聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~

暁 明音

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 屋上への扉は存在しなかった。
 だから、アリスとユリエルは容易に屋上へ出てくる。
 少し先を歩いたところで、ついにユリエルが膝を付いた。
 右の下腹部から下が、真っ赤になっている。
 やはり、止血はうまくいっていなかった。

 ――とにかく、できるだけ遠くへ。

 アリスはそう思って、彼の両脇下を自分の両肩へ乗せるように担ぎ、彼の胸骨が背中へ乗るようにしながら立ちあがった。

「大丈夫、歩くから……!」

 ユリエルは極力、彼女の負担を減らそうと体に力を入れる。

「向こうへ……!」

 アリスはそう言って、彼の体を引きずった。

 ――重い。

 小さな少女の背中に乗せておくには、彼の体は重すぎた。
 それでもアリスは、彼を死なせたくない一心で、重さに耐えていた。
 伝わってくる温もりが消えないようにと、願いながら歩いた。
 懸命に足や腕に力を入れて、歩いて、やっとの思いでパラペットの前に到着する。
 パラペットの向こう側には、湖が広がっていた。

「悪魔の沼地にようこそ」

 後方からハロルドの声がした。
 そう思ったときには、ユリエルの体がアリスの背中から、引きがされるようにどけられる。

 ユリエルが横向きの格好で、左肩から地面にした。
 アリスはユリエルの方へ行きたかったが、目の前のハロルドが銃を持っているため、簡単に動くことができなかった。

「どうです?
 悪魔の沼地も、最初は美しい湖だったわけですよ。時間の経過によって汚泥おでい堆積たいせきし、沼地に変貌へんぼうしてしまったのです。
 それを、ここのバカ連中は悪魔や勇者伝説の魔物に原因を求めた…… 老化もそういうものに原因を求める阿呆あほうが、実際にいるんですよ? どう思います?」

 彼はそう言って、頭の上にある王冠を取り外した。

「でも、魔導具の効果が永遠であるという記述に関してだけは、信じたいと思います」

 言うなり、彼は王冠を思いっきり湖の方へ投げた。
 それを視線で追うアリス。
 王冠はフリスビーのように飛んで行って、やがて湖に着水し、そのまま自重で沈んでいった。

「これで沼地に戻してやれば、あなたは一生、成長しない子供のままだ」

 アリスがすぐに、ハロルドの方へ視線を戻した。

「どうです? 取引しませんか?」
「取引……」
「俺と結婚し、そこの男のことを忘れるなら、男は見逃してやりますよ」
「他人をバカにする割りに、そういう取引は平気でするのですね……」
「あなたに拒否できますかね?」

 突然、アリスがパラペットの上に登って、振り返りながら立った。
 元々、身長が高い方だから、ハロルドよりも少しだけ背が高くなる。
 彼女はハロルドを見下ろしながら、

「今すぐにユリエル君を治療し、逃がしなさい」と言った。

「そうでなければ、飛びおります」
「ほう…… あなたもそういう取引を?」
「あなたが手段を選ばないのです。私だって選びません」
「飛びおりられるのですか? この男を放って……」
「なめるなよ、ハロルド……!」

 いつの間にか立ちあがっていたユリエルが、なんとか言った。

「アリスはな…… 一度やるって言ったらやるぜ、本当に……!」

 一瞬だが、長く感じるほどの静けさがただよう。
 アリスが少し後ろへ下がった。
 思わず、ハロルドが少し前に出る。

「ユリエル君を治療しなさい、ハロルド……
 本当はあなた、ユリエル君を認めているのでしょう?
 私を無事に捕獲したいと言うのなら、彼を助けなさい」

 彼は持っている銃をユリエルに向けて、発砲した。
 銃弾はユリエルの肩をかすめた。
 その勢いで、彼は尻餅をついて、右肩を押さえた。
 今度はかすり傷と言うより切り傷に近く、抑えた手から血が染み出てきている。
 下腹部だけではなく、全体が赤くなっていると言ってよかった。

「言ったはずだ」とハロルド。「俺はあいつが嫌いなんだ」

「――ユリエル君」

 横目でアリスが言った。

「私のせいでゴメンなさい…… もし来世があるなら、あなたのために全てを捧げます」
「そんなにいらねぇさ、別に……!」

 ハロルドがアリスの目を見る。
 彼女もハロルドの目をジッと見つめる。

「――嘘に見えますか?」
「こんなヤツのどこがいいのか……」
「あなたのような人間が、この世界に転生してきたというのなら、私たちだって他の世界に行くかもしれない……
 今のあなたと一緒になるくらいなら、そちらに希望を見出します」

「なるほど」

 そう言って、ハロルドがユリエルのそばに向かった。
 彼が上向いてハロルドを見やる。

「――痛いか?」
「お前も撃たれりゃ分かるぜ……!」
一度、味わったことがある。もう二度とゴメンだ」

 ハロルドはそう言って、ユリエルの腰に付いているサーベルを外し、その辺へ転がす。
 それから縄を取り出すと、彼の右半身の太股ふとももと肩、脇にくくりつけて、それぞれを縛って間接止血をした。

 いで、ユリエルを仰向けに寝かせる。

「痛かっただろう?」
「わざとだろ……!!」
「そういう側面もある。俺はお前が嫌いだからな」
「俺もだよ、クソったれ野郎……!!」
「――お前の方が異世界から来た人間だったら、良かったのにな」

 そう言って、彼は立ちあがった。

「アリス様、できるだけの止血はしましたよ? 文句は無いでしょう?」

 彼女が口を開こうとしたときだった。
 また銃声がした。
 ハロルドが撃ち抜かれた。
 さらに何発か銃声がして、彼の肩や腹部に当たる。
 彼は倒れまいと、パラペットのところまでヨロヨロと移動した。

「やぁっと追いついたぜ……! クソったれ野郎が……!!」

 アリスを誘拐した、眉に傷のある男――レックだった。
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