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しおりを挟む陽が落ちる。
大聖堂の裏手にある、石造りの寄宿舎から、明かりが漏れている部屋がいくつかあった。
最上階の部屋にも明かりが灯っていて、そこにアリスはいた。
彼女はランプの明かりに照らされながら、机に置いてある木箱をあけた。
――いつ見ても、美しい王冠だ。
この王冠は、バルバラント自治共和国の名前の由来にもなっている、バルバランターレンが手に入れたという代物であった。
その人物は勇者伝説に出てくる英傑であり、アリスが仕えている大聖堂を建立した人物でもある。
神職者では無かったとされる彼が、どうして大聖堂を建てるのに力を尽くしたのかは不明だが、少なくとも『奇妙な慣習』を生み出したのは間違いなかった。
その奇妙な慣習とは、
『バルバランターレンの家柄を継承する人間は、十八の年齢まで、大聖堂の神職者として奉仕し続けなければならない』
という決まり事である。
この決まり事はバルバラント自治共和国の法律にも制定されているほどであり、実子であろうが養子であろうが、適用される。
だから、養女のアリスは後継者として、物心が付く頃から神官をやらされていた。
見知らぬ土地の見知らぬ場所で、見知らぬことをやらされるのは、やはり子供には辛いものである。
そんなアリスは必然的に、独り遊びで楽しみを得るようになっていた。
読書や裁縫、料理、観葉植物の育成、窓から見える景色を描いたり、鳥を観察したり、独りでごっこ遊びをしたり……
高身長に美しい体型と顔付きをしているから、普段は神秘的な雰囲気を感じさせる気高そうな女性なのに、一人だと、驚くほど内気であった。
今日も今日とて、王冠を自分の頭に乗せて、全身鏡の前に立った。そうして、自分が王族になったような気分を味わっていた。
「ハァ……」
――いい加減、こういうことは卒業せねばならない。
それくらいのこと、充分に分かっていた。
彼女はもう十八であり、じきに司教を退任する。
しかし、それは同時に一般社会――外の世界で生きていくということでもある。
外の世界は当然、アリスに大人の振る舞いを求める。
だが、子供らしい子供時代を送っていないアリスにとって、急に大人振るのは不自然にも思えた。
――もっと子供らしいことをしたい。それに義理であっても、父親ともっと一緒に過ごしたい。
それが未練となり、大人のアリスを子供の心へ引き留めていた。
王冠をこうやってかぶるのも、成長への一種の反抗心であり、一つのイタズラ心であった。
「エミタメ、エミタメ、ヤオトホカミ、コノメノワラワニ――……」
フッと思い出した呪文を唱えるアリス。
この呪文は十年振りに読み返した、『バルバランターレンと王冠』という物語にまつわるものである。
大昔に呪われたという王冠を、バルバランターレンが浄化し、それを仲間の力の制御に使っていたという物語…… そのときに使われていたとされる呪文である。
アリスは子供の頃から陽の呪いが好きで、この呪文はよく唱えていた。
それは、気弱な自分を少しでも変える何かになってくれる…… 呪われていると感じられるほど、自分の意志が存在しない人生を浄化してくれる…… そう、信じていたからだった。
――無論、今は何一つ信じていない。
つぶやいたのも、直近で読んだ物語を思い出したからであり、 単なるお遊びとして、気晴らしとしてつぶやいただけである。
「本当の私は、どこにいる……」
鏡に映る王冠と自分を見ながら、ポツリと言った。
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