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しおりを挟む「もう大丈夫?」
エリカの問い掛けに、アリスがうなずいた。
二人は向かい合うように座っていて、アリスは三角座り、エリカは正座をしていた。
「そう…… 落ち着いたようで良かった」
「あの」とアリス。「お名前は……?」
「ああ…… エリカって言います。隣にいた男性が、先輩のライールさん」
「先、輩……?」
「やっぱりそういう反応になるわよね」
と、エリカがクスクス笑って言った。
「す、すみません、てっきり……!」
「いいの、いいの。今は本人もいないし。――あれで二十六らしいから」
アリスはさらに驚いた。
どう見ても十代後半か二十代前半である。
「まぁ、物腰からして大人びてるし、声も大人っぽいでしょ?」
「は、はい。それは思います」
「だから、やっぱり私たちよりも年上なのよね。彼は」
「――あの」
エリカが首をかしげた。
「お二人は、どういったお仕事をされているのですか……?」
「え? 仕事?」
「あの方、ベリンガールの騎士様ですよね?」
「ええ…… よく分かったわね?」
「む、昔、あの服装を見たことがありまして……」
「彼は仕事でここへ来てるの。
私はまぁ…… その付添人って感じ?」
「なるほど……」
「人手が足りないって警備兵の人が言ってたから、お手伝いしてたの。大事にならなくて、本当に良かった」
「重ね重ね、ありがとうございます」
アリスがぺこりとお辞儀する。
エリカは少し心配そうな顔で、
「大丈夫なの?」
「エッ……?」
「何か、こう…… 誰かに礼儀作法を叩き込まれましたって感じがするんだけど」
アリスが呆然としながら、「そう、見えます?」と言った。
エリカは頬をかきつつ、
「なんとなく分かっちゃうのよね」と苦笑った。
彼女のその言動が、アリスの気持ちを動揺させた。
「私は」と、アリスが今までと違う表情で言った。
「今までに誰かと花火を見に行ったことはおろか、外で祭りを体験したことさえありませんでした」
エリカはアリスを見つめて黙っている。だから、アリスはさらに話した。
「私は、その…… 孤児でして…… 遠縁ということで、子供のいない名家に、養女として迎え入れられたのですが……
色々と仕来りがあって、それが終わらないと本当の子供になれないのです……」
「何かこう、かなりややこしい感じみたいね?」
アリスがうなずいた。
「私、迷っているのかもしれません…… 父が本当は、家柄を相続させるためだけに、私を養子にしたのではと……
そうではないと信じているのに、同じくらい、疑いが強く出て…… こういうのは始めてで……」
「――仕来りの中身は、厳しいものなの?」
「…………」
「どうかした?」
「とても、厳しいものでした……」
うつむいていたアリスが、吐き出すように言った。
「大聖堂の立派な司教様たちを見習うようにと、色々なことをさせられました。
筋が良いからって、剣術を無理やりやらされて……
私、戦ったりするのは嫌いなのに、誰も聞き入れてくれなくて……」
「興味が無いことをするのは辛いものね」
「はい…… 礼儀作法も、大聖堂や宗教の歴史も、説法や人心掌握の方法論も、全部、嫌いです……」
「それでも、我慢してやっている…… とても凄いことだと思う。ひょっとすると、誰にもマネできないことかもしれない」
「いえ、そんなことはありません。歴代の司教たちはみんな、やっていたのですから……」
「でも、好んでやっていたかどうかは分からないでしょ?
みんな、説法みたいに表ではイイ風に装って話すものなんだし。
周りに気をつかって、好き好んでやってました~って、言ってたんじゃないかしら?」
「そうだとしても、私はもう、耐えられそうにありません……」
「――今は子供だから分からないかもしれないけど、そういうのは後々、役に立ったりするものよ?」
不満そうにアリスがエリカを見るから、エリカが苦笑いながら、
「まだちょっと、分からないかな?」
「そう、ですね…… そうだと思います……」
「役に立つかもじゃなくて、役に立つように使ってみたらどうかしら?
たとえば、あなたが…… あっ、これはもしもの話ね?」
アリスが小首をかしげる。
「もし、大聖堂や詰め所に勤めたい人って考えてる人がいたとするじゃない?」
「――はい」
「その人が剣の筋も何も、あったものじゃない人だったとするじゃない?」
アリスが少し顔をうつむけ、横目になりつつ鼻頭をこすっていた。
「そういう人に、司教でもなんでも無い、自由なあなたが指導してあげる…… こういうことだって、できるでしょ?」
「できるかも、しれません」
「筋だけ良くても、練習してなきゃ絶対に、指導するとか伝えるって、できるようにならない。自分だけしか分かってないんだから。――でしょ?」
「多分…… そうかも」
「ライール――さっきの男の人だけどね、あの人だって毎日、剣や銃の練習をしてるから、ベリンガールの近衛騎士になれたのよ?
だから、あなたが今やっていることは全部、無駄になったりしない。
むしろ、無駄にするも有効にするも、あなたがどう役立てようとするかに掛かってるんじゃないかしら?」
アリスがジッと、エリカを見つめていた。
「このあと、あなたがどういう道のりをたどっていくかは分からないけど、それだけの教養と剣技を積んでいるのなら、きっと大人になったとき、たくさんの人の役に立てる。
そういう力を、身に付けているはず。
――剣技が下手くそな男の子を、一丁前に鍛えあげるために教えてあげるとかね」
ついに、アリスの口元が緩んだ。
――この人は見てきたのだろうか、あのときのユリエルを。
「そういう『想い』みたいなものを感じ取ったら、教えられた男の子も、あなたのことが気になってくるかもね」
「えっ……」
「お~い!」
遠方から声がしてきたから、エリカが立ち上がる。
ランタンの明かりが二つあって、一つは、高く掲げられて、左右に振られていた。
「来たわね。――あの人がユリエルさんじゃないの?」
「そうです」
アリスが立ち上がりながら言った。
「あの」
膝の土埃を払っていたエリカが、アリスへ視線を向ける。
「お名前は?」
「エリカ。――あなたは?」
「えっと……」
「恥ずかしいなら、別にいい。頑張ってほしいけど、我慢して頑張らなくてもいいからね?」
そう言ったエリカは、微笑むアリスに笑顔で返した。
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