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しおりを挟むアリスが逃げ出してから、幾分かたった。
そのあいだ、ユリエルはずっと彼女を探していた。
――あのとき、なぜ子供になるのをやめさせなかったのか。
ユリエルの頭にはずっと、後悔の念が渦巻いていた。
アリスはユリエルにバレる前から呪いを使っていたけれど、ユリエル本人はそんなことを知る由もない。
彼は今、様々な最悪の事態を想定していた。
とにかく、自棄になったりする前に見つけ出さないといけない。
ユリエルは彼女を探した。
いそうな場所を回っては、大聖堂に戻っているかハロルドへ聞きに行ったりもした。
ハロルドは戻っていないと答えつつ、そう頻繁に戻ってくると怪しまれるから、今日は大聖堂には来ない方がいいと言われる。そして、
「もし、明日中に見つからなかったら…… 奉納祭が中止になるかもしれん。
そうなったら、あとは分かるな? お互い、色々と覚悟はしておこう」
なんてことを言われたから、途方に暮れながら、また彼女がいそうな場所を探した。
孤児院へ行った。
賑わっている市場へも行った。
時計塔の近くや公園にも行った。
図書館に美術館、議事堂や花火の打ち上げ場所でさえ回った。
それでもいないから、ついに詰め所へ向かった。
「おう、ユリエル」
詰め所に入るなり、責任者の男性が声を掛けてきた。
彼はかつて司教の護衛兵であった人で、今は警備兵の隊長をやっている。
「先輩、ちょっと訊きたいんスけど……」
「なんだ?」
「これくらいの、金髪の女の子…… 見なかったっスか?」
「なんだ? 迷子か?」
「まぁ、そんな感じっスね」
「見てないし、報告にもあがってきてないな」
「そう、っスか……」
「何かあったのか?」
「い、いや…… このあいだ迷子になりかけてた子がいて、また迷子になってたらなぁって」
「そうなのか。とりあえず、そういう子は預かっていないぞ?」
「ありがとうございました」
そう言って、ユリエルが目礼する。
「おや、君は」
振り返ると、グレイがいた。
「そんな格好で、ここに何をしにきたんだ?」
「あんた、確か……」
そこまで言って、ハッとしたユリエルが、
「ひ、一つ聞いてもいいっスか?」と尋ねる。
「なんだ?」
「家に、アリス様って帰ってきてたりしてるっスか?」
眉根をひそめるグレイ。
「何か用事があって帰ってきたとか」
「今は大聖堂で礼拝中ではないのか?」
「ちょっと思い悩んでるみたいだったんで、どこかの機会で家に帰ったりしてるのかなと」
「――そうか」
「で、帰ってきてるんスか?」
「娘が帰ってきていようがいまいが、君には関係ないことではないか?」
「帰ってきてるんなら、大聖堂までお送りしようかと思ってたっス」
「不要だ。ウチの連中を護衛に付けて送らせる」
「俺、一応は護衛兵なんスけど」
「飾りみたいなものだ」
「司教も似たようなモンでしょ」
「なんだと……?」
「お、おいユリエル……!」
「傍から見てれば、ただの見世物じゃん。あれのどこが司教なの?」
「それを守っているお前は見世物以下か?」
「俺は初めからアリスを守るつもりであって、司教とか大聖堂とか、マジどうでもいいっスね」
「あの子はお前に守れるほど弱い女じゃない」
「いっつも父親に苦労させられて、泣いてるけどね。慰めるのも俺の仕事だから」
重苦しい沈黙が流れた。
傍にいる警備隊長はたまったものでは無さそうだった。
「口だけは達者だが、そう言うからには覚悟ができているんだな?」
「俺は、アンタがあの子の父親だなんて思っちゃいない。思い悩んでるのを放置してるんだから。ただ、それだけの話だっつうーの」
グレイが、腰に付けている刀剣に手を掛けた。
ユリエルも抜刀の構えに入る。
「お、おい二人とも! ここで何をするつもりだ?!」
「君は黙っていたまえ。――小童め、覚悟しろ」
「ご託はいいから、さっさと来いよ」
「たかが聖女が家にいるかいなかくらいで……! やめろッ!」
その刹那、互いの右小手に、丸い木の棒の先っぽが当てられていた。
「き、君は」
三人が見ていたのは、ライールだった。
彼は両手に長柄箒を持っていて、その柄先を、ユリエルとグレイの小手に付けていたのだ。
「アル・ファームでは決闘は禁じられている。
グレイさん、あなたは知っておられるはずでしょう?」
「…………」
「ユリエル、聖女アリスはグレイさんの家にはいないぞ。俺が今日、グレイさんのご自宅にうかがっていたから間違いない」
ライールが二人の方へ目配せしながら言った。
二人はしばらく睨み合っていたが、グレイが背中を向けて、詰め所の奥の方へと歩いていった。
だから、ユリエルも柄から手を離し、構えを解いた。
「――危なかったぞ、ユリエル」
ライールが二本の箒の穂先を落としつつ言った。
「グレイさんは世界的にも名の通った剣士だ。君だとまず勝てないぞ……」
「別にいいんスよ、そんなの」
ライールが首をかしげる。
「あのまま引き下がる方がムカつくし……」
「そんなことで死んでも、良かったと言うのか?」
「いいっスよ。俺が死んだところで、悲しむ親も友達もいないんスから」
そう言って、彼は詰め所を出て行く。
ライールは彼の背中を見やりながら、
「やれやれ……」
と、溜息混じりに言った。
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