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 さすがに意表を突かれたエリカは、ビックリした顔で、

「えっ? どうして?」と尋ねた。

「だってその人……! ナザール家の使用人なんです……!」
「えっと…… つまり、使用人を好きになったってこと?」

 うなずくアルメリア。呆然とするエリカ。

「で、でも、どうやって? 言っちゃなんだけど、使用人とお話する機会なんて無いでしょ? 晩餐会ばんさんかいなら特に……」

「その、当時はここのつと言うこともあって、なんというか…… あまりにも詰まらなく感じて、つい……」

「あ~……」と、エリカが苦笑った。「そういうことね」

「そ、そういうことなんです」
「月夜に照らされた美しい庭で、二人は出会って恋に落ちたと?」

 沈黙が流れる。

「まるで御伽話おとぎばなしね」
「そっちは本当の話なんです!」
「わ、分かったから」

 詰め寄ってきたアルメリアをなだめつつ、言った。

「――その使用人、仕えている家柄はナザール家で間違いないのよね?」
「ええ、間違いありません……」
「じゃあ、あたしが確かめてあげる」
「確かめ…… えっ?」
「だから、あたしが確かめる。婚約相手がどんなヤツで、あなたの出会った使用人がどういう人なのか」

「でも、どうやって確かめるのです?」
「婚約の件は、向こうも承知しているわけでしょ? ここは敵陣に乗り込んで、相手の尻尾しっぽをつかむのよ」

「えっと……」

 アルメリアは小首をかしげていた。

「つまりね」と笑みを浮かべるエリカ。「婚約者のいる家に行って、しばらく滞在するの」

「た、たた…… 滞在?! いきなりですか?!」
「もちろん、婚約できて嬉しいなんてお世辞でも言っちゃダメだからね? それとなく、どんな方なのか気になりまして~、みたいな感じで泳がせておいて。それで、使用人のことを調べましょう。後、ついでに相手のこともね」

「でも、そんなことは……」と、オロオロするアルメリア。

「大丈夫、いい考えがあるから。――例の魔導具を使いましょ」
「だ、駄目だめですよ! あの魔導具は代々、我が王家に伝わる宝物ほうもつの一つで……!」

「あたしがあなたと一緒に付いて行けば、研究も中断することになるし、お守りとして持たせてもらったらいいじゃない」

「そんな簡単に……」
「あのね、アルメリア」

 急にエリカが真顔になって言った。

「どんな立場の人間でも、自分の子供を愛しているなら、親としては幸せになってもらいたいものよ。父親である国王陛下へいかだって、人の子…… あなたの安全のために、きっと了承してくださるわ」

 アルメリアが視線を下げた。まだ迷っているらしい。

 エリカはもう一息だと思い、

「あたしも一緒にお願いしてみるから…… ね?」

 と、押すように言った。

 彼女がここまでい下がるのには理由がある。それは当然、アルメリアに対するお節介だけでは無かった。

 相手によっては自分の今の立場が危うくなる。
 せっかく衣食住いしょくじゅうを得られ、それなりに満足できる生活が送れているのに、『未来の旦那だんな様』がであったなら、アルメリアはおろか自分の生活もあやうい。

 どういう経緯でこの世界に来られたのか分からないけれど、日本ではロクに人生を謳歌おうかできなかったのだから、二回目の人生は少しでも長く過ごしたいというのが、人情である。

 結局はエリカに押し切られる形で、アルメリアは父親との交渉にのぞんだのだった。


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