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しおりを挟む二日目の花火が終わって、二時間ほどがたった。
青白い風景と黒い快晴に、まん丸い黄色の月が浮かんでいる。
ユリエルは明かりも付けずに、ぼんやりとした浮かんでいるように見える大聖堂の側まで来ている。
さすがに、カントランドから離れているだけあって薄暗い。
祭りの明かりは、大聖堂には全く届いていないと言っても良かった。
彼は決闘騒動に巻き込んでしまった、例の元・護衛兵の警備隊長の温情で、釈放された。それから服を裏返しに着て『私服だ』と言い張り、酒屋で酒を買って、その辺りの道端で飲み食いした。
だから、酔いも相当に回っていた。
千鳥足とは言わないものの、酒気を帯びて臭くはなっていた。
しばらく夜の大聖堂を見上げていた彼は、そのまま敷地に入った。
鉄の門がしてあったけれど、足の掛かる場所を蹴って、上の方をつかんで、両足を向こう側へ投げ出し、さながら棒高跳びのように鉄の門を越えていった。
酔っているとは思えない身軽さで着地したユリエルは、適当にふらふらと歩き始める。あてもなく歩いているようで、その実、ある場所に向かっていた。
墓地である。
彼は子供の頃を思い出していた。
まだまだ幼い頃の話である。
孤児院の悪ガキだった彼は、そのときの悪友たちと肝試しをしに来たのだ。
どうやって侵入するかを考えつつ、墓地までのルートを構築した。そして、バルバラント自治共和国の英傑・バルバランターレンの霊廟の前に、見た目が饅頭に見える泥団子を置く、という罰当たりなことを計画していた。
ところが最後の走者が、幽霊が出たと言って逃げ帰り、他の連中も感化されて逃げていく。そんな中、逆に幽霊が気になって仕方なかったユリエルは、一人で霊廟へと向かったのだ。
相手が幽霊だと利くはずも無いのに、近場に落ちている棒切れを持って、勇み足で霊廟へ近付いたとき、本当に人の泣き声がしてきた。
人生で始めて鳥肌が立ち、身の毛のよだつ思いをしたユリエルだったが、どうにも泣き声が現実的すぎる。
彼は霊廟の扉が少しあいているのに気付いて、そこへ入った。彼にとっては、運命的な出来事であった。
――あのときが一番、面白かった。
彼はそう思っていた。
悪友のほとんどは州都ロンデロントや他国へと出て行き、田舎に残っているのは自分だけ。
今日、肝試しに向かうのも自分だけ……
「こりゃあ、相手にされねぇわ……」
寂しそうにつぶやいた。
フッと視線を落とす。
自分の月影が、自分の前に伸びていて、一緒に前に進んでいる。
今の陰は昔にも見たことがあるはずだけど、昔よりも大きくなっているように思えた。
そのうち、霊廟の近くまでやって来る。
当然だが、幽霊はいなかった。
――しかし、ここだけは、何年たっても変わりがない。
きっと、大昔からそれほど変わっていない場所なんだろう。そこに、人はなぜか安心感を持つ……
「あのとき、止めていたら……」
ユリエルはつぶやいた。
――結局、アリスは見つけられなかった。
どこへ行ったのか、もう分からない。
自棄になる前に見つけ出すつもりが、自分が自棄を起こしている始末……
ユリエルは溜息をついた。
「護衛兵、もう辞めよ……」
独り言を口にしたときだった。
人の声がしてくる。
咄嗟に身を屈めたユリエルが、声のする方へ耳を傾けた。
――間違いなく、人の声だ。
霊廟の方だから、他の建造物や生け垣に身を隠しながら移動していった。
すると……
「素晴らしい効果だな……!」
男の声だった。
もう一人いるらしく、そいつは「物が違う」というようなことを言っていた。
「量産してもらおう……!」
何を言っているかは聞き取れなかった。
不意に、笑い声がする。
「聖女が――」という言葉は聞き取れた。そして、また笑い声がした。
――もう少しだけ、近付いてみよう。
「これが」と、声が聞き取れた。「言われていたモンだ。間違いないだろ?」
もう一人の方は声が聞こえない。身振り手振りで返事したのか、あるいは……
「さすが我が友。じゃあ、また連絡する」
声がしたと思ったら、足音がし出した。
ユリエルが息をひそめ、後退する。
男たちが歩いて行く足音が、どんどん小さくなって、消えていった。
一方のユリエルは、しばらく身動きが取れなかった。
――今回のは、本当に身の毛のよだつ出来事だった。
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