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しおりを挟む空の彼方だけが、ほんのりと明るさを残す程度に、ベネノアの町並は暗くなっていた。チラホラと家に明かりが灯りだしている。
アルメリアは機動隊員に囲まれながら、アル・ファーム国の大使館にやってくる。バーラントはすでに国防省へ向かい、ライールは借りた馬にまたがって、単身、南部のルーツ渓谷へ向かっていた。
アルメリアが門前の衛兵に下がるよう伝え、機動隊員を引き連れたまま大使館の中へと入っていく。
「ここで待っていてください」
アルメリアがエントランスホールの中央まで来て、言った。
「この時間、館にいるのはアル・ファーム国の人間だけですから、大丈夫です。何かあったら叫びますから、そのときはどうか宜しくお願い致します」
言付けのように伝えてから、身を翻して両扉をあけた。
真っ直ぐに長廊下を歩くと、徐々に話声が聞こえてくる。
一人は父のアルバート。もう一人は……
(まさか)
そう呟き、アルバートの書斎の扉へ耳を押し当てる。
――儀典官の声だ。
どうやら彼とアルバートは会話しているらしく、儀典官が食事処に忘れ物をしたから、南部の村へ出掛けたいと申し出ているところだった。
当然、アルメリアには彼の行き先は分かっている。南部の村ではなく、さらに南へ行ったところにあるルーツ渓谷である。
(どうしましょう……)
ここで姿を見せると、何をするか分からない。
かといって、機動隊員たちと鉢合わせると面倒なことが発生しそうでもある。
もし逃げられでもしたら厄介だ。彼はベリンガールの人間ではなく、アル・ファームの…… それも王族に関わる重要な役職にいる人間である。今後の王家の存続にも関わるかもしれない。
なんとかして、彼に怪しまれずにエリカのいる場所へ案内させるには……
(そうだ……!)
アルメリアの直観――というよりも、悪知恵が発動した。
早速、彼女は台所へと向かう。
台所には幸い、誰もいなかったから、刃物類を収めてある棚を漁った。そこから刃渡り10センチほどの、革の鞘付き小型ナイフを入手する。
次に、流し台の側に置いてあった野菜のところへ行く。野菜は束になって保管してあったから、結束に使っている麻の紐を解いて、乱雑にまとめると、すぐに台所から出た。
それから大使館に来たとき、自分が使っている寝室へ小走りで移動し、まずはクローゼットをあけた。
――もう夜だし、よりいっそう肌寒くなるはず。
アルメリアはそう思ったから、外見を変えずに中身を変えるような服装をしようと考えた。
まず、たくさんある衣類の中から、森の散策をするときに着る白いズボンを選ぶ。そのズボンを自分の腰に合わせてぶら下げ、膝の位置を確認してから、机の引き出しにあるハサミを使って切り離す。
長ズボンは膝までの長さしかない、バミューダパンツみたいな形になった。借りた上着と合わせて、これで気分的には寒さが和らぐように思える。
アルメリアはそれを穿いてから、椅子に腰掛けた。腰掛けたらフレアスカートになっている部分をたくしあげて、太ももまで露わにした。
その太ももの付け根辺りへ麻の紐を回して軽く止め、次に内側の太ももへナイフの鞘を差し込んだ。そうして今度は紐をキツく締めあげた。
立ち上がって、化粧台の近くにある全身鏡の前に立ち、自分の姿が自然かを確認する。確認し終えたら即行で机に向かい、今度は手紙を書き始めた。
完成した手紙は二枚。各々を封筒へ入れると、それらを持ってエントランスホールへ戻る。
「お願いがあります」エリカが、胸を弾ませながら言った。「この手紙を、全員でバーラント様のところへ届けてください」
『全員で』という単語に、隊員たちが響めいた。
「この手紙はとても重要な物です。絶対に届けてほしいのです。ベリンガールだけでなく、私たちアル・ファームの命運も掛かっていると言えます。組織の人間たちがどこに潜んでいるか分からない今、皆様のように勇敢な方々しか信頼できません。――どうかお願いします!」
言っていることは間違いでは無いため、言葉の端々に熱が入っていた。しかし、最後辺りの台詞は少々演技が入っていて、それは間違いなくエリカの影響があった。
熱意が伝わったのか演技に同調したのか分からないが、隊長らしき人間が、王女の手紙を預かり、全員で出発すると告げて大使館を後にした。
彼らの背に、アルメリアは深々と一礼をする。そうして、きびすを返すと足早にアルバートの書斎へ向かう。
まだ会話しているようだったから、息を整えたアルメリアが、残りの一通を持って、深呼吸を一つしてから扉をノックした。
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