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しおりを挟む「この湖へ、王冠を投げ捨てたのね?」
エリカがアリスに言った。
彼女は暗い顔でうなずいた。
「――大丈夫。重傷だけど、一命は取り留めてるから」
「はい……」
二人は担架で運ばれていったユリエルを見送ったあと、悪魔の沼地の近くに来ていた。
ここで何があったのか、アリスから詳しく話を聞いている最中で、要塞跡から沼地に場所を移したところだった。
湖はさっきまでの透明な水面から一転、泥水が貯まった茶色の、汚い沼地になってしまっている。
時刻も夕暮れ時に差し掛かっているせいか、薄暗くなっていて、不気味さが増していた。
アリスはそんな沼地を見つめながら、
「ハロルドは、呪いを使った人間だけが呪いを解くことができると言っていました。だから、私はもう……」
「本当にそうかしら?」
エリカの意外な返答に、アリスが驚きながら振り返った。
「魔導具はね、大きく分けると二種類に分かれるって話なの。
一つは『術者と使用条件は限られるけど、効果に制限があまり無いタイプ』、もう一つは『術者や使用条件は緩いけど、効果に制限があるタイプ』。
あたしが持っている魔導具は前者だけど、王冠の呪いって、多分だけど後者だと思う」
「それは…… 使うだけなら、誰でも使えるということですか?」
「うん。だって、アリス様もハロルドも使えたって話だし……
もし異世界の人間しか扱えないって言うのなら、あたしの持ってる魔導具みたいに、あなたには扱えないか、血族じゃないハロルドには扱えないはずだから……」
「でも」と、アリスが横目になった。「王冠は沼の…… 悪魔の腹の中です。いくら生物に変身できると言っても、沼地から王冠を見つけるのは……」
「そうね。ハロルドのヤツが、王冠を探せなくするために、湖から沼地に戻したんだと思う。
彼の狙い通り、沼地から王冠を探し出して、陸に引きあげるっていうのは正直、厳しいでしょうね」
アリスが諦観の表情で、目をつむった。
「だけど、反省しているあなたを見捨てるほど、幸運の女神は残酷じゃなかったみたいよ?」
「えっ?」と、アリスの目蓋が開く。
「こっちに来て」
エリカが歩き始めながら言った。
アリスは従うしかないから、彼女の後を追った。
要塞跡には捜査官が何人かいて、周囲を調べている。
その中の一人に、エリカが声を掛けた。
敬礼して応じた彼は、持ち場を離れる。
しばらくして、袋を持って戻ってきた。
エリカはお礼を言って、アリスの元へ戻る。
「お待たせ」
「あの、それって……?」
「ご想像の通り」と、エリカが袋へ手を入れた。「呪いの王冠です」
袋から見覚えのある、美しい宝石がちりばめられた王冠が出てきた。
アリスは心底驚いていて、しばらく、あんぐりと口をあけたまま固まっていた。
それがおかしかったのか、エリカがクスリと微笑む。
「聖女様でも、そんな表情をなさるのね?」
「あっ! えっと、なんというか…… すみません、失礼な顔をしてしまって……!」
「こちらこそゴメンなさい、驚かせるようなことをして。
話の流れで、今の今まで言い出せなかったって言うか……
多分だけど、水中で爆弾が爆発したとき、岸の方へ王冠が転がったか吹っ飛んでいったか、したのかもね。 運良く、あたしが空から見つけることができたの」
「良かった、壊れてなくて……」
やっとアリスの顔に、少しだけ安堵が戻った。
「じゃあ、大聖堂のあなたの部屋へ戻って、元に戻るかどうか試してみましょうか」
「えっ? 大聖堂へ?」
「ここでやったらその服、破れちゃうと思うけど?」
アリスが自分の両手足を見ながら、「あっ」と言った。
「ハロルドたちを喜ばせる…… いや、悲しませるかな?
どっちでもいいけど、あいつらの墓標の前で服を着替える必要なんかないわよ。そうでしょ?」
アリスはやっと、口角をあげて微笑んだ。
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