聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~

暁 明音

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 散らかっている警備隊の詰め所に入ったライールとエリカが、警備隊長の部屋の扉をノックした。

『なんだ?!』
近衛このえ騎士のライールです。ぜひとも、お話したいことがあります」

 しばらく返事が無かったものの、
「どうぞ」
 と、警備隊長が扉をあけて出迎えた。

 部屋の中に入ったライールは、燻製くんせいになっている書類の束を見やりながら、

「思ったより、被害が少なそうで良かったです」と言った。

「冗談じゃないですよ! このクソ忙しい時期に……! ユリエルのヤツ、色々とんでもねぇことしやがって……!」

「そのユリエルについて、少々お話があります」

 エリカが言った。
 警備隊長が溜息交じりに二人を見やって、

「そうだと思いましたよ。
 あなた方が捜しているという、例の指名手配犯とつながっているんですからね」

「全くの逆です」
「は? 逆……?」

 訳が分からないという風な顔で、警備隊長が聞き返した。

「ユリエルは単純に、罠にめられているだけであり、今回の件は冤罪えんざいです」
「いや、しかしですね……!」

「彼が、王冠と聖女様を奪って逃亡を図るというのが目的なら、もっと早くにできていたはずです。例えば、シェーン大司教が到着した当日だとか。
 しかし、彼はその当日、子供と祭りの屋台を回っていただけですよね? なぜ、さっさと聖女様を誘拐しなかったのでしょう?」

「その子供は、あいつの家で保護した子なんですよ。身の毛もよだつ出来事ですが、あいつはその子供にぞっこんだったんです……! 幻覚や催眠を引き起こす薬物まで使って、誘拐したんですよッ!」

「他にも」エリカが冷静に言った。「色々と不可解な点がありましたの。そこで一から考え直して、『脱獄の幇助ほうじょをした人間は誰か』という点を考えることに致しました」

「それは…… レックというやからか、ジャナスという詐欺師が関わっているのでは?」
「警備隊長にうかがいたい」

 ライールが鋭い目をして言った。

「あなたはハロルドと一緒に行動を共にしていましたね? いつから、ユリエルが怪しいということを考え始めたのです?」

「それはもちろん――」とまで言って、口を閉じた。
「どうかしましたか?」
「いえ…… 捜査中のことなので、まだ外部にお伝えできる段には至っておりません」
「それは、アリス様が子供になっているというお話しでして?」

 エリカが横槍を入れると、案の定、警備隊長があんぐり口と目をあけて、エリカを見ていた。
 彼女はニヤリとし、

「ご安心ください、警備隊長。すでにグレイ様を始め、シェーン大司教やマグニー大司祭にも知られている状況です」

「ど、どうして……」
「グレイさんが直接、その目で保護している子供を見たからですわ。――あの家柄にふさわしい親子喧嘩も、少々あったようですけれど」

「じゃあ、まさか……!」
「身元不明の、あの子供こそ…… 聖女アリス様です」

 警備隊長は混乱していた。
 気持ちを落ち着かせようと、部屋の奥にある執務机へ移動して、椅子いすにドカッと座った。
 そうして、おもむろにタバコへ火を付けた。

「火事にはご注意ください、警備隊長」
「あ、ああ……」

 警備隊長は灰皿に、タバコの灰を落とす。

「やれやれ……」と、警備隊長がやっと言った。「それでは私が、予備用の鍵を盗まれてしまったのも……?」

「そちらも、ご安心ください」とエリカ。「予備用の鍵の件は、まだグレイ様たちには知られておりませんわ。だから、今から事実をお話ください」

「とても重要なことなんですよ」

 ライールも、エリカの言葉に重ねるよう言った。

「いつから、ユリエルが怪しいと思ったのです?」
「王女を子供にして、夜な夜な町へ繰り出しているという話を聞いてからですよ。
 そこで、別の子供を拉致監禁していた可能性も浮上して…… それで、確かに身元不明の子供を見つけたのです。――彼の家でね」

 煙と一緒に、彼は言葉を吐いた。

「ハロルドから聞いたのですね?」とライール。
「ええ。彼は議事堂で説法をした日の夜、ユリエルが連れ回しているのを見たと言っています。それで調べたら出るわ出るわ、ユリエルが子供を連れていたって証言が……
  ――あなた方も、子供と接触していたと聞いておりますが?」

「ええ。
 偶然ですが、追い掛けられていたところを助けました。
 その後、子供がユリエルと一緒に帰るというので、彼を詰め所から連れていきました」

「そちらの言葉は、そのまま信じてもいいのですか?」
「嘘は言ってませんが、どちらでも構いません。ただ、あなたがハロルドの言葉によってユリエルへの疑惑を持った…… これだけは、うそ偽りのない事実だと認識しております」

「ええ、事実ですよ、うそではない…… 事実だ」

 そう言った警備隊長は、思いっきりタバコを吸った。

「私たちは」と、エリカが言った。「金庫の番号と鍵と、あとは部屋の主がいない時間帯を把握できる人間が誰なのか、それを考えました」

「それで…… いったい誰が予備用の鍵を盗んだと?」
「ハロルドと考えています」
「バカな……」

「動機は不明です」とライール。「しかし、金庫に関する情報と、あなたの日常行動を把握できる人間は、それほど多くはいないでしょう。むしろ、直近でならハロルドさんと行動を共にしていたことが多かったのでは?」

 警備隊長が、またタバコを吸っていた。

「一度、彼と会って事情を聞かねばなりません。保護の子供がアリス様本人であったことを、知っていたか否かも含めて。
 だが、そのためには警備隊長がそばにいる必要があります。
 そうでないと、話をはぐらかされる可能性が高いので」

「分かった、協力しますよ……」

 そう言ってから、警備隊長はタバコを灰皿にこすりつけた。
 白い煙の線が細くなって、段々と消えていく。

「ところで、レックとやらの捜査はどうなっておるのです?
 居場所が特定できていないという話ですが……
 私としては、そちらもユリエルと同じくらい気に病む事態なんですがね」

「ご安心ください」

 エリカが三回目のご安心下さいを言った。

「潜伏先の目星を付けつつあるところです。ただ、どうしても警備隊長のお力が必要でして……」

「もうこうなったら、あなた方に全面協力しますよ。
 ――いや、最初から全面協力はしていましたがね」

「その通りですわ、警備隊長。あなたと警備隊の尽力なくして捜査は進展いたしませんでしたもの。
 ご協力に感謝いたします」

 エリカが、うやうやしくお辞儀をした。

「早速で申し訳ありませんが」とライール。「お言葉に甘えて、お願い申し上げます。今からマグニー大司祭の家宅捜索を許可して頂きたい」

「――は?」

「あと、ハロルドの身柄の拘束も。それから簡単でいいので、マグニー大司祭の家族構成と過去も知りたい。教えて頂けますかね?」

 警備隊長は、全くもって不可解だと言いた気な顔で、ライールの顔を見やっていた。
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