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カントランドは元々、鉱物の名産地であり、町外れの山々にはいくつか発掘現場があった。
その中には大昔に閉鎖された場所もいくつかあって、ユリエルたちが向かっている鉱山は、約一〇〇〇年前――つまり勇者伝説に出てくる廃鉱山である。
今は観光名所として使われているため、天然の洞窟に、真新しい木組みの枠で補強してあった。
当然だが、奉納祭の期間中は閉鎖されており、周辺にある建物共々、鉄格子の両扉によって入り口が塞がれている。
その扉の鍵をちょちょいとあけたユリエルが、アリスを連れて廃鉱山の中へと入っていった。
入ってすぐのところにある発光ランタンを持って、青白い光で周りを照らしながら奥へと進んでいく。
「これからどうするの?」
「ひとまず別の坑道に出て、要塞跡の向こう側へ行こうと思う。そこなら人目にも付かないし、ゆっくりと考え事ができるだろ?」
「要塞跡……」
「大丈夫だよ。そこに留まるわけじゃないから」
「でも、王冠の呪いの発祥地みたいな場所だし……」
「今は王冠を持ってないだろ? 俺としては、潔白は無理でも王冠だけは必ず取り戻したいから、国境付近を拠点にして、夜に町へ戻る感じにしようかなって」
「あの……!」
ユリエルが隣のアリスを見やった。
「こ、国外に逃げるとかは? ここからならエルエッサムに行けると思うし……」
「駄目だ」
「でも……」
「グレイさんとの決着がついてないし、逃げたところで必ず捕まるよ。
――それに、呪いで子供のままなんて嫌だろ? 病気と違って意図的に、一生、成長させないって言われてるようなものなんだし」
アリスが黙った。
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって」
「お気楽なんだから……」
二人は、夜の闇よりも暗い坑道の奥を、なおも進んでいった。
地面は濡れていて、どこからともなく水滴が落ちる音が反響してくる。
アリスは自然とユリエルの傍へ寄って、強く手を握った。
「昔、ここを探検したことがあったんだ」
ユリエルが言った。
「どこに繋がっているのか、物凄く気になってさ」
「私は話にしか聞いたことがないから…… どうなってるのか分からない」
素直に不安を打ち明けるアリスに、ユリエルが少し笑った。
「大丈夫、観光地として整理されてるから。――途中までだけど」
「その…… 途中までって、やっぱり要塞跡の手前までってこと?」
「まぁな。だけど、要塞跡の近くになってくると、石作りのトンネルって感じになってくるから、ここよりは不気味さは薄れてくると思う」
「冒険したって言ってたけど…… ひょっとして、要塞跡に入ったってこと?」
「ああ…… 普通に廃墟だったけど」
「本当に、昔のあなたって無茶苦茶なことするんだから……」
「――ちょっと、生き急いでたのかもな」
「えっ?」
「ほら、俺って両親の顔も知らないし、将来どうなるのか、どうしたいのかって、全然、想像できてなかったから」
「…………」
「自由なあいだに、悪魔の沼地って場所には、本当に悪魔がいるのか確認してみたかったっていうのがあったんだよ。
――大聖堂の霊廟に、少女の亡霊がいるって噂は本当なのかって話とか」
ユリエルが、少し後ろにいるアリスへ目配せした。
彼女はユリエルの視線に気付いて、目を合わす。
「亡霊の噂は本当だったけど」
「そうね…… 最初は恥ずかしいところ見られて、凄く辛かったけど」
「姐さん……
いや、アリスは俺を正しい方向に導いてくれたし、だからこそ、なんとしてでも大人に戻ってほしい。他の人たちも導いてあげてほしい。バルバラントの英傑みたいに」
「…………」
「俺も手伝うからさ。司教じゃなくなった後も、この町に残ってほしいんだ」
「いいけど、条件がある」
「ん? 条件?」
「その……」と言って、息を整えるアリス。
ユリエルはまた、少し後ろの彼女を見やった。
「わ、私――」
不意に爆発音がして、坑道全体が揺れた。
アリスが、ユリエルにしがみつく。
「な、なんだ……?!」
しばらく揺れが続いて、土埃がパラパラと落ちてくる。奥の方から土っぽい風が吹いてきて、二人は目をつむって、その風に耐えた。
そうして揺れが収まる。
「まさか……」
「ユリエル! 早く抜けましょう!」
「そ、そうだな……! 悪いけど、また抱えるぜ?」
アリスがうなずき、両手を上に目一杯、伸ばす。
ユリエルは彼女を胸元へ抱えあげ、なるべく早く坑道を出ようと、必死に走った。
その中には大昔に閉鎖された場所もいくつかあって、ユリエルたちが向かっている鉱山は、約一〇〇〇年前――つまり勇者伝説に出てくる廃鉱山である。
今は観光名所として使われているため、天然の洞窟に、真新しい木組みの枠で補強してあった。
当然だが、奉納祭の期間中は閉鎖されており、周辺にある建物共々、鉄格子の両扉によって入り口が塞がれている。
その扉の鍵をちょちょいとあけたユリエルが、アリスを連れて廃鉱山の中へと入っていった。
入ってすぐのところにある発光ランタンを持って、青白い光で周りを照らしながら奥へと進んでいく。
「これからどうするの?」
「ひとまず別の坑道に出て、要塞跡の向こう側へ行こうと思う。そこなら人目にも付かないし、ゆっくりと考え事ができるだろ?」
「要塞跡……」
「大丈夫だよ。そこに留まるわけじゃないから」
「でも、王冠の呪いの発祥地みたいな場所だし……」
「今は王冠を持ってないだろ? 俺としては、潔白は無理でも王冠だけは必ず取り戻したいから、国境付近を拠点にして、夜に町へ戻る感じにしようかなって」
「あの……!」
ユリエルが隣のアリスを見やった。
「こ、国外に逃げるとかは? ここからならエルエッサムに行けると思うし……」
「駄目だ」
「でも……」
「グレイさんとの決着がついてないし、逃げたところで必ず捕まるよ。
――それに、呪いで子供のままなんて嫌だろ? 病気と違って意図的に、一生、成長させないって言われてるようなものなんだし」
アリスが黙った。
「大丈夫、大丈夫。なんとかなるって」
「お気楽なんだから……」
二人は、夜の闇よりも暗い坑道の奥を、なおも進んでいった。
地面は濡れていて、どこからともなく水滴が落ちる音が反響してくる。
アリスは自然とユリエルの傍へ寄って、強く手を握った。
「昔、ここを探検したことがあったんだ」
ユリエルが言った。
「どこに繋がっているのか、物凄く気になってさ」
「私は話にしか聞いたことがないから…… どうなってるのか分からない」
素直に不安を打ち明けるアリスに、ユリエルが少し笑った。
「大丈夫、観光地として整理されてるから。――途中までだけど」
「その…… 途中までって、やっぱり要塞跡の手前までってこと?」
「まぁな。だけど、要塞跡の近くになってくると、石作りのトンネルって感じになってくるから、ここよりは不気味さは薄れてくると思う」
「冒険したって言ってたけど…… ひょっとして、要塞跡に入ったってこと?」
「ああ…… 普通に廃墟だったけど」
「本当に、昔のあなたって無茶苦茶なことするんだから……」
「――ちょっと、生き急いでたのかもな」
「えっ?」
「ほら、俺って両親の顔も知らないし、将来どうなるのか、どうしたいのかって、全然、想像できてなかったから」
「…………」
「自由なあいだに、悪魔の沼地って場所には、本当に悪魔がいるのか確認してみたかったっていうのがあったんだよ。
――大聖堂の霊廟に、少女の亡霊がいるって噂は本当なのかって話とか」
ユリエルが、少し後ろにいるアリスへ目配せした。
彼女はユリエルの視線に気付いて、目を合わす。
「亡霊の噂は本当だったけど」
「そうね…… 最初は恥ずかしいところ見られて、凄く辛かったけど」
「姐さん……
いや、アリスは俺を正しい方向に導いてくれたし、だからこそ、なんとしてでも大人に戻ってほしい。他の人たちも導いてあげてほしい。バルバラントの英傑みたいに」
「…………」
「俺も手伝うからさ。司教じゃなくなった後も、この町に残ってほしいんだ」
「いいけど、条件がある」
「ん? 条件?」
「その……」と言って、息を整えるアリス。
ユリエルはまた、少し後ろの彼女を見やった。
「わ、私――」
不意に爆発音がして、坑道全体が揺れた。
アリスが、ユリエルにしがみつく。
「な、なんだ……?!」
しばらく揺れが続いて、土埃がパラパラと落ちてくる。奥の方から土っぽい風が吹いてきて、二人は目をつむって、その風に耐えた。
そうして揺れが収まる。
「まさか……」
「ユリエル! 早く抜けましょう!」
「そ、そうだな……! 悪いけど、また抱えるぜ?」
アリスがうなずき、両手を上に目一杯、伸ばす。
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