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しおりを挟む結局、お茶会の設定はエリカと女中たちがおこなった。
そもそも彼の好みなんて現段階では分からないのだから、ある程度の幅を持たせつつ、一般的なものを準備しておくのが無難で確実だ。
「エリカちゃん」
顔馴染みの、年配の女中が言った。
「申し訳ないんだけど、ちょうど切らしていたものがあって…… これ、買ってきてもらえる?」
手紙を受け取ったエリカが、
「あれ? お茶菓子ってまだ残っていましたよね?」
「アルメリア王女がね、バーラント様に合う茶菓子を用意したいらしいの。それで、ベリンガールのお菓子をいくつか持ってきてほしいそうよ? あなたでなければ駄目なんですって」
軽く溜息をついたエリカは、観念した様子で、
「帰宅時間、予定よりも少し遅れると言っておいてください」
と言って、女中を苦笑いさせた。
動きやすい格好に着替えたエリカは、メモを懐に仕舞い、買い物籠ならぬ買い物用の鞄を肩から提げ、城下町へと向かった。
城下町は城を出てすぐ…… というわけではない。
城門を抜けて跳ね橋を渡り、下りの長く緩やかな階段を下りて、両壁に挟まれた真っ直ぐの道をしばらく行ってから存在する鉄門をくぐって、大きな橋の先にある楕円形の広場を抜けると、やっと城下町へと出ることができる。
広場には観光客も多く、そのまま抜けるには色々と不便である。
だから広場の外周を囲っている、石柱廊がある石造建築に入って、その中をグルッと回るようにして広場を出る。
もちろん、建物は関係者しか入ることができないし、外への出口はいくつかあった。
無事に城下町へ出たエリカは、しばらく歩いてから中央通りを外れ、町並みが市場に変わっていくところで、
「予備の茶菓子も買わなきゃいけないから……」
と、巡る売店の順番を考えていた。
普段なら買い付けの指定された店――いわゆる王族御用達で購入する。それらの店はほとんど中央通りに面したところにあるから、迷うことも無ければ気を遣う必要も無い。
だが、今回は市場にいかなければ入手できない物――ベリンガールの菓子であった。
――恋は盲目と言うけれど、本当にそうなんだなとエリカは思った。
だいたい、ベリンガールのお菓子なんてほとんど知らないし、それがお茶菓子になるなんて到底、思えない。アルメリアらしからぬ無茶ぶりだ。
(私の気遣いも知らないで……)
エリカがそんなことを思って角を曲がった矢先、何かにぶつかった。
「あっつッ……!!」
目の前の男性が、前屈みになりながら叫んだ。足下には筒状の容器が転がっている。
「ご、ごめんなさい……!」
慌てたエリカがすぐさまハンカチを取り出し、男性に差し出した。
「人通りが無くて、つい…… お使いください……」
男性はパッとエリカのハンカチを取り上げ、喉元や服を拭きながら、
「ったく、ちくしょう……!」と憤慨していた。
「い、市場にはあまり来ないもので……」
オロオロするエリカを余所に、男性は周りを見渡してから、エリカが落としていた買い物鞄を拾い上げた。
「どうしてくれるんだよ? ぶつけられて飲み物はこぼされるし、服は汚されるし」
エリカはムッとした。
不注意でぶつかったものの、ここまで言われる謂われは無い。
そんなエリカの気持ちなんかお構い無しに、男はハンカチをポケットに突っ込んで、懐から革製のブレスレットを取り出した。
ブレスレットは多重巻きを編み込んだ物で、中央に装飾と留め具を兼ねた、円形の金具がついている。
「見たところ、結構な身分の人間っぽいな」
エリカは答えない。
「こいつを買い取ってくれ」
「盗品かもしれない物に、お金を出すつもりなんてありませんわ」
きっぱり言った。すると男がゲラゲラと笑い出す。
「あぁ~あ、やっぱなんちゃってお嬢様か。道理でボケッと歩いてぶつかってくるわけだ。――しかし、こいつが盗品に見えるなんて、ずいぶんと節穴な目をしてるんだな? 綺麗なのは外面だけか?」
エリカが右手を出し、「買い物中なんです。謝罪も致しましたし、これ以上は何か言われる筋合いはありません。鞄を返してください」と言った。
すると「あれ?」と、聞き覚えのある声がした。
遠目に見覚えのある男がいる……
「エリカさん!」
――バーラントだ!
手を振って、こちらに近付いてくる。
自然、エリカの口角があがった。
「チッ」
と言うなり、男が鞄をエリカへ放り投げ、そそくさと立ち去る。
「ちょっとちょっと、どうしたんだ?」
軽い駆け足で寄ってきたバーラントが、言った。
「さっきの男性は? 知り合いじゃないのか?」
「――バーラント様」
彼は首をかしげた。
「よくぞ、やってくれました」
こう言って、親指を立てるエリカ。
「え? 何が?」
置いてきぼりのバーラントは、首を傾けていた。
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