメリアの肩口へ近付け、紐をたぐり寄せ、彼女の手元へ持っていく。

 アルメリアがエリカの体を握っている手の指を、少し伸ばして、紐を握り込んだ。
 ライールは彼女の肩を少し強く握り、あいた手を握って、指側を胸元へ二度ほど軽く叩いた。
 アルメリアの目が見開く。
 ライールが、彼女から離れた。
 彼の名を叫ぶが、風にかき消される。
 だが、腕の中にいたエリカには伝わったのか、彼女の目蓋がうっすらとだけ開かれた。

 ――離れていくライールが見える。

 アルメリアのぬくもりを感じながら、エリカは思わず、手を伸ばしていった。

「帰ろうね、みんなで……」

 小さすぎて誰にも聞こえていないし、どこにも届いていない声だった。
 しかし、一つだけ彼女の声を聞いている存在があった。
 それはライールのポーチの中にいて、こたえるように光り輝いた。
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