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しおりを挟む昼過ぎとなっていた。
ライールとエリカが家から出てくると、門の辺りからマグニーが走ってくるのが見えた。
「ラ、ライールさん!」
「どうかなさいましたか?」
「これは、どういうことですか?!」
「――死体を見たのですか?」
「私の家で、何が起こったのです?!」
ライールはエリカと目を合わせた。そして、マグニーにまた視線を戻した。
「マグニー大司祭、落ち着いて下さい」
「説明してくれ! ライールさん!」
「今から、我々と屋根裏部屋へ来てもらえませんか?」
「や、屋根裏……?」
「少々、残酷な事実を知ることになりますが…… 構いませんか?」
「――マグニー大司祭」
彼の後ろから、いつの間にか来ていたグレイが言った。シェーンも傍にいる。
「私たちも同行させて頂きたい。――個人的な感想で申し訳ないが、あなたも被害者のようだ」
「なんですと……?」
「そう…… 私たちも知っておかねばなりませんよ、マグニー大司祭。間違いなく、異常なことが起こっていたんですから」
シェーンがそう言って、ライールへ目配せする。
だから、ライールが「こちらです」と言って、踵を返した。
五人は二階のさらに上にある、秘密の部屋へと入る。
ライールとエリカが来たときとは違い、すでに何人かの捜査官がいた。それに、燃料系のランタンがいくつか机の側に置かれてあって、明かりを灯している。
だから、部屋の中はそれなりに明るくなっていた。
「こんな場所があったとは……」
マグニーが呆然とした顔で言った。
「こちらの手紙をご覧下さい」
ライールが机に言って、待機していた捜査官の一人から、手紙を受け取った。
それをマグニーに見せる。
「宛名がレックと書かれてあるでしょう? インクの具合から見て、つい最近、書かれたものと言っていい。――レックのことはご存じで?」
「確か、君たちが捜しているという指名手配犯……」
「まだ確定ではありませんが、筆跡は彼のものと言えます。つまり――」
「あり得んッ!!」
遮るように、マグニーが自分の手を横へ払いながら言った。
「あの子は……! 指名手配犯に手を貸すようなバカじゃあ無いぞッ!
自分の立場と役割をよくわきまえているんだッ!
何か原因があるはずだッ!! 手を貸さざるを得なかった原因がッ!!」
「その原因、この手紙で分かると思います」
エリカが、持っていた手紙をマグニーに渡した。
「いくつかの手紙は、暖炉にくべて燃やしたようです。けれど、全ての手紙に目を通す余裕は無かったようですわね」
「――すまないが、どういうことか説明してくれ」
手紙を読み終えたマグニーが言った。
隣から読んでいたらしいグレイが、
「私にもよく分からなかったな…… 普通のやり取りに思える」
「その手紙に、ダガーという人物の名前が入っていたと思います」
「ダガー…… ああ、確かにあったな」
「その人物から、約束に対する取引がうまくいきそうだとする旨の内容です。約束の中身は置いておいて、ダガーという人物とつながりがあるということは、ベリンガールの反社会組織とつながりがあったということでもあるのです」
マグニーは首を横に振っていた。自然と振っていたようだった。
「ダガーは反社会組織のメンバーだった男です。そいつと手紙のやり取りし、レックともつながりがある…… これは、残っている手紙からも明らかになっている事実です」
「じょ、状況証拠でしかない……!」
「ユリエルも状況証拠で逮捕されましたからね。拘留して聴取するには充分な証拠と言えます」
「何が目的だッ?!」
マグニーが言った。
「単純に、犯罪を楽しんでいただけと言うのか?! それは絶対にあり得んッ!
あの子は損得勘定を強く意識する子だッ! 良くも悪くもそういう子なんだッ! どこに得があるッ!?
緊張感を得るためだというなら、もっとあり得ないぞッ!!」
「待ちなさい、マグニー大司祭」
あいている隣に来たシェーンが、彼の背中をポンッと打ちながら言った。
「とにかく、彼の話を聞こうじゃないか」
「ありがとうございます、シェーン大司教」
そう言って、ライールが棚の方へと歩いて行く。そうして、瓶を一つ棚から取って、それを机の上に置いた。
「彼は何かしらの化学実験をしていたようです。ご存じでしょうか?」
「まぁ…… 何かしらの薬品を購入しているのは知っている。だが、それは酪農業に関する研究だと言っていた」
「この瓶に入っているのは昆虫です。もっと言うなら、有象無象の『幼虫』なのです。しかも、集められている虫には区別も法則性も無し…… 本当に酪農業に関する研究でしょうか?」
「…………」
「さらに、おぞましいと言える手紙も見つけました」
ライールはそう言って、机から新たな封筒を取り出した。それは少し古く、黄ばんでいる。
「この部屋に隠してあった、小さな金庫から見つけました。鍵は二重底の引き出しにありまして…… そういう意味では、かなり厳重に保管されていましたと言えます。
――厳重な理由は、宛名をご覧くだされば分かりますよ」
「女神様へ……?」
マグニーはそう言ってから封筒をあけて、中の手紙を読み始めた。
読み進めるに従い、彼は固唾をのんだ。
両隣から覗くようにして読んでいたグレイとシェーンも、顔をしかめたり、得も言われぬ表情を浮かべている。
「この町の孤児院にいたと思われる、女の子との文通でしょう」
「彼は」とエリカ。「少年になりきって、十代かそれ以下の女の子に手紙を送っていたことが分かりました。 州都のロンデロント、首都リボンから、ベリンガールのベネノア、エルエッサムのミルドガルズ……
それから、決定的な証拠と言えるものとして、子供の素晴らしさをレックと語り合った手紙も入っています」
「なぜ…… 燃やさなかった?」
グレイが不意に言った。
エリカは彼を見やって、
「大切な思い出だからです…… 彼は、本気で年端もいかない女の子に恋をしていました。そして、レックとの手紙にも書かれてありましたが、『年老いていく女の子』に我慢がならなかったことも――」
「出鱈目だッ!!」
マグニーが手紙を引きちぎるような勢いで、つかみながら叫んだ。
「こんな手紙で……!!」
「まだまだ金庫の中にあります」
ライールは無慈悲とも思えるよな言葉を投げた。
「女の子からの返信がほとんどですが…… 宛先不明で戻ってきた手紙もかなりあって、その一つがマグニー大司祭のお読みになっている手紙です」
「ライール君、ちょっといいかのう?」
シェーンが言った。
「その手紙と、薬品の瓶とになんの関連性がある?」
「それは……」と言って、ライールがマグニーを見やった。
「大司祭、あたなはもう、やめておきましょうか?」
「続けろッ!」マグニーが睨んで言った。「私は信じておらんッ! 状況証拠だけだからな……! 信じる要因はないッ!!」
「――先に、あなたとハロルドの関係をお話しした方がよさそうですかね」
「関係……?」
「あなたの実子では無いそうですね? ハロルドは」
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