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しおりを挟むマグニーの家から出たアリスは、足早にユリエルがいる病院へと向かった。
シェーンをロンデロントに送り届ける任を受けたライールとエリカも、今日、カントランドに到着するから、共にユリエルの退院を祝福しに行くと手紙に書いてくれていた。
だから合流してから病院に向かっても良かったが、いても立ってもいられなくて、一足先に、病院に向かってしまった。
しかし、彼女は急に病院の門前で立ち止まる。
――これほどの時間、彼と会わなかったのは始めてだ。
自分のせいで重傷を負ったのだし、今はもう聖女でもなんでもない。
こんな自分をどう見るのかと、不安になっていた。
熊がウロウロするみたいに、病院の門前でうろついていると、
「やっぱりな~」と、ユリエルの声がした。
アリスが驚いて、声のした方を見やる。
ユリエルはいつの間にか、門から出てすぐのところに立っていて、手を振りながら近付いていた。
「中で待ってるより、こっちから出迎えた方が速いかな? って思って」
「あ、あの……」
「ここで話すのもなんだし、孤児院へ行かないか?」
「えっ?」
「今はそこで暮らしてるんでしょ? グレイさんから聞いたんだ」
「え、ええ…… 私、もうバルバランターレン家の人間ではないから…… 無理を言って、家が見つかるまでのあいだ……」
しどろもどろなアリスに、ユリエルが近付いた。
彼はアリスの手を取って、
「じゃ、行こうか」
と、引っ張っていった。
孤児院の近くにある木の下に、グレイの姿があった。背が高いから目立ってすぐに見つかる。
ユリエルが手を振って呼びかけるから、グレイはムッとした表情で、
「何度言ったら分かる!」と怒鳴った。「その口の利き方は間違っている!」
両手で口を塞いだユリエルが、「ごめんっス――デス」と言った。
グレイはやれやれと言う顔でユリエルを見ていたが、アリスに目を向けていなかった。だからユリエルが、
「グレイさん」と言った。「アリスに挨拶しないしないんス――デスか?」
「なんだ、その言い方は……」
「そんなすぐには訂正できないっ――デス」
「分かった分かった。今日はもういい」
そう言って、グレイがようやくアリスを見やった。
彼女はうつむいている。
「その…… 手伝いに来たんだが、もうほとんど終わっているようだったのでな」
「え、ええ。荷物らしい荷物も無かったので……」
妙な沈黙によどんだ。
「二人とも、なんでそんなにぎこちないんスか?」
アリスとグレイが、同時にユリエルを見やった。
彼は気にする素振りも無く、
「いつもみたいに、普通に話したらいいんじゃないっスか?」
と言うから、アリスがやっと喋った。
「ど、どうお呼びすれば……?」
「そりゃ、お父さんでしょ。――グレイさんだってそうでしょ?」
ユリエルがそう言ってグレイを見やると、彼は横目になって、
「ああ、そうだな……」と、なんとか答えた。
「そういえばグレイさん、院長とはもう話をしたんスか?」
「ああ」と、グレイがアリスを見やる。「お前がこれから何をしたいのか、院長から聞かせてもらった」
「そ、そうですか……」
アリスはまだ、うつむいたままだった。
「子供っぽい夢ですが、できることからやっていきたいと、そう思ってはいます……」
「マグニーさんのところへは行ったのか?」
「はい。病院へ行く前に、少々お話をさせて頂きました」
「こちらも、お前に協力できることがあれば、ぜひ協力していきたいと考えている」
アリスが顔をあげた。
「しかし、一つだけ条件がある」
「条件、ですか?」
「お前に婚約してもらいたい人がいる」
「婚約…… ですか……?」
グレイがうなずく。対して、アリスは表情が曇っていた。
「し、しかし…… 私はもう、ただのしがない女で……」
「お前がまた、誰かに狙われたりしたら敵わんからな…… 相手にはもう、ここへ来てもらっている」
「…………」
「そこの男だ」
「えっ?」
「実は」とユリエル。「一週間くらい前に、グレイさんが俺と養子縁組するって言ってきたんスよ」
「俺が提案したみたいに言うな」
グレイがピシャリと言った。
「お前の悪知恵だろ。
それにお前が一番、世話がなくて体のいい理由付けになるってだけの話だ。勘違いするな」
「――いい案だって褒めてたくせに」
「なんだ?」
ユリエルがそっぽを向いた。
「ど、どういうことなの?」
ユリエルが話す前に、グレイが説明をし始めた。
「こいつはまだ十七で、護衛兵のままだ。護衛兵は神職の一つで、司教になる資格もある。来年までに鍛えあげて、こいつを司教にすれば、バルバランターレン家の後継資格を得ることができる」
「ほら」と笑顔のユリエル。「法文には『一八までに』って書かれてあるだけでしょ? 勤続年数や開始年数は書いてないから」
「な、なるほど……」
アリスは納得したような返事をするが、惚けていて、納得しているような顔になっていなかった。
「じゃあ、俺は孤児院へ戻る。
――ユリエル、アリスに頼んで言葉遣いや典礼作法をしっかり身に付けておけよ? できなければ、全てが台無しになるからな」
「合点、承知っス!」
グレイがギラリと睨んだ。
ユリエルがまた、両手で口を塞ぎ、
「――です」
「全く…… 先が思いやられる……」
首を横に振りながら言ったグレイが、孤児院の方へと歩いていった。
「あのさ、ユリエル君……」
「――何?」
「どういう意味……?」
「要するに、こういうこと」
そう言って、ユリエルがアリスの目前まで進んだ。
彼女の目をしっかり見つめ、
「アリスさん、俺と結婚してください。そして、一緒にバルバランターレン家を受け継いでください」
アリスは何も言えなかった。だから、ユリエルが続けた。
「これで、グレイさんのこと…… 何も気にせずにお父さんって呼べるだろ?」
「で、でも……」と、やっとアリスが言った。
「離婚は法的な継承の問題に掛かってこない。だから、親族に復帰するだけがいいって言うのなら、それでもいい。けど、俺は……」
とまで言って、少し間をあけてから続けた。
「俺は聖女アリスの跡を継いで、必ず大聖堂の司教になってみせる。他の連中も納得できるように、アリスと対等の存在になってみせる。これからも、お前と一緒に生きていきたいから…… だから――」
突然、アリスがユリエルに抱きついた。
そうして、やっと泣いた。
静かな涙だった。
ユリエルがアリスを優しく抱いた。
「一人で頑張ってきたもんな…… 今度から俺も傍にいて、アリスのやりたいこと、ちゃんと手伝うから。一緒に頑張ろうな」
「ありがとう…… 本当に、ありがとう……」
アリスは涙声で、なんとか言った。
木陰で抱き合う二人を、遠間の物陰から見つめる二人がいた。
「どうする…… エリカ……」
「そろそろ眺めるのはやめておきなさい。不作法よ?」
「あ、ああ。その通りだな」
ライールが木陰に背を向けつつ言った。
「やれやれ、こんなことになっているとは」
「でも良かったわね、二人とも」
「まぁ、収まるところに収まったか……」
「一件落着かしら?」
「いや、犯人たちをきっちり捕まえてやりたかった。特にハロルドは、逃げ果せたようなものだからな…… あまりいい落着とは言えん」
「そうかもだけど…… マグニー大司祭にとっては、一番いい結末だったと思うわよ?」
「まぁ、そういう意味でも収まるところに収まったと言えるか……」
「――あそこの二人が孤児院へ戻ったら、私たちも向かいましょうか?」
「ああ、そうだな。いつ戻るのか分からんが……」
急に、エリカがクスクスと笑い出す。
「なんだ?」
「ロマンスに弱い人よね、あなたは」
「ろまんす?」
「後夜祭のとき、一緒に部屋から花火を見たでしょ? ああいうの」
ライールはそっぽを向いた。
それで、エリカがまた笑いを抑えた。
「――そろそろ、リボンへ戻らないとね?」
「ああ。土産もそれなりに揃ったしな」
二人が空を見上げる。
いつぞやの出発の日のように、晴れやかな日和であった。
そこに、子供の声が入ってくる。
どうやらユリエルが来ていることを知った子供たちが、孤児院から出てきたらしい。
エリカとライールが、アリスたちの方を見やると、子供たちに取り囲まれていた。
とうの昔に祭りが終わったのに、どこか賑やかに見える。
二人はそう思って、団欒を眺めているようだった。
――了
――――――――
あとがき
――――――――
ここまでお読みくださり、誠にありがとうございました。
次回作の内容は特に決めていないので、そのときの気分で書く予定です。
アリスたちと同じ世界で、別の人物を主役にしたお話にするか、
全く別の世界を書くか、どちらかになると思います。
次回の投稿日時ですが、少々忙しくなってきたので、
8月か9月(ひょっとすると10月?)になると思われます。
(あくまでも予定です。あいだに短編を書くかも?)
お時間があれば、ぜひご覧下さい。
【最後に】
ブックマークや評価をして頂いた方、本当にありがとうございました。
読まれている実感があって、最後まで続ける気力が湧きました。
それから、追ってきて下さった方々もありがとうございます。
これも読まれている実感があって、投稿の気力につながりました。
そして、別作品ですが『感想』を書いて下さった方。
誠にありがとうございました。
実は小説の投稿自体が始めてで、勝手がよく分かっておらず、感想機能みたいなのがあるとは知りませんでした。
正直に言うと、ここ最近で一番嬉しかったです。
基本的に書きたい物を書く人間ですので、ひょっとすると好みの展開、面白い展開ではなかったかもしれませんが、暇つぶしになっていたなら幸いです。
では、新作でお会いできることを祈りつつ、
読了の皆様に、改めてお礼申し上げます。
ありがとうございました。
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