69 / 79
69
しおりを挟む飛行船の機関室にいるエリカが、ガラスの円柱に両手をかざし、魔導具を作動させていた。
飛行船の動力炉は魔導具であり、ガスの調整やプロペラの回転は全て、この力でおこなわれている。よって、彼女には休むことが許されていなかった。
「君に朗報だぞ!」
扉が開いたと思ったら、ムハクが開口一番に言った。
エリカは本当に嫌そうな顔で、彼を見ている。
「素晴らしい友達を紹介しよう」
そう言って、彼は部下を呼び寄せた。
「――そんな」
エリカが呆然としながら言って、
「どうして…… なんで、ここに……」
と、続けた。
「会いたかっただろう? ほら、約束通り殺さずに連れてきてやったぞ?」
ムハクが、部下の男へアルメリアを連れていくよう指示した。彼女は両手を後ろに縛られている。
「座れ」
アルメリアが言うことをきいた。
エリカは彼女の横顔を、信じられないといった顔で見ていた。アルメリアはエリカを見ず、正面を向いたままである。
「そうそう」と笑いながら言うムハク。「君には、いつでもそういう顔でいててほしいもんだ」
「――ムハク」
機関室に入ってきていた、もう一人の男――儀典官が言った。
「これからどうするつもりだ? 段取りを話す約束だったが……」
「もちろん、これから革命を始めるんだ」
「なるほど。では、アル・ファームの襲撃も近いわけだな?」
「その前に、やっておかなければならないことがある」
「なんだ?」
ムハクがエリカの方を見やった。
「いいかね?」
そう言って銃を取り出し、エリカの方へ歩いて行った。
「あの小屋で人質にしている若造共は、間も無く死ぬことになる」
エリカが目を見開いた。
「当然だろう? 我が祖国を取り戻す機会に同調できないなどと言うなら、それはもはや毒された人間だ」
「アンタって人は……!!」
ムハクが、アルメリアに銃を向ける。
「大人しく操縦していたまえ」
「…………」
「そうだ、それでいい。――王女はあくまでも、お前に対する人質だ。私はちゃんと約束を守る男だからね。君との約束はちゃ~んと守ってあげよう」
ねっとり言ってから、銃を下ろした。
「君たちは一緒になって、ここで働いてくれよ? でなければ」
と言うなり、振り返って儀典官へ銃を撃った。
エリカもアルメリアもビクリと体を震わせた。
彼は腹部を押さえ、跪く。
「用無しになって、死ぬことになるからね」
「き、貴様……!!」
ムハクは儀典官の傍へ行くと、頭へ銃を向ける。
「元々、アル・ファームがどうなろうが知ったことではない。君の王家支配への執着も興味が無い。我々は全世界に平和を求める、共和主義者だからな」
「戯れ言を……! 僭主制の亡霊が……!!」
「もう、互いの目的はすでに達成された…… 君がその立場を得るために我々を利用し、我々も神の船を手に入れるために君を利用した。そうだろう?」
「やめ――」
銃声がした。
儀典官はドサリと床に伏せ、動かなくなった。
「ひどい……」
アルメリアが言うと、エリカが小声で、
(シッ……!)
と制した。
「――偉大な革命に多少の犠牲はつき物なんだよ。以前の秋革命もそうだったろう?」
ムハクが笑みを浮かべながら振り返って言った。
二人はジッとしたまま、彼を見ている。
「それじゃあ、仕事の方を頑張ってくれたまえ。――お前たち、これを捨ててこい」
「ちょ、ちょっと待って!」
エリカが言った。
「ひょっとして、外へ出すって言うの?」
「船内よりは広くてニオイも気にしない場所だろう?」
「今、高度どれくらいだと思ってるの? 二五〇〇メートル近いのよ? 言われた通りにしたら、これからもっと高度があがっていくし、扉をあけたりしたら気圧や気流が変わって、船内どころか船自体が大変なことになるかもしれないのよ?」
「それをどうにかするのが君の役割であり、仕事だ。どうにかしたまえ。できないことは無いだろう?」
ムハクが眼光鋭く言うと、エリカは黙り込んだ。
「頼むよ、勇敢な侍女様。王女様の命は儚いからな、君の言動次第では散ってしまうぞ?」
「――体調を崩したって怒ってきても、そっちは責任取れないから」
「君も体調不良になって、船を落とすようなことはするんじゃないぞ?」
そう言って、彼が部屋を出て行く。ついで、部下たちが儀典官の死体を担ぎあげて、出て行く。
後にはエリカとアルメリアと、見張りのための男が一人、残った。
男とエリカたちは離れているので、前を向いたまま小声で話すくらいなら聞かれる可能性は低いだろうが…… もし、聞かれたら……
エリカが不安に思っていると、突然、アルメリアがエリカの肩口に顔をうずめた。
傍目から見れば、怖くてエリカに寄り掛かっているようにも見えるし、束の間の安堵に体を寄せているようにも見える。
見張りの男も、逃亡のための行動ではないから、そこまで気にはしていなかった。
だが、アルメリアは逃げる行動を取っているのではなく、その算段を話すための演技をしていたのだ。
(エリカさん……)
彼女はそっと言った。すると、
(――そのまま聞いてて)
と、エリカが言った。
(このままじゃ、あなたは確実に殺されてしまう……)
(エリカさんも、殺されてしまうのは時間の問題です)
アルメリアがキッパリと言った。それが意外だったのか、エリカが驚きながら横目で、アルメリアを見やった。
彼女は真っ直ぐな目をしていた。それが妙に力強いから、エリカが不穏に思って、
(まさかとは思うけど…… ここに来たのって……)
(彼が…… 儀典官が罪を認め、投降していたら…… ここへ来ることはありませんでした……)
(それって……)
(私の脚の内側に、ナイフがあります…… それを使って足首の縄を切って……)
(やっぱり……!)
眉根をひそめて、エリカが言った。声を抑えるのに必死だった。
(どうして……! なんで、そんなこと……!)
(私も、大切な人々を助けたい…… あなたのように……)
しばらくしてから、
(やんちゃになってしまったわね…… アルメリア……)
と、エリカが言うと、
(きっと、お姉様の影響ですよ……)
と、アルメリアが返した。
エリカの口角があがる。アルメリアも微笑していた。
0
お気に入りに追加
24
あなたにおすすめの小説
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。

家族と移住した先で隠しキャラ拾いました
狭山ひびき@バカふり200万部突破
恋愛
「はい、ちゅーもーっく! 本日わたしは、とうとう王太子殿下から婚約破棄をされました! これがその証拠です!」
ヴィルヘルミーネ・フェルゼンシュタインは、そう言って家族に王太子から届いた手紙を見せた。
「「「やっぱりかー」」」
すぐさま合いの手を入れる家族は、前世から家族である。
日本で死んで、この世界――前世でヴィルヘルミーネがはまっていた乙女ゲームの世界に転生したのだ。
しかも、ヴィルヘルミーネは悪役令嬢、そして家族は当然悪役令嬢の家族として。
ゆえに、王太子から婚約破棄を突きつけられることもわかっていた。
前世の記憶を取り戻した一年前から準備に準備を重ね、婚約破棄後の身の振り方を決めていたヴィルヘルミーネたちは慌てず、こう宣言した。
「船に乗ってシュティリエ国へ逃亡するぞー!」「「「おー!」」」
前世も今も、実に能天気な家族たちは、こうして断罪される前にそそくさと海を挟んだ隣国シュティリエ国へ逃亡したのである。
そして、シュティリエ国へ逃亡し、新しい生活をはじめた矢先、ヴィルヘルミーネは庭先で真っ黒い兎を見つけて保護をする。
まさかこの兎が、乙女ゲームのラスボスであるとは気づかづに――

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

【完結】番である私の旦那様
桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族!
黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。
バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。
オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。
気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。
でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!)
大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです!
神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。
前半は転移する前の私生活から始まります。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪
naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。
「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」
まっ、いいかっ!
持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる