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しおりを挟む「それは災難だったね」
隣を歩くバーラントが笑った。対するエリカは不機嫌そうに、
「笑い事じゃありません……!」
と怒った。
「ごめん、ごめん。――でもまさか、君が市場にまで買い物をしに来るなんてね」
「アルメ…… ご主人様のご希望で、ここに来ているんです」
行き交う周囲の人々を気にして言った。
「そんなお手伝いさんみたいな口調、しなくてもいいのに」
「あなたはご主人様のお気に入りみたいですから、対等に話すわけには参りません」
「言葉のトゲに対等さが感じられるんだけどなぁ……」
「気のせいです」
「改まった場面でもなければ、いつも通りに話してくれていいんだよ?」
「これが普段通りの私です」
「文通のときは、もっと砕けた感じだったよ?」
「文通は所詮、文通でしょ?」
「まぁ、そうなんだけど……」
「そもそも、近侍と入れ替わって手紙をするなんて、悪趣味にも程がありますわ……!」
「いや、それはゴメン……」と頭をかくバーラント。「でも、君がラインツの件をあそこまで突っ込んでくるとは思わなくってさ」
「あなたが何をしているのか調べるためですもの。ご主人様のためにも、あなたの使用人の全てを調べさせて頂きますから」
「それについても謝っておきたいんだけど……」
「なんですか?」
「ゼバス以外に僕の使用人なんていないんだよ」
「ゼバスさんも、八年前の晩餐会に来られたのでしょう?」
「あっ、知ってるんだね、そのこと」
エリカが首をかしげる。
「あそこだよ、あそこ」
バーラントが露店を指差して言った。
「あの、右から二番目にある食べ物。あれならここのお茶とも合うんじゃないかな」
「――あれですか?」
「そう、あれだね」
店先に来たエリカが、店主に注文を言って、お金と引き替えに果物をいくつか鞄へ入れた。
「あら……?」
「どうかしたの?」
エリカが覗き込んでいる鞄を、バーラントも覗き込む。
「これって……!」
彼女が鞄から取り出したのは、失礼な男が見せつけてきた、あの革腕輪だった。
「いつの間に……!」
「ひょっとして、さっき言ってた怪しい革腕輪?」
エリカが困った顔でバーラントを見やり、
「どうしたらいいのでしょう……」
と、急にしおらしい感じで言った。そのせいか、バーラントも困ったように頭をかき、
「とりあえず、そのタイプの革はアル・ファーム製じゃないね」と答える。
「何か、違いがあるのですか?」
「うん、あるんだよ。――たぶん、ベリンガール製だと思う」と言葉を切って、周りを見渡し始めた。
「あっ、いたいた」
そう言って、彼がエリカの手を握る。
「あっ……」
「こっちこっち。あそこの露店の人に聞いてみよう」
バーラントの視線をたどると、そこには旅商人のような風貌の人が、風呂敷を広げて装飾品などを並べ、販売していた。その中には、先程の失礼な男が持っていたブレスレットと似た物もあった。
「この辺りでそのタイプの装飾品を売ってるのは、あそこだけだよ」
バーラントが前を向いたまま言った。
「どうして断言できるんです?」
紅潮するエリカが、引っ張られながら、怪訝そうに言った。
「あの人はベリンガールの装飾を売り歩いている商人さんだよ。ちゃんとここの販売許可も持ってる、信用できる人だ」
「お知り合いですか?」
「昨日、仲良くなってね。お礼も兼ねて何か買おうかなって思ってたんだ」
「この市場で、あそこだけが販売しているって証拠は?」
「せっかくアル・ファームに滞在してるんだし、僕の婚約者に贈り物がしたくてね。どうせなら自分の祖国の物がいいかなって。それで昨日と今日、方々を探し回ったから確かだよ」
エリカが急に黙った。彼女はバーラントの横顔を見ている。
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