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しおりを挟む朝の一件が嘘のように、つつがなく奉納祭の宣誓が終わる。
司教として一つの山場を終えたアリスは、疲れたから休むと告げて、用意されていた軽食を食べ終えてから部屋へと戻った。
そうして、窓の側に立って、前夜祭で賑わう町――カントランドを見つめていた。
前夜祭は本来、奉納祭の前日におこなわれる打ちあげ花火の日を言い、この花火が、奉納祭の開始合図であった。
もちろん、後夜祭も存在し、奉納祭が終わった晩の花火を指す。
しかし、どの国であっても祝祭の前日の方が、気分が高揚し、準備期間も長引いていくものである。
それに期間が長くなれば、旅行者を呼び込むのにも都合がいい。
こんな理由から、前夜祭は宣誓が終わった日から開始される、という暗黙の慣習ができていった。
準備を進めていたカントランドの人々は、宣誓後にこぞって祭りを楽しみ始める。
必然的に町が活気づき、賑やかになっていく。
夕日に暮れたカントランドには、あちこちに明かりが灯され、声があちこちから飛んでいた。
町の外れにある大聖堂にも、盛況が伝わってくる。
それをアリスは、ずっと窓から眺めているだけだった。
同年代の子達が、友達と一緒に祭りを楽しんでいるのを眺めているだけだった。
眺めるたびに、自分が本当に子供なのか、あの子たちと同じ存在なのか、それを疑った。
疑っては自分の姿を鏡で確認していた。
――でも、今回は違う。
アリスは、ユリエルが手を振りながら大聖堂から出て行くのを見送って、窓から離れた。
彼はいつも、アリスのことを気遣ってくれて、祭りで『戦利品』なるものを持ってきてくれる。だけど、それを見終わったときに訪れるのは楽しい思い出ではなく、悲しく虚しい思い出であった。
――そんな思い出は、もう終わりにする。
彼女はおもむろに王冠を手に取って、それを見つめた。
フゥっと大きく深呼吸をしてから、王冠を頭へかぶる。
そして、あの呪いを唱えた。
あらかじめ用意してあった子供用の服を着て、部屋にある暖炉の横の石を、三つほど押し込んだ。
すると、反対側のところにある戸棚が移動して、隠し扉が現れた。
この扉は代々、司教となる者にだけ伝えられてきた秘密の隠し通路と階段に続くものであり、何かあったらここから脱出するために存在していた。
バレたら大目玉どころでは済まない…… だけど、それ以上に囚われ続けている状態の自分でいるのがイヤだった。
「よし……!」
覚悟を決めたアリスが、前夜祭の世界へと続く階段を下りていった。
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