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数ヶ月がたった。
約束通り、エリカが暇をもらう。
暇をもらった数日後、彼女は自室で出発の準備を進めていた。
「こんなものかな?」
エリカが立ちあがって、一息ついて言った。
――二年くらいしかいなかったのに、随分と物が増えたものだ。そして、二年ほどで自分が成人していたことにも気が付いた。ちょっとは大人になっていてほしいとも願った。それは心からの願いでもあった。
それから彼女は、おもむろに左腕のブレスレットを取り外すと、右手首に付いている革腕輪が目に留まった。
手首を返し、ジッと革腕輪を眺めている。
「これ、どうしようかな……」
不意にノックがした。
「どうぞ」
顔馴染みの、年上の女中が入ってきて「失礼します」と言った。
「アルメリア王女からの手紙だそうです」
「えっ?」
思わず、素の反応を返してしまった。
女中が傍まで来て、アンティーク調の銀トレーに乗っている手紙を差し出してきた。
「バーラント様の使者の方が、この手紙をお持ちになりました」
エリカの表情が、真顔になった。
「すぐにでも返事が欲しいとのことです」
「分かりました、ありがとうございます」
女中が一礼してから下がる。
エリカは手紙の封筒を見ながら、胸騒ぎを感じた。
すでにアルメリアは、バーラントの祖国ベリンガールにいる。
まだ結婚の日程は決まっていないものの、いわゆる『婚約発表』を大々的におこなうため、その準備をするために滞在している。
両国を代表する家柄の雌雄が婚約発表をする…… これは、単なる有名人が発表するのとはワケが違う。二人は、まさに両国の和平の架け橋としての結婚なのだから。
そんな大変な状況の中にあって、この手紙…… その内容を読むと、胸騒ぎが確信に変わりつつあった。
いったい何があったのか、見当も付かない。
とにかくベリンガールへ向かう必要があった。
エリカは旅行鞄を持ち、腕輪をはめてから髪を結って、戦闘態勢となった。
早朝のアル・ファームを出発し、昼過ぎにはベリンガールの首都『ベネノア』に到着し、その北部にある貴族街へと向かい、ナザール家の敷地に入る。
懐かしの迎賓館に到着したエリカは、そのままアルメリアがいるという部屋まで案内してもらい、彼女がベッドの際に座っていたから隣に座った。
「アルメリア」
彼女は黙ったままだった。しかし、両肩を震わせていた。
「もう大丈夫だから」
アルメリアがうなずいた。ポタポタと涙が、頬から落ちている。
「何があったの?」
「婚約が…… 破棄されます……」
「えっ……?」
アルメリアだけでなく、エリカも頭の中が真っ白になった。
しばらく言葉を発せなかった。
アルメリアのすすり泣く声だけが、部屋に響く。
「ちょっと待って……」
エリカがようやく言った。
「どういうことなの?」
アルメリアが首を横に振った。分からない、ということだろう。
「えっと……」
努めて、エリカが冷静になろうとした。
「破棄されたのかも、だったわね?」
今度は首を縦に振っている。
「確定じゃないってこと?」
また首を横に振った。
「どういう……」と言って、人差し指の横腹を口元へ近づけた。
――全く意味が分からない。
エリカはアルメリアの肩を抱いたまま、うつむく彼女に柔らかい声音で、
「アルメリア…… お願いだから、事情を説明して」
と囁いた。
「このままじゃあ、あたし、何がどうなってるのか分からない」
「私にも分からないんです……」
やっと、アルメリアが言った。
「バーラント様のお父様から、急に、婚約発表を延期すると言われ…… それが発表されて、二週間もこのままなのです…… バーラント様は何も言わないどころか、私と会ってもくれません……」
「でも、延期だけなら……」
「聞こえたんですッ!」
突然、アルメリアがエリカを見やって言った。
「婚約破棄も時間の問題だと……! 気の毒な女性だと……!」
エリカが息をのんだ。
約束通り、エリカが暇をもらう。
暇をもらった数日後、彼女は自室で出発の準備を進めていた。
「こんなものかな?」
エリカが立ちあがって、一息ついて言った。
――二年くらいしかいなかったのに、随分と物が増えたものだ。そして、二年ほどで自分が成人していたことにも気が付いた。ちょっとは大人になっていてほしいとも願った。それは心からの願いでもあった。
それから彼女は、おもむろに左腕のブレスレットを取り外すと、右手首に付いている革腕輪が目に留まった。
手首を返し、ジッと革腕輪を眺めている。
「これ、どうしようかな……」
不意にノックがした。
「どうぞ」
顔馴染みの、年上の女中が入ってきて「失礼します」と言った。
「アルメリア王女からの手紙だそうです」
「えっ?」
思わず、素の反応を返してしまった。
女中が傍まで来て、アンティーク調の銀トレーに乗っている手紙を差し出してきた。
「バーラント様の使者の方が、この手紙をお持ちになりました」
エリカの表情が、真顔になった。
「すぐにでも返事が欲しいとのことです」
「分かりました、ありがとうございます」
女中が一礼してから下がる。
エリカは手紙の封筒を見ながら、胸騒ぎを感じた。
すでにアルメリアは、バーラントの祖国ベリンガールにいる。
まだ結婚の日程は決まっていないものの、いわゆる『婚約発表』を大々的におこなうため、その準備をするために滞在している。
両国を代表する家柄の雌雄が婚約発表をする…… これは、単なる有名人が発表するのとはワケが違う。二人は、まさに両国の和平の架け橋としての結婚なのだから。
そんな大変な状況の中にあって、この手紙…… その内容を読むと、胸騒ぎが確信に変わりつつあった。
いったい何があったのか、見当も付かない。
とにかくベリンガールへ向かう必要があった。
エリカは旅行鞄を持ち、腕輪をはめてから髪を結って、戦闘態勢となった。
早朝のアル・ファームを出発し、昼過ぎにはベリンガールの首都『ベネノア』に到着し、その北部にある貴族街へと向かい、ナザール家の敷地に入る。
懐かしの迎賓館に到着したエリカは、そのままアルメリアがいるという部屋まで案内してもらい、彼女がベッドの際に座っていたから隣に座った。
「アルメリア」
彼女は黙ったままだった。しかし、両肩を震わせていた。
「もう大丈夫だから」
アルメリアがうなずいた。ポタポタと涙が、頬から落ちている。
「何があったの?」
「婚約が…… 破棄されます……」
「えっ……?」
アルメリアだけでなく、エリカも頭の中が真っ白になった。
しばらく言葉を発せなかった。
アルメリアのすすり泣く声だけが、部屋に響く。
「ちょっと待って……」
エリカがようやく言った。
「どういうことなの?」
アルメリアが首を横に振った。分からない、ということだろう。
「えっと……」
努めて、エリカが冷静になろうとした。
「破棄されたのかも、だったわね?」
今度は首を縦に振っている。
「確定じゃないってこと?」
また首を横に振った。
「どういう……」と言って、人差し指の横腹を口元へ近づけた。
――全く意味が分からない。
エリカはアルメリアの肩を抱いたまま、うつむく彼女に柔らかい声音で、
「アルメリア…… お願いだから、事情を説明して」
と囁いた。
「このままじゃあ、あたし、何がどうなってるのか分からない」
「私にも分からないんです……」
やっと、アルメリアが言った。
「バーラント様のお父様から、急に、婚約発表を延期すると言われ…… それが発表されて、二週間もこのままなのです…… バーラント様は何も言わないどころか、私と会ってもくれません……」
「でも、延期だけなら……」
「聞こえたんですッ!」
突然、アルメリアがエリカを見やって言った。
「婚約破棄も時間の問題だと……! 気の毒な女性だと……!」
エリカが息をのんだ。
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