聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~

暁 明音

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「ちゃんと脱獄してきたんですね。しかも、ちゃんとここへ来て…… 偉いですね、アリス様。手間が省けます」

 アリスは自然と、ハロルドから離れるように後ろ歩きをした。
 ハロルドも自然と、アリスに近付くように歩いていた。

「オマケも付いてきてるのも、結構なことです。世話がありませんからね」
「それは……!」

 アリスが、ハロルドの手からぶら下がっている王冠に気付いて言った。

「ここに住んでいたのは、あなただったの……?」

 震える声を、なんとか抑えながら尋ねる。
 ハロルドが不適に笑った。

「寝食を忘れてここにいたこともありましたね。そういう意味では住んでいたと言えます」
「じゃあ…… 王冠を盗んだり、私を誘拐した男と一緒にいたのって……!」
「そうですね、俺です」

 アリスが固唾かたづを飲んだ。そして、

「どうしてユリエル君に罪を着せたのッ?!」

 と、威嚇するように叫んだ。
 彼はまた笑った。

「あいつ、嫌いなんですよ。――理由?
 バカだし老化した女を好きになってるクセに、子供から慕われてるんですよ? 悪質極まりない」

「第三者に聞けば、あなたが悪質だって大方は答えますよ……!」
「でも、少数は俺のことに賛同してくれるわけでしょ?
 そりゃそうですよ。男はみんな、若い女の子が好きだし、人間は己の本能から解放されることなんて無いんですから。
 大体、あなたも似たようなものじゃないですか。立場や役割よりも、自分の本能を優先させた。
 違いますか?」

「…………」
「本能の優先は、健康的で健全な考え方ですよ。じゃないと、生物は生きていられないんだから」
「ゼロか百かでしか、物事を捉えられないの?」
「あるか、無いか。それだけがこの世の真理ですよ。エレア派の…… いや、数学の証明みたいなものだ。あいだなんて、現実には存在しない」

「私たちは、数学の抽象世界で生きているわけではありません。連綿と続く現実の具体的な世界で生きているのです。
 それに、あなたの言い分は正当化のための自己弁護に過ぎません。あなたも私と同様、自分の間違いを間違いとして認め、逃げずに受け入れるべきです」

「現実ねぇ……」

 ハロルドが、石の壁をコンコンと拳で打ちながら言った。

「そう言うアリス様は、どこまで現実を把握しておられるのです?」

 眉をひそめるアリス。
 突然、また爆音と振動が起こった。
 棚のびんが、両隣のびんに当たって音を立てる。

「騒がしくて申し訳ありません。ちょっと殺し損ねた人間がいたようでね…… 今ので、ちゃんと始末できましたかね。あとで確認しに行かないと……」

 平然とハロルドが言うから、アリスは怖くて、何も言えずにいた。

「後はユリエルだけかな」
「ハロルド、あなたって人は……!」
「私は現実しか見ていないんですよ。だから、夢にあこがれるんです」
「そうは見えません……!」

「アリス様はこの王冠の呪いが、本当は魔導具の効果でしかないってこと、見抜くことができましたか? 魔導具だからこそ、この要塞も姿に戻れたんだ。違いますか?」

 アリスはなおも黙っていた。

「ハッキリ言って、ユリエルよりも俺の方が、どこまでいっても現実しか見てないですよ。だから、呪いの正体を見抜けたんです」

「悪態をついておきながら、やっぱりどこかで、ユリエル君を意識しているようですね?」
「そりゃあね。これでも同期だし、同じ孤児だし、何より……」

 と言って、彼は王冠をかぶった。

「子供にもてる」
「結局、それですか……」
「俺だってね、この世界に生まれ変わったとき、もうやめようと思ったんですよ。子供を愛することを。でもね、結局は無理だった……」

 アリスは警戒しつつ、後ろへ下がって、階段がある方に寄って行く。

「俺は、子供から逃げられない…… せっかく死んだっていうのに、また生きてるんだから。――アリス様は、死んだことってありますか?」

 顔をしかめるアリス。

「無いと言うことは、この世界の生まれですか」
「何を言って――」とまで言い、アリスがハッとした。
「俺が、王冠これを操れる理由…… 分かりましたか?」

 ハロルドは頭の上の王冠を、とんとん人差し指で打ちながら言った。

「あなたの力の引き出し方は不完全でしたが、俺の場合は完璧に操れるようですよ? 例えば、こんな風に」

 ハロルドが、四隅の方へ移動した。そうして、大きなびんの上をコンコンと叩く。
 暗さに目が慣れていたアリスは、びんの中を始めて視認できた。
 そして恐怖なのか怒りなのか、拳を握りしめ、体を打ち震わせていた。
 まがいなりにも司教をやっていたアリスにとって、許しがたい光景であった。

「ご安心ください。この方は病気か寿命で、先週あたりに亡くなった老婆です。最終的な実験のために、腐る前にここへ入れました」

「クズめッ……!! 墓を暴いたのねッ!?」
「言ったでしょう?」

 ハロルドが王冠をびんの蓋の上に置いた。

「俺はどこまでいっても現実しか見えてないんですよ。
 死体なんてただの物質なんだから、さっさと焼却して、骨も砕いて、そこら辺の地下にでも埋めてしまえばいい。風葬も土葬も、感染症の温床になるんだし。
 ――老化して腐っているも同然の物体なんて、効率よく焼却処分すべきなんですよ」
「あなたって人は――!!」

 不意にびんの中が光った。
 死体の影が小さくなっている。

「このように、ある程度の距離に来れば、対象物を若返らせることができる。残念ながら生き返ることはありませんがね。
 それと…… あなたにとっては残念なお知らせですが、あなたは二度と大人には戻らない」

「…………」
「この王冠の力は、使った人間によって制御されているようですからね。あなたが王冠を使っているあいだは、俺が王冠に干渉できなかった。
 だけど、今は俺があなたに呪いを掛けている状態です。
 ――もう、言わなくても分かるでしょう?」

「そうやって、町中の人を子供にするつもりなの?」

「いいですねぇ…… 素晴らしい世界だ。
 しかし、それだと俺の存在がバレてしまうでしょう?
 同じ異世界から来た人間がいるかもしれないし、あなたを大人という地獄へ引きずり込むかもしれない。それだけは避けないと…… 

 そもそも、俺はレックみたいに、たくさんの幼児をコレクションする趣味はありません。
 結婚は、多妻たさい制より一妻いっさい制の方が好きなんですよ。荒廃した土地柄ならともかく、通常の場合は一妻制の方が女性にとって得ですからね。
 ――ちゃんと相手のことも考えているでしょう?」

 彼は、ジッとアリスを見やった。
 身震いしたアリスが、両手を握って胸元へ寄せつつ引き下がる。

「あなたはうわさたがわぬ、本当に美しい少女だ…… ユリエルあいつれたのも分かる」

 アリスは少しずつ移動を始めた。
 ハロルドは彼女から視線を外さずに、ジッと見ている。

「部屋であなたを見たとき、運命を感じましたね。今までの誰よりも美しく、尊い……」 

 そう言って、彼はふところから縄を取り出した。

「無傷でその姿を永遠に保存したいですからね、痛くないようにしますよ。そして落ち着いたら…… ちゃんと初夜を迎えましょうね、アリス様」

 アリスは階段を目指して走りだした。
 ハロルドはそれを見送りながら、

「可愛いなぁ……」

 と言って、口角をあげていた。
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