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「な、なんですと?!」
マグニー大司祭が、思わず如雨露を落として言った。
彼は大聖堂の敷地内にある、庭園にいた。そこには野菜などがあり、アリスが育てていた薔薇系の植物やコスモスのような花も植えられている。
「間違いない」
グレイが言った。
他には、シェーン大司教がいる。
ライールとエリカは、詰め所に残って片付けを手伝うと言うので、ここにはいなかった。
「聖女アリスは子供の姿になっている」グレイは続けた。「原因は王冠によるものだという見解が有力だ」
「あ、あり得るのですか? そのような絵空事が……!」
「あり得るから、このような事態となっているんだ」
マグニ-大司祭は、まだ信じられないというような表情で立ち尽くしていた。
「奉納祭は明日です」と、シェーン大司教が言った。
「もはや、一刻の猶予もありません。ここは正直に、事態を公表すべきでは?」
「な、なりません!」
マグニー大司祭が遮るように言った。
「もし、聖女が呪いに掛かったなんてことが知られては……!
大聖堂はおろか、ロンデロントにある教会の威厳にも関わるし、ひいてはアル・ファームの権威の失墜にもつながりますぞ?!」
「原因は呪いではなく、魔導具の作用によるものとエリカさんはお考えのようですよ?」
「エリカ……?」
「アルメリア王女の侍女だった方です」
「あ、ああ…… あの女性でしたな……」
「彼女は侍女の頃、魔導具の研究に参加していたということです。
――マグニー大司祭もご存じでしょうが、魔導具は『異世界から来た人間』でなければ扱えない。
我々にできることは誠意を見せ、カントランドで暮らす人々にも協力してもらい、アリス様とユリエルと王冠、それとライール殿が追っている犯人たちの情報を提供してもらうことだけですぞ?」
「いや、しかし……」
「待ってください」
ハロルドが現れ、三人のところへ近付いていった。
「君は…… ハロルド君、だったかな?」
「お久しぶりです、グレイ様。――今回の件について、僕から謝らなければならないことがあります」
「なんだ?」
「アリス様が子供になっていること、僕は前々から承知していました」
三人とも、驚いた顔でハロルドを注視した。
しばらくの沈黙の後、「どういうことだね?」と、グレイが口を開く。
「ユリエルが妙な動きをしていたし、子供が狙われているとか、ベリンガールの近衛騎士がなぜかカントランドに来て調査をしているという噂も耳に挟んでいたもので……
ひょっとすると、なんて思って、監視していたのです」
「結果、ユリエルが犯人の一味だったわけだ。そうだろ?」
マグニーの言葉にうなずくハロルド。
「どうも」グレイが言った。「私には信じ難いことだな」
「どうしてです?」
と、首をかしげるハロルド。彼はさらに続けた。
「事態が事態だけに、警備隊長に頼んで秘密裏に捜査してもらっていたことが裏目に出た……
それは私のミスであり、お詫びします。
ですが、ユリエルが誘拐などを企てた可能性は高いと思われます。状況証拠もそろっていますよ?」
「それだけでは、彼を犯人とするには不十分だ。状況はあくまでも状況…… 彼が犯行に及んだという決定的な証拠が必要不可欠じゃないか?」
「では、なぜ詰め所を放火して、脱獄して逃亡する必要があるのです?」
「それは簡単な話だ。
我々が信用ならんから、独自に身の潔白を証明しようというのだろう。アリスも同じ考えだからこそ、一緒に出ていったんだ」
「へぇ、一緒に……」
「その辺りについては、ライール君の調査結果を待とうじゃないか。アリスが見張りの連中を眠らせ、脱獄の幇助をしたというのなら、それはそれで犯罪行為だからな」
「それに」
と、シェーンが口を挟む。
「煙はなるべく白くなるように工夫されていて、誰もおらん地下留置所から燃やされていたそうじゃないか。
燃え広がる場所も少なく、火災にまで発展しないようにしてあるなんて、とても気の利いた犯人じゃな?」
沈黙が流れた。
「では、あなた方はあなた方で犯人をお捜しください。僕はユリエルを見つけ出すので」
そう言って、ハロルドが踵を返す。
「ハ、ハロルド……!」
マグニーが呼び止めると、彼は半身になるよう振り返って、
「父さんは大司教と話し合って、事態の真相を公表するかどうか考えておいてください。
ただ、公表するにしてもしないにしても、大聖堂の記録書には残される。それだけは覚悟しておいて下さいよ? 大聖堂が消えるその日まで、残り続けるのだから」
「だったら、なおさら我々に任せなさい! お前は探偵でも警備兵でもないんだ! ユリエルと同類の連中なんて、すぐに捕まえられるッ!」
「いつもそうだね、父さんは」
ハロルドが口角をあげつつ言った。しかし、目が笑っていない。
「真実は無色透明で、絶対に目では見えないのに…… それを、自分だけは見られるなんて考えてるの…… 傲慢でしかなんだよ」
そう言って、立ち去った。
マグニー大司祭が、思わず如雨露を落として言った。
彼は大聖堂の敷地内にある、庭園にいた。そこには野菜などがあり、アリスが育てていた薔薇系の植物やコスモスのような花も植えられている。
「間違いない」
グレイが言った。
他には、シェーン大司教がいる。
ライールとエリカは、詰め所に残って片付けを手伝うと言うので、ここにはいなかった。
「聖女アリスは子供の姿になっている」グレイは続けた。「原因は王冠によるものだという見解が有力だ」
「あ、あり得るのですか? そのような絵空事が……!」
「あり得るから、このような事態となっているんだ」
マグニ-大司祭は、まだ信じられないというような表情で立ち尽くしていた。
「奉納祭は明日です」と、シェーン大司教が言った。
「もはや、一刻の猶予もありません。ここは正直に、事態を公表すべきでは?」
「な、なりません!」
マグニー大司祭が遮るように言った。
「もし、聖女が呪いに掛かったなんてことが知られては……!
大聖堂はおろか、ロンデロントにある教会の威厳にも関わるし、ひいてはアル・ファームの権威の失墜にもつながりますぞ?!」
「原因は呪いではなく、魔導具の作用によるものとエリカさんはお考えのようですよ?」
「エリカ……?」
「アルメリア王女の侍女だった方です」
「あ、ああ…… あの女性でしたな……」
「彼女は侍女の頃、魔導具の研究に参加していたということです。
――マグニー大司祭もご存じでしょうが、魔導具は『異世界から来た人間』でなければ扱えない。
我々にできることは誠意を見せ、カントランドで暮らす人々にも協力してもらい、アリス様とユリエルと王冠、それとライール殿が追っている犯人たちの情報を提供してもらうことだけですぞ?」
「いや、しかし……」
「待ってください」
ハロルドが現れ、三人のところへ近付いていった。
「君は…… ハロルド君、だったかな?」
「お久しぶりです、グレイ様。――今回の件について、僕から謝らなければならないことがあります」
「なんだ?」
「アリス様が子供になっていること、僕は前々から承知していました」
三人とも、驚いた顔でハロルドを注視した。
しばらくの沈黙の後、「どういうことだね?」と、グレイが口を開く。
「ユリエルが妙な動きをしていたし、子供が狙われているとか、ベリンガールの近衛騎士がなぜかカントランドに来て調査をしているという噂も耳に挟んでいたもので……
ひょっとすると、なんて思って、監視していたのです」
「結果、ユリエルが犯人の一味だったわけだ。そうだろ?」
マグニーの言葉にうなずくハロルド。
「どうも」グレイが言った。「私には信じ難いことだな」
「どうしてです?」
と、首をかしげるハロルド。彼はさらに続けた。
「事態が事態だけに、警備隊長に頼んで秘密裏に捜査してもらっていたことが裏目に出た……
それは私のミスであり、お詫びします。
ですが、ユリエルが誘拐などを企てた可能性は高いと思われます。状況証拠もそろっていますよ?」
「それだけでは、彼を犯人とするには不十分だ。状況はあくまでも状況…… 彼が犯行に及んだという決定的な証拠が必要不可欠じゃないか?」
「では、なぜ詰め所を放火して、脱獄して逃亡する必要があるのです?」
「それは簡単な話だ。
我々が信用ならんから、独自に身の潔白を証明しようというのだろう。アリスも同じ考えだからこそ、一緒に出ていったんだ」
「へぇ、一緒に……」
「その辺りについては、ライール君の調査結果を待とうじゃないか。アリスが見張りの連中を眠らせ、脱獄の幇助をしたというのなら、それはそれで犯罪行為だからな」
「それに」
と、シェーンが口を挟む。
「煙はなるべく白くなるように工夫されていて、誰もおらん地下留置所から燃やされていたそうじゃないか。
燃え広がる場所も少なく、火災にまで発展しないようにしてあるなんて、とても気の利いた犯人じゃな?」
沈黙が流れた。
「では、あなた方はあなた方で犯人をお捜しください。僕はユリエルを見つけ出すので」
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「父さんは大司教と話し合って、事態の真相を公表するかどうか考えておいてください。
ただ、公表するにしてもしないにしても、大聖堂の記録書には残される。それだけは覚悟しておいて下さいよ? 大聖堂が消えるその日まで、残り続けるのだから」
「だったら、なおさら我々に任せなさい! お前は探偵でも警備兵でもないんだ! ユリエルと同類の連中なんて、すぐに捕まえられるッ!」
「いつもそうだね、父さんは」
ハロルドが口角をあげつつ言った。しかし、目が笑っていない。
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