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しおりを挟む陽が傾き、空が赤くなっていた。
対照的に、地上の物が薄暗くなっている。
なんとか逃げ果せたアルメリアが、宛ても無く彷徨う砂漠の遭難者みたいに、市街地への道すがらをフラフラと歩いていた。
その様子から途方に暮れているように見えるが、表情は途方に暮れているには程遠く、むしろ、使命に燃えた目をしている。その証拠に、肩から麻袋を下げていて、これは途中にあった農具小屋から拝借したものだった。袋の口から農具の柄のようなものが二本、出ている。
――バーラントを見つける。
彼女はその思いだけで体を動かしていた。
エリカのことは心配でならないし、ライールのこともあるし、何より、本当にバーラントがいるのかも分からない。不安材料しかない状態だ。
しかし、彼女は挫けるわけにはいかなかった。
挫けると、不安に押し潰されて、体を動かすことができなくなる。それこそが、本当の終わり。今は体を動かして、バーラントに会う……
それだけが、彼女の持てる唯一の希望であった。
「ここが……」
と、アルメリアが言った。
彼女は市街地からちょっとだけ外れたところにある、柵で守られた場所に来ていた。柵の中には小さな石造りの小屋がある。柵に付いている看板には『水道局 地下水路 3番管理棟』と書いてあった。
当然、柵扉には南京錠が付いており、建物の扉にも付いている。幸いだったのは、この錠前がそこまで大きくないことと、建物の扉が木製であったことだ。
アルメリアは周囲を見渡しつつ、麻袋の口を広げて、二本の柄――造園用の大きな両手鋏を取り出した。
もう一度、周囲を確認してから、閉じたハサミの先端を南京錠のU字の中へ突っ込む。そうして、二本の柄の中に体の側面を入れ、一方の柄の方を両手で握った。
「――ハッ!」
という掛け声と共に、アルメリアが柄を開こうとする。
背中を丸めつつ両手を力いっぱい伸ばしていく。
柄が左右に広がろうとすると、ハサミの部分も開こうと微動している。
不意に、柄が目一杯に広がった。同時に鈍い音がして、南京錠が地面に落ちる。
アルメリアはすぐに柵扉をあけて中へ入り、扉の材質が木製であること、蝶番がネジ止めの小さなタイプで、それほど強固に作られていないことを確認した。
今度はおもむろに、ポケットへ入れてあった銃を取り出す。
彼女は狩りを嗜む人間では無かったため、必然、銃などは触ったことが無かった。幼少期に兄たちの射撃訓練を見学し、そのときに半ば無理矢理、撃たされたきりである。
――とにかく、銃は引き金を人差し指で引いて発射する。それくらいしか分からない。
ずっしりと重い拳銃を両手でしっかり握り、距離をあけ、片目をつむって、上の蝶番に狙いを付けて引き金を引く……
彼女にとって幸いだったのは、銃がシングルのみではなく、ダブルアクション併用のタイプであった点だ。
撃鉄と回転弾倉が、引き金の動く幅に合わせて動き、引き切ったときに銃弾が撃発した。同時に、銃声と着弾の音が響く。
上の蝶番が壊れた。
次は下の蝶番に向けて発砲する。
「これでなんとか……!」
銃を使ったのには理由がある。
追っ手に気付かれるかもしれないが、銃声を聞いた人が通報するか、警官が直接、駆けつけてくる可能性も高い。誰にも知られずに追われるよりはいいだろうと考えてのことだった。
次に、ハサミを使って南京錠を破壊するような、時間が掛かる上に一か八かの方法よりも、ネジ止めしただけの蝶番を破壊した方が確実に侵入できる。
後は明かりの調達だが、おそらく小屋には水路へ入るための装備が置いてある。アルメリアはこれを使おうと考えていた。
彼女は扉から離れ、助走をつけて、肩から扉へ体当たりする。
目論見どおり、体当たりしただけで扉は外れ、南京錠の方が蝶番のようになっていた。そして扉近くの棚に置いてあった、携帯ランタンとマッチを1つずつ拝借し、燃料の油脂が入っていることを確認して明かりを灯す。
――後は地下水路へ降りるだけである。
アルメリアは真っ暗闇へと続く階段を、一歩一歩、踏みしめていった。
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