聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~

暁 明音

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 アリスはカントランドの東側にある、集合住宅の一角に連れてこられる。

 一階の石造に木造が乗っている形で、三階くらいあった。
 牧草を積んだ荷馬車や農具の入ったたる、木箱が置いてあるから、農民が多く住んでいるのかもしれない。

 その二階部分にある、男が借りているらしい部屋に通される。
 窓は何カ所かあるから、薄暗いというほどでは無いにしても、雑然と物やゴミが散らかっているせいで、廃墟みたいに気味が悪かった。何よりも、卵の腐ったような臭いに、ツンとした酸味風の臭いがするから、アリスが思わず、鼻や口を右手で覆う。

 玄関から入るとすぐに居間があり、その先に扉が二つある。
 一つはおそらく寝室で、もう一つは個室かもしれない。

「ほら」と男。「そっちの扉の方へ行って」

 アリスは押しに来ようとする男の手をかわすように、言われた方へ歩いた。
 扉をあけると、居間とは逆に薄暗い部屋につながっていた。
 窓には板が張られていて、昼間なのにほとんど明かりがない。

 ――やっぱりこいつは、人さらいだ。

 アリスが身の危険を感じて振り返ると、男が手を伸ばし、アリスの木箱をつかんだ。

「は、離してッ!」

 アリスは抵抗するが、全く通用しない。

 当然である。

 大人の男と十代に入ろうかという女の子が力比べをすれば、その差は歴然であった。
 箱を奪われたアリスは、突き飛ばされた。

「いや~…… これが有名な王冠か」

 男が木箱を開きながら王冠を取り出し、それを見ながら言った。

「こいつさえあれば…… 子供を量産できる……!」

 ――この男はなぜ、王冠のことを知っている?

 アリスはそう思った。
 そこへ突然、ノックの音が聞こえてくる。

「チッ、誰だ」

 男はそう言って、扉を閉めた。次いで鍵が掛けられる音がする。
 アリスはすぐさま扉の方へ向かい、ドンドンと叩きながら、

「助けてッ!!」と叫んだ。

 しかし、全く助けてくれる気配が無い。
 あせってきたアリスは、取っ手の構造を調べる。
 内側からも鍵で施錠する、古い形式のものだったから、彼女は鍵穴から外をうかがった。

 男は玄関の側で誰かと話しているようで、しばらくすると王冠の入った木箱を持ったまま部屋から出て行った。

 ――王冠を奪われたら不味まずい。

 アリスは考えた。
 泣きそうになるのをこらえて、必死に考えた。
 どうすればいいのか、何をすればいいのか。

 ――まずは外へ逃げよう。王冠はあとだ。

 そう結論付けたアリスが、財布を取り出す。
 小銭こぜに入れの中に収めてあった、ピンと針金を取り出し、それを鍵穴に差し込んだ。

 ――何が役に立つかなんて、誰にも分からない。

 アリスはエリカに言われた言葉を思い出していた。
 カチャカチャと鍵穴をいじると、パチッと施錠が解かれる音がする。

「よし……!」

 そう言って、外を鍵穴からまた確認する。

 ――誰もいない。

「早く出ていかないと……!」

 ――あいつが帰ってくる前に。

 部屋から出ると、明暗の差が大きくて、一瞬だけ目がくらんだ。
 目蓋まぶたをパチクリさせたアリスが、玄関の扉へと向かう。

 ――外から、話し声がしてくる。

 玄関から離れたところにいるのか、戻ってきたのか、全く別の誰かがいるだけなのか……
 アリスは、玄関以外から出て行く方法は無いか、周囲を一瞥いちべつした。

 フッと、集合住宅に連れて来られたときの光景を思い出す。
 彼女は台所近くの大きな窓をあけて、下を眺めやった。

 そこには牧草が積まれた、大きな荷車があった。
 大人なら危ないかもしれないが、子供なら……

「大丈夫、大丈夫……」

 自分に言い聞かせるよう、言葉を口にした。
 そうして、窓枠に足を乗せる。
 しゃがんだような格好で窓枠の上にいて、そこからもう一度、下を見やった。

 深呼吸をしてから、
「いち、に……!」
 と声に出す。

「さんッ!」

 と言うなり、アリスが窓から飛んだ。
 体が下へ落ちていく。
 彼女は縮めていた足を伸ばし、盛られている枯れた牧草の上に着地する。
 牧草が四方八方に散って、荷台の底が抜けるんじゃないかと思うくらいに、ガシャンと音が鳴った。

 アリスの見立て通り、下から見上げると大した高さに見えないくらいだから、怪我も全く無かった。

 顔に付いた牧草を手で払いながら、荷台の上から下りた。
 そうして、途中で男と会わないことを祈りつつ、その場から離れるように走り出す。
 今は王冠のことも、子供から元に戻ることも、頭に無かった。
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