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しおりを挟む夜になる。
議事堂での説法を終えたアリスが、宿直室の窓辺から、いつものように外を眺めた。
いつものように、空は暗いのに町並が妙に明るい。
――今日から花火が始まる。
いつもなら大聖堂の寄宿舎から、合計で五晩ほど、打ち上がっていく小さな花火を見ていた。
音も小さいし形も小さいけれど、三階にある自室の窓から花火を見ることができた。
それがどうだ…… 今年はまるで独房みたいな部屋に入っている。
しかも、議事堂の周辺には同じ高さの建物がたくさん並んでいるから、花火を見ようと思ったら、望むことも難しい空を、窓から頑張って見上げるしかない。
「何やってるんだろ、私……」
アリスは、すでに子供となっていた。
自分の両手をジッと見つめてから、もう一度、窓の外を眺める。
――ここまでしなければ、外で花火を見ることもできない。
アリスはそんなことを思った。
父親はきっと、存在したであろう実子の代替えに自分を選らんで、後継者とすることしか考えていないのだろう。
そうでなければ、もっと自分と過ごす時間を取るはずだ。
仕事だってそこまで無茶苦茶に忙しいものではないことを、アリスは知っている。
父親が大聖堂にいる自分を見たがらないことも知っている。
そして、見たがらない原因も知っている。
自分が珍しい女性司教であり、子供の頃から聖女という渾名みたいな呼称を付けられて、珍しい見世物みたいに、観光客が聖女を見に来る毎日……
――呪い染みている。
アリスには、司教という立場が、聖女という呼称が、呪いの象徴そのものにしか思えなかった。
父が自分に会いたがらないのは、こんな状況が影響しているせいだろう。
見世物の娘なんて、見たくもないのだろう。
そんな義父を見るのが、アリスには耐えようもなく辛いことであった。
そしてバルバラントのため、人柱にされる理不尽さが嫌いだった。
観光資源にしようという政治屋たちの浅はかさが嫌いだった。
「呪いの連鎖は、我々で断ち切らないといけない……」
バルバランターレンの伝記に載っていた言葉を口にしたアリスは、窓をあけて、外へと出ていった。
議事堂周辺は制限区域だから、観光客よりも警備兵がうろついている。
アリスは警備兵に見つからないよう、町の外れへと歩いて行く。
じきに花火があがるとあって、町全体の明かりが少し落ちていた。
そのせいか、空に昇っている月が明るく見える。じきに満月だろう。
アリスは事前に聞いてあった、花火がよく見える公園へ向かった。
そこはカントランドの少し外れにある、小高い丘の公園であった。
普段は静かな場所だけど、たくさんの人だかりがある。
あまり人混みが得意ではないアリスは、ちょっとだけ丘を登ったところの、茂みの側のところに立った。
――アリス以外の人々は、誰かと空を見上げている。
子供一人で見ているのは、それこそ自分だけだ。
寂しいけれど、大きな花火を見られるという高揚感が、アリスにはあった。
「花火、まだかな……」
空を見上げてつぶやく姿は、内気な女の子そのものであった。
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