聖女は呪いの王冠をかぶる ~缶詰生活に嫌気がさした聖女様は、王冠の呪いで幼女になって、夜の祭りを満喫するそうです~

暁 明音

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「いや、あの、ねえさんってことでいいんスよね……?」
「ユリエル!」とアリスが言った。「ここでは敬称を付けた名前か、役職の司教と呼ぶよう、いつも言ってるでしょ!」

「あっ」と言って、自分で口を塞ぐユリエル。

「――ハロルドさん?」

 アリスが彼を見やって言うと、彼は固まったまま、ジッとアリスを見つめていた。

「ハロルドさん、大丈夫っスか?」
「あ、ああ……」

 やっとハロルドが言った。視線はアリスに向いたままで、信じられないという顔をしていた。

「驚いたな……」
「全くっス。どうしてこんなことに……」

 そう言って、ユリエルがハロルドを見る。

「どうするんスか? コレ……」
「と、とにかくだ。何が起こったのか、状況を説明して頂こう」
「そうっスね」

 と言って、アリスのそばに寄った。

ねえさ…… じゃなくて、アリス様!」

 小さな小首が傾く。長めの髪がサラリと肩から流れた。

「どうしてこうなったのか、分かるっスか?」

 不安そうに首を横に振った。

「そうっスよね、分かってたら説明してるだろうし……」
「朝起きたら、もうこの姿だったの……!」
「と言うことは」とユリエル。「寝ているあいだに何かあったってことっスよね?」

 振り返って、ハロルドを見つつ言った。

「どう思うっスか?」
「お前の言う通りだろう」
「じゃあ」と、またアリスを見た。「寝ているあいだに、何か感じなかったっスか?」
「何も……」と、首を横に振った。

「ど、どうするんスか? じきに奉納祭が始まるっスよ?」
「分かっています……!」

 ユリエルは心配そうにアリスを見つめ、アリスは焦燥しょうそう感からうつむいていた。

「――あの王冠」

 不意に、ハロルドが指差して言った。だから、他の二人も王冠が置いてある机を見やる。

「あっ……」

 というアリスの声に反応して、ユリエルが彼女に視線を戻す。
 彼女はバツが悪そうに、またうつむいた。

「ま~た箱から取り出したんスか?」
「べ、別にいいでしょう……! って売るって訳じゃないんだし……!」
「ひょっとすると」ハロルドが言った。「王冠伝説の通り、呪いが掛かったんじゃないですか?」

「「呪い?」」

 ユリエルとアリスが同時に言った。

「豪族のおさが、子供になったとか言う話…… あったでしょう?」
「そんなはず……!」

 アリスが身を乗り出すようにして言った。

「あれは単なる童話ですよ……?!」
「しかし、勇者にまつわる童話や伝説は、一概に作り話とは言えません。王冠にまつわる伝説には、必ず呪いの類いが出てきますし……   現に今、アリス様は子供になってしまわれているでしょう?」

「そ、それは……!」
「そもそもの話、誰かがここへ侵入して、直接、アリス様に何かをしたなんて…… 考えられますか?」

 そう言って、ハロルドはユリエルを見やった。

「エッ?! お、俺は昨日、非番っスよ?!」
「――と言うわけで、昨日は我々以外の人間が警備にあたっておりました。
  しかも、大司教様もご滞在されていますから、通常時よりも警備は厳重になっております。よって、パッと思い付く原因はそれくらいかと……」

「しかし、そんな……」

 アリスが言って、机にある王冠へ目を向けた。
 朝日で宝石の一部が光っている。

「どうやったら解除できるんスか?」

 ユリエルがポロッと言うから、ハロルドが首を横に振った。

「えっ? まさか解除できないんスか?」
「伝説通りなら、エルエッサムの魔法使いが出てくるわけですが……」
「それこそ、今の時代にいるわけないっスよ!」
「ま、待ってください!」

 ユリエルとハロルドが、アリスを見やった。

「ちょっと試してみたいことが…… 申し訳ありませんけれど、外に出ていてもらえますか?」
「いえ」とハロルド。「このような事態になったからには、アリス様を一人にはできません。万が一、というのもあり得ますので」

「だ、大丈夫ですよ……!」
「解呪方法に心当たりがあるんスね?」

 ユリエルがうまいこと話の間合いに入って、言った。
 それで、ハロルドが黙り、アリスが何回もうなずいた。

「じゃあ、俺たちはそっちの部屋の隅にいるっス。
  あと、耳も塞いでいるっス。アリス様は、何かあったら大声をあげる…… これで問題ないっスよね?」

 問われたハロルドが肩をすくめ、「俺もそれで構わない」と答えた。

 二人は部屋の四隅に移動し、アリスへ背を向けてから両手で耳を塞ぐ。

「こっちはオッケーっスよ~」

 ユリエルがハキハキした滑舌で言った。
 ハロルドはユリエルへ目配せをし、『本当に心当たりなどあるのか?』と言うように、心配そうに見ていた。だから、ユリエルは心配するなと言うような笑顔になっていた。
 一方、二人が背中を向けていることを確認したアリスは、いそいでベッドから下りると、机の上の王冠を頭に乗せ、全身鏡の前に立った。

「――まだですか?」

 ハロルドが言った。

「も、もうちょっとだけ待って!」

 耳を塞いでいても聞こえそうなくらいの声量で、アリスが答えた。
 そうしてすぐ、彼女は息を吸ってから呪文を唱えた。

「カシコミ、カシコミ、ロコンセイジョ、コノメノミスガタ……」

 またしばらく、時間が過ぎた。

「――もぉ~いぃ~かぁ~い?」

 ユリエルが、隠れんぼのときの掛け声で尋ねた。
 すると、二人の両肩に女性の手が乗った。

「も、もういいです」

 振り返ると、そこにはサイドテールに聖職者の服をまとったアリスがいた。
 二人とも、しばらくアリスをジッと見つめているから、その視線に押されたアリスが、少し後ずさって、

「も、元に戻って…… いますよね?」

 と言った。

「元に戻ってますね……」

 ハロルドが独り言のように言った。

「マジで戻れたんスね……」

 まだ信じられないと言うような顔で、アリスを見つめるユリエル。

「さ、さぁ、時間がありません。朝食を頂きに行きましょう!」

 そう言ってアリスが、扉の方へ歩いていく。

「――お二人とも」と言うなり、素早く振り返った。「この件は…… どうかご内密に……」

「聖女様も」とユリエル。「この件に懲りたら、あの王冠を箱から出して遊んだりしないようにするっス」

 ぐうの音も出ないアリスは、紅潮こうちょうしながら恥ずかしそうなジト目で、ユリエルをにらんでいた。
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