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しおりを挟む不意に、卓上のランタンの炎が大きく揺らめいた。
五人の影も、合わせて揺らめいた。
「マグニー大司教」とライール。「あなたは、ハロルドを幼少の頃に引き取っておられますね?」
「そうだ」
「ハロルドとは、どこで養子縁組をなされたのですか?」
「答える必要があるのか?」
「答えられるのですか? 本当のことを」
沈黙が流れた。
「どういうことだね……?」
シェーンが尋ねる。
「通常、里親や養子になる場合は、孤児院などの特別な施設から引き取るのが普通です。場合によっては直接のやり取りから、行政を使いますが……
ハロルドの場合、そのいずれにも関わった形跡がありません」
「つまり」とグレイ。「彼は正規の手続きで養子になっていないのか?」
ライールがうなずいた。
「勝手な推測をお許し願いますと…… ハロルドは捨て子か何かで、施設や行政を経由していない子供だったのではありませんか?」
「その通りだ」
マグニーが言った。
「あいつは……」と、言葉に詰まる。しかし、声量をあげて言った。
「流産のあと妻を亡くした、翌日の晩に見つけた。あいつは寝室にいたんだ……
まだ幼かった。五歳になっているかどうかという年齢だ。自分がなぜ、ここにいるのさえ分かっていないようだった……
不法侵入してきたと思うには、あまりにも幼かったんだ。だから…… 哀れな私をおもんばかって、神が私に授けてくださった命だと思った」
ここまで言ってから、一息ついて、
「そう思わないと、生きられなかった……」
と、最後は吐き出すように言った。
「――マグニー大司祭の事情は、ほぼ話して頂いた通りでしょう」
頃合いを見て、ライールが言った。
「このことから、一つ分かることがあります」
マグニーを始め、グレイやシェーンも聞き耳を立てていた。
「普通、五歳前後の幼少の子供が、屋敷の、しかも二階にある寝室に入れるでしょうか? たった一人で、戸締まりをしてある屋敷の中へ、誰にも気付かれずに……」
「考えにくい」とグレイ。「むしろ、不可能と言っていい」
「そうすると、彼は異世界からやってきた人間かもしれません。ここにいるエリカのように」
全員がエリカを見やった。
彼女は臆すること無く、
「彼が私と同じ世界からやってきたのか、それは分かりません。
だけど、同じ異世界者である可能性は高いと思っています。
実験結果の書き方から察するに…… この世界ではまだ発見されていない、未知の知識が使われていますから」
「この考えが正しいとするなら、ハッキリ分かることがあります。
――彼は、魔導具を扱えるのです。
これは詰まるところ、魔導具である王冠の『呪い』を、彼は自由に操作できるということに他なりません」
「呪いを…… 可能なのか、そんなことが……」
「正直に申し上げると、私自身が魔導具を扱えないので想像ができません。
ただ、エリカが言うには特定の条件で使用できるものと、波長が合うと使えるものとに分かれるそうです。
王冠はおそらく、前者…… 特定の条件です。その条件をどこかで知ったのでしょう」
ここまで言ったライールが、マグニーを見やった。
彼はジッとライールを見つめている。
先程までの頑なな姿勢は消えていて、説法を聞いているときのような表情をしていた。
だからライールは、「王冠という存在は」と続けた。
「彼にとって唯一無二の宝物と言えるでしょう。
彼は…… ハッキリ言いますと、幼児嗜好が強い人間です。
そこへ意図的に幼児化できる王冠があったら…… どういう行動に出るでしょう?」
「まさか……!」と、グレイがつぶやくように言った。
「アリスのように、大人を子供にしていくつもりなのか……?!」
「それだけではありません」
「他にもあるのか……?」
「先程、シェーン大司教がおっしゃったことに繋がります」
「私の?」
「手紙と薬品の瓶の関連性です」
シェーンの目付きが鋭くなった。
「エリカが言った通り、ハロルドはレックにあてた手紙の中で、何度か大人になる子供のむなしさに言及し、憤りを持っていたようでした。
彼は次第にこう思ったことでしょう。『どうにかして、成長を止める方法を見つけたい』と」
「つまり…… どういうことだ?」とグレイ。
「ここの瓶は、幼児の遺体を保存しておくための実験容器と考えられます。
先程も言いましたが、瓶に入っているのは全て幼虫であり、地下室には哺乳類などの幼体も確認されています。
そして…… 実験の記録帳を見るに、亡くなった当時の状態を保存し続ける溶液の開発に、成功していると思われます」
「なんということだ」
シェーンが珍しく、表情を崩して言った。
「なんという…… 正気か? つまり子供を……」
「失礼かつ無礼を承知の上で、申し上げますが……」
と、ライールも珍しく、哀れみの目でマグニーを見て言った。
「手紙や記録から推理すると、ハロルドは常軌を逸した性異常者です。
目的は子供を、容器の液体につけて保管しておくことだと思われます。記録から、死姦も考えているようでした。だから、自分で保存液を開発したのでしょう。
そうすると王冠は、自身の目的を達し易くするための装置と考えているはずです」
「どこにいる……?!」
拳を握りしめたグレイが、鬼の形相で言った。
「ヤツはどこにいるッ?!」
「グレイさん、落ち着いてください。
――マグニー大司祭のご自宅から死体が見つかった以上、指名手配されているのはユリエルではなく、すでにハロルドです。家宅捜索の前から警備隊長に言って、町中を捜索してもらっています」
「私も捜索に参加する! いいな?!」
「お願いします。ただし、警備隊長の指示を仰ぐこと。これは統率の観点からも絶対です。あと……」
「――なんだ?」
「防衛以外には、絶対に刀剣を抜かないこと。防衛であったとしても殺しは無しです。いいですね?」
「…………」
「承知できませんか?」
「分かった、約束する」
「助かります」
「まずは町内議員の連中と会って、カントランドへの、人の出入りを止めさせる。奉納祭だとか言ってる場合じゃない……!」
「いい考えです、私も賛成します。現状、検問を敷いているだけですので」
「また後で会おう。――引き続き捜索を頼むぞ」
ライールが応えるように一礼すると、グレイは足早に屋根裏の部屋から立ち去った。
「ここは任せておいてくれ」
シェーンが、マグニーをチラッと見やって言った。
「お願いします。――お前たち、大司教と大司祭を頼んでおくぞ」
その場にいた捜査官たちが敬礼した。
「エリカ……」
「まず、二人と王冠を見つける…… ハロルドたちはその後でもいいわね?」
ライールがうなずいた。
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