上 下
29 / 79

29

しおりを挟む
 数ヶ月がたった。


 約束通り、エリカが暇をもらう。
 暇をもらった数日後、彼女は自室で出発の準備を進めていた。

「こんなものかな?」

 エリカが立ちあがって、一息ついて言った。

 ――二年くらいしかいなかったのに、随分と物が増えたものだ。そして、二年ほどで自分が成人していたことにも気が付いた。ちょっとは大人になっていてほしいとも願った。それは心からの願いでもあった。

 それから彼女は、おもむろに左腕のブレスレットを取りはずすと、右手首に付いている革腕輪が目にまった。
 手首を返し、ジッと革腕輪をながめている。

「これ、どうしようかな……」

 不意にノックがした。

「どうぞ」

 顔馴染みの、年上の女中が入ってきて「失礼します」と言った。

「アルメリア王女からの手紙だそうです」
「えっ?」

 思わず、素の反応を返してしまった。
 女中がそばまで来て、アンティーク調の銀トレーに乗っている手紙を差し出してきた。

「バーラント様の使者の方が、この手紙をお持ちになりました」

 エリカの表情が、真顔になった。

「すぐにでも返事が欲しいとのことです」
「分かりました、ありがとうございます」

 女中が一礼してから下がる。
 エリカは手紙の封筒を見ながら、胸騒ぎを感じた。
 すでにアルメリアは、バーラントの祖国ベリンガールにいる。
 まだ結婚の日程は決まっていないものの、いわゆる『婚約発表』を大々的におこなうため、その準備をするために滞在している。

 両国を代表する家柄の雌雄しゆうが婚約発表をする…… これは、単なる有名人が発表するのとはワケが違う。二人は、まさに両国の和平の架け橋としての結婚なのだから。

 そんな大変な状況の中にあって、この手紙…… その内容を読むと、胸騒ぎが確信に変わりつつあった。

 いったい何があったのか、見当も付かない。
 とにかくベリンガールへ向かう必要があった。
 エリカは旅行鞄を持ち、腕輪をはめてから髪を結って、戦闘態勢となった。


 早朝のアル・ファームを出発し、昼過ぎにはベリンガールの首都『ベネノア』に到着し、その北部にある貴族街へと向かい、ナザール家の敷地しきちに入る。

 懐かしの迎賓館げいひんかんに到着したエリカは、そのままアルメリアがいるという部屋まで案内してもらい、彼女がベッドの際に座っていたから隣に座った。

「アルメリア」

 彼女は黙ったままだった。しかし、両肩をふるわせていた。

「もう大丈夫だから」

 アルメリアがうなずいた。ポタポタと涙が、頬から落ちている。

「何があったの?」
「婚約が…… 破棄されます……」
「えっ……?」

 アルメリアだけでなく、エリカも頭の中が真っ白になった。
 しばらく言葉を発せなかった。
 アルメリアのすすり泣く声だけが、部屋に響く。

「ちょっと待って……」

 エリカがようやく言った。

「どういうことなの?」

 アルメリアが首を横に振った。分からない、ということだろう。

「えっと……」

 努めて、エリカが冷静になろうとした。

「破棄されたのかも、だったわね?」

 今度は首を縦に振っている。

「確定じゃないってこと?」

 また首を横に振った。

「どういう……」と言って、人差し指の横腹を口元へ近づけた。

 ――全く意味が分からない。
 エリカはアルメリアの肩を抱いたまま、うつむく彼女に柔らかい声音こわねで、

「アルメリア…… お願いだから、事情を説明して」

 とささやいた。

「このままじゃあ、あたし、何がどうなってるのか分からない」
「私にも分からないんです……」

 やっと、アルメリアが言った。

「バーラント様のお父様から、急に、婚約発表を延期すると言われ…… それが発表されて、二週間もこのままなのです…… バーラント様は何も言わないどころか、私と会ってもくれません……」

「でも、延期だけなら……」
「聞こえたんですッ!」

 突然、アルメリアがエリカを見やって言った。

「婚約破棄も時間の問題だと……! 気の毒な女性だと……!」

 エリカが息をのんだ。

しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

結界魔法しか使えない役立たずの聖女と言うなら国を見捨てることにします

黒木 楓
恋愛
 伯爵令嬢の私ミーシアは、妹のミリザに従う日々を送っていた。  家族はミリザを溺愛しているから、私を助ける人はいない。  それでも16歳になって聖女と判明したことで、私はラザン王子と婚約が決まり家族から離れることができた。  婚約してから2年が経ち、ミリザが16歳となって聖女と判明する。  結界魔法しか使えなかった私と違い、ミリザは様々な魔法が使えた。 「結界魔法しか使えない聖女は役立たずだ。俺はミリザを王妃にする」  婚約者を変えたいラザン王子の宣言と人々の賛同する声を聞き、全てが嫌になった私は国を見捨てることを決意する。  今まで国が繁栄していたのは私の結界があったからなのに、国の人達はミリザの力と思い込んでいた。

パーティーを追放されるどころか殺されかけたので、俺はあらゆる物をスキルに変える能力でやり返す

名無し
ファンタジー
 パーティー内で逆境に立たされていたセクトは、固有能力取得による逆転劇を信じていたが、信頼していた仲間に裏切られた上に崖から突き落とされてしまう。近隣で活動していたパーティーのおかげで奇跡的に一命をとりとめたセクトは、かつての仲間たちへの復讐とともに、助けてくれた者たちへの恩返しを誓うのだった。

底辺おっさん異世界通販生活始めます!〜ついでに傾国を建て直す〜

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 学歴も、才能もない底辺人生を送ってきたアラフォーおっさん。  運悪く暴走車との事故に遭い、命を落とす。  憐れに思った神様から不思議な能力【通販】を授かり、異世界転生を果たす。  異世界で【通販】を用いて衰退した村を建て直す事に成功した僕は、国家の建て直しにも協力していく事になる。

いらないスキル買い取ります!スキル「買取」で異世界最強!

町島航太
ファンタジー
 ひょんな事から異世界に召喚された木村哲郎は、救世主として期待されたが、手に入れたスキルはまさかの「買取」。  ハズレと看做され、城を追い出された哲郎だったが、スキル「買取」は他人のスキルを買い取れるという優れ物であった。

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

転生チートは家族のために~ユニークスキルで、快適な異世界生活を送りたい!~

りーさん
ファンタジー
 ある日、異世界に転生したルイ。  前世では、両親が共働きの鍵っ子だったため、寂しい思いをしていたが、今世は優しい家族に囲まれた。  そんな家族と異世界でも楽しく過ごすために、ユニークスキルをいろいろと便利に使っていたら、様々なトラブルに巻き込まれていく。 「家族といたいからほっといてよ!」 ※スキルを本格的に使い出すのは二章からです。

気づいたときには遅かったんだ。

水無瀬流那
恋愛
 「大好き」が永遠だと、なぜ信じていたのだろう。

[完結]異世界転生したら幼女になったが 速攻で村を追い出された件について ~そしていずれ最強になる幼女~

k33
ファンタジー
初めての小説です..! ある日 主人公 マサヤがトラックに引かれ幼女で異世界転生するのだが その先には 転生者は嫌われていると知る そして別の転生者と出会い この世界はゲームの世界と知る そして、そこから 魔法専門学校に入り Aまで目指すが 果たして上がれるのか!? そして 魔王城には立ち寄った者は一人もいないと別の転生者は言うが 果たして マサヤは 魔王城に入り 魔王を倒し無事に日本に帰れるのか!?

処理中です...