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しおりを挟むアリスが階段をあがりきると、天井が高く、広い部屋に出た。
礼拝室なのか正餐室なのか分からないが、中央がちょっとした壇上になっていて、その周りにも瓶が置いてあった。中には何も入っていない。
アリスは階段が無いか探した。
足音が近付いてきている。
『どこにも逃げ道は無いぞ?』
ハロルドの声が響いてくる。
アリスは壁の真ん中辺りにあった扉を、しばらく力一杯に叩いた。
「開いてッ!! お願いッ!! 開いてッ!!」
「――残念ですねぇ」
振り返る。
ハロルドが登ってきていた。
「こちらからは鍵をあけられないんですよ、そのタイプの扉は」
ゆっくりアリスに近付いていくハロルド。
アリスはどちらへ逃げるか考えていた。
しかし、歩幅の関係上、どうあってもハロルドに捕まってしまう……
「本当なら生きていてほしいんですがね…… 大人しくしていないのは、明々白々ですから」
ハロルドが目前まで来た。
両手の縄をピンと張っている。
「永遠に子供ではいられますよ。醜く、きたならしく老いることはありません」
どこからともなく、物が壊れる音がしてくる。
「――あなたが子供にモテない理由がハッキリ分かった!」
急に、アリスが強めの口調で言った。
ハロルドの目付きが鋭くなる。
アリスはその眼力に負けないよう、彼の目を見据えてさらに言った。
「子供は成長を欲する……!
成長を願わない人間は、あなたの言う『本能の優先』を妨げる不健全な存在……! あなたは相手の本能を考慮に入れない、自分の性欲を押しつけるだけの、単なる自己中心的なクズ男よッ!!」
「頭のいい子は大好きだ……!!」
嬉しそうな笑みを浮かべるハロルドが、縄をアリスの首元へ押しつけようとする。
アリスは相手の動きに合わせて、パッとしゃがみ込んだ。
そうして縄を回避すると、斜めの方向へ受け身を取るように前転し、すぐさまハロルドの膝裏へ体当たりをした。
さすがのハロルドも、前のめりで伸びている後ろ脚の膝が曲がって、バランスを崩す。
アリスはその隙に彼から素早く離れた。同時に、
「ユリエル君ッ!!」
と、叫ぶ。
前のめりのハロルドの頭を打ち付けるように、突然、扉が勢いよく開く。
体の均衡を崩していたハロルドは、横へ吹っ飛んだ。
「アリスッ! こっちだッ!!」
現れたユリエルが、手を差し伸べて言った。
アリスが彼と共に通路へ入る。
ユリエルは扉を閉めて、二つある内鍵を掛けた。
「ユリエル君……!」
思わず、彼に抱きつく。
ユリエルはアリスを抱きあげて、
「ひとまず屋上へ行こう……! ここから離れないと!」
「多分、階段は建物の中央にあると思う……!」
「じゃあ、あそこがそうだ!」
ユリエルが、見えている階段を見ながら走って、言った。
しかし、銃声がした。
ユリエルの腹部を貫通し、石壁に弾がめりこむ。
彼が倒れ、アリスは投げ出される。
「そんな……!!」
立ちあがったアリスが、ユリエルの傍に寄った。
すると、また銃弾が扉を貫通してくる。
アリスが小さな体を使って、ユリエルの上に覆いかぶさる。
何発か頭上を飛んでいった。
そして、扉をガンガン、殴る音がする。
顔をあげたアリスが、ユリエルの容態を確認する。
「しっかりして……!!」
「い、いいから行け……!」
苦しそうにユリエルが言った。
弾は腹部の皮膜か筋膜を通ったようで、急所を外していた。しかし、止血の必要があった。
叩いてた扉の音が、ピタリと止む。それが不気味であった。
アリスは急いで懐からハンカチを取り出し、それを傷口にあてがった。
ユリエルが痛そうな声を出す。
「このハンカチをしっかり抑えてて……!」
ユリエルがハンカチの上から傷口を押さえた。
真っ赤な液体がボタボタと垂れて、彼の指のあいだから流れ落ちている。
アリスが財布を出してから上着を脱いだ。
上着をユリエルの胴体に巻き付けて、袖同士をからめて結ぶ。そのとき、財布を中にかませていた。
かませた財布を持って、ぐるりと回転させながら、力一杯に縛りあげる。
子供でも相当な締めあげの力になるから、また、ユリエルが痛そうな声を出す。
「ごめんね……! 痛いけど我慢して……!!」
「だ、大丈夫、とにかく急ごう……!」
「ここを持ってて! 緩めないように!」
ユリエルは財布の部分を持ったまま立ちあがり、あいている手を壁に付きながら、息も絶え絶えに歩き出した。
今度は、アリスが先頭に立って歩き始める。
ユリエルが階段を登っていけるか、心配そうに見下ろしながら、先に登っていく。
中間に差し掛かった辺りで、扉を叩き割るような、そんな大きな音がしてきた。
「頑張って、ユリエル君……!!」
彼はなおも息を切らせながら、一歩一歩、アリスに導かれるように階段をあがっていった。
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