聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~

暁 明音

文字の大きさ
上 下
20 / 67

20

しおりを挟む

「もう大丈夫?」

 エリカの問い掛けに、アリスがうなずいた。
 二人は向かい合うように座っていて、アリスは三角座り、エリカは正座をしていた。

「そう…… 落ち着いたようで良かった」

「あの」とアリス。「お名前は……?」

「ああ…… エリカって言います。隣にいた男性が、先輩のライールさん」
「先、輩……?」
「やっぱりそういう反応になるわよね」

 と、エリカがクスクス笑って言った。

「す、すみません、てっきり……!」
「いいの、いいの。今は本人もいないし。――あれで二十六らしいから」

 アリスはさらに驚いた。
 どう見ても十代後半か二十代前半である。

「まぁ、物腰からして大人びてるし、声も大人っぽいでしょ?」
「は、はい。それは思います」
「だから、やっぱり私たちよりも年上なのよね。彼は」
「――あの」

 エリカが首をかしげた。

「お二人は、どういったお仕事をされているのですか……?」
「え? 仕事?」
「あの方、ベリンガールの騎士様ですよね?」
「ええ…… よく分かったわね?」
「む、昔、あの服装を見たことがありまして……」

「彼は仕事でここへ来てるの。
 私はまぁ…… その付添人つきそいにんって感じ?」
「なるほど……」

「人手が足りないって警備兵の人が言ってたから、お手伝いしてたの。大事にならなくて、本当に良かった」

「重ね重ね、ありがとうございます」

 アリスがぺこりとお辞儀する。
 エリカは少し心配そうな顔で、

「大丈夫なの?」
「エッ……?」
「何か、こう…… 誰かに礼儀作法を叩き込まれましたって感じがするんだけど」

 アリスが呆然としながら、「そう、見えます?」と言った。

  エリカは頬をかきつつ、

「なんとなく分かっちゃうのよね」と苦笑った。

 彼女のその言動が、アリスの気持ちを動揺させた。

「私は」と、アリスが今までと違う表情で言った。

「今までに誰かと花火を見に行ったことはおろか、外で祭りを体験したことさえありませんでした」

 エリカはアリスを見つめて黙っている。だから、アリスはさらに話した。

「私は、その…… 孤児でして…… 遠縁ということで、子供のいない名家に、養女として迎え入れられたのですが……
 色々と仕来しきたりがあって、それが終わらないと本当の子供になれないのです……」

「何かこう、かなりややこしい感じみたいね?」

 アリスがうなずいた。

「私、迷っているのかもしれません…… 父が本当は、家柄を相続させるためだけに、私を養子にしたのではと……
 そうではないと信じているのに、同じくらい、疑いが強く出て…… こういうのは始めてで……」

「――仕来りの中身は、厳しいものなの?」
「…………」
「どうかした?」
「とても、厳しいものでした……」

 うつむいていたアリスが、吐き出すように言った。

「大聖堂の立派な司教様たちを見習うようにと、色々なことをさせられました。
 筋が良いからって、剣術を無理やりやらされて……
 私、戦ったりするのは嫌いなのに、誰も聞き入れてくれなくて……」

「興味が無いことをするのは辛いものね」
「はい…… 礼儀作法も、大聖堂や宗教の歴史も、説法や人心掌握の方法論も、全部、嫌いです……」

「それでも、我慢してやっている…… とてもすごいことだと思う。ひょっとすると、誰にもマネできないことかもしれない」

「いえ、そんなことはありません。歴代の司教たちはみんな、やっていたのですから……」
「でも、このんでやっていたかどうかは分からないでしょ?
 みんな、説法みたいに表ではイイ風に装って話すものなんだし。
 周りに気をつかって、好きこのんでやってました~って、言ってたんじゃないかしら?」

「そうだとしても、私はもう、耐えられそうにありません……」
「――今は子供だから分からないかもしれないけど、そういうのは後々、役に立ったりするものよ?」

 不満そうにアリスがエリカを見るから、エリカが苦笑いながら、

「まだちょっと、分からないかな?」
「そう、ですね…… そうだと思います……」
「役に立つかもじゃなくて、役に立つように使ってみたらどうかしら?
 たとえば、あなたが…… あっ、これはの話ね?」

 アリスが小首をかしげる。

「もし、大聖堂や詰め所に勤めたい人って考えてる人がいたとするじゃない?」
「――はい」
「その人が剣の筋も何も、あったものじゃない人だったとするじゃない?」

 アリスが少し顔をうつむけ、横目になりつつ鼻頭をこすっていた。

「そういう人に、司教でもなんでも無い、自由なあなたが指導してあげる…… こういうことだって、できるでしょ?」

「できるかも、しれません」
「筋だけ良くても、練習してなきゃ絶対に、指導するとか伝えるって、できるようにならない。自分だけしか分かってないんだから。――でしょ?」

「多分…… そうかも」
「ライール――さっきの男の人だけどね、あの人だって毎日、剣や銃の練習をしてるから、ベリンガールの近衛騎士になれたのよ?
 だから、あなたが今やっていることは全部、無駄になったりしない。
 むしろ、無駄にするも有効にするも、あなたがどう役立てようとするかに掛かってるんじゃないかしら?」

 アリスがジッと、エリカを見つめていた。

「このあと、あなたがどういう道のりをたどっていくかは分からないけど、それだけの教養と剣技を積んでいるのなら、きっと大人になったとき、たくさんの人の役に立てる。
 そういう力を、身に付けているはず。
 ――剣技が下手くそな男の子を、一丁前に鍛えあげるために教えてあげるとかね」

 ついに、アリスの口元が緩んだ。

 ――この人は見てきたのだろうか、あのときのユリエルを。

「そういう『想い』みたいなものを感じ取ったら、教えられた男の子も、あなたのことが気になってくるかもね」

「えっ……」
「お~い!」

 遠方から声がしてきたから、エリカが立ち上がる。
 ランタンの明かりが二つあって、一つは、高く掲げられて、左右に振られていた。

「来たわね。――あの人がユリエルさんじゃないの?」
「そうです」

 アリスが立ち上がりながら言った。

「あの」

 膝の土ほこりを払っていたエリカが、アリスへ視線を向ける。

「お名前は?」
「エリカ。――あなたは?」
「えっと……」
「恥ずかしいなら、別にいい。頑張ってほしいけど、我慢して頑張らなくてもいいからね?」

 そう言ったエリカは、微笑むアリスに笑顔で返した。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

追放された偽物聖女は、辺境の村でひっそり暮らしている

ファンタジー
辺境の村で人々のために薬を作って暮らすリサは“聖女”と呼ばれている。その噂を聞きつけた騎士団の数人が現れ、あらゆる疾病を治療する万能の力を持つ聖女を連れて行くべく強引な手段に出ようとする中、騎士団長が割って入る──どうせ聖女のようだと称えられているに過ぎないと。ぶっきらぼうながらも親切な騎士団長に惹かれていくリサは、しかし実は数年前に“偽物聖女”と帝都を追われたクラリッサであった。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?

氷雨そら
恋愛
 結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。  そしておそらく旦那様は理解した。  私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。  ――――でも、それだって理由はある。  前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。  しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。 「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。  そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。  お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!  かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。  小説家になろうにも掲載しています。

婚約破棄されて辺境へ追放されました。でもステータスがほぼMAXだったので平気です!スローライフを楽しむぞっ♪

naturalsoft
恋愛
シオン・スカーレット公爵令嬢は転生者であった。夢だった剣と魔法の世界に転生し、剣の鍛錬と魔法の鍛錬と勉強をずっとしており、攻略者の好感度を上げなかったため、婚約破棄されました。 「あれ?ここって乙女ゲーの世界だったの?」 まっ、いいかっ! 持ち前の能天気さとポジティブ思考で、辺境へ追放されても元気に頑張って生きてます!

だから聖女はいなくなった

澤谷弥(さわたに わたる)
ファンタジー
「聖女ラティアーナよ。君との婚約を破棄することをここに宣言する」 レオンクル王国の王太子であるキンバリーが婚約破棄を告げた相手は聖女ラティアーナである。 彼女はその婚約破棄を黙って受け入れた。さらに彼女は、新たにキンバリーと婚約したアイニスに聖女の証である首飾りを手渡すと姿を消した。 だが、ラティアーナがいなくなってから彼女のありがたみに気づいたキンバリーだが、すでにその姿はどこにもない。 キンバリーの弟であるサディアスが、兄のためにもラティアーナを探し始める。だが、彼女を探していくうちに、なぜ彼女がキンバリーとの婚約破棄を受け入れ、聖女という地位を退いたのかの理由を知る――。 ※7万字程度の中編です。

処理中です...